会場を出ると、外はすっかり夜になっていた。
会場の外壁には、控えめながらイルミネーションが飾られている。
そういえば、今日は12月25日だった。
ライブの熱気に押されてすっかり忘れていたが、世間的には特別な夜らしい。
「じゃあ、僕はここで失礼するよ」
伊本さんが腕時計を確認しながら、そそくさと帰り支度を始めた。
「あんまり遅いと怒られちゃうからね」
「クリスマスですもんね」
「ああ、帰ったらサンタの服装に着替えないといけないしね。二人とも、良いクリスマスを!」
伊本さんは軽く手を振ると、あっという間にタクシーへと乗り込んでいった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は隣に立つ朝香をちらりと見た。
「朝香、このあと予定あるか」
「特にないけど」
当たり前のように答えてから、朝香は数秒遅れて何かに気づいたように目を丸くした。
「……クリスマス当日に予定を聞くのってどうなの?」
朝香はそう言いながらも、どこか楽しそうにコートの襟を正した。
「せっかくだし、ちょっと歩きましょう。そのまま帰るのも味気ないわ」
「朝香から察して提案してくれるなんて思わなかったよ」
「文化祭以来、あたしも普通のことができるようになったのよ」
得意げに胸を張る朝香を見て、俺は思わず笑ってしまった。
二人で会場を出ると、駅前の広場に大きなツリーが立っていた。
電飾が規則正しく点滅していて、その周りには家族連れやカップルが写真を撮っている。
「綺麗ね」
朝香がツリーを見上げながら、ぽつりと呟いた。
「子役の頃、こういうのゆっくり見た記憶がないな」
「あたしも。クリスマスだろうと、ドラマや映画の収録があったもの」
駅前から続く並木道は、青と白のLEDでトンネル状に飾られていた。
歩くたびに光の粒が頭上を流れて、まるで川の中を進んでいるような錯覚に陥る。
「これ、去年もやってたのかしら」
「さあな。去年は受験勉強で忙しかったからな」
「それもそうね」
並木道の途中には、小さなオブジェがいくつか設置されていた。
トナカイの形をした電飾、雪だるまの形をした電飾。
どれもありきたりだと言えばそれまでだが、朝香は一つひとつ立ち止まって眺めていた。
「イルミネーションがそんなに気になるのか」
「気になるっていうか……こういうものを、ちゃんと〝見る〟ことをしてこなかったのよ」
朝香は雪だるまのオブジェの前で足を止めたまま、独り言のように呟いた。
「現場に行くときも、車の窓から一瞬見えるだけ。それで終わりだった……師匠の言ってたことも尤もね。こういうのを素で楽しむことも覚えないと」
朝香はそう言って、また歩き出した。
俺もその後を追う。
並木道を抜けると、広場の中央に一際大きなツリーが見えてきた。
高さは二十メートル近くあるだろうか。
金と赤を基調にした装飾が、規則正しく光の色を変えている。
朝香はツリーを見上げたまま、しばらく動かなかった。
その横顔が、いつもの分析するような目とは違って見える。
純粋に、目の前の光景を楽しんでいるだけの顔だった。
「せっかくだから、あったかいものでも飲もうか」
近くの屋台からは、ホットワインやチュロスの甘い匂いが漂ってきていた。
朝香がじっとその屋台を見つめている。
「ホットチョコレートとかどうだ?」
「……別に」
「目に飲みたいって書いてあるぞ」
「うっさいわね」
軽口を叩き合いながら、俺たちは屋台の列に並んだ。
湯気の立つホットチョコレートを二つ買って、ベンチに腰を下ろす。
「ほい」
「ありがと」
紙コップを受け取った朝香が、両手で包み込むようにして口をつけた。
「んー、あったかい……」
その顔が、あまりにも自然な女の子の顔で、俺は思わず視線を逸らした。
仕事のときの朝香とは違う。
演技で作られた表情ではない、ただの田中朝香だった。
広場の向こう側に、小さなマーケットが並んでいるのが見えた。
木製の屋台に、アクセサリーや雑貨が所狭しと並んでいる。
「あっちも見てみるか」
「ええ」
俺たちはホットチョコレートを片手に、マーケットの方へと足を向けた。