銀河英雄伝説GQuuuuuuX   作:銅大

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同盟軍によるアスターテ奪還の試みについて星図と設定を図版にしました。
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この時空におけるイゼルローン要塞攻略はすでに一度試みられ、失敗しました。以後は放置です。詳細は図版で。
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第3話

 アスターテ星域の戦いが終わって半年が過ぎた宇宙暦七九六年(帝国暦四八七年)八月。

 自由惑星同盟ではアスターテ星域奪還に向けた動きが本格化していた。

 HQ(ヘッドクォーター)制度を採用している同盟軍は(ツー)(フォー)(ファイブ)(セブン)の四チームが正規艦隊を用いての星域奪還の手段を探ることとなる。四つのチームはそれぞれにシミュレーションを重ねたが、突破口がみえないのが実情だった。同盟軍は戦略的縦深を活かした通商破壊戦略で帝国軍に対抗してきた。奪われた星域を取り戻すにはこの縦深が逆に(あだ)となる。

 重い足取りで帰宅したHQ(ヘッドクォーター)(ファイブ)のチームリーダー ビュコック大佐が扉を開けると爽やかな紅茶の香りが鼻腔をくすぐった。軽やかな声が耳に飛び込む。

 

「おかえりなさい、ビュコック提督!」

「おお、ユリアン。来ておったか」

「はい。試合が早く終わりまして」

「今シーズンの(フライング)(ボール)ユースはどうじゃ」

「昨年度の強豪チームで何人かプロに行った選手がいるんですが、彼らが抜けた分ぼくらのチームに優勝の目がでてきました」

「そうか。がんばれよ」

「はい!」

 

 ビュコックを出迎えたスポーツ少年の名をユリアン・ミンツという。年齢は一四歳。少年とビュコックの縁は少年の父親がビュコックの部下であったことで結ばれた。

 六年前。負傷退役したユリアンの父を見舞いに訪れたビュコックは病室で出会った才気煥発な少年を大いに気に入り、何くれとなく支援するようになったのである。

 少年もまたビュコックに恩を感じスポーツの試合などでハイネセンを訪れる際にはこうして挨拶に立ち寄っている。

 ユリアンが淹れた紅茶を一口飲んでビュコックはほう、と息をつく。

 

「よい香りだな。ほっとする」

「父がブレンドした茶葉です。甘い香りが特徴なんですよ」

「紅茶道楽は相変わらずか。お父さんの具合はどうかね」

「はい。おかげさまで元気です。義足の調子もよいようで、これならいつでも現役に復帰して提督の下で戦ってみせると息巻いてます」

「たのもしいことだ。だがわしの方がそろそろ隠居だな。去年の適性検査はギリギリだったからのう」

 

 ビュコックは七〇歳。老兵である。同盟軍の退役年齢は階級が上がるほど高くなる。しかし佐官であっても六五歳だ。ビュコックはHQ(ヘッドクォーター)におけるチームリーダー適性が高く、年一回の適性検査を条件に現役を続けている。

 

「そうだ。紅茶道楽といえばヤン大佐がいたな。HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)のチームリーダーだ。なかなかの切れ者でな。紅茶には目がない。今度、ユリアンも会うといい。わしが紹介しよう」

「いえ……けっこうです」

 

 ユリアンが表情を(かげ)らせ首を左右に振った。

 いつもは快活な少年の暗い顔と否定的な口ぶりにビュコックはおやと思う。ヤンに何か含むことがありそうだ。

 気づかなかったフリをしてもよいが、本心を引き出すためあえてヤンを誉めてみる。

 

「ヤン大佐は今や同盟軍における柱石(ちゅうせき)といってよいぞ。先のアスターテ星域の戦いでも見事な指揮だった。次世代のホープじゃな」

「でも提督を分艦隊指揮官にしませんでした。自分の後輩をひいきして、まだ二十代の若い少佐を経験豊富なビュコック提督の上に置くヤン大佐をぼくは尊敬できません」

 

 なるほどそういうことかとビュコックは合点がいく。

 ユリアンは自分を支援してくれたビュコックに感謝と憧憬をもち続けている。

 ここでビュコックが“若い少佐”(アッテンボロー)を説得したのと同じ論法を持ち出して説得しても、ユリアンの中にはしこりが残るだろう。

 

「ふむ。ユリアンはわしの経験が軽んじられたのが不満なわけか」

「はい」

「ではヤンにひとつ意趣(いしゅ)返しといくか。一局打って老兵の熟達を若者に思い知らせてやるのも悪くない。ユリアン、手伝ってくれんか」

「ぼくが、ですか?」

「ヤンという男はプライベートではズボラで面倒くさがりでな。わしが勝負ごとを挑んでも言を左右にしてのらくらと逃げられてしまう。ユリアンの淹れる紅茶を景品にすればヤンをおびき寄せることができる」

「そういうことであれば、よろこんで。ぼくの紅茶でよければお手伝いします」

 

+++++++++++

「いやですよめんどくさい」

 

 ビュコックの申し出をヤンはあっさりと断った。

 仕事帰りにヤンを誘ってはいった居酒屋での会話である。

 

「わたしが嫌われるのは当然です。そのユリアン・ミンツくんという少年は正しい。わたしだってわたしがいたら大嫌いになります」

「笑えない自虐は酒の席(ここ)だけにしとけよヤン。チーム・リーダーにそんなことを言われたら、みな困ってしまう」

「わかってます。わたしがこうやって甘ったれたことをいえるのは、わたしより上の立場の人にだけです。でも最近はキャゼルヌ先輩が忙しくてわたしを甘えさせてくれないんです」

 

 アスターテの戦いから半年が経過し、ヤンは心身ともに健康になっていた。

 冷凍睡眠(コールドスリープ)刑とあだ名される治療用タンクベッドによる強制八時間睡眠を一ヶ月。並行して勤務時間は週三〇時間未満に制限された。

 半年たった今もヤンが私用で使う情報端末には強度の高い倫理フィルタリングをかけられ外部からの悪意ある誹謗中傷を婉曲的に遮断されている。

 ヤンを健康にしているのは自由惑星同盟の後方支援システムだ。数世代にわたる帝国との終わりなき総力戦で経験した数多(あまた)のトラブル事例を研究して作り上げられた制度だ。けれどそれはヤン・ウェンリーという個人の自由意志を尊重してのものではない。ヤン・ウェンリーのもつ才能を戦場で出し殻になるまでしゃぶりつくす断固とした決意からである。

 

「わたしは心身の健康を害することすら許されないんです。こうやって居酒屋で深酒(ふかざけ)して愚痴をいいまくって夜ふかししても、家に帰ったら医療用ベッドに眠ってる間に治療され、なんだったら催眠誘導波で睡眠時間を勝手に増やされ朝には爽やかな目覚めを迎えさせられます。しかも医療処置のため出勤が遅れる連絡まであらかじめ職場にされる」

