面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】 作:サクレール
ルベリアの砦
無数の墓標を背に、重苦しい空気がその場を支配していた
世界の半分が壊され
ウォーゲームという破滅が迫り
それでもなお、止まる理由にはならない
むしろ、燃える理由になる
静かな怒りを胸に宿したまま、ユーリは前を見据えていた
その空気を、切り裂くようにナナシが口元を吊り上げる
「よっしゃ!」
その一声だけで、場の温度が変わった
墓場で立ち止まっていた空気が、一気に動き出す
ナナシは懐からディメンションARMを取り出す
〝アンダータ〟
空間そのものを飛び越える転移のARM
ナナシがそれを掲げる
「〝アンダータ〟発動!」
次の瞬間
空気が歪んだ
足元
視界
周囲の景色
すべてが水面のように揺らぎ、空間そのものが軋む
ナナシがにやりと笑う
「このメンバーを――」
ユーリ
スノウ
ジャック
ドロシー
バッボ
エド
そしてナナシ自身
世界に喧嘩を売る新たな連中
その全員を、次の戦場へ
「『ヴェストリ』へ」
景色が弾けた
次の瞬間
メルとナナシが降り立った先
そこは、ヒルド大陸北西――【地底湖】ヴェストリ
……だった場所
言葉を失う
建物は、全壊していた
石造りの家々は崩れ
屋根は焼け落ち
石畳は砕け
街路は瓦礫に埋もれている
煙が立ち上り
焦げた匂いが鼻を刺し
遠くでは、崩れかけた建物が時折小さく音を立てていた
そこにあったはずの日常は、もうない
生き残った者はいる
だが
街そのものが死んでいた
ジャックが、思わず息を呑む
「……ひでえ」
それしか言葉が出なかった
スノウも顔を曇らせる
エドは険しい顔つきで周囲を見渡す
ドロシーですら、いつもの軽さを消していた
ナナシは静かに、その街を見つめる
普段の軽薄さはない
長い金髪が、瓦礫の間を吹き抜ける風に揺れる
「……ここには前に来たことがある」
ぽつりと漏れる
まるで、自分に言い聞かせるように
「綺麗な街やった」
崩れた噴水
砕けた建物
見る影もない景色
「それが……」
その先は続かなかった
言葉にするまでもない
現実が、全部そこにあった
ユーリは何も言わない
「………」
ただ
燃え残る炎
崩れた街
奪われた日常
そのすべてを見つめる
静かだった
だが、その沈黙こそが一番怒っていた
そのとき
瓦礫の陰から、一人の男が姿を現した
服は汚れ
顔には煤
傷だらけ
だが、それ以上に酷いのは目だった
恐怖を通り越し
もう、何もかも諦めかけた目
男はユーリたちを見る
「あんたたち……何しにここへ?」
「敵か? それとも味方?」
その問いに切実さはもうない
確認ですらない
ただ、もうどうでもいいという響き
男は崩れた街を振り返る
「……もうどちらでも良いことだがな」
自嘲気味に笑う
「これ以上破壊されても同じことだ」
静かな声
折れた心
「助けも……遅かった」
責める力すら残っていない
「好きにしてくれ……」
絶望しきった声だった
その場の空気が沈む
だが
ユーリは、そんな男を数秒見つめたあと――
「……ずいぶん諦めが早いんだな」
静かに言った
一瞬、空気が止まる
優しい言葉じゃない
慰めでもない
だが
“まだ終わってないだろ”
という苛立ちが、そこにはあった
男はその言葉に、少しだけ目を見開く
そして、震える声で絞り出す
「私は……昔、クロスガードのメンバーだった――なのに」
一度、言葉が詰まる
誇りだった過去
守る側だった自分
それを思い出すほど、今が苦しい
「なにも出来なかった……」
涙が零れる
「村を救うどころか……たった2人のチェス相手に、手も足も出なかった……!」
悔し涙だった
恐怖じゃない
守れなかった自分への怒り
ジャックが言葉を失う
スノウも胸を締めつけられる
だが
ユーリは小さく息を吐く
「悪いけど……まだ終わっちゃいないぜ」
静かな声だった
大声じゃない
それでも、その一言だけで空気が変わる
男が顔を上げる
「……え?」
終わったと思っていた心に、当然のように差し込まれる“続き”
スノウが一歩前へ出る
「そうだよ!」
明るい声
だが芯は強い
「エド! まずはケガしたひとの手当てからだよ!」
エドは即座に応じる
「御意!」
すぐに負傷者の元へ向かう
まだ助けられる命はある
一方で、ナナシは次を見ていた
「……その2人のチェス、どこへ行ったか分かるか?」
男は涙を拭い、村外れを指差す
「ああ……村の外れにある入口から、地底湖に入っていった」
「隠されたARMがあると言ってな」
空気が変わる
チェスには目的がある
ただ壊すだけじゃない
ユーリたちの視線が、村外れへ向く
ナナシが口元を歪める
「……行くか? ユーリ」
確認
だが答えは決まっている
「ああ!」
ドロシーも箒をくるりと回す
「私も付き合うよ♪」
だが、そのやり取りに村人たちが顔色を変える
「あんたら……まさか戦うつもりか?」
「やめておけ!」
「それに地底湖には亡霊が出るって噂が……!」
普通なら避ける場所
だが
ユーリは表情ひとつ変えない
「別に構いやしねぇさ」
静かな返答
亡霊だろうが、チェスだろうが同じこと
立ち塞がるなら叩き潰すだけ
ユーリは振り返る
絶望しかけた村人たちへ
「あんたたちも……生きてる限りはなんとかするんだな」
厳しい
だが、それは“まだ立てるなら立て”という言葉だった
その空気の中で、ジャックがぱっと手を挙げる
「オイラが畑の再建を手伝うッスよ!」
一瞬、空気が変わる
村人たちが目を丸くする
「戦いはユーリたちに任せるッスけど……壊れたままってのも、なんか悔しいッスから」
ジャックらしい言葉だった
全部は出来なくても、自分に出来ることはやる
スノウが笑顔になる
エドも誇らしげに頷く
そして、ユーリたちが歩き出そうとしたそのとき――
背後から、村人の声
「……あんたたちは?」
何者なのか
その問いに、ユーリより先にジャックが振り返った
スコップを肩に担ぎ、胸を張る
「オイラたちは――」
「『メル』ッス!」
崩れた街に、その名が響く
まだ出来たばかり
歴史もない
実績もない
だが、それが今の自分たちの名
ジャックはにっと笑った
「チェスにケンカを売ろうとしてる命知らずッス!」
一瞬、静寂
だが
その言葉は、不思議と瓦礫の村に小さな熱を灯した
ナナシが吹き出す
「……命知らずて」
ドロシーが笑う
スノウも少し誇らしげに笑う
ユーリは振り返らないまま、口元だけわずかに歪めた
完全否定しない
つまり、そういうことだった
崩れたヴェストリ
絶望しかけた村
その中で
チェスに喧嘩を売ると名乗った連中がいる
無謀かもしれない
馬鹿かもしれない
だが、その背中は――
少しだけ希望に見えた
そして
ユーリ
ナナシ
ドロシー
三人は、地底湖への入口へ視線を向ける
次の戦場
チェスが待つ場所
隠されたARMが眠る場所
亡霊の噂が囁かれる場所
地底湖
三人は、静かにその闇へ足を踏み入れた