「それで、イヴさんは会議で大見得きったわけだけどよ」
フライングボール競技場に設けられた、軽食フードコート。イヴ一行は腰を落ち着けて、競技場名物だというアイスクリーム入りのフルーツクレープをつまんでいた。
「こんなとこで、こんなことしてるヒマ、あんの?」
「あるよ。健康維持だよ」
イヴは追加で買ってきたクレープに口をつけた。ふるまいこそ涼しげで気品を漂わせているが、クレープのサイズは特大であり、食べるスピードもそこそこには速い。
「食うの何個目なんだよ。そんじゃ健康破壊の間違いだろうが」
「違うよ。健康構築だよ。ここのスイーツは、同盟の下手な専門店よりも美味しいからね」
「まるで答えになってねえの」
統軍参謀本部での作戦会議から、早くも数週間。
イヴ一行はというと、とくになにもしていなかった。首都星ステラリア・コモンズ以外において緊急統制令が出されたため、高レベルの当局者の許可なしには自由に移動できなくなったからである。
「そもそも、やるべき仕事なんてもう終わってるよ」
イヴいわく、先のイルゴンシュタット星域会戦に出る前には、すでに
きっと今頃は、私の手になる者達の働きによって、民間軍事請負会社の戦力は国境付近から姿を消しているとのこと。その事実は、誰よりも
それと同時に。
私を敵に回した時の恐ろしさも、と。
「リゾート休暇みたいなものだよ。うっとおしい同業者やメディアも、ここには来れないしね」
イヴはそう言うと、クレープの最後の一口分を味わった。
「でもよ。仮にも上院議員なのに、外国に無断で長居していても大丈夫なのかよ」
「問題ないよ。野党指導者でもあるアッテンボロー州知事による、議員外交の電撃訪問ってことになってるから。フェザーンには星条国連邦政府との覚書が纏まり次第、サプライズで戻るよ」
野党議員が、政権与党の頭を飛び越えて議員外交。
それはそれで波乱を呼びそうなものだとしても、イヴの軽妙な振る舞いには、彼女自身で問題だと思っているフシがまるで感じられない。
騙し合い。演出。政治力学。
垣間見えるイヴの価値観は、民主的手続きや常識的な倫理観よりも、それらが優越しているようにみえる。
「ハナっから計算どおりってワケか。怖え人だぜ。我らがイヴさんは」
ひゅう、と。ポプランは愉快げに口笛を吹く。
対するイヴは「もっと褒めてくれたまえ」などと、いつもの余裕綽々さである。
とはいえ、イヴ一行にも彼女への疑問を抱く人間はいた。ポプランの女房役こと、イワン・コーネフである。
「あの会議の一件。イヴさんに言い当てられたジークマイスター中将は面白くなかったでしょうね。我々の行動が干渉されなければいいのですが」
「そうだね。彼には悪いことをしたけれど、いまのところはそういう兆候はない。フォーク本部長が明言したように、私と
コーネフの懸念に、イヴはけろりと答える。しかし真意は窺い知れない。
「イヴさんとしては、
「もちろん」
コーネフは踏み込んで問うも、イヴはいつもの調子で短く答えるだけであった。コーネフの関心は、
「イヴ・トリューニヒトさん。貴女は、女性として優美であり、強かな方です。私が人生で知遇を得た女性のなかでも、疑いなく一番に」
コーネフは舌が浮くような、馴れない美辞麗句を並べた。
かつての
「おやおや。コーネフ氏も私を褒め殺すつもりかな? いや、ここまでくると口説き文句かもしれない」
「どうでしょうかね」
コーネフの直感は、警鐘を鳴らしていた。
この男装の令嬢は、飄々とした美女の皮を被った「怪物」だと。
「心配しなくても、お二人に害は加えないよ。どんな展開になってもね」
「なあ、イヴさん。ひとつ聞いてもいいか?」
ポプランが手を挙げる。どうやら重要なことに気がついたらしい。
「フェザーンに帰るとかって言ってたけどさ、おれ達は?」
「二人は連れて行けないね。私が云々というより、
イヴは他人事のように素っ気なかった。
在留の強制。ありていに言えば、人質。
「おれとコーネフって、新年をココで過ごすことになんのか?」
ポプランは当惑した。浮いたイベントのなさそうな色気のない場所で、やることはせいぜいグルメ巡り。しかも当局からの密かな監視付き。耐えられるはずもない。
「そこはキミの、腕の見せ所だろうね。どんな国だって、人口の約半分は女性だよ?」
「……なあ。嘘って、言ってくれるよな」
ポプランにとっては、酷な知らせであった。
「同志ジークマイスター閣下、これらが、対同盟方面情勢の最新データです」
ジークマイスター中将は、腹心の高級幕僚を招集しては、艦隊旗艦の作戦分析室に構えていた。
主席分析官の報告を添えて、モニターに映し出される情報。それらのすべてが、先日の会議においてジークマイスターをやり込めたイヴの言うとおりに推移していた。
「イヴ・トリューニヒトめ」
まるで手品を見ているようだ、と。
