ルナのドームライブの日がやってきた。
関係者席のチケットを事前に用意してもらっていた俺と朝香は、開演の一時間前から会場入りしていた。
「うわ、すごい熱気だな」
会場に足を踏み入れた瞬間、地鳴りのような歓声が肌に伝わってくる。
ドーム全体を埋め尽くすペンライトの光が、開演前から既に波のようにうねっていた。
「ここまで大きな会場でやるとはね」
「あの炎上を乗り越えたからか、熱気もすごいわね」
朝香が感慨深そうに客席を見渡していると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。
「おーい、二人とも!」
振り返ると、伊本さんが手を振りながら近づいてきていた。
「伊本さん! 来てくれたんですね」
「そりゃ来るさ。西遊記メンバーの晴れ舞台、見逃す手はないだろう」
伊本さんは自分の胸に手を当てて、嬉しそうに笑った。
「三蔵法師一行、勢揃いですね」
そう考えると、俺にとって西遊記は俳優としてのキャリアだけでなく、かけがえのない仲間を得ることができた大切な作品と言える。
撮影は大変だったが、俺にとっては一生モノの宝だ。
「こんな大きな会場でルナちゃんのライブが見られるなんてなぁ」
「あの現場で一緒に苦楽を共にした仲間の晴れ舞台ですから、しっかり見届けないと」
俺の言葉に、朝香が力強く頷いた。
「ふふん、ペンライトも用意したわ」
「気合入ってるな」
朝香がバッグから取り出したのは、ECHO DOLPHINの公式物販で販売されているペンライトだった。
かなり気合の入った一品で、ライト部分はイルカになっている。普通にインテリアとしてもアリな一品だ。
「一本は翼の分よ」
「用意周到だな。いくらだった?」
「税込み五千七百円よ」
気合い入った値段してるなぁ。
「伊本さんの分もありますよ、ほら」
「おお、ありがたい! はい、六千円で」
朝香から受け取ったペンライトを掲げて、伊本さんは嬉しそうに目を細めながら財布を取り出していた。
「そういえば、猪八戒として現場にいたときも、ルナちゃんの努力量にはずいぶん驚かされたなぁ。裏で人一倍練習してたもんね」
「あのすっぴん演技も、伊本さんが後押ししてくれたおかげですよ」
「いやいや、あれは翼君と朝香ちゃんの根回しがあってこそだよ。僕のしたことなんて大したことじゃないよ」
案内された関係者席は、ステージからほど近い位置だった。
照明が落ち、会場全体が暗闇に包まれる。
開演を告げるカウントダウンが流れ始めると、客席のボルテージが一気に跳ね上がった。
「来るぞ」
「ええ」
俺と朝香は、示し合わせたようにペンライトを構えた。
オープニングの映像が終わり、ステージにルナが姿を現した瞬間、会場全体が爆発的な歓声に包まれる。
ルナがマイクを持って、一曲目のイントロに合わせて踊り始めた。
「ソイヤ! ソイヤ!」
まず動いたのは朝香だった。
両手を高く突き上げ、腰を落として左右に振る動きは、明らかに素人の域を超えていた。
「なんでそんなに手慣れてるんだ?」
「コールの振り付け動画を徹底的に分析したもの」
こういうところは相変わらずである。
朝香にとって、ルナはそれだけかけがえのない存在なのだ。
「オイ! オイ!」
俺も負けじと声を張り上げる。
子役時代、現場で愛想を振りまいてきた俺にとって、大声を出すことも身体を動かすことも造作もない。
「二人とも、気合入ってるねぇ」
隣の伊本さんが、腹を抱えて笑いながらそう言った。
彼自身もペンライトを両手に持って、慣れた様子でオタ芸めいた動きに参加している。
「伊本さん、意外とキレありますね」
「若い頃は海外の僻地でダンスする企画なんてざらだったからね」
曲がサビに入ると、ルナがこちらのブロックに向かって手を振ってきた。
一瞬だけ視線が合った気がした。
「ルナー!」
「ルナ! こっちよ!」
「ルナちゃーん!」
俺と朝香、そして伊本さんまでもが声を張り上げると、ルナの口元がわずかに緩んだのが見えた。
プロとしての笑顔の中に、一瞬だけ素の笑みが混じったような気がした。
次の曲が始まると、俺たちは再びペンライトを構えた。
会場の熱気に負けじと、俺たちは声を張り上げ続けた。