思い出が詰まった屋敷だもんね、しっかりと守りますとも。
……何百年経とうとも
「じゃあ……行ってくる。屋敷のことは任せたよ」
「はい、無事の帰還を待っています」
敷地内に侵入してきた木の葉を箒で外へと掃き出す。何千も何万も行ってきたその動きは実にスマートで、極めた効率的な動きで今朝の間に溜まった落ち葉はあっという間に敷地内から消え去った。
まぁ昼頃にはまた同じくらいの落ち葉が溜まっているのだが。向こうも自身の領域で唯一支配下に置けていないこの場所をなんとか乗っ取りたいのだろう。
しかしここは私が彼に守護を任された場所。後から来た余所者に譲ってやるつもりなんてさらさらない。
……自己紹介をしましょうか。ついでに昔語りも。どうも、転生者の元人間の男、現機械人形です。名前はありますがここでは名乗るほどの者ではないと言わせてもらいましょう。
前世では特に特徴もない人間をしていました。そんな私は些細な出来事で命を落とし、テンプレよろしく異世界へ転生していたのです。
痛みで意識を失ったと思えば、次の瞬間には再び意識が覚醒し、私の身体は剣に胸を貫かれて壁に縫い付けられていました。
正直言って訳がわかりませんでした。何故死んでいないのか、この状況はなんなのか。頭の中が疑問でいっぱいです。
ひーこら言いながらなんとか刺さった剣を引き抜き、私が目覚めた場所である周囲に白骨死体とか乾いた血があちこちに飛び散るバイオレンスな場で可能な限り情報収集を行ったところ、私の身体はこの施設の人間達が作った【ぼくのかんがえたさいきょーのさつりくへいき】ということが判明しました。
で、見つけた書類を読んだ結果判明したこの状況の経緯は──。
『さいきょーの機械人形が出来たぞ‼︎ 後は魂を入れれば完成だ‼︎』
『え? 勇者が攻め込んできたの? 丁度良いからこの機械人形をぶつけたろ』
『あれれー? 魂を入れたはずなのに動かんやん。動けこのポンコツが!動けってんだよ‼︎』
『やったー動いたぞ‼︎ でもなんか暴走して敵味方の判別出来てないじゃーん‼︎ あかんこれじゃあ俺らも死ぬぅ‼︎』
『……勇者と刺し違えて機能停止しちゃった。でも勇者は死んだからヨシッ‼︎』
『せや! 勇者の武具や肉体を素材にして強化したろ‼︎ これで今度こそ敵なしの無敵さいきょー兵器が誕生や‼︎』
『えっ? あの勇者の娘が来たの? 丁度良いから再誕したさいきょー兵器をぶつけたろ。お母さんとの再会、嬉しいでしょうなぁ(ニチャァ)』
『なんか勇者の娘にトドメを刺す瞬間になって機械人形が勝手に止まって逆に破壊されたんだけど? はぁー、つっかえ! でも娘ちゃんも死にかけで弱っているし、俺らでも捕獲出来るやろ! じゃけん捕まえて色々実験に使いましょうねぇ〜』
こんな感じです。はい、控えめに言ってもこの身体の開発者はクズですね。ちなみに勇者とはこの世界の生物兵器です。勇ましき者だから勇者なんて言いますが、並大抵の攻撃は効かないのでサッサと戦闘を終わらすために真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすを繰り返した結果そう呼ばれることとなった人間を卒業した者達の総称です。高確率で遺伝するので親が勇者なら子供も勇者になります。地獄ですね。
そんな勇者に弱っているからと突撃した奴らの結果なんてお察しの通りで、彼らは全滅しました。その後に勇者の娘も失血死。生存者がいなくなってかなりの年月が経った後に機能停止していた機械人形に私の魂が宿って再起動を果たしたわけです。
今となっては恥ずかしいですが、それらの事情を知った転生したての私は非常に興奮していました。好きだった異世界転生ものに自分がいること、さらに身体はとっても強いことがわかっている。興奮するなというほうが無理でしょう。
そんなわけで早速私は行動を始めました。まず行ったのは自分の身体の改造。剣や投げナイフなどしか装備されていないこの身体に銃器などの兵器を製作し、身体の内部に仕込みました。ご都合なことにこの身体はある程度知識があればあとはそれを上手く実行出来るようにサポートするシステムがあるようで、呆気ないと思えてしまうほど順調に作業は進みました。
それらが済めば今度は自分のスペックを把握するために特訓をしたのですが、それもすんなりと終わりました。サポート様々です。
なので私は満を持して外の世界へ向かおうとしましたが、ここで再びご都合主義が発生しました。異世界のアレコレを教えてくれる第一住民との遭遇です。
性格は穏やかでこの施設の調査に来たという第一住民の彼は、怪しさ満点の施設に1人で生活していた怪しいところしかない私にそれはもう優しくしてくれました。
さらに自分が拠点として使っている街まで案内してくれたのです。あまりにも私に都合が良すぎて内心では笑いが止まりませんでした。この世界が剣と魔法に魔獣を添えてのファンタジー世界だということもあり、恐らくこの時が一番気分がブイブイしていた頃でしょう。確か冒険者ギルドに所属して最速で最高ランクまで到達して周りからは尊敬されてチヤホヤされる理想の転生者ムーブを妄想していたはずです。
しかし…はぁ、この時と言った通り、その後は急降下です。異世界に転生したからといっていきなりコミュ力が天元突破するわけではありません。第一住民の彼が所属していた異世界テンプレの冒険者ギルドに私も所属しましたが、私はすぐにボッチになりました。
当時の私は理由を理解出来てませんでしたがそれも仕方ありません。あの時の私は自分の力に酔ったクソ生意気なガキだったのです。加えて勇者の母の肉体を使用したからなのか側から見たら美少女……までとは言いませんが普通に顔が良かったのです。
