その発生源を探る中で、地下深くの荒廃した研究施設を発見する。
そこで彼女が目にしたのは、言葉を話す死体であった——
かっけぇセナが書きたかった.....それだけの短編です。
以前投稿したものがガバガバ&読みにくかったので大幅にリメイクしました。よければどうぞ〜!
「大丈夫……大丈夫だからっ!」
震えるみんなを抱きしめながら、言い聞かせるように何度も繰り返す。
窓も時計もないこの地獄に閉じ込められてから、もうどれほど経ったのか分からない。何週間か、何ヶ月か、それとも。
隣の部屋では甲高い音と共に、何かがひび割れる音が聞こえる。それと付随するのは、一度聴くと一生耳から離れることのない、悲鳴も。
「ま、守るから......私、ゲヘナの風紀委員だから!最強の、あの」
吐き気を抑え、涙を堪え、今はただこの子たちを抱きしめる。
この前赤いドレスを着た異形が、他の異形にバレないようこっそりと伝えてきた言葉を反復する。
「じゃあ今日は......君。お外に出たら、助けを呼ぶの。風紀委員会とか、きゅ、救急医学部とか。それ以外でも、なんでもいいから。ね?」
少女が鼻を啜りながらコクコクと頷く。良い子だ。
ドアがノックされる。あの装置が使えるようになった合図。
あの装置を通った先には確かに光が見える。きっと外につながっているはずだ。
「い、いくよ」
この子の手を引いて、装置に向かう。
背後では、悲鳴が途切れた。
また一人。守れなかった。
後ろを見ないようにして、歩く。
次の実験はいつなんだろうか。
その時、私が選ばれないとは限らない。選ばれた子がどんな目に遭うのかも分からないが、二度と戻ってこないことは確かだった。
ああ、怖い。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない!
でも。
この子たちを見殺しにするのは、もっと嫌だ。
─────────────────
「洋館から響く謎の重低音、ですか」
『ええ。といっても大して広くない、こじんまりとした建物よ』
携帯端末に送られた座標を見ながら、鬱蒼とした森の中を進む。
ゲヘナの端、管理の手が届いていないこの自然。とはいえ電波は届くので、帰り道で迷うことはないだろう。
『悪いわね。前から報告は上がっていたのだけど、手が回らなくって』
「いえ、近くに寄ったついでですから」
偶然にもその座標付近に救急車を走らせていた私は、ある調査を引き受けることにした。
風紀委員会に届いていた、異音の調査である。
『それで......セナ。あなたはどうしてこんな森にいたの?』
「他の部員から救護要請があったのです」
数刻前。この森付近で連絡が入り、救急車でその場に駆けつけた。救急患者には既に応急処置は済ませ、他の部員に引き渡してある。
そして委員長の言う異音は、確かに私にも聞こえていた。
『誰かが怪我をしていたのかしら』
「不気味な音に驚いて派手に転んで頭を打ったようです。私が到着した後目覚めましたが、起きた途端に錯乱して襲いかかってきたので、もう一度気絶させてそちらに送りました」
『......そう、大変ね』
「ゲヘナでは良くあることでしょう」
そうこう話しているうちに、木々をかき分けて目的の洋館が姿を現す。
聞いていた通りそこまで大きくはない。そこかしこに蔦が絡み付き、放棄されてから酷く時が過ぎていることを感じさせる建物だ。
「到着しました。調査に入ります」
『本当に大丈夫?まあどうせ、人がいないのを利用して不良が集まってる......みたいな感じだと思うのだけど』
耳を澄ませてみるが、報告にあったような音は特に聞こえない。
「そこまで時間はかからないでしょう。ご心配なさらず、ヒナ委員長」
『......分かった、お願いするわ、セナ』
扉を開けて、足を一本踏み入れてみる。
蔦がちぎれ、錆びついた金具がキィと音を立てて私を出迎える。それが終われば、中からの物音は一切聴こえない。
不気味なほど静かな洋館は、一人の影を飲み込んで扉を閉ざした。
───────────────────
「どなたか、いらっしゃいますか」
朽ちかけている床を踏み鳴らして洋館の中を探索する。
廊下からいくつか扉を開けて部屋を覗いてみるも、人影や生活の跡はない。 不良が居着いているというわけではなさそうだ。
いくつかの古い調度品が目に入る。それらは長く放置され、埃をかぶっているものの......どれも美しく、均整の取れた配置をしている。
当時のままというよりは、まるでモデルルームのような印象を受ける。この洋館には 本当に人が住んでいたのでしょうか?