ジークマイスターは独りごちる。先日の件は感情的に面白くはなかったが、それ以上にリアルな恐ろしさが背筋を走る。あの男装の女の手腕は見せかけではない。まさか、これほどまでに情勢を手に取るように操作するなど。陰謀論者の後出しジャンケンでもあるまいに。
しかし、現実は現実。そこを感情で歪めて認めないジークマイスターではない。現時点では、あの女は味方。ならば、使えるだけ使い倒すだけのこと。それ以上でも以下でもない。
「同志スキエルスカ。君は、あの女についてどう思う?」
「猛毒です」
銀白色のショートヘアの少女が、口数少なく答える。されど彼女の軍服左胸部に示される少なくない略綬が、揺るがぬ英雄的功績を示す。
ウルシュラ・スキエルスカ少将。
対帝国防衛を担う第二艦隊において、艦隊の半数を任される副司令官であった。
「猛毒、か。やはりきみもそう思うか。きみの直感は何物にも勝る。答え合わせができて助かる」
ジークマイスターは、スキエルスカ少将を手放しに賞賛する。
華奢な身体。小さな背丈。儚げな無表情。彼女を一見して、司令官ではなく「少女」と評するに誤謬はない。事実、彼女の年齢は一八。れっきとした少女である。とはいえ、第二艦隊において彼女の能力に疑問を持つ者は誰一人いない。
二年間に五十回以上。たえず苛烈な衝突に晒され続けた対帝国方面にあって、彼女に率いられた艦隊は敗北を知らない。
人呼んで〈守護聖天〉。
ともあれ。主席分析官の報告が続けられる。
「対同盟方面の脅威が取り除かれたことにより、我々は現有機動戦力のすべてを対帝国方面へと配置できます。すなわち五個艦隊、二五〇〇〇隻を、です」
主席分析官はモニター表示を切り替える。
今回の防衛戦は国家の存立を賭けたものであるため、星条国連邦軍の保有する全戦力が投入される。
陣容は以下の通り。
(直轄軍/本国予備軍)
第一艦隊、ウィザーズ統軍総長、一五〇〇隻。
(第一総軍/対帝国方面軍)
第二艦隊、ジークマイスター中将、九〇〇〇隻。
第四艦隊、ヴァトゥシア中将、九〇〇〇隻。
(第二総軍/対同盟方面軍)
第三艦隊、グエン・バン・ヒュー中将、四〇〇〇隻。
第五艦隊、アイゼンベルグ中将、一五〇〇隻。
これら機動戦力にくわえて、開拓民兵部隊、後方支援部隊、拠点防衛部隊、等々を合算すれば、動員可能隻数は五万隻にもおよぶ。無論この数は機動戦力と同等の運用はできないものの、地の利を活かした防衛戦においては充分に補助戦力として換算できる。むしろ問われるべきはハードウェアではなく、部隊指揮官の戦術的手腕であろう。
しかし。なお、彼我の戦力差は歴然。
単純な艦艇数とカタログスペックで評価するならば、ゆうに五倍以上の戦闘能力。
「敵は強大です」
「同志スキエルスカ。きみの心配には及ばない。そこでこそ、私の打ち立てた縦深遊撃理論が意味をなすわけだ。勝手知ったる自国領での防衛戦。実行に容易く、対処に困難を強いる作戦だ」
ジークマイスターは腕を組み、堂々とふるまう。
戦力差を埋めるカギとなるのは、モニターに表示された星系間航路図。幾多の星系を経て首都星ステラリアコモンズに至るまでの地理的縦深に、いかにしてロイエンタール朝の軍隊を疲弊せしめる毒を仕込みうるか……。ジークマイスターはその術を知っている。
「はい。作戦初期はヴァトゥシア中将にお任せすれば、問題ありません」
「ああ。あれの手腕と判断力は間違いない。世俗に染まった、ずけずけとした物言いは気に入らないが」
これは、司令官クラスの双肩に掛かっている。そして役割はジークマイスター中将ひとりに帰せるものではない。
重要なのは、ジークマイスターの脇を固める将官や上級佐官。彼らの戦略的思考が相互作用してはじめて、隷下部隊はひとつなぎの防壁として『高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応』することが可能となる。その意味で、ジークマイスターは第四艦隊のヴァトゥシア中将を疑いはしなかった。
「少将。第二艦隊の指揮は、実質的に君に一任する」
正式な辞令は下っていないものの、ジークマイスターは今作戦上臨時編成される対帝国防衛総軍の参謀長に内定していた。すなわち一個艦隊を率いる視点よりも、さらに戦線全体を俯瞰した立場。彼はもっとも信頼のおける存在に、機動戦力をためらわず委任した。
余談ではあるが、総司令官はウィザーズ・リー。副司令官にフォーク大将。
主席分析官の報告が済んだところで、ジークマイスターは席を立った。
「同志諸君!」
意思を統一させる檄。
ジークマイスターは姿勢を正し、
「我々は危機にある。
いうまでもない。
ロイエンタール朝新銀河帝国の侵攻軍である。
「しかし、我々の目標は、まずもって我々自身の手で為さねばならない! いかなる対外勢力に依存することなき、我々の勝利としなければならない!」
自存自衛。血を流す覚悟。
それら無くして、いかなる勢力も、我々の存在を認めない。
「栄光の第二艦隊は、諸君らの英雄的奮戦によって、
ジークマイスターは革命の大義を確信する。
彼は、裂帛の号令を出す。
同志諸君、隊伍を組め!