結果、顔が良くて強いだけのクソ生意気な世間知らずの完成です。そんな奴がコミュ力弱者特有の距離感を測れずいきなり詰め寄ってくるムーブをかまし、上から目線でチームを組もうよなんて言われて組みたい奴なんて滅多にいません。組んでくれても私の無知から来る危険行動の繰り返しにウンザリしてすぐにチームは解散です。中にはこれは危ないから駄目などと教えてくれる人もいましたが、私は大丈夫だからと押し通していたのでやっぱりチーム解散です。
そりゃ見た目が少女だからか多感な時期の男性とか女に飢えていそうなおっさんに声をかければ危険行動を繰り返しても根気強くチームを組んでくれましたが、複数回に渡る事故を装ったボディタッチや私に向ける彼らの視線が気持ち悪くて私が耐えれませんでした。というかおっさん冒険者には夜の見張り中に一度襲われました。返り討ちにしましたが。
まぁ、なんというか……ここでやっと私は自分の立場を理解したわけです。はい、手遅れです。ギルドの職員にもクソガキムーブをしていたおかげで私にとってギルドの居心地は最悪でした。
かといって今更改心して良い奴ぶっても無理ですし、じゃあ別の街に行くわという行動力の化身みたいな動きもこの時の私には出来ませんでした。毎日ギルドに入ると向けられるチクチクとした視線に耐えつつ、自分が受注出来る最高ランクの依頼を受けて日銭を稼ぐだけの日々です。最初期に掲げていたギルドの最高ランク昇格という目標も途中のランク昇格条件であるチームワークを見るという項目によってあえなく粉砕されました。
そんなどうしようもない私の現状を救ってくれたのは、第一住民である彼でした。ギルドとしても実力だけはある私を低ランクで放置するのは嫌だったのか、私を街に案内するなり長期任務で再び街の外へ行っていた彼が帰ってくるなり適当な理由をつけて私とチームを組ませようとしました。
彼は快諾しましたが、当時の私は自業自得の行いの結果ですが非常にトゲトゲしており、顔合わせの時に彼に酷いことを言ってしまいました。
しかし彼は全く気にしてませんでしたし、あれだけ酷いことを言ったのにも関わらずチームを組んでくれました。
彼とチームを組んで過ごす日々は心地良かったです。視線に嫌なものは混じってませんし、常に対等に接してくれます。私の力を前にしても嫉妬なんてなく素直に凄いと褒めてくれたりもしました。
チームとしてのコンビネーションも次第に合わさっていき、今までのは何だったのかと言いたくなるくらいランクと評価が上がっていく日々。ですがそれを妬んだのかある日、彼に彼がいなかった頃の私の所業を話すチームが出てきました。
これは嫌われるかなと私は思いましたが、なんと彼はそれらを一掃しました。その上彼らが私の悪口を言った分、彼は私の良いところを言ってくれるのです。それを隣で聞かされるハメになった私はとてもとても──。
えぇ、えぇ、認めます、認めてあげますとも。ときめきましたよ!滅茶苦茶にときめいてしまいましたよ‼︎
私の心臓部であるエネルギー生成装置は必要以上にエネルギーを生み出し始めますし、加速装置であるブースターは意味もなく空吹かししましたよ! あともう少しボッチの時に受けた心の傷が深かったらこれでメス堕ちしていた確信があります。
ですが私の性自認は男! なのでギリギリで踏みとどまることが出来ました。とはいえメス堕ちという名の底なし穴の一歩手前で踏みとどまっているのがこの時の私です。
こちらが必死にメス堕ち回避を頑張っているのに彼は何度も何度も私をメス堕ちさせようとするのです。恐らく……というか確実に彼は無自覚なのでしょうが、私からすると彼の行動や言葉はメス堕ちしまいと踏みとどまる私の背を押す悪魔の行いでした。
これはマズイ。彼のせいで片目がオッホアイになりつつある私は確信しました。このままじゃそう遠くない内に堕ちると。
システムがこうしたらあなたでも子どもを身籠ることが出来るよと勝手に制作したであろう設計図をチラチラさせてくるのから必死に目を逸らし、庇われて優しい言葉をかけられただけでメス堕ちするチョロイ奴だと思われたくない私は考えを巡らせていました。
しかし良い案は全く浮かばず、試した案の悉くが失敗してメス堕ち度が上昇する結果となり、彼との将来を妄想するところまでメス堕ち度が上がってきていた頃、出会いは向こうからやってきました。
私達が依頼を達成して帰っている最中に馬車が荒くれ者達に襲われていたのです。久しく見ていなかった異世界テンプレに目をぱちくりとさせている私とは別に、最後の護衛が斬られて倒れたことで彼は馬車の救援へ向かいました。
彼が突撃したので私も加勢し、農民崩れなどが多い荒くれ者達の割には強いと感じる集団を蹴散らしてから馬車の中へ声をかけると、中から現れたのはとてもきれいな少女でした。っていうか王族のお姫様でした。
そんなお姫様に彼は顔を真っ赤にしました。その上お姫様からの感謝の言葉に彼はいつもの彼らしくない喋り方で応えます。
動きもカチコチとぎこちなく、その姿を見た私はピーンと来ました。あれは完全にホの字だと。
ならば今までの感謝として、彼の恋路を全力でサポートしてやろうと私は決心し、手始めにお姫様を私達が拠点としている街へ誘導することにしました。
王族を守る騎士が荒くれ者ごときに負けるのはおかしいと指摘し、誰かがお姫様の命を狙っているのかもしれないと推理。なので一度お姫様は身を隠して相手の反応を見てみましょうと提案すればお姫様は簡単に頷きました。
見ず知らずの私達の提案をこうも簡単に受け入れたお姫様に私は唖然としましたが、お姫様が言うには助けてくれた私達が悪人な訳がないとのこと。