「……!」
ゴウゥゥゥン
低く。
ゴウゥゥゥン
不気味な音が響き渡る。
「異音とは、これのことでしょうか」
古風な建物に似つかわしくない機械的な音。これが洋館の外にまで鳴り響いていたのだろう。
ずっしりと響く重低音は屋敷を振るわせる。埃が舞い、床が軋む。とてつもなく大型の機械か、しかしこの小さな洋館にそのようなものを置けそうな場所はなさそうだ。
となると、この音の発生源は。
「下......?」
この音はどこかの部屋ではなく、地下から聞こえてくる。定期的に、波のように鳴り響くこれは――
パキッ
「っ!」
突如床が抜け、体が宙に投げ出された。
ミレニアム製の小型救助用ワイヤーを咄嗟に引っ掛ける。どうやら上手く引っかかってくれたようで、自由落下が食い止められ宙に浮かぶ。
真下は暗闇。これほどまでに深い奥底から、地上までその咆哮を響かせる機械はどれほどのものなのか。
ゆっくりとワイヤーを伸ばしてスルスルと降りていく。一分ほど降りた辺りで、金属製の床に足がつく。
懐中電灯で辺りを照らすと、目の前にはドアが現れた。近づけば、入り口とは違いスムーズに開いて私を出迎える。
「上の洋館は、カモフラージュ?」
地上とは違い、近代的な材質とデザインの廊下が続いている。やはり本命はこちらでしょう。
硬く、光沢のある素材で作られた廊下は、私の足音をコツコツと響かせる。
「また扉ですか」
上部のセンサーバーには緑色のランプが点灯している。電源が通っているというのは、どうも不気味に思えてくる。
念のため銃を構えそっと、ドアの前に手をかざす。
扉はランプを点滅させて私を迎え入れる。
その後も現れた扉を押して開いていく。
「......!」
そして何度目かの錆びついた扉を開いた先で、私の目に入ってきたのは。
目に光はなく、呼吸もせず。
ヘイローも掻き消えた——
『死体』
「あ......人?良かった。助けてください」
ただしその彼女は——言葉を発していた。
――――――――――――――
「......あの?」
「——はい。助けに、参りました」
胸部は上下せず。脈もない。
血色は悪いなんてものではありません。
まさか彼女は『死んで』いる?
「私は救急医学部部長の、氷室セナです。ここで何が?」
「あ......えっと。あんまり覚えてなくって」
いくら近くで見ても何も変わらない。
これは新種の病気でしょうか?身体が死体と全く同じになる病気?
もっとも私は本物の死体を見たことはありませんので、はっきりとした事は言えませんが。
「覚えていない?」
「閉じ込められているんです。それで、向こうから外に出られるんです......」
乾燥してひび割れを起こした彼女の指が、別の扉を指す。言われるがままにドアノブを回せば、その扉はあっけなく道を開ける。
どうするべきか。応援を呼ぼうとするも、地下奥深くでは当然のように圏外だ。
彼女を連れて引き返しても良いけれど、崩落したての床に引っかかったワイヤーを巻き取るより安全な道があるのであれば、それが最善のはず。
「良かったです。助けが来てくれるなんて......」
彼女は一体何者なのでしょうか。
とにかく、病状を調べるためにも......ここで彼女に身に何があったのかを調べる必要がありそうです。
―――――――――――――――
「あっちです。ああ、この部屋......こ、ここにみんな押し込めらたんです」
「押し込められた?」
廊下を歩いていると、思い出したのか彼女がポツポツと話し出す。
彼女はどれほどここに居るのだろう。
「そ、そうです。私たち、攫われて......あ、あの子も、あの子も」
「それは......」
誘拐事件、でしょうか?