同志諸君、勝利の日は近い!
同志諸君、我々は、旧き世界を打ち倒し、我々こそが、新世界の主人となる! そして……。
「
時同じくして。
その他の司令官も、各々に来たる戦の準備を重ねる。
第三艦隊、旗艦〈マウリア〉。
司令官、グエン・バン・ヒュー中将。
「はははは! 一〇万隻以上の相手の戦いたあ、バーミリオンぶりだあ。今度もこのグエン・バン・ヒューが、今すぐぶっ潰してやらあ!」
「提督。我々の出撃は、あくまで最終段階であって」
「ああそんなことわかってんだよ意気込みだ意気込み!」
第五艦隊、旗艦〈ベルリヒンゲン〉。
司令官、クルト・フォン・アイゼンベルグ中将。
「ようやく、我々
「……時は来れり、也」
「憎き簒奪者、ロイエンタールを討ち滅ぼす時、ですな」
第四艦隊、旗艦〈ンジンガ・ムバンデ〉。
司令官、ヴァトゥシア中将。
「
「ねえ、おばちゃん? ジークなんとかっつう調子こいたクソガキ、今度ぶん殴ってくれよお」
「で、仮にも分艦隊司令なのに甘ったれのあんたは、油売ってるヒマあんのかい? とっと仕事しな!」
第一艦隊、
統軍総長、ウィザーズ・リー。
「……そちらの一枚紙は?」
「絵だ。昔、とある少女が描いた。リヒテンラーデ大統領には見せたことがあったはずだが」
「我が国の国旗、ですか」
「ああ。我々が、命を賭すべき価値。守らねば」
かくして。つがえられた矢は、射られる。
帝都オーディン。
『我らが、帝国は……。未来を勝ち取りし「優等存在」である』
唯一至高の存在たる皇帝陛下の玉言が、版図におさめる全星系に放たれる。
新銀河帝国初代皇帝、オスカー・フォン・ロイエンタール。
……余は、汝臣民に告げる。
我らはこの四半世紀、絶えず闘い続けた。ゆえに退廃に勝利し、叛逆に勝利し、歴史に勝利した。
五世紀にわたって権威と権力の座にしがみつづけたゴールデンバウム王朝などという銀河の老廃物は打ち捨てられた! バーミリオンの闘いで受けた傷により、志半ばで斃れたラインハルト・フォン・ローエングラムの「闘いの精神」を受け継ぎ、帝国の再統合を建前に自己の保身を計ったすべての蠢動者を斬り伏せ……、我らは、ようやく勝利したのである!
我らが勝者となったのは、けっして神の恩寵などではない! 大いなる何者かに選ばれたのではない! 我らが、他ならぬ我らの意思で選び取り、勝ち取ったがゆえである!
すなわち、絶えざる闘争を厭わず、勝利し続ける我らこそが、真なる「優等存在」なのである!!
臣民の諸君。広い銀河を見渡してみるがよい。
諸君らは、この人類の治めるところ、さまざまな勢力が欺瞞に呑まれていることを知る。
では、我らが新銀河帝国はどうか。
我らは新しく、力に満ち、目前には無限の可能性が拓かれている。
それは、我らの信じる価値が明快であるがゆえである。
それは、闘争である。
闘争。闘争。闘争。絶えざる闘争のなかでこそ「優等存在」が磨き上げられ、進歩が生じる。闘争の加速こそが停滞を打破し、人類の歴史に唯一発展をもたらしうる、恒星の熱量なのである。そして臣民諸君こそが、
余の愛する臣民……。
いや、「優等存在」たちよ。
闘え! 闘え! 闘え!
闘うのだ!
我らが築く新たなる帝国には、奴隷も貴族も、人種も性別も、差別も貧富も存在しない! 甘えや怠惰は存在し得ない! ただ闘いに身を投じ、勝利しうる者こそが、すべてを手にするのである!!!
絶えざる闘争の経て、銀河は我ら新銀河帝国の、諸君ら「優等存在」の手によって統一され、まだ見ぬ銀河へと、さらなる雄途を果たすのである!!
進め! 進め! 進め!
銀河の果てまで、つき進むのだ!
勝利の栄光は、「優等存在」の諸君らにこそふさわしい!