思わず彼女の世話係であろうメイドへ私が視線を向けたのは仕方のないことでしょう。対してメイドは頭が痛いと言いたげに眉間を揉み、しばらくしてから諦めたような目で私達に頷きました。
あ、成程。一度決めたことは曲げないタイプのお姫様なんですねと私は理解し、彼女のお世話は大変でしょうとメイドを視線で労わりました。
そんなことがありながら無事に街へ誘導した後、適当な理由をつけて私達が泊まる宿へお姫様達を押し込み、護衛を彼に任せてから私はお姫様の命を狙う誰かの情報を集めると言って自然に離脱します。
あとはステルス迷彩を搭載したドローンを各地へ飛ばして情報を集めつつ、彼の恋が成就するのを願うのみです。よくよく考えたら前世でもボッチだったのに恋愛のサポートなんて私に出来るわけがなかったのです。
早々に恋愛関連では戦力外となった私でしたが、1ヶ月が過ぎた頃でしょうか。お姫様のメイドから有力な情報を手に入れることが出来ました。
それはお姫様も彼のことを意識し始めているという情報でした‼︎ これには私も万歳するしかありません。
有力な情報を頂いたお礼としてお姫様の命を狙うのは彼女と同じ国の第一王子であると証拠映像付きでメイドに渡してあげると、彼女はしばらく絶句したあとに深く私に頭を下げました。
ちなみに王子がお姫様の命を狙うのはこのままだと自分が王になれないからですね。悪い噂なんて出ていない王子でしたが、腹の中では何を考えているのかわからないものです。
第二王子もいますが彼は野蛮で女好きと言われています。ですが実際の彼は家族を大切に思っており、王になる野望なども持っておりません。評判とは逆で驚きの白さでした。なので当然お姫様の命は狙っておらず、むしろ行方不明となったお姫様を探すために自分の兵を動かして彼女を探しています。まぁ評判と行動が悪魔合体してメイドには第二王子が首謀者だと怪しまれていましたが。
さてさて、一番安全なはずの家が安全じゃないとわかったのでこのままここで過ごしましょう的な流れに持っていきたかったのですが、ここで問題が起きました。お姫様が首謀者のことを知って決着をつけに行くと言い出したのです。
当然私達も止めようとしたのですがこの姫様、全く聞く耳を持ちません。どうやったら止まるのかと頭を悩ませていた私にメイドが肩ポンをしてきたせいでこんな状況ですが私とメイドは気持ちが通じ合いました。
しかもこのお姫様、あの証拠映像だけを証拠にして突撃しようとしたのです。そんなもん王族相手じゃ簡単に揉み消すことが出来るでしょうに。
えぇ、必死に集めましたとも。王族でも簡単には揉み消せない証拠の数々を。今回の件とは関係なくても世間に漏れてしまえばお終いなやつまでお姫様が止まらないので時間制限付きで。……まぁ流石に時間が足りなかったので一度姫様を縄で縛ってタイム延長しましたが。
そのおかげでお姫様の無事を多数の人物が確かめに来た場で行う第一王子への糾弾は完璧でした。第一王子のヤケクソな抵抗も私達が跳ね除け、逃げようとした第一王子は第二王子が繰り出す怒りの鉄拳で沈みました。
これでお姫様の無事は確保され、このままだと国に多大な影響を与えるはずだった第一王子も捕まって一件落着……とはなりません。そもそも私の当初の予定はお姫様と彼を恋愛的な意味でくっ付けることだからです。なのでお姫様は王城で、彼は拠点の街でお互いを想いながら日々を過ごす……なんてことは全然良くありません。
とはいえ彼女は王族。それも次の王になる者です。そんな彼女を引っこ抜けば国が転覆するかも……というのは無用の心配です。何故なら普通に第二王子が優秀だからです。彼は家族が大切なのでいざとなればその家族の役割を自分が背負うために大抵のことは習得しています。ぶっちゃけ家族愛の化け物です。
当然彼なら王の代わりも出来ます。悪い噂による評価もその気になればすぐに覆すことも出来るので、遠慮はいりません。いざとなれば私がこっそりサポートしますので。
てなわけで私はお姫様と別れることが確定してしょんぼりしている彼に駆け落ちを提案しました。いつもの彼なら拒否するかもしれませんが、本気で彼女のことが好きなのでしょう。彼は少し悩むだけで私の提案を飲みました。……少し妬けますね。
その後は……王城から出る私達を見送りに来たお姫様に彼が大声で告白して……それを姫様は驚きながらもOKを出し……んなもん認めるかと一緒に見送りに来ていた第二王子が鬼の形相でよこした兵達を彼がお姫様を抱えながら撃退して……。
ふふっ、すみません。当時のことを思い浮かべると笑いが止まらなくなるのです。
そんなわけで私達はしれっと付いてきていたメイドを含めた4人で国を抜け、隣国の森を拓いて屋敷を建ててそこで暮らし始めました。設計から建築まで全て私が手がけた屋敷なので景観は損ねない上に防犯対策はバッチリです。
屋敷での2人の暮らしは……甘いの一言です。相愛とわかったからか、あっちでイチャイチャこっちでイチャイチャの繰り返しです。ゲンナリとしたメイドに私が作ったブラックコーヒーを渡し、2人でグビッと飲み干したのは良い思い出でした。
イチャイチャしていない時の彼は、王族の相方になるということで必要最低限の勉強をメイドから受けていました。その間は心配いらないとはいえ私がお姫様の護衛兼話し相手をしていました。
その際に悪ふざけでメイドの真似事を私がしてしまったのが運の尽き、偶然その場を見ていたメイドの教育スイッチが入り、彼の勉強の側で私にメイドとしての教育も始めたのです。
まぁ私は機械人形なので一度見聞きしたことは容量がある限り忘れないのであっという間に習得しましたがね!