思っていたよりも重大な事件のようです。
すぐさま彼女と共に脱出し、委員長に連絡を取らねばなりません。
「で、でも私、頑張ったんです。ゲヘナの風紀委員なので」
「風紀委員の方でしたか」
であれば彼女の身元を特定するのも簡単でしょう。
「この先に、脱出装置があるんです。私それを動かして、みんなを逃してあげたの」
「脱出装置......?そうですか。よく頑張りましたね」
彼女は一見気弱そうですが、人を助けたいという強い気持ちを持っているようです。
「ああ、良かった。人が来てくれて。きっと逃げた誰かが助けを呼んでくれたんですね」
「......」
私がここにきたのはただの偶然ですが......しかし救護対象が居たのですから、運が良かったと言えるでしょう。
「......あ、その、忘れ物があって。ちょっと、取りに行ってきますね」
「はい」
そう言うと彼女は隣の部屋に入っていく。彼女が通った足元には、煤のような汚れが付いていた。
出会ってから十数分、彼女はずっと足を引きずりながら歩いているせいだろう。
「......さて」
一人になる。
それにしても、ここは一体なんの施設なのだろう。誘拐し身代金を要求するためだけの施設でない事は確かだ。
少し廊下を進むと、一つだけ人感センサーの扉が目に入った。
「——手術台?」
スライドした先にあったのは、救急医学部の本部でも使われているような手術台。
そこには見たことのない器具ばかりが散乱しており、医療の現場で使われるものは何一つ置いていない、異様な手術部屋だ。
「何か手掛かりになりそうなものは......」
棚を手当たり次第にあさると、数枚の書類が姿を現した。
綺麗な文字で綴られたその中身は────
――――――――
神秘と恐怖の反転実験
神歴2xxx年 x月x日
我々█████は、キヴォトスの神秘の————のため、神秘の裏側にある恐怖の研究を開——
初期段階の『手術』では不完全な状態で恐怖が露出した結果、パラドックスが生じて研究対象が消滅。
神秘と恐怖は同じ世界に共存できません。ゆえに、完全な反転ができる技術が必要となる。
そこでこの███遺産の一つを使用し、これを解決。
使用した遺産は『擬似:█████の玉座』。次元、██、実在の有無が確定させずに混ざり合う、混沌の領域。
本来はオーパーツ、『█████████』の内部にある部屋を擬似的に再現したもの。
この空間によって、不完全な神秘の露出であっても消滅を防ぐことが可能となった。
以下は、その記録である。
被験体No.1█████████████
――――――――
【メモ】
今日で実験開始から、半年経過。
いつのまにか、██によって連れてきた被験体が数人、居なくなっているのが確認されました。
どうやら██████が、未完成の恐怖露出装置の試験運用のため、『手術』による実験に適さない被検体を使っているようです。
装置のデータを取った後はこの玉座の外へと脱出させているのだとか。
玉座から離ればパラドックスによって██するため外部に漏れる心配はありませんが、勝手なことは███...
まあ、データも取れますしいいでしょう。時にはそのような余裕は必要です。
それに、ヘイローに干渉するあの機械には大量のエネルギーを要します。██はそれを一人の被験体に賄わせているようで、面白い変化が起きているようです。
――――――――
全ての実験が完了しました。
結論として、大した神秘を持たない生徒ではあまり良い結果が出ませんでした。
より強く、より素晴らしい神秘を対象にする必要があります。それについては当てがありますので、後ほどお伝えします。
この実験でヘイローへの干渉技術は完成しましたので、我々はこの実験施設を去ることといたしました。
それから、もう一つ。ヘイローに干渉する装置にエネルギーを注ぎ続けた少女は、見たことのないものに変貌しようとしています。
神秘も恐怖もなく、ただそこに在る、いずれ█████する『死体』。
残りの被検体は彼女に差し上げましょう。それから、この施設も。
もしかすると。『歓喜のレプリカ』や、『大衆芸術』のような██に、変貌を遂げるかもしれませんね。
残す資料としては、████████████.........
―――――――――――――――
遠くから引きずるような足音が聞こえる。
私はとっさに資料を手放して手術室を出た。
「......」
「お、お待たせしました。あの、どうかしましたか......?」
目の前の少女はこれを知っているのか。
いや、彼女はみんなを助けたと言っていた。ならば――
「いえ。なんでもありません」
「そ、そうですか?それじゃあ先に......あうっ!?」
彼女がつまづいて派手に転びかけたので、どうにかそれを支える。
「ご、ごめんなさい......!」
「いえ。少し、休みましょうか」
......彼女は、『死体』?
私は今、死体を目にしている――?