「では、それらがなかったらおぬしは自分の健康を害するのかの?」

「しませんよ! でもしないのとできないのとでは大違いなんです!」

「めんどくさい男じゃのぉ」

「はやく戦争を終わらせましょう。でないとわたしのように強制的に健康を維持させられる人間が増える一方です……戦場では大勢の兵が死んでるのに、こんなのは(いびつ)すぎます」

「そこには同意じゃな」

 

 アスターテの戦いで同盟軍は六〇〇〇隻の有人艦艇を動員し、一三〇〇〇隻の無人艦を運用した。参加兵員は一五〇万人になる。戦闘では有人艦艇八〇〇隻が沈み、二〇〇〇隻が中破以上の損傷を受けた。死者・行方不明者は七四〇〇人を数える。沈んだ有人艦艇の乗員だけで二〇〇〇〇名を越えることを思えば、同盟軍が脱出と救命に全力を尽くしたことがわかる。

 それでも七四〇〇もの人生が失われたのだ。彼らの家族・友人が今のヤンへの手厚い介助(ケア)を知れば、納得のいかないことも多かろう。

 

釈迦(アーレ・ハイネセン)説法(じゆうみんけん)じゃが、歪んでおるからといって諦めてはならんぞ。ユリアンのような素直ないい子すら政府と軍のありように不信を抱いてる現状は放置できん」

「それはそうですが」

「そこで。わしとおぬしはゲームの銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)で戦う。わしらがいつも使っておるシミュレーションの一般向け簡易版だな。おぬしがわしに勝って将器(しょうき)の違いをみせることで、ユリアンくんもわかってくれるじゃろう」

「なんでわたしが勝つ前提なんですか。キャゼルヌ先輩との三次元チェスでも負け続きなのに」

 

 文句をいいながらも、ヤンはビュコックとの対戦を承諾した。

 HQ(ヘッドクォーター)の皆と一緒に仕事として行うシミュレーションはリアルである反面、盛り上がらないこと(はなは)だしい。しかも精度と正確さを求めるため現実時間で何十倍もの時間がかかる。

 銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)は短時間で決着がつくよう簡略化されている。たまの息抜きに遊ぶにはちょうどよい。

 ビュコック家にもっていく手土産は何がいいだろう、とヤンは考えた。ヤンの家は積み上げた本で迷宮になってるからキャゼルヌやビュコックならともかく子供(ユリアン)を自宅に招待するわけにはいかない。

 景品としてユリアン少年に紅茶を淹れてもらえるなら、出張土産でもらった珍しい茶葉をもっていくのもいいかなとヤンは期待をこめて思う。

 

+++++++++++

 

「だまされました」

「人聞きが悪いな。だましてはおらんぞ」

「わたしと対戦するんじゃなかったんですか」

「ちゃんとエキシビションで戦う。ま、イベントの最後じゃな」

 

 休日のショッピングモールは大勢の家族連れで賑わっていた。

 イベント用ホールには垂れ幕が掲げられ、麗々しく掲げられた文字列もまた勇ましい。

 

銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)大会:アスターテ星域奪還戦』

『ローエングラム伯に勝利して奪われた星域を取り戻せ!』

『協賛:憂国騎士団』

 

 垂れ幕の下には大きな三次元投影(ホロ)ビジョンがあり、会場に集まったプレイヤーが銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)を遊ぶ様子が映されている。

 ヤンとビュコックはステージの上に並べられた最前列のゲスト席だ。ユリアンは一般からの代表列に座っている。

 

「だましたも同然ですよ。戦意高揚イベントで見世物として使われるなんて」

「我が国は民主国家じゃ。民の支持なくして戦争はできん」

「わたしが業務でつくったローエングラム伯の再現人格(アバター)銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)用に調整したのもこのためですか」

「おぬしの非凡なところは敵将の人格(キャラクター)を丸ごと読み切ることにある。おぬしと戦うより、おぬしの作った再現人格(アバター)に戦わせた方がヤン・ウェンリーという男の将器はわかりやすい」

 

 ふたりの会話は放送まではされていない。

 しかし、ふたりのすぐ上の列に座るユリアンには聞こえていた。ユリアンはおさまりの悪い黒髪のつむじを無言で見つめる。

 

「……」

 

 やがてイベントが始まるや銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)用に調整されたAIラインハルトの再現人格(アバター)が守るアスターテ星域に挑むプレイヤーの悲鳴がそこかしこから聞こえてきた。

 シナリオの内容は星域奪還で共通。それぞれ別世界なのでプレイヤー同士が協力して戦うことはできない。

 

「おれの艦隊が! おれの艦隊が溶ける!」

「こりゃ勝てねえ! 守りが固すぎる!」

「チートどころの騒ぎじゃないぞ!」

 

 公式シナリオで同盟側プレイヤーは手持ちの編成ポイントを使って艦船や物資を準備する。速攻を狙うプレイヤーは編成ポイントを初期配置に寄せるので素早く攻め寄せることができる。プレイ開始から五分とたたずに戦闘がはじまったのはそのためだ。

 だが、初期配置編成はコストが割高だ。守る帝国軍の態勢が整う前に星域を奪還できればよいが、手持ちを使い切れば増援はほとんどなく打つ手がない。

 

「さすがにチートはいいすぎじゃね?」

「いやいや。星域に侵入してすぐに帝国軍が待ち伏せしてたのはズルだろう」

「そうに決まってる! プレイヤー艦隊の動きをシステム側がのぞいてるんだ。でないとこんな完璧な反撃ができるものか!」

 

 緒戦(しょせん)で部隊が壊滅したプレイヤーの中には不満を口にするものもいるが、有料の観戦オプションでAI側の動きも閲覧可能な観客が否定する。

 

「いやそれが帝国軍AIは一切ズルしてないんだわ。信じられないのはわかる。おれも見てて信じられない」

「星域周辺の哨戒システムが美しすぎるだろ。どこから侵入しても必ず発見されるヤツ」

「迎撃の流れもすげーよ。五月雨(さみだれ)で集まるから各個撃破されるかと思ったら、そんなことない。ちゃんと計算されてる」

「それな。前線に分散配置されてるのが旧式戦艦(BB)装甲巡航艦(CA)。防御が固いから数は少なくても足止めができる。その後ろにいるのが巡航(CL)艦。脚が速いから前線が突破される前に駆けつけることができる。このふたつで戦線を膠着(こうちゃく)させることができれば、簡単には突破されない」

「そして複数箇所で膠着(こうちゃく)させれば、どれが主攻(しゅこう)でどれが助攻(じょこう)かを見抜く時間の余裕ができる。よく考えてあるよ」

「帝国軍ってもうちょっと雑な運用してるものだと思ってた。それともアスターテ辺境伯が例外なのかな」

「辺境伯? ああ、ラインハルト・フォン・ローエングラムのことか。有能な軍人なのは間違いないが、出世は寵姫である姉のおかげだとか。年齢は二〇歳……にじゅうっ?! それに三次元(ホロ)写真みろよ。超美形だぞ!」

「天が二物も三物も与えすぎだろこいつは」

 

