蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
あの日――人類とギアノイドが選択を下してから。
すでに、五年の歳月が流れていた。
当初は、反対の声も少なくなかった。
未知への恐怖。過去の戦火の記憶。
拭いきれぬ不信。
だが――
時間は、それらをゆっくりと塗り替えていった。
次元粒子運用効率の飛躍的向上。
不治とされた病の克服。
そして――宇宙へと手を伸ばす新たな一歩。
人類は、確かに変わった。
過去に互いを傷つけた事実は消えない。
だが、それでもなお――
許し、認め、共に歩む道を選んだ。
それが“今”だった。
その日。
地上に新設された宇宙港から、小規模ながらも船団が発進しようとしていた。
人類とギアノイドによる、宇宙開拓の第一便。
無限に思える次元リアクターの次元粒子もいつかは尽きる時がくるのかもしれない。
その対策。
新たな資源を求めての宇宙開拓。
歴史の、新たな幕開け。
搭乗員の中には――ギアノイドの姿もあった。
それが、何よりの象徴だった。
その出発式を。
少し離れた高台から、三人の人物が見守っていた。
周囲に人影はない。
静かな場所だった。
「……いよいよね」
ナツキが、ぽつりと呟く。
「ああ」
リョウイチが短く応じる。
かつて機械の身体で延命していた彼は――今やほとんど人と変わらぬ姿となっていた。
ギアノイドの技術。
その恩恵の一つ。
そして、
「くそ……年を取るといかんな」
車椅子に座るゲンゾウが、ぼやく。
「足が思うように動かん」
その背を、ナツキが静かに押していた。
「父さんもいい加減年よ」
少しだけ、呆れたように言う。
「そろそろ引退したら?」
「バカモン」
即答だった。
「引退などするか」
鼻を鳴らす。
「少なくとも、あと十年は現役じゃ」
そして、少しだけ柔らかくなる。
「それに……」
視線を、遠くへ。
「あやつらが帰ってくるまでは、死なんからな」
その言葉に。
ナツキは、一瞬だけ言葉を失い――
「……そうね」
静かに頷いた。
風が、吹く。
わずかに、寂しさを含んだ空気。
だが――
「……そろそろだ」
リョウイチが言う。
三人の視線が、宇宙港へと向けられる。
次の瞬間。
低い振動音が、大地を伝う。
ゆっくりと――
艦が、浮かび上がった。
それは、従来のどの艦とも違っていた。
人類の技術と、ギアノイドの技術が融合した――新たな存在。
光を帯びた機体が、静かに空へと昇っていく。
美しい航跡を残して。
「……行ったわね」
ナツキが、呟く。
「ああ」
リョウイチが応じる。
その姿が、空の彼方へと消えていくのを見届け――
「……そろそろ、戻りましょうか」
「ああ」
三人が、踵を返そうとした――その時だった。
ふわり、と。
空気の中に、わずかな光が舞った。
淡く、青く――
次元粒子。
ゲンゾウとナツキは、気付かない。
だが、
「……!」
リョウイチの足が、止まった。
目を見開く。
(この反応パターンは……)
心臓が、強く打つ。
ゆっくりと、振り返る。
そして――
息を呑んだ。
「……ナツキ」
声が、震える。
「……お義父さん」
二人が、不思議そうに振り返る。
その視線の先に――
“それ”は、あった。
蒼い輝き。
空気を震わせるような、確かな存在感。
かつて人類の希望だったもの。
蒼き翼。
その面影を、確かに残す影。
誰かが――
こちらへ向かって、歩いてくる。
ゆっくりと。
一歩ずつ。
(……ああ)
胸の奥が、熱くなる。
(やっと――)
ずっと、会いたかった。
それは、
――私・僕・ワシの家族だった。
ゆっくりと。
一歩ずつ。
帰る場所へと、歩みを進めながら――
「すっかり、遅くなっちゃったね」
エリスが、少しだけ照れくさそうに言った。
「……そうだな」
ユーヤが苦笑する。
「母さんには、開口一番怒られそうな気がする」
思い浮かべるだけで、なんとなく想像がつく。
エリスも、小さく笑った。
「そうかもね」
その時。
ふわりと、優しい感覚が二人の意識に触れる。
――イブの声だった。
『エリスたちのご家族ですか。会うのが楽しみです』
柔らかく、弾むような声。
続けて、もう一つの気配。
『家族、という概念はギアノイドには存在しないが……それは良いものなのか?』
アダムの、どこか理知的な問い。
エリスが、くすりと笑う。
「アダムもイブも、もう家族みたいなもんでしょ?」
軽く、肩をすくめる。
「だって中に同居してるんだし」
「……言われてみれば、確かに」
ユーヤも納得したように頷く。
『本当ですか?』
イブの声が、ぱっと明るくなる。
『とてもうれしいです』
一拍。
『ではエリスは、私の姉ですね。いつも教えられてばかりです』
「なら――」
ユーヤが、少し悪戯っぽく言う。
「アダムは俺の弟か」
『否』
即答だった。
「なんでだよ」
思わず突っ込む。
『こちらの方が、論理的成熟度において上位であると判断する』
『兄と呼称するならワタシの方である』
「はあ?」
ユーヤが眉をひそめる。
「お前……言うようになったな」
エリスが、楽しそうに笑った。
「なんか、兄