―――――――――――――――
「どうぞ」
「わ......ありがとうございます」
ポーチからいくつかの食べ物を取り出して、彼女に渡す。
「......久しぶりに違うものを食べました。これ、いつも持ち歩いているんですか?」
「はい。救助で数日間戻れない場合もあるので、栄養の高いものを必ず持ち歩いています」
彼女はあっという間に携帯食料を平らげた。
「あれ、これは......飴玉ですか?これも救助の時に必要なんですか?」
「それは、救助対象が小さな子供であった場合に渡すものです。人によっては、不安で泣き出したり、錯乱してしまう子もいますから」
そういった場合にお菓子というのは非常に役に立つ。飴玉やラムネのようなものを選べば、嵩張ることもない。
「なるほど......そっか......こういうのがあったら、みんなを泣き止ませることが......」
彼女は嬉しそうに、希望を見つけたように......飴玉を眺めている。
「あの、これはみんなに持って行っても良いですか?」
「みんな、とは」
この先に、まだ要救助者がいるのでしょうか。
「はい。彼女たちの泣き声が聞こえるでしょう......すぐにこの飴玉を持って行ってあげなきゃ......」
「......声?」
彼女は急に立ち上がると、部屋の外に歩き始めました。
「私はもう大丈夫です。出発しましょう、みんなが待ってますから」
「......はい」
二人並んで、歩みを進めていく。
静かで暗い廊下には、私たちの足音だけが、響き渡る。
―――――――――――――――
「ここです」
「これは......」
彼女の先導に付いて行き、目的地らしい部屋へとたどり着く。
そこには...『ゲート』のようなものが一つだけ、ぽつんと置かれている部屋でした。
「これが『脱出装置』...ですか?」
「はい。その、誘拐犯さんの中にも優しい人?がいて、教えてくれたんです」
彼女がその装置に駆け寄る。
「頻繁には使えないんですけど......ここにエネルギーを込めればこのゲートが開いて、その後ゲートを通った一人だけは、外に出られるんです」
「それは......」
ゲートの向こう。ガラスで閉ざされていますが確かに光が見えます。
ここに辿り着くまでに何度か階段を登っているので、座標的にも外に出られるというのは、間違いではないでしょう。
これが、レポートにあった...ヘイローに干渉する装置?
あれが真実であるならば、ここを通った人は『反転』なる現象を起こす。
そしてその状態の人が外に出ると......
「なので、セナさん」
「はい」
撃鉄を上げる音。
こちらに銃口が向く。
「お願いします。貴方のエネルギーをその装置に入れてください」
「......落ち着いてください」
先程忘れ物があるといって、彼女が持ってきた拳銃だ。
「私と出会った付近にワイヤーを張ってあります。そこから出れますよ」
「あそこは開きませんよ。あの人たちが誰かを攫ってくる時以外は」
あれは人感センサー......といっても動くものであれば反応するはず。彼女の特異性ゆえに反応しないのか?それを考えると彼女はあの手術室にも入ったことがないのだろう。
「私が戻らなければすぐに応援が来ます」
「時間がないんです。こうしている間にもまた誰かが連れていかれて殺されます」
彼女は泣き出す。涙もなしに。
「皆さんはどこに?」
「いるでしょう。聞こえるでしょう......!ずっと!!███ちゃんが!██ちゃんも!███ちゃんだって.....っ!!!」
レポートで見た名前です。被験体No.3、7、13。
この装置ではなく......誘拐犯の『手術』によって『反転』を起こし消滅してしまった少女たちの名前。
「お願いします私じゃダメなんですもう何度も装置を動かしてるのに!」
「鎮圧します」
向けられた銃口から火花が散る。
転がり込んで回避し、接近。二発、三発と打ち出された弾は、余りにも分かりやすい軌道を描いて飛んでくる。
体が朽ちているとはいえ彼女の戦闘能力は......風紀委員のそれでは、ない。
「っ......!」
拳銃を蹴り飛ばす。
「あああっ、ああっ!」
足をかけてバランスを崩させ、そのまま床に抑え込む。
「落ち着いてください。あなたのそれは幻聴です。ここには私とあなた以外誰も居ません」
「噓!噓......うう、けほっ」
彼女の抵抗が止まる。いや、彼女の右足が取れていた。
「......声が、悲鳴が!あ、でも、悲鳴のあとは......ああ、死ぬの?」
......押さえつける力を抜く。暴れる意志も気力も、既になさそうです。
「ああ........そっか。うん、そうだった。みんな、私が...見捨てたんだよね」
「............」
レポートを読む限り、この装置で外に出す人を......その悪辣なる誘拐犯は彼女に選ばせていたようです。
選ばれず、他の誘拐犯の『手術』を受け消滅した人を――彼女は『見捨てた』と解釈したのでしょうか。
そして、彼女が選んだ人も......