 速攻型プレイヤーが次々と攻め手を失って脱落(リタイア)する中、最後まで喰らいついたのがムライ中佐だった。イベントに参加するため私服でサングラスをかけたムライはマフィアの親分(ドン)の貫禄で、いつもは秩序と規則が歩いてるような真面目な軍人には見えない。

 

「すげえぞ、あのおっさん。囮部隊を使いこなしてアスターテ中心部まで突破したぞ」

「勝利条件はゲートの破壊だよな?」

「いや、勝利条件はあくまで星域奪還だ。しかしゲートを破壊できればそこでゲームの終了条件が満たされる」

「あとはこれまでとおり、通商破壊で星域運営を赤字にして放棄させられるということか。まあ、帝国軍もそのことはわかってるからゲートの守りはガチガチだろうが」

「でも、ここまでくれば可能性はゼロじゃないぜ」

 

 観客が騒ぐ。応援の声も多い。

 プレイヤー参加で仕切りの中にいるムライの顔は平時と変わらぬ仏頂面(ぶっちょうづら)であったが、制御卓(コンソール)を操作する指の跳ねるような動きが内面の(たかぶ)りを示していた。

 

「今日のわたしは自分でも驚くほど頭のキレがいい。参加者(プレイヤー)名を(ミラクル)(ムライ)で登録した甲斐があったな」

 

 生き残った空母(CV)戦隊(スコードロン)に最小限の護衛をつけて前進させる。

 アスターテ中心部の敵陣を探る威力偵察だ。

 

「敵ゲートの座標さえ把握できれば、空母(CV)は搭載している戦闘艇(スパルタニアン)隊もろとも壊滅してかまわない……そう割り切って運用しても罪悪感がないのは気楽でよい。むろん、慣れてしまっては危険でもある」

 

 現実ではゲートを破壊してアスターテ星域を奪還しても、戦争は終わらない。

 編成ポイントを支払えば全滅した部隊が何度でも蘇るゲームの中とは違う。

 一度(うしな)われた命は、それで終わりなのだ。

 

「といって遊興(イベント)で自分に(かせ)()めて楽しまないのも筋違いだ。まあ“彼女(ちゅうい)”のように羽目(はめ)を外すのはいかがなものかとは思うが」

 

 プレイヤー識別名(ミラクル)(ムライ)がはんなりと(あたた)かい視線をむけた先にはホール中央でポニーテールを跳ねらせて司会進行する同盟軍中尉の姿があった。

 

+++++++++++

 

「さあ、(ミラクル)(ムライ)率いる同盟軍がついに帝国軍の防衛線を突破してアスターテ星域中枢にまで進出しました!」

 

 司会進行のフレデリカ・グリーンヒル中尉がムライの言葉を聞けば反論したはずだ。今日の自分は張り切ってるし、なんならはしゃいでもいるが、羽目(はめ)ははずしてない。そこは慎重に見極めていると。たとえば普段はベレー帽の中にまとめてある髪をポニーテールにまとめたのは動きやすさを優先したもので、うなじを露出することは主目的ではない。

 服装もそうだ。

 肌の露出は避けたい。でも普段の軍服とは違う自分を見せたい。髪型にも合わせたい。

 そこで思い切って体のラインがはっきりでる服で参加した。肌の露出は最小限にして下には防刃防熱のボディスーツを着用している。こちらのボディスーツもまた暴漢やテロなど不意のトラブルへの備えが主目的である。体の輪郭(シルエット)の微調整──あくまで微調整──が可能なのはついでである。

 頭の中で騒ぐ天使と悪魔をかき消すように、フレデリカは声を張り上げた。

 

(ミラクル)(ムライ)艦隊は連戦で満身創痍(まんしんそうい)ですが、帝国軍のゲートを破壊すれば、その時点で同盟軍の勝利がほぼ確定します! 解説のビュコック大佐。戦況をどのようにみますか」

(ミラクル)(ムライ)艦隊が手持ちの最大戦力である空母(CV)戦隊(スコードロン)を惜しげもなく突入させておるところからみて、狙いは遠距離砲撃によるゲート破壊とみて間違いなかろう。理由はわかるかな、中尉?」

「遠距離砲撃には精度が何よりも重要だからですね。空母(CV)搭載の単座式戦闘艇(スパルタニアン)を展開させて帝国軍の布陣を読み取り、しかるのちに偵察部隊を送ってゲートの座標を確定させ、そこに超長距離から砲弾を打ち込む、という流れでしょうか」

「うむ。防御が弱く足手まといになる砲艦(GS)戦隊(スコードロン)を残しているのはそのためだ。あれの対消滅(ついしょうめつ)弾なら砲撃の威力は距離で減衰せん。戦艦(BB)巡航艦(CL)のビーム砲とは違う」

「はい。ここで会場の皆さんに対消滅(ついしょうめつ)弾とビーム砲の違いについて簡単に解説しますね」

 

 三次元投影(ホロ)映像がくるくると回転して切り替わる。

 ビーム砲の射程と威力は出力と収束率によって異なる。

 戦艦(BB)の主砲は三〇万キロメートルまで減衰せず届く。だがそこから先は一万キロメートルごと威力が半減し、四〇万キロメートルを超えると威力は一〇分の一以下となる。

 巡航艦(CL)の主砲も同様で一〇万キロメートルまでは減衰しない。

 一方で砲艦(GS)の放つ対消滅(ついしょうめつ)弾は目標に命中しさえすれば、距離に関係なく威力は一〇〇%のままだ。

 

砲艦(GS)によって打ち出される対消滅(ついしょうめつ)弾は砲弾そのものの速度は遅いですがワープ空間をスキップしながら標的に向かいます。このとき防御力場(シールド)をすり抜けることも期待できます。逆にスキップしてる間に標的をすり抜けて外れてしまうこともあるのですが、それを避けるための撃ち方もいくつかあります。たとえばですね──」

「あー、グリーンヒル中尉。そのへんで、ほら」

 

 ヤンが口元を隠し通信機経由でフレデリカに呼びかけた。

 

「あ」

 

 ホールにいる家族連れの多くが、ぽかんと口をあけてノリノリで講釈するフレデリカをみていた。ヤンが止めなければフレデリカはマニアックな話題を延々と続けただろう。それはそれで需要があったかもしれないが、フレデリカが望む関係改善は彼らではない。

 

「すみません。ヤン大佐」

 

 フレデリカは顔を赤らめて謝る。数人の思春期男児が「スラリとしたかっこいいお姉さんが恥ずかしそうにもじもじしてる」光景に目を奪われている。

 ホール内の微妙な空気を気にした様子もなく、ビュコックが画面を見てつぶやく。

 

「お。(ミラクル)(ムライ)艦隊が動きおったぞ」

 

 タイミングよく、というべきか。

 周辺宙域の安全を確保したムライ艦隊がゲート座標を特定するため宙域(エリア)へ偵察隊を送り出す。

 帝国のドローン母艦がその形状から「海胆(ウニ)」という呼び方をされるように、同盟のドローン母艦は「(キノコ)」と呼ばれている。傘部分から飛び散った探査(プローブ)ボールが回転しながらアンテナを広げていく。