そんな風に過ごすのが私達の日常でした。お姫様が何に影響を受けたのか無駄なことは『そんなものはオークに食わせたらよいでしょう』と口癖のように言うようになったり、メイドが買い出しに向かった街で出会った商人と恋をし。お付き合いの果てに子どもを身籠っちゃったのでお姫様の世話を全部私に任せて商人の家に移ったり、それに影響を受けて成人して少ししてからそういうことをしようと決めていた2人がモジモジしだしたりと、色々です。大変なことは多いですが、幸せかと聞かれれば『幸せだ』と頷ける。そんな日々でした。
しかしそんな幸せな日々にヒビが入ったのはこの国が隣国、つまりお姫様のいた王国へ宣戦布告をした時からです。あまり外へ興味はなかったのでそのことをメイドから教えられてから慌てて情報収集を始めましたが、わかったことは王国に非はなく、この国側からの一方的な宣戦布告だということだけです。
国力の差は王国が有利で余程のことがなければこの国は負けます。なのでこの国にはそれらを覆せる何かがあるはずなのですが、短時間では見つけることが出来ませんでした。
なのに妻の国な上に自分が生まれ育った国が攻撃されるのは見過ごせないのか、彼は王国を守るために戦争の参加を決心したのです。
それなら私も参加しようと思ったのですが、そうなると妻の護衛が子どもが生まれたばかりのメイドだけになるし、自分達の帰る屋敷に何かあれば怖いから今回は留守番しておいてほしいと彼に頼まれました。
なら戦争になんて行かないでほしい。それが私の、私達の本音でした。でも言えないじゃないですか。あんな真剣な目で頼まれたら。
だから私は見送りました。驕りもあったのかもしれません。彼は強いから、不確定な何かが潜んでいても無事に戻ってくると。
しかし彼は帰ってきませんでした。身体も武具も、何一つ、帰ってきませんでした。
私はドローン越しで見ました。戦場を暴れ回る1人の勇者を。何らかの魔法が剣にかかっていたのでしょう。奴が剣を振るたびに斬撃が飛び、多数の命がこぼれ落ちていく。
そんな勇者を止めるために彼は果敢に挑みかかり、斬り殺されました。それが彼の最期でした。勇者にとってはしばらくしたら忘れる程度の敵。それだけしか彼は戦場に残せませんでした。
この国の戦争賛成派が何者かによって全員殺されたので結果としては王国が勝ちましたが、そんなものはどうでもいいのです。
彼の剣を戦利品のように使用していた勇者を殺して剣を取り戻しましたが、心にポッカリと空いてしまった穴が塞がることはありません。
私もお姫様のように彼が死んだ時に部屋に籠って泣ければ前を向けたでしょうか? 勇者とチームを組んで行動していた少女達のように錯乱し、仇に向けて我武者羅に攻撃すれば気が紛れたでしょうか?
何度も何度も考えましたが、答えは出ませんでした。ですが希望はありました。
それは転生です。私の時のように彼も再び記憶を持ってこの世に生まれてくる可能性があります。
ですが確率は低いでしょう。違う世界へ行ってしまうかもしれません。それでも私は信じたかったのです。
幸い私は機械人形。部品を変えればいつまでも待つことが出来ます。それに彼が私に残した頼み事は屋敷を守ること。随分と長い留守番になりそうですが、やり遂げてみせますとも。
私達は待ち続けます。その間にお姫様とは沢山のお話と約束をしました。
私達は待ち続けます。寿命を迎えたお姫様は、転生して再び私と出会うことを約束してこの世を一度去りました。
私は待ち続けます。いつしかこの森はダンジョンマスターなるものに支配され、人々からは迷いの森と呼ばれ始めました。
私は待ち続けます。些細な勘違いで今ではこの屋敷には沢山のお宝が眠っているとされ、沢山のお客様が訪れます。ですが敷地内に足を踏み入れて帰れた者は誰一人いません。
……今日は三人のお客様がおいでのようですね。排除します。
◆
「……帰ってきた」
ダンジョン、迷いの森。過去の記憶ではただの森だったものがいつの間にかダンジョンになっていたことには驚いたけど、そんな感想も森の中に鎮座する屋敷を見れば吹き飛んだ。
記憶そっくり……と言うには些か風化している屋敷を見て、僕の内心は懐古で埋め尽くされる。
記憶には存在しなかった屋敷を囲う柵はダンジョンになった影響で沸くようになった魔獣対策だろうか。しかし最初は均等に配置されていたものが次第に雑になっているのを見て、あの子らしいと妹みたいに思っていた彼女の姿を思い浮かべる。
屋敷が放棄された様子はなく、今も誰かが過ごしている様子が見て取れた。だからまだここであの子は暮らしているのだろう。あの子は自分には寿命が存在しないと言っていたから。
再会して何を話そうか。あの子は怒っているだろうか、それとも泣くだろうか。怒りのままに殺しにきたら怖いな。
様々な予想をしながら、唯一の入口である門へここに来るまでに捕まえたネズミ型魔獣を放り投げる。空中で弧を描いて投げられた魔獣が門にぶつかり、何もなく落下。そのまま走り去ってしまった。
……うん、罠は無さそうだ。この方が楽だからと触れれば電撃を放つ柵を過去に見せられたことがあったから警戒していたけど、問題なさそうだね。
安全を確認したので門へ近寄る。取手を捻れば鍵はかかっていなかったようで、簡単に門は開いた。
一応警戒しながら敷地内へ侵入し、あの子の姿を探す。しかししばらく経っても姿を見せる気配はない。
あの子の性格上、敷地内に侵入者が現れて対応しないとは思えないので、恐らく今は留守なのだろう。そのためもしあの子がいきなり襲ってきても対処できるようにと抜いていた剣を納刀しようとした。その時──。
「おや、お客様がここまで侵入していたとは」
「──っ‼︎」