「私......」
「しかし、あなたは救ったのでしょう。この装置で」
恐らくこの洋館から脱出できたものはいない。しかしそれを彼女に伝えることはできない。
「......そう、なんです。私、あれを使うたびに......つらくて、苦しくて。でも私、さっきの子まで、ちゃんと......」
この施設には彼女以外誰もいませんでした。
つまり結果はどうあれ、彼女は最後まで......人を救う意志を持って戦った。
「あ、じゃあ......もう誰も、いないんだ」
「......っ!」
突如部屋の照明が落ちる。
「もう、終わっていいんだ」
『施設管理者の接続が確認できません。機密保持及び、色彩の接収対策のため、「擬似:ナラム・シンの玉座」の破棄プログラムを開始します』
「崩れる......!?」
今のシステムアナウンスの内容はよく理解できないが、ここは危険だということだけは分かった。
「っ......こっちはダメですか」
『ゲート』に向けて発砲するも割れる気配はないし、ここからの脱出は不可能だろう。このままでは生き埋めだ。
とっさに彼女の手を掴むも、それは手首から塵のように搔き消えた。
倒れ伏した彼女の体が。
少しずつ。
崩れようとしている。
これは――この場所が『外』と同じになろうとしているため、彼女が消滅しようとしている......?
彼女は既にこの装置を使ってしまっていたのでしょうか?もしくはこの装置にエネルギーを入れ続けたことの影響?
───いえ、これは後で考えるべきことです。
「しっかり、私の背中に捕まってください。ここから出ますよ」
彼女を崩れないよう慎重に背負う。とにかく元居た場所からの脱出を目指すべきだ。
部屋を飛び出して僅か数秒後。今居た場所の天井が落ちる音がする。時間がない。
「.......なんで」
「舌を噛みますよ」
崩壊による地震で、棚や物が散乱した廊下を駆け抜ける。
「なんで、私を連れて行くの。私は......あなたに銃を向けたのに」
「私は、もう何者でもないのに」
「私は、何もできなかったのに」
彼女は本当に知らなかったのだろうか。あのレポートを見ていなくとも、察していたのかもしれない。
脱出した人々が呼ぶはずの助けは、いつまで経っても現れないのだから。
「それは、あなたが最後まで、他の人を救おうとした......優しい人だからです」
「......」
彼女にはあの装置を使う権限が与えられていたのです。この施設を誘拐犯が去った後も。
使おうと思えば自分が通ることだって、できたはず。
倒れ込んできた柱を寸前で飛び越える。背後から、崩壊の足音がどんどんと近づく。
「そっち、行き止まりだよ。何もないの」
「大丈夫です」
幾重もの扉を蹴破り、ようやく私が落下してきた地点に戻ってくる。
人感センサーのドアは、簡単に私たちの行く道を開いた。
最初に落下してきた穴、そのワイヤーはまだ引っ掛かっているようだ。
それを巻き取りながら、ボルダリングの要領で上へと駆け登っていく。
もう、地下は完全に埋まっているでしょう。
「あなたは最後まで、人を救いました。誇り高く、素晴らしい人です」
「そう、かな。まあ......私、風紀委員だから」
なんとか地上に出る。大きな穴の空いた、アンティーク調の部屋。
この洋館も、今にも崩壊しそうな音を立てている。
「助けて、くれる......?」
「はい」
急いで部屋を飛び出す。
「私......外、出たいな。みんなの、ところ、に......」
「お任せください」
私の方に掴まっているのはもう右腕だけで、彼女の左腕は肘から先がなかった。
ここを曲がれば、後は廊下を抜けて玄関です。
「......セナ、さん」
「はい」
まともに聞き取れないガラガラの声が、漏れ出たつぶやきを残す。
「......死にたく........ない......な......」
最後の長い廊下を一直線に駆け抜ける!