 その様子をみてビュコックとヤンの上の段に座るユリアンが疑問をあげる。

 

「あれ? 敵のいないところに探査(プローブ)ボールをばらまいてるようですが、いいんですかあれで?」

「よい質問です、ユリアンくん!」

 

 フレデリカが食い気味にひろう。

 

「ゲートは周囲の次元境界面を安定させる機能をもちます。これでワープを支援するわけですね。だから敵のいない場所であっても探査(プローブ)ボールで空間座標を測定することで、どこにゲートが設置されているかを読み取れるんです」

「でも、それが可能だということは同盟軍はアスターテ星域の空間座標をあらかじめ……いえ、すみません。なんでもないです」

 

 ユリアンは質問を口にしかけて止める。

 ヤンが、おやという顔をする。

 ビュコックが、得意そうにうなずく。

 フレデリカが、満面の笑みでこれもひろう。

 

「ユリアンくんの想像したとおりですよ。探査(プローブ)ボールが空間座標を測定しただけでゲートの位置がわかるのは、同盟軍が事前にアスターテ星域内の空間座標データを細かく測定してデータベースに記録しているからです。専門の調査艦もあります」

「軍事機密かと思いました」

「データベースの内容は軍事機密です。ですが航路周辺で空間座標を測定する行為はごく当たり前のことで、わざわざ隠すことでもありません。長距離ワープにも、短距離ワープにも使えますからね。今ごろは帝国軍もアスターテ星域の空間座標を測定していることでしょう」

「丁寧な回答、ありがとうございます」

「いえ。これからも疑問があったらどんどん質問してくださいね」

 

 フレデリカがユリアンに向ける笑顔はイベント用の愛想であるが、真情も混じっている。イベントの円滑な進行にはユリアンのように理解度が高い一般人視点が不可欠だ。ヤンやビュコックは空間座標データ収集のような軍人にとっては常識レベルの質問をしてくれない。だから事前に用意したドキュメント類を使ってフレデリカが合間、合間に自問自答の形で補足する必要がでてくる。その点でユリアンは専門知識がないだけで頭の回転は早く、フレデリカが欲しい質問をしてくれる。教育目的のイベントは押しなべてそうだが、観客の質問を利用したかけあいは情報伝達の潤滑油である。

 

「うむ。ゲート座標を特定できたようじゃな」

 

 (ミラクル)(ムライ)艦隊が前進を開始した。

 前方に向けられた赤外線センサー画面に熱源が次々と浮かび上がる。

 ゲート座標を特定されたことを察知して帝国軍の護衛部隊が主機関を動かして欺瞞(ぎまん)を解いたのだ。熱源の大きさからみて大型艦は少ない。小型艦が中心だ。六角形に配置されたゲート衛星に重なるように護衛隊群の反応がある。

 赤外線が青方に偏移(シフト)。帝国軍が加速して近づいてくる。同盟軍も加速している。互いの速度(デルタv)が積算されて距離が急速に縮まる。

 双方の距離が〇・一天文単位(AU)を切ったところで同盟軍の砲艦(GS)戦隊(スコードロン)が前進しながらの遠距離砲撃を開始した。

 最初は試射。修正射を経て効力射へ。

 釣瓶(つるべ)打ちだ。

 

(ん……なにか違和感があるな)

 

 ユリアンはパネルに表示される画像とグラフを見比べる。

 ゲーム画面を意識しておかないと目線が跳ねる金褐色の髪に向かってしまいそう──というのはもちろんあるが、それ以上に年上のお姉さん(フレデリカ)の心からの笑顔をみたいからという下心があった。

 一四歳で頭のよい少年は先ほどのフレデリカの笑顔がイベント進行という仕事ゆえであると理解しており、同時に少しは本音も混じってることを見抜いていた。

 

(ぼくが正しい質問をすれば、司会のお姉さんの役にたてる)

 

 思春期(やりたいざかり)淡い憧れ(したごころ)がよくなかったのか、ユリアンが何も見抜けないうちに、戦いは同盟軍側が優勢になっていく──ように見えた。

 

「やった! またゲート衛星を破壊したぞ!」

「これで三基めだ!」

「帝国め、ざまあみやがれ!」

 

 一般客(ギャラリー)の間で歓声があがる。

 

「──違う」

 

 ユリアンの言葉は、喜び騒ぐ喧騒の中で意外なほどによく通った。

 ユリアンの前の列に並ぶ頭のひとつが、くるりと後ろをふりむく。

 ヤンだ。

 

「なぜそう思うのかな? ええっと……ユリアン、くん」

 

 ユリアンの席についているプレートを確認してヤンが問う。

 

「空間座標の数値です。ゲート衛星が破壊されても数値に変化がありません。帝国軍のゲートは最低でも五基のゲート衛星が必要です。砲撃の効果はないといえるでしょう」

「正解だ。目の付け所もいい。さすがはビュコック大佐の愛弟子だね」

「ありがとうございます。ですがぼくはビュコック大佐の愛弟子ではありません。ぼくには過ぎた言葉です」

 

 ユリアンの声の調子(トーン)がきつかったのか、ヤンは口の中でモゴモゴと弁明らしきものをつぶやいて前を向いた。

 

(これがヤン・ウェンリー大佐……思ってたのと、印象が違うな)

 

 ヤン・ウェンリーは「エル・ファシルの奇跡」と呼ばれる戦いの功労者だ。エル・ファシル補給廠(ほきゅうしょう)を失ったが三〇〇万の民間人を救えたのは彼の作戦あってこそだ。あの戦いの勲一等(MVP)はわずかな守備隊で帝国軍を翻弄して時間を稼ぎ最後は恒星に呑まれたリンチ大佐だが、危険な作戦を立案し上官を説得して実行させた上でさらに生き残ったヤンへの同盟軍の評価は極めて高い。

 しかし見方を変えれば結果として上官を死地に追いやる作戦をたてた上に自分はのうのうと後方の惑星に隠れて生き残ったわけで、同盟市民のヤン人気はすこぶる低かった。

 あの戦いから八年たっているが、同盟市民が抱くヤンの印象はあまり変わっていない。

 狷介(けんかい)で冷酷な軍人というものだ。

 アスターテの戦いもヤンの評価向上にはつながらなかった。無人とはいえ同盟領のアスターテ星域を失陥し、転移ゲートまで建設されたのだ。人気面ではむしろ悪化してる。

 ユリアンもまた世間一般のヤン評の影響を受けていた。頭は抜群に切れるが、人としての優しさや親しみを感じることができない軍人。これがユリアンの考えるヤン像であった。ビュコックにみせた(いきどお)りは後輩(アッテンボロー)贔屓(ひいき)した──とユリアンは感じた──ことでヤンのもつ数少ない美徳であった自他共に厳しい軍人というイメージが悪い方向に崩れたからである。

 実際にヤンに会って感じたのは厳しくもなければ酷薄でもない、気弱そうな青年だった。

 