後ろから声が聞こえると同時に首に凄まじい悪寒。反射とも言える反応でしゃがむと、振るわれた何かが僕の首があった場所を通り過ぎ、間に合わなかった髪の毛が数本宙を舞った。
「お客様、現在ここは面会拒絶です。死んでください」
視界に入り込んだあの子の姿は僕の記憶そのままだった。だからなのか、背中や両肩に装着している炎を吐き出す装備や、腰部から伸びる機械の尻尾などが目立つ。左眼は閉じられているが、右眼の赤色に輝くカメラアイが僕の姿を捉えて離さない。
……まいったな。あの子の左眼なら僕の姿が変わっていても誰かわかってくれるってタカを括っていたのだけど、閉じられているのなら話は別だ。かといって今のあの子に話は通じなさそうだしなぁ。むしろ話せば怒らせそうだ。
「お客様はどのように死にたいでしょうか? 串刺し?蜂の巣?お好きなものをどうぞ。それともこの方達のように断頭を選びますか?」
「ははは、どれも遠慮しておくよ。君の前で死ねば君が自殺するかもしれないし」
やっぱりあの子は僕を誰かわかっていないようで、ここに来る時に一緒だった冒険者の頭を僕に見せて首を傾げてくる。髪を掴まれてぶら下がる二人の冒険者の顔は悪どい笑みを浮かべており、死んだことにも気付いていなさそうだ。
まぁ彼らは悪人なので心は痛まない。生まれ変わったことでリセットされた低ランクの僕を危険度が高いここへ連れてきたのも囮として使うためだからね。丁度良いから騙されてあげたけど。
そんなことを知らないあの子は僕達がチームを組んでいると思っていたようで、仲間の死に眉一つ動かさない僕を見て怪訝な顔をする。
「……まぁいいでしょう。排除を再開します」
このまま穏便に話して僕の正体を知ってもらいたいと思ったけど、あの子は脅しの効果がないとわかるなり二つの頭を敷地外へ投げ捨てていつの間にか出現させていた手甲剣を構えて突っ込んできた。
考えていた展開の二番目に最悪な結果だ‼︎ 急いで自分にかけていた身体強化の出力を最大にして剣を構える。
あの子の剣が振るわれる。受けてはならない。小柄な見た目だがあの子の筋力は怪力で有名なオーガも簡単に捩じ伏せる程強力だ。更に刀身は見ただけではわからないレベルで細かく振動しており、それによって切れ味が良い。僕のそこらで買った剣では鍔迫り合いにもならずに両断される。
かといってすぐに躱すのも駄目だ。あの子の反応速度なら反応されて軌道修正される。だからギリギリまで剣を引きつけて……ここ‼︎
「……!」
躱した剣が僕のすぐ近くを通り過ぎ、切っ先が地面に触れると地面が爆ぜた。相変わらずな初見殺し性能だと舌を巻きつつ、躱されたことに驚いて隙だらけに見える彼女には攻撃をしないで速やかに距離を離した。
驚きから立ち直ったあの子は再び剣を構え、愚直に突っ込んでくる。距離もあるのに真っ直ぐ突っ込んでくる姿はこの世界では弓や魔法で狙い撃ってくれと言っているようなもの。
しかしあの子には魔法が効かない。えぇっと、アンチマジックエリア?を発生させる装置が体内にあるらしく、それによって自身に触れた魔法を打ち消しているらしい。更にそのマジックエリアは彼女の意思で拡げることが出来るので、その気になればあの子は周囲の魔法を無力化することが出来る。唯一の例外は術者の体内で発動する魔法で、そのため身体強化系統の魔法は使えるようだ。
それを知らない魔法使いなどは彼女に魔法を撃ち、当たったことで油断したところを平気で近付かれてグサっとされてその後に爆ぜる。酷い初見殺しだね。
そんなことを考えているうちに再びあの子が懐に入ってくる。今度は突きで来るようだ。
それならと先程と同じようにタイミングを見て躱そうとして意識を集中させる。しかし突きが放たれる直前に、彼女の手が左右に割れた。
その先にある手首の断面からは筒のようなものが姿を見せ、その先端は僕に向けられている。
あ、マズいと思う間もなく乾いた音が響き、直後に手甲剣による突きが放たれる。
今から剣で受けるのは間に合わないが、今日の僕は準備を万全にして挑んでいる。この程度ならまだ捌けるさ。
「……ッ! 何故……?」
いつでも取り出せるように手首あたりに潜ませていた分厚い五角形の鉄塊で彼女の隠し銃の弾を受け止め、突きは先程と同じように躱す。流石にこれを初見で躱されるとは思っていなかったのか、あの子の口からは疑問の言葉が漏れた。
そうだよね、僕みたいな軽装タイプならあの程度の飛び道具は避けれないなら魔法障壁か肉体強化で弾くのが普通だ。まぁそれらが出来るのは冒険者でも上位ランクの人達だけど。
僕が攻撃を躱したからあの子は僕を上位ランクにいる冒険者だと考えたのだろう。だからあの攻撃を放った。なのにまるで絶対に受けたくないと言いたげに分厚い鉄塊まで用意して防御されたら驚くよね。
「おかしいですね、普通の弾に見える偽装が剥がれたのでしょうか? それとも貴方は私の銃弾に仕込まれた仕組みを知っているのでしょうか?」
「後者かな。魔法殺しの銃弾。当たれば銃弾を抜き取らない限りその人物は全ての魔法を使えなくなる。その癖銃弾にアンチマジックエリアが展開されているから魔法を頼った防御は貫いてくる。正しく魔法殺しの銃弾だね」
「貴方は……誰ですか?」
妻のミーリャも、ミーリャのメイドだったダルカさんも知らない銃弾に仕込まれた効果。それを全て僕が話したからか、彼女は右眼のカメラアイを大きく見開かせた。……ここが勝負所だ。
「僕は……、僕はテラルク。かつて君と同じ冒険者でチームを組んで、マラハタ王国のお姫様であったミーリャと将来を誓い合って……みんなの気持ちよりも自分の正義心を優先して戦争に行った結果、呆気なく死んだ馬鹿な男だよ」
「〜〜〜ッ‼︎‼︎」