「死なせはしません。私は、救急医学部ですから──」
―――――――――――――――
「───以上が、事の顛末になります」
「......そう、そんなことが」
翌日。あの事件を報告するため、私はゲヘナの風紀委員会室を訪れた。
「ごめんなさい。思っていたよりも、かなり大掛かりな案件になってしまったようね......」
「いえ、私は大丈夫です」
レポートは地下深くだが、覚えている限りをまとめて彼女に手渡した。
「確かに記録があったわ。二年前、ツアー旅行に行ったきり行方不明の集団。再調査が必要ね」
大規模な誘拐事件。そして......あまりにも非人道的な実験。
「ゲヘナの自治区で、こんな行為が行われていたなんて......」
ヒナ委員長は表情こそ変わらないものの、手に持ったボールペンは既に使い物にならなくなっている。
「......この、彼女に関してはどうでしょう」
資料に添付されていた写真を指す。
「ええ。行方が分からなくなっていた生徒の一人。当時は二年生で......」
「そして、風紀委員の所属ではなかったわ」
「......やはり、そうでしたか」
一瞬でも彼女と戦闘をして理解しました。彼女は全く銃を打ち慣れていなかった。
「彼女は誘拐され、周りが殺されていくという状況に置かれて。他の子を、ひいては自分を守るための手段として、自分は風紀委員であると......そう嘘を吐いたのね」
その結果、彼女は見事に、本物の風紀委員のような勇敢さを得た。
「この、組織に関しては?」
「まだ有力な情報は上がっていない。今後連邦生徒会や......シャーレにも当たってみるつもり。こんな邪悪な組織はすぐにでも潰さなければならない」
あのレポートには、もっと強力な『神秘』が必要だと、そう書かれていました。当てがある、とも。
その彼女は、無事なのでしょうか。
「......それと、もう一つ伝えておくことがあるわ」
「なんでしょうか」
委員長が差し出した写真を見る。
「この生徒は......私が洋館に入る前、救助した生徒ですね」
「ええ。そして二年前の行方不明リストにも載っていた生徒」
まさか、彼女もあの地下に?
「その子は、今......?」
「まだ、目を覚ましていない」
それはつまり、あの『装置』を抜けて...外に出たということでしょうか。
「その子に消滅の兆しはない。仮にこの子が被験者で、このレポートが正しいとすれば、つまり......」
「最後の最後で、彼女は完全な『反転』に成功した――」
最後まで人を想い続けた彼女は。
「......まだ分からないわ。目を覚ました時にどうなるか......そもそも、前の彼女なのかさえ」
なんの力もなかった彼女が、自分の全てを捧げ切って、最期に送り出した少女が居た。
「彼女は、やり遂げたのですね」
「......ええ」
部屋のドアが乱雑に開く。
「ただいま戻りました」
「ただいま〜、午前の巡回が終わったぞー......あれ?」
「.セナ部長?お疲れ様です」
「......アコさん、イオリさん、チナツ。お疲れ様です」
報告は終わりました。そろそろ救急医学部に戻るとしましょうか。
「あれ......委員長、その写真はどなたですか?」
「なんだ、また新しい規則違反者か?」
「彼女は、私たちの先輩よ」
「へぇ......委員長がまだ情報部に居た時の、風紀委員?」
「あら、そんな方いましたっけ?私の記憶には──
「アコ。この間、百那由多枚書くって言ってた反省文はどうしたの?」
「ひぃ!それはその......そのくらい反省してますという例えでして......!」
「アコちゃん、それは流石に単位盛りすぎじゃ......」
鞄を持って、次の巡回場所を確認する。
「......ねえ、セナ」
「はい?」
去り際に、委員長が訪ねてくる。
「......いろんな事情はあれど、見たのでしょう?『死体』を」
「.......」
「...どう、感じたの? あなたは」
「委員長」
「あそこにいたのは、最後まで戦い、抗い、救おうとしたひと」
「自らの身が滅びてもなお、足掻き続けたひと」
「......」
「なので」
「私はまだ、本物の『死体』を見てはいません」
「......そう、分かったわ」
委員長は目を細めて......悲しそうに、嬉しそうに、ほんの少し表情を変えた。
噓に塗れた死体 おわり