(でも、この若さでビュコックさんと同じ地位にある人が印象とおりの気弱な人であるはずがない)

 

 ユリアンはヤンへの疑問を抱きながら、立体投影される戦いに目を向ける。

 一般客(ギャラリー)も、長距離砲撃の手応えがないことに気づきはじめていた。

 

「これはゲート衛星、壊れてないんじゃないか?」

「六角形の配置も崩れてないな」

「それはない。あれだけ対消滅(ついしょうめつ)弾を打ち込んでゲート衛星が無傷なはずがあるかよ。何かからくりがあるはずだ」

「でも帝国の転移ゲートってあれだろ。氷衛星を使った戦闘衛星もどきだろ。少しばかり反物質ぶつけてもびくともしないんじゃ」

「だとしてもだ。それくらい同盟(こっち)も想定のうちだ」

「おっ。(キノコ)が前進した。これで被害状況もわかるぞ──げえっ」

 

 イベントホールを呻き声が満たす。

 ゲート衛星は三基が破壊されていた。

 だが、転移ゲートは無事だった。

 転移ゲートの六角形のそれぞれに二基ずつのゲート衛星が配置されていたからだ。

 

二重(デュアル)ゲート方式……ゲート衛星を連結したゲートか」

「えげつな……二基とも破壊されるまで、ゲートは維持されるやつじゃん」

「帝国軍にとってのゲートの重要性を考えれば当然の配置なんだが、こうして目の当たりにするとズルされてる気分になるな」

「まったくだ。そうでなくともあのゲート衛星群は同盟軍の戦闘衛星の設計をパクったんだろ? 惑星防衛のアルテミスの首飾り計画の」

「計画どおり数も一二基あるとか、シャレにならん」

 

 ドローン母艦によって帝国軍のゲートが二重(デュアル)方式だと確認した(ミラクル)(ムライ)艦隊の動きに変化が生じた。

 砲艦(GS)の回避や砲撃の動きが単調なものになっていく。乗員が退去をはじめたのだ。

 落胆の声がそこかしこから聞こえる。目の肥えた銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)マニアには、同盟軍が撤退準備に入ったとわかったからだ。

 

「さすがに勝てないとみたか」

「砲弾も残り少ないものな」

 

 もちろんすべては戦棋(ウォーゲーム)の中である。撤退までプレイを続行することにそれほど意味はない。勝てないと踏めば敗北を認めてログアウトすればいいのだ。これまでの他の挑戦者(プレイヤー)はみなそうしている。

 (ミラクル)(ムライ)艦隊を指揮するムライ中佐がログアウトしないのは彼なりの美学(ポリシー)からだ。ムライは常々、軍人の価値は敗北したときの処し方で決まると周囲に語っている。

 

「負けてもすべてが終わるわけではない。負けたからこそ次の勝負(リベンジ)を考える必要がある」

 

 追撃してくる帝国軍を効果的な反撃をして消耗させ一隻でも多くの主力艦を撤退させる。ムライにとってはここからがむしろプレイの本番である。

 しかし負けが決まった(ミラクル)(ムライ)艦隊に対する観客(ギャラリー)の反応は冷たいものだった。接続視聴者数が急激にゼロに近づいていく。

 わかっていても少し寂しい。

 ポン、と。

 ムライの視界の隅で視聴者からのメッセージのひとつがポップアップした。フォントの色は参加特別枠の一般客のもの。名前を確認する。ユリアン・ミンツ。一四歳。内容を表示する。

 

[撤退作業はたいへんでしょうが、がんばってください]

 

 ムライはメッセージをクリックして感謝のアイコンを返した。

 

+++++++++++

 

 イベントは昼食を挟んで午後の部に入る。

 銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)には途中でゲーム内容を保存するセーブ機能、保存したセーブデータから再開するロード機能がついているが、今回のイベントではセーブ・ロードは使えない。たとえミスをしてもやり直すことができない鉄人(アイアンマン)モードでのプレイとなる。加えて一時停止(ポーズ)もできないので、イベント側で事前の準備時間と休憩時間が決められている。

 さらにもうひとつ。時間の流れもプレイ開始時の設定から変更できない。

 午前の部では実時間一〇秒がゲーム内時間一時間に設定されていた。

 午後の部では実時間一〇秒がゲーム内時間一日に設定されている。

 午前の部ならプレイヤーは艦隊を自分で操作することもできたが、午後の部では展開が早すぎてプレイヤーは艦隊が自動で戦うのを眺めるしかない。

 午後の部にプレイヤーとして参加するアッテンボローが、休日なのにむりやり引きずり出されたラオに軽口をたたく。

 

「つまりプレイヤーは艦隊を指揮する戦術家ではなく作戦全体を担う戦略家ということになるわけだ」

「誰に向かって説明してるんです」

「配信用の録画に決まってるだろ。あとで編集して流すんだよ」

「わたしの声は変えてくださいよ」

「安心しな。お前さんは編集段階でセリフ含めてすべてカットするから」

 

 いつものことなのでラオは聞き流す。

 

「同盟における戦略家といえばリン・パオ提督ですかね」

「おれがリン提督ならお前さんはぼやきのユースフか」

「なにしれっと自分をリン提督になぞらえてるんです。自己評価の高さにドン引きなんですが」

「たしかに。おれはリン提督ほどの大食漢にはなれそうにない」

「比較するのはそこじゃないですよ、まったく……」

「好色面では負けないぞ。勝負する気にならないだけで」

「その気にならない好色は草食っていうんですよ」

 

 一〇秒ごとに一日が経過し一時停止も保存もできない。これはもはや遊興ではなく苦行ではないかとラオは思うのだがアッテンボローは鼻歌まじりで制御卓(コンソール)に向かっている。

 ため息をついてラオはアッテンボローのサポートに入る。

 制御卓を操作して作戦内容を表示する。

 

「これはまた……基本に忠実ですね」

「原理原則は最強だからな。敵を数で圧倒してボコる」

 

 アッテンボローの立てた作戦は、士官学校で教える教則のとおりのものだった。

 敵より数を集めて殴り続ける。言葉にすると単純だが実行には手間がかかる。

 午前の部に参加したムライは敵の準備が整う前に集めた兵で速攻をかける作戦を実行し、そして失敗した。帝国軍がゲートを二重にしていたせいだ。

 

「ところでログイン名そのままのSo what(それがどうした)艦隊って。艦隊名の方は変えられるんですから変えときましょうよ」

「最強の言葉だと思うんだがなぁ」

「じゃあSoは残して……Mighty So(マイティソー)艦隊で」

 

 いよいよゲーム開始となった。

 序盤はひたすら燃料と弾薬の備蓄だ。いくら艦艇を集めても燃料と弾薬が尽きてしまえば戦えない。

 おしゃべりをする余裕もある。

 