転生する前の名前と共に、みんなの気持ちを無視して戦場へ行った後悔を吐き捨てる。それからあの子の姿を見れば、あの子はありえないと言いたげに手を振るわせながら後退りしていた。
「信用出来ないなら、君の左眼で僕を見てよ」
きっと今の彼女は突然現れた僕を本物なのか偽物なのかで判断に迷っている。だから僕はトドメを刺すように、彼女の持つ魔眼を使用して欲しいと伝えた。
「……えぇ、えぇ、確かに私の魔眼『魂眼』は魂を見れます。魂は不変の存在。たとえ転生して姿が変わってもそれは変わらない。……ですがそれは私にとっても残酷な答え合わせです‼︎」
そっと彼女は片手を閉じた左眼に添えた。その直後、機械の瞳なのに怒りの感情が籠った右眼で僕を強く睨みつける。
「私がテラルクを待ち続けた長い間、何度も何度もテラルクに似た人が訪れました‼︎ その中でテラルクに似た喋り方や態度、剣の振り方をする人は沢山いました‼︎ その度に私は期待したんです‼︎ テラルクかもしれないと! 記憶は失っても再び会いに来てくれたのではないかと!」
あの子の口から悲鳴のような激情が吐き出される。僕にとっては瞬きの間の期間だったけど、あの子にとってはとても長い期間待っていたのかもしれない。そう感じてしまう重さが言葉には込められていた。
「……『魂眼』はずっと答えを教えてくれます。アイツらはテラルクじゃないと。しかし仮に『魂眼』がなくてもそのうち理解出来てしまうんです。どうせわかってしまうなら少しでも長く私は期待していたかったのです。その間だけはあの時みたいなドキドキとした気分になれましたから。だから私は左眼を閉じました」
「貴方は今までの誰よりもテラルクにそっくりです。ですが私は怖いです。この左眼が貴方をテラルクではないと断じてしまう可能性が。なので勇気をください、私に貴方はテラルクだという確信をください」
「わかった、どうすればいいのかな」
「簡単です。今からの攻撃を躱してください」
「……えっ?」
あの子はそう言うと、一度収納していた手甲剣を再び生やして突っ込んできた。慌てて身体強化をかけ直し、突っ込んでくる彼女に備える。
初手は左の突き、手が割れていないので銃撃はないと判断。引きつけてから体勢を少し変えることで躱す。
次は右の斬り上げ。身体を斜めに傾けて躱そうとした……が、その前に彼女の背中の装備から炎が噴き出した。
彼女の姿が消え、炎の残滓が視界に残る。身体強化でもギリギリでしか捉えられなかった速度で彼女は僕の背後に回り込んだ。
マズい、攻撃が来る。適当な回避はダメだ。確実に殺される。どうする、どうする⁉︎
背中から迫る死の気配。残された時間で必死に思考を巡らせるが、身体は死を悟ったのか走馬灯が流れ始める。その中には前世の記憶も含まれていた。
ダメだ、死ぬ。走馬灯を見ることにリソースを割き始めた身体を内心で叱責するが、身体が言うことをきかない。
身体が動いてくれないなら諦めるしかない。そうやって思考も諦め始めた時、ある記憶が思い浮かんだ。それを目にした瞬間、僕の思考は急激に活性し、身体も力を取り戻していく。
走馬灯によって長くなっていた体感時間が戻る。そうなれば死の気配が迫る速度も早くなるが、僕は敢えて身体を後ろへもたれかかるように倒した。
背中に感じたのは冷たい剣の感触…ではなく、温かいあの子の体温。僕が視線をあの子に向ければ、あの子の瞳には強い期待の感情が宿っていた。
でもこれで終わりではない。僕の予想通り、あの子は僕から一度離れたあとに再び突っ込んできた。
今度は蹴り上げ、からの回し蹴り。蹴りを放つ彼女の両脚の脛からは二重の細かい刃が生え揃い、耳障りな音と共に高速で回転している。触れれば肉が裂けるどころの話ではないため、余裕を持って回避する。
すると彼女の背中の装備から再び炎が噴き出し、彼女は空を飛んだ。そして空中を大きく一回転すると、その勢いで僕に突っ込んでくる。
彼女の突進を……僕は躱さない。あの時の記憶のままに、対処出来ないまま彼女の突進を受けた。
身体強化のおかげか、突進のダメージは少ない。足が地面から離れ、少しの浮遊感を感じた後に僕は彼女を上にして地面へ突き倒される。
起き上がった彼女は僕に馬乗りしたままで大きく口を開く。そこから飛び出てきたのは手首に隠されていたものよりも銃口が大きな銃。馬乗りにされたことで躱す術がない僕は、いつかの記憶通りに両手を大きく上げて声を張り上げた。
「『降参!降さ〜〜ん‼︎ 僕の負けだよ』」
「そう……ですか」
僕の言葉に彼女は口の銃を引っ込めた。これも記憶通り。過去に彼女が自分は人間ではなく機械人形だと僕に告白してからの初めて行った模擬戦の記憶。今まで隠していた彼女の種族特性が活かされた戦いだったので、そのインパクトに驚いて絶対に忘れないと模擬戦終わりに彼女へ伝えた時のもの。
「これで『魂眼』を使う気になってくれたかな」
「はい、決心がつきました。なのでパスワードをお願いします」
「……ん?」
僕がテラルクだという証明としては強いものだろうと彼女へ視線を向ければ、馬乗り状態の彼女は僕が知らないものを要求してきた。
「えっと、パスワードって合言葉みたいなものだったよね?」
「その通りです。私は衝動的に『魂眼』を使わないように左眼をロックしています。ですのでそれを解除するためのパスワードをお願いします。貴方がテラルクなら簡単に解けるものですよ」
「……ヒントをください」
「ふっ、しょうがないですね。ヒントはテラルクが屋敷に帰る度に私へ言っていた言葉です」
僕なら簡単に解けるもの。それは一体なんなのか、心当たりが多すぎる。彼女の期待に応えるためには出来るだけ一発成功したいが、正直言って自信がない。