「午前にムライ中佐がやった速攻作戦では戦力が足りません。かといって時間をかけて準備を整えてから攻めるとなると、帝国の守りもその分、強化されます」

「そうだな」

「シナリオに帝国側の守りが薄くなるイベントとか、そういうのはないんですかね」

「シナリオ内容は未公開だが、ないだろうな」

「守ってるの皇帝の寵姫の弟ですよね。宮廷闘争に巻き込まれて失脚するイベントとかあってもいい気がするんですけど」

「プレイヤーがゲームを通して働きかける手段がないイベントは起きないだろう。皇帝が突然くたばるようなイベントもな」

「楽して勝つ方法はないってことですか……あ、なに勝手に部隊をアスターテ星域に放り込んでるんですか。中途半端な規模の艦隊を送っても撃破されるだけですよ」

「送ってるのは正規艦隊じゃない。襲撃艦隊(レイダー)だ。余分の編成ポイントは使ってない」

「なら許す」

「何様だよ」

「休日に上官に呼び出されてイベントに駆り出された部下さまですがナニか?」

「ごめんって。あとで奢るから」

 

 同盟軍の戦備は目的に応じてふたつある。

 ひとつは帝国軍の侵攻を防ぐ正規艦隊。こちらには戦艦(BB)空母(CV)巡航艦(CL)などの大型艦艇が含まれる。

 そしてもうひとつが通商破壊用の襲撃艦隊(レイダー)だ。巡航艦(CL)が含まれることもあるが、ほとんどは小型艦艇である。

 駆逐艦(DD)のような小型艦艇はどちらの分類にも存在するが、大きな違いがある。

 通商破壊専門の駆逐艦(DD)には、より小型で低速の魚雷艇(TB)の母艦としての機能が備えられているのだ。光子魚雷艇(FTB)を搭載する曳航システムや魚雷艇(TB)乗員の居住区画、整備や補給のためのドローン作業ポッドである。小型艦にこれらを搭載すれば当然、艦隊戦で求められる護衛や対宙防御はカットされる。

 つまり通商破壊用の襲撃艦隊(レイダー)は小型艦になるほど専門性が高くなり、それ以外の用途には使えない。数合わせで正規艦隊に組み込んでも役に立たないのだ。

 アッテンボローと同じくHQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)所属のラオは参謀畑が長いので、そのあたりはわかっている。

 

「帝国に転移ゲートが健在な以上、通商破壊の効果は低いですよ」

「それでもだ。こっちの準備が整うまでの間、嫌がらせくらいはしておきたい」

襲撃艦隊(レイダー)が消費する燃料や弾薬がもったいないですよ」

「必要なことだ。やらないと、ほら」

 

 アッテンボローが顎をしゃくってイベントホールの三次元投影(ホログラフ)画像にむける。他のプレイヤー艦隊の動向が映し出されている。

 

「帝国軍が活発に動いてますね。うわ、ゲートを増設しやがった」

「な。帝国軍を自由に活動させてたらああなるんだよ」

 

 アスターテ星域駐留艦隊は、帝国からの補給ラインがゲートひとつという制約を受けている。だから最大でゲート一本分で維持できる防衛力しかもてない。

 ゲートが二基になれば、単純計算で戦力も二倍だ。

 

「こうなったら終わりだ。守りを固めたアスターテ星域が相手だと同盟軍正規艦隊のありったけを投入しても勝てるかどうか怪しい」

「遠路はるばるアスターテ星域に攻め込むより、守りに徹して帝国軍がハイネセン近くまで攻めてきた時の反撃に力を入れた方がいいくらいですね」

 

 勝てないとみたプレイヤーが次々と投了(ログアウト)する。

 プレイ開始から三〇分。ゲーム内では半年が経過した時点で、残りプレイヤーは五人となった。

 

「開始時点で五〇人いたのにもう十分の一ですか。いくらリアリティが売りのイベントとはいえ難しすぎるのでは」

「むしろ甘いくらいさ。ヤン先輩が本気なら、この時点でおれしか残ってない」

「その後輩アピール、ときどき職場でも漏れてますけど注意した方がいいですよ」

「おまえまでムライ中佐のようなこというなよ」

 

 向かい合わせで軽口をたたきながらも、ふたりの指は止まらない。

 半年をかけ、アッテンボローは三万隻の艦艇をハイネセンに集結させた。

 同じ時間で、ラオは三万隻が三ヶ月は全力で戦える物資を中央星域に備蓄した。備蓄はこのあとも続くので、補給ラインの維持さえできれば早々に物資不足にはならない。

 対してゲートひとつで維持できる帝国軍艦隊は概算で一万隻相当である。

 三倍の艦隊で、三ヶ月の物資があれば正攻法での攻略が可能だ。

 

「欲をいえば、もう一万隻増やしたいが、そこまでやると作戦期間が長くなりすぎるか」

「帝国軍のゲート増設を防いでいられるのも、今のうちだけでしょうからね」

「よし、いくぞ」

 

 作戦開始。三万隻の艨艟(もうどう)が一万隻ずつ長距離ワープで進撃する。

 アスターテ星域の外には襲撃艦隊(レイダー)が空間ブイを設置している。ここで艦隊を組み直し星域内へ進軍。

 ズラリと並んだ帝国軍の外郭要塞線がMighty So(マイティソー)艦隊を出迎える。

 

「くっそー、バレてやがる」

「バレないはずがありませんよ。で、どうするんです?」

「丁寧に全部潰してから前進する」

「要塞線の一部だけ潰して迅速に突破する手も使えますが」

「やだ。コワイ。相手はローエングラム伯だぞ。そんな姑息な手を使おうものならどんな反撃がくるか想像もつかない」

「全面的に同意しますよ」

 

 ラオはうなずいた。正確にはローエングラム伯本人ではなく、ヤン・ウェンリーがAIで作り上げた再現人格(アバター)だが、恐ろしさという面では同じである。

 時間と物資を消費して外郭要塞線を無力化し、Mighty So(マイティソー)艦隊は前進する。いよいよアスターテ星域を守る帝国軍との決戦だ。一年前と立場は入れ替わり、攻めるのは同盟軍だ。

 

「前進しにくい……アスターテ星域って、こんな難所じゃなかったろ」

「星域内は迷宮空間化しています」

襲撃艦隊(レイダー)が外郭要塞線を突破できてりゃあ星域内も偵察できたんだが」

「無茶いわんでください。襲撃艦隊(レイダー)で要塞工事を妨害して工期を遅延させられただけでも御の字なんですから」

 

 星域内の移動は短距離ワープを用いてショートカットを行う。

 星域間のワープ航路は数回のワープが必要だが、星域内れあれば通常はどこに行くのも一回の短距離ワープで移動できるものだ。

 しかしアスターテ星域は各所にワープを妨害する空間工事が行われて迷路になっており、Mighty So(マイティソー)艦隊は小刻みなワープで進むしかなかった。

 

「迷路状にしてあるということは帝国軍は自分たちだけが使える短距離ワープ用の抜け道を作ってるはずです。偵察隊を散らして探しますか?」

「どうだろうな。抜け道はあるだろうが攻める役にたつとは限らんぞ」

「守る時にしか使えない内線作戦用の抜け道ですか」

「ここは正攻法だ。数ではこっちが優勢だからな」

 

 言葉にしながらも、アッテンボローの中にはチリチリとした焦燥感がくすぶっていた。

 順調というわけではないのだが、何かを見落としてるという焦りが消えない。

 

(このままいけば勝てる。損害はある。時間もかかる。それなりに苦戦はするだろう。だが逆転はない)

 

 そんなはずがあるか、と思ってしまう。

 ラインハルト・フォン・ローエングラム伯という人間をアッテンボローは知らない。これまで会ったことはないし、これから会うこともないだろう。しかし同盟軍は第一次アスターテ会戦以後は専門チームを組んでローエングラム伯の経歴や評価を集めて心理分析(プロファイリング)を行っている。

 それらを読んだアッテンボローが頭の中でイメージするローエングラム伯は有能できかん気の強い青年だ。姉である寵姫の力を借りてまで手に入れたアスターテ星域をむざと手放す物わかりのよい男ではない。

 帝国軍の敗北が近づくほど、アッテンボローの焦りは強くなる。

 ラインハルトはここから必ず巻き返す。予兆すら読み取れないがそれは確実だ。だから帝国軍の反撃を知らせるラオの声を耳にしたアッテンボローは待ちかねたとばかりに反応した。

 

「これはいったい──少佐! 敵襲です!」

「どこだ? すぐに機動予備を回す! ワープ座標を指定してくれ!」

 

 アッテンボローは帝国軍の反撃に備え一〇〇〇隻近い機動予備戦力を手元に握っている。

 作戦の展開に応じて前進を続け、今はアスターテ星域の外郭に置いてある。

 ここからならアスターテ星域内のどこの場所でも一回のショートワープで駆けつけることができた。貴重な時間をかけて空間迷宮を丁寧に潰した甲斐があったというものだ。

 

「アスターテ星域内ではありません! ドーリア星域です!」

「なんだとっ?」

 

 アッテンボローは目をむいた。後方に位置するドーリア星域はかつては一回の長距離ワープで届く位置にあったが、アスターテ星域が帝国に支配され同盟側のゲートが使えなくなった今は三回のワープが必要だ。少しでも短時間で往来できるよう航路には作戦開始と同時に空間ブイを敷設してある。アッテンボローの想定では、帝国軍の反撃のひとつとして、後方の補給線を狙ってくる可能性は高いと考えていたし、狙われるのは空間ブイのどれかだと考えていた。空間ブイを多めに敷設して冗長性を高めたのもそのためだ。

 

「想定外だな。狙われるのがドーリア星域だとは。星域守備隊は?」

鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で蹴散らされました。帝国軍は三〇〇〇隻以上の本格的な戦闘艦隊だったそうです」

「うぐぅ」

 

 喉の奥からヘンな唸り声がでた。

 帝国軍の兵站はアスターテ星域に設置されたゲート一本に頼っている。

 帝国側が長期作戦運用できる艦艇数は最大で一万隻。総数に変化はない。そのうちの三分の一を星域を守る戦いには使わないで、攻める同盟軍の後方を襲撃しているのだ。

 

「これじゃあ、こっちが機動予備一〇〇〇隻を投入しても」

「軽くあしらわれちゃいますね」

 

 帝国軍が同盟軍と決戦する気があるなら戦いようはあるが、敵の目的は通商破壊だ。こちらの足を止めたあと、さっさと逃げるだろう。三倍の戦力差はそれを容易にする。

 

「だが放置はできん」

「時間をかけてじっくり攻めたおかげで、こっちの損耗はいまだ軽微です。手持ちから一〇〇〇〇隻を振り分ければ──」

「どこに進路を向けるんだ。ドーリア星域にはもういないぞ」

 

 三〇〇〇隻の帝国軍は、ドーリア星域にあるMighty So(マイティソー)艦隊の兵站拠点(デポ)を焼き払い、(くも)(かすみ)と去っていた。

 アッテンボローとラオは同時に時間を確認した。ゲーム内では数日がすでに過ぎている。

 

「帝国軍の襲撃を止める手はない。補給線を強化するぞ」

「どうやって?」

「機動予備はそのまま手元に置く。攻略部隊から五〇〇〇隻を一〇〇〇隻ずつ五つに分けて編成する。役割は船団護衛だ」

「はっ」

「補給艦も五グループに分ける。以後の補給は護送船団方式で行う」

「補給効率が激減して作戦が長期化します。時間内にゲートは破壊できません」

「しかたない。ここは時間切れで辛勝狙いだ」

 

 アッテンボローは勝利得点グラフのカーブが鈍化するのを見ながら答えた。

 迷いはあった。ゲーム内での時間切れは帝国も同じ。手持ちの物資と戦力を使い潰すつもりで時間切れまで攻勢を維持すれば、そのあとの反撃はない。

 勝利条件を達成するだけなら時間制限を利用するのもアリではある。

 

「ま、やめとこう」

「はい。ゲームだと割り切るには、設定がリアルすぎますからね」

 

 午後の部が終わったのはゲーム内でプレイ開始から一年後の宇宙暦七九六年八月。

 現実のイベント会場では一時間三〇分が経過していた。

 

+++++++++++

 

 午後の部が終わり、休憩に入った。このあとは表彰式を行ってからエキシビション戦となる。ビュコック大佐が再現人格(アバター)のラインハルトに代わって帝国側を担当し、同盟側を指揮するヤン大佐と戦うのだ。

 休憩の間、ユリアンはプレイ記録(ログ)を確認した。

 勝利したのは三人。なおアッテンボローのMighty So(マイティソー)艦隊は勝利得点が足りずに引き分けとなっている。

 

「帝国のゲート破壊に成功したのは紺碧(こんぺき)艦隊だけ、か」

 

 午後の部は五〇人全員が帝国軍より多くの艦艇を動員して正攻法での勝利を目指した。だが帝国軍を放置して自軍の戦力増強のみに注力した四五人は帝国軍がゲート増設した時点で敗者となった。

 

「残った五人は同時に作戦を開始してる。これは時間制限もあるんだろうな」

 

 動員した戦力がおおむね三〇〇〇〇隻なのも同じだ。

 展開が変わってくるのはここからである。

 外郭要塞線の攻略方法。

 迷宮化した星域内の突破方法。

 そしてゲートの破壊方法。

 アッテンボローのMighty So(マイティソー)艦隊でいえば、最初から最後まで正攻法を押し通した。外郭要塞線はすべて無力化する。迷宮化した星域内も塗りつぶすように平押しに進む。そして最後のゲート攻略も補給効率の低下に伴う突進力低下を受け入れて地道に攻撃を続ける。時間切れとはなったが、何もトラブルがなければゲーム内時間で三ヶ月後にゲートを破壊できた可能性はある。

 他の四艦隊はそれぞれに独自の作戦で挑んでいる。

 