ダラダラと冷や汗が流れ始め、こうなればとダメ元で彼女にヒントを求めれば、彼女は僕にとっては懐かしさを感じる人を小馬鹿にするような表情をした後、答えを言っているようなヒントを教えてくれた。
そのヒントを聞いて僕は脱力した。確かにテラルクなら簡単に解けるものだ。間違える方がおかしい。
「『ただいま、マリー』」
いつものように、当然のように、その言葉が僕の口から出た。
彼女……マリーの左眼がゆっくりと開かれる。青空のような澄み渡った水色の瞳。それが僕の姿を捉えると、静かに水色の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「パスワード、承認しました。496年10ヶ月24日ぶりの帰宅、心より……お待ちしていました。テラルク」
「随分待たせたね。ごめん、マリー。ただいま」
◆
「マリー、マリーさーん? いい加減顔を見せて欲しいんだけどなぁ」
「うるさいです、今は見せれないので屋敷でも見てまわっといてください。鍵はかかってませんから」
僕達は再会を済ませ、マリーが落ち着いてからしばらく。なんとか気持ちが落ち着いたマリーは現在両手で顔を隠して僕に背を向けていた。
マリーが言うには僕を攻撃したり僕の仲間を殺してしまった罪悪感とかこんなにも待たせた怒りとか僕の前で泣いてしまった恥ずかしさとかが入り混じって体内で暴れているらしい。一応僕の仲間のことは仲間ではなく利用させてもらった悪党だということは伝えたのだけど、大した効果はなさそうだ。
僕としては久しぶりのマリーの顔をしっかりと見たいのだけど、断固として顔を見せてくれない。回り込もうとしても身体の各所にある装備を使って姿勢を変えないまま器用に僕から背を向け続けた。
だから段々と楽しくなってきたのだけど、流石にやり過ぎたのかマリーの尻尾の先端が僕に向けられ、ピピピピピとロックオンする音が響き始める。
マリーの性格上、これ以上やれば本当に撃ってきそうなので、一時退散。マリーが言った通りに屋敷の中へ行くようにする。
少しガタツキがある扉を開けると、僕の記憶通りの光景が広がっていた。それが懐かしく、一度隅々まで部屋を見て回ることに。
僕の部屋、ミーリャの部屋、ダルカさんの部屋、マリーの部屋。他にも子どもに与える予定だった部屋やミーリャの趣味の部屋やダルカさんの教育部屋などもある。
一つ一つ見ていく度にその部屋での思い出が思い浮かぶ。それとは別に、僕の記憶には無いものもあった。その中で一番印象に残ったのは妻の名前が刻まれた墓だろう。
ミーリャの笑顔が脳裏をよぎり、墓の前で手を合わせた。寂しさは、ある。でも僕にはまだ希望があった。
「気は済みましたか?」
「うん、今まで屋敷を守ってくれてありがとう。マリー」
「お気になさらず。貴方が出かける前のお願いでしたので」
立ち上がり、妻の墓から去ろうとすればいつの間にか復帰したのかマリーが扉の前で立っていた。その姿は先程とは変わっており、背中の装備や尻尾が無くなった代わりにゴテゴテした籠手や脚の膝下までを覆う鎧が装備されている。
「それで? テラルクはこの後どのように?」
「僕はここから北にある帝国へ向かうよ。そこでお願いなんだけど……マリーも来てくれないかな?」
「はぁ? 当然ついていきますが? またお留守番を頼むつもりならしばらくテラルクにはここに滞在してもらって、その間に外へ出ても絶対に帰ってくるような鎖でもつけるつもりでしたが」
僕の頼みをマリーは笑顔で快諾してくれたが、その後の言葉が不穏だった。笑顔なのに彼女の赤と水色の瞳は一切笑ってなく、先程までの戦闘で感じたものとはまた別の危機感が全力で警鐘を鳴らしている。
「そ、そう? でもマリーが来てくれるなら頼もしいよ」
だけど逃げれば何かが終わる。そんな確信があるからこそ、瞳が笑っていない笑顔のまま身を寄せてくるマリーに僕は何かを誤魔化そうとする男みたいな言葉しか言えなかった。
見ていないうちにテラルクが消えていそうで怖いのでしばらく見ていますと言いつつも、朝が来るまで一切僕から視線を外さなかったマリーに気が休まらないまま迎えた翌日、身支度を終えた僕達は迷いの森を抜けて帝国へ歩き始めていた。
「それにしても、屋敷はそのままで良かったのかな?」
「大丈夫です。侵入者が来た時の仕掛けはしてきましたし、仮に作動しなくても盗まれて困るものはありません」
「……仕掛けってなんのこと?」
「爆弾です」
マリーが答えた直後、森の方角から大きな爆発音が響き渡った。
「私達の思い出の場所が消えるのは心苦しいですが、あの屋敷もいい加減ガタが酷かったのでこれを機に解体を決心しました」
「あはは、そっか」
これだけの年数ならミーリャの遺骨も土に還っているでしょうしと言葉を続けるマリーに僕は引き攣った笑みを浮かべることしかできない。
ま、まぁ、マリーからするとここらの冒険者は家に押し入ってきて泥棒する奴らだと思っていそうなので、土足で家に入ってくるなら解体ついでに爆破してしまえという考えなのだろう。
爆発音と結構離れたこの位置まで届いてきた爆風からして規模はかなり大きそうだけど、見なきゃそのうち忘れるさ。うん。
「そういえばテラルク。まだ帝国に向かう理由を聞いていませんでしたね。聞いても大丈夫ですか?」
「ん、あぁ、大丈夫だよ。帝国に向かう理由はね、そこの第二王女に出会うためなんだ」
「……女ですか?」
マリーの問いに素直に答えると、彼女の瞳からスゥッと熱が消えていく。その姿に危機感を感じた僕は、慌てて言葉を付け足した。
「そ、その王女の口癖はね、他所の国でも有名なんだ。なんでもかんでも『そんなものはオークに食わせたらいい』って言うらしいから」
「成程、それはつまり……」
「うん、口癖だけだから可能性は低いけど確認するだけならタダだし、もし彼女がミーリャの記憶を持っているのなら……僕は謝りたい」
「成程成程、了解しました。北の帝国ですね」
帝国へ向かう理由と僕の目的を話せば、マリーは理解したと言いたげに頷き、右手を耳に添えて歩き出した。それが何を意味するのかは僕にはわからないけれど、前世の頃からマリーは突拍子な行動を取ることも多かったので特に疑問には思わず彼女のあとを追いかける。
マリーは何かに集中しているようなので、邪魔しないように隣をただ歩く。それから大体30分経った頃だろうか。マリーは僕の前に出ると、ニコッと人好きな笑みを浮かべた。
「テラルク、確認が取れました。帝国の第二王女はミーリャで間違いありません。それに加えて、彼女も前世の記憶を保持していました」
「本当⁉︎」
「はい! 今迎えを飛ばしたので、この先の街で合流することになりました」
マリーはこんなことで嘘はつかないので、本当に帝国の第二王女はミーリャなのだろう。
また彼女に会える。僕が生きているこの時に彼女も記憶を持って再び転生していた奇跡。様々な感情がごちゃ混ぜになって堪らず僕はその場に座り込んでしまった。
そんな僕の姿をマリーはニコニコと眺めている。最初は僕と同じで喜んでいると思っていたのだけど、時間が経っても全く引っ込まないその表情を見ていると次第に何か悪巧みをしているように思えてきた。
「実はテラルクがいなくなってから、ミーリャとは沢山の約束をしました。そのうちの一つにテラルクへの伝言もあります」
僕の思考が読まれたのか、マリーの笑みを僕が怪しみ始めたタイミングで男と女で生まれたらと前置きもありましたが、なんて言いつつニコニコ、ニコニコと笑いながらマリーが近付いてくる。そして僕の耳に口を寄せると、内緒話でもするように囁いた。
「『前の分も含めて搾り取る。』らしいですよ」
低く囁かれた言葉に危機感は一気に振り切れた。慌てて立ち上がって先程とは逆方向へ僕は走り出したけど、そんな僕を捕まえるように鎖が飛んでくる。
あっという間に僕をぐるぐる巻きにした鎖はマリーの籠手から伸びていた。
「さ、遅れないように行きましょうか。街に着くまでこちらからでは三日かかります。その間に精がつくものを私がしっかりと用意するので沢山食べて生き延びましょう。ちなみにミーリャは今、帝国の騎士になっているそうですよ。前と違って体力はあるらしいので沢山搾り取るって張り切ってました」
「はは、はははは、お手柔らかにお願いします」
「その命乞いはミーリャにお願いしますね」
ズルズルとマリーに引き摺られながら僕達は街を目指して進んでいく。
あぁ、ミーリャに出会ってから朝日を迎えられたらいいなぁ。謝ったら少し手加減してくれるといいけど……。無理だろうなぁ。
簡単な人物紹介
主人公……テラルクと別れた後、長年もの間ずっと彼への気持ちを煮詰めていたのでえらい事になってる。そのためシステムがおすすめした設計図は既に実行している。ね?性転換タグに間違いはないでしょ?
初期→どこからどう見ても人間
テラルク死亡後→機械7 人間3の割合の見た目
テラルク再会後→機械3 人間7の割合の見た目
テラルク……主人公を病みのメス堕ちさせた男。再会後に自覚したけど煮詰めすぎたので手遅れ。この後主人公程ではないけど程よく煮詰めたお姫様が合流する。現在15歳
ミーリャ……本当はもっと長い名前だが本人の希望で主人公陣営ではミーリャと呼ばれている。見た目はお淑やかなお嬢様だけど、中身はだいぶアグレッシブ。転生を自覚してから二度と置いていかれたくないので騎士となった。最悪テラルクと会えなくても帝国から出てマリーに会いにいくつもりだった。現在18歳
ダルカ……ミーリャのメイドさん。当時は25歳。商人と恋をしてから主人公陣営から離脱。国が戦争で負けた際に別の国へ商人と共に離脱している。ミーリャと離れるのは心苦しかったが、主人公のドローンによって映像通話が出来たので悲しくはなかった。最期は自分が産んだ三人の子供と夫に囲まれて老衰でこの世から去った。
第一王子……一番の年長であるミーリャが邪魔だったので策略を練ったが失敗、幽閉された。
第二王子……家族愛の化け物。テラルクの告白にブチギレていたが、ミーリャを守りながら兵達を相手に大立ち回りするテラルクを最終的には認めた。
勇者母……主人公の『魂眼』の元の持ち主。
勇者娘……施設を破壊した人物。機械人形による傷で失血死した。
テラルクを殺した勇者……主人公が最初期に夢見ていたテンプレを見事に成功させていた人物。戦争が終わった後に寄った街で近くの森には美女が住んでいると聞いて会いに行こうとした結果、殺戮人形と化した存在の探知圏内に入ってしまった。勇者は強いが目の前にいるのは勇者殺しだったので抵抗虚しく殺害された。
システム……素材にされた勇者母の残滓が機械人形のサポートAIと混ざって誕生した存在。勇者母の思考は無く、喋らないが戦闘のサポートと母親らしいお節介はする。主人公がメス堕ち仕掛けてた時はあらぁ〜となって色々おすすめしていた。
出てない設定
“恥ずかしがり屋の兵器群” ステルスウェポン
マリーが体内に搭載する隠し武器の総称。身体に収まりきらないサイズの武器も出てくるため注意が必要。
例、マリーに近付いた際に腹を裂いて巨大なハサミが現れる。
“思うがままの動物兵器” パペットアーミー
マリーがテラルク達を待つ間に作った生物兵器の総称。マリー本人の意思を憑依させることも可能で、様々な生物がいる。全員に鋼色の装甲が装備されている。
例、ドラゴンタイプ。四足歩行のドラゴンで翼に翼膜はないが代わりにジェット噴射で飛ぶ。つまりモンハンのバルフ○ルク。