 無敵(アルマダ)艦隊は外郭要塞線の一部のみを無力化したあと、ここに大規模な兵站拠点(デポ)を作って物資を貯め込んだ。星域迷宮を突破する途中に後方のドーリア星域を帝国軍に襲われて補給を切断されたが、アスターテに築いた兵站拠点(デポ)の方は無事であったため、戦力を分散させることなく終了時間まで攻勢を続行できた。転移ゲートは破壊できなかったがポイントで勝利した。

 

 無限大(レイジーエイト)艦隊は外郭要塞線を無力化したあと、星域内の迷宮には踏み込まず亜光速弾による超長距離狙撃でゲート破壊を狙った。これはかつてイゼルローン要塞攻略法として同盟軍が行った亜光速弾飽和攻撃の簡易版だ。残念ながらこれは帝国軍にとって既知の攻略方法であり対策もされていた。同盟軍が岩塊を加速するため設置した力場チューブ型砲身を逆に帝国側の亜光速弾で狙い撃たれて破壊され、作戦は失敗に終わっている。全体として優勢のまま、物資の消耗も少なかったので辛勝。

 

 Dr.西(ドクターウェスト)艦隊は奇策に奇策を重ねての敗北。外郭要塞線を一部だけ無力化して前進。星域迷宮も一点突破。ひたすら(ドリル)のように突進してゲートを急襲したのだ。展開の早さに再現人格(アバター)ラインハルトの指揮も後手後手にまわって一時はゲートも危うかった。しかしあまりに賭けを続け過ぎた。ゲート手前で攻勢が止まるとそこで打ち手を失ってしまう。星域迷宮が顕在なため撤退もかなわず艦隊は壊滅。結果は惨敗である。

 

 ゲート破壊に成功して勝利した紺碧(こんぺき)艦隊は幸運にも恵まれた。帝国軍が建設中だった外郭要塞のひとつをほぼ無傷で手に入れたのだ。外郭要塞は小惑星を改造したもので、まだ兵器は搭載していなかったが配置場所に移動させるタグボートと連結されていた。

 紺碧(こんぺき)艦隊はこれを利用した。内部の空間に光子魚雷艇(FTB)と単座式戦闘艇スパルタニアンをありったけ詰め込み、艦隊で囲んで星域迷宮を強行突破したのだ。帝国軍の抵抗は激しく艦隊の損害は大きかったが、ゲート近傍まで外郭要塞を送り込んだことで勝負がついた。

 最後には外郭要塞が体当たりしてゲートを破壊し、帝国軍はアスターテ星域を放棄して撤退した。大勝利である。

 

「要塞が体当たりしてゲート衛星を破壊する場面(シーン)はホールの三次元投影(ホロ)ビジョンで見たけど、迫力があったな。映画かと思ったもの」

 

 (フライング)(ボール)ユースでレギュラーとして活躍するユリアンはスポーツ少年だ。これまで銀河(ギャラクシー)戦棋(ウォーゲーム)は友人が遊んでいるのをみたことがあるくらいで興味はなかった。

 そのユリアンをして、敵の必死の阻止攻撃でボロボロになった外郭要塞が最後に残った帝国軍の二重(デュアル)ゲート衛星に体当たりしてもろともに砕けていく場面は強い感動を与えた。

 

「カッコよかったなぁ。あ、ログにコメントが追加されてる」

 

 紺碧(こんぺき)艦隊プレイヤーが、ゲーム終了後にいくつかの応援コメントに答えたメッセージがログに公開されていた。そのひとつを読む。

 

Q:外郭要塞の奪取は、最初から作戦としてあったのですか?

A:いいえ。ですが可能性としてそういうことも起きるということを常に意識していました。戦いは生き物です。何があるかわかりません。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することが大事です。

 

「……漠然(ばくぜん)としてる」

 

 だけど、実戦とはそんなものかもしれないとユリアンは素直に思う。

 自分もゴールを決めた試合の後で、何を考えて動いたか聞かれることがあるが「そうやればうまくいきそうな気がしたから」としか答えられないことがしばしばだ。

 

紺碧(こんぺき)艦隊のプレイヤーは……アンドリュー・フォークか」

 

 このとき自分の端末に目をむけていたユリアンは、前列に座るヤンが真面目な顔で何処(いずこ)かに連絡を取るのを見過ごしていた。

 

+++++++++++

 

 アンドリュー・フォークは笑顔で表彰台に立った。

 満員の観客から送られる万雷の拍手。そして歓声。すべてがフォークを祝福している。

 晴れがましい思いでフォークは手を振った。

 フォークの人生は挫折と苦難の連続だった。最大の挫折は士官学校の適性検査の結果、軍人の道を絶たれたことだ。

 適性検査によればフォークは好ましくない現実を受け入れる心の強さが低く、なのに高い知性があるせいで事実を捻じ曲げ自分に都合のよいよう解釈してしまう危険があるというのだ。

 それからは検査結果がデタラメであることを証明するための日々が続いた。

 そして今日。フォークは自分が正しいことを証明した。

 一〇〇人のプレイヤーの誰ひとり成功しなかったアスターテ星域奪還を成功させた。プレイヤーの中には現役将校もいた。フォークが落とされた適性検査に合格した連中だ。彼らが敗者で自分が勝者であることにフォークは己の人生が報われた思いで胸がいっぱいになる。

 

(やはり、あれは啓示(けいじ)だったのだ)

 

 昨夜、フォークは夢をみた。

 宇宙要塞と宇宙要塞が戦う夢だった。噂に聞くイゼルローン要塞かと思ったが外見が違っていたし、夢の中では互いに主砲を撃ってたのでイゼルローン要塞ではないのだろう。

 最後に宇宙要塞がもうひとつの宇宙要塞に体当たりを敢行するところで目が醒めた。

 

(要塞に、要塞をぶつける。そうだ。要塞攻略に必要な火力として亜高速弾にこだわる必要はないのだ。速度ではなく、質量で潰せば頑丈なゲート衛星を破壊できる)

 

 そして、今日は夢の通りのイベントが発生した。外郭要塞のひとつを無傷で手にいれることができたのだ。しかも移動用のタグボート付きで。

 このイベントは他のプレイヤー艦隊では起きなかったようだが、まさにそのことがフォークが選ばれた人間であることを示している。

 

「えー、それでは! 勝利した紺碧(こんぺき)艦隊のプレイヤーであるアンドリュー・フォークさんに、アスターテ星域奪還特別勲章を授与です!」

 

 フレデリカが会場にフォークを紹介した。

 ポニーテールを跳ねるように体を回転させ、ゲスト席に呼びかける。

 

「自由惑星同盟軍が誇る知将、HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)リーダー、ヤン・ウェンリー大佐。よろしくお願いします」

 

 ヤンがうなずいてフォークに近づく。勲章のケースを手にしたフレデリカがあとに続く。

 

「おめでとう、フォークさん」

「ありがとうございます」

 

 フォークは笑顔のままヤンに手を差し出す。つられてヤンが自分の手をのばす。

 

「え」

 

 フォークの袖の内から熱線銃(ブラスター)がのぞく。

 

「感激です。あなたに会えて」

 

 銃口が禍々しい光を放った。

 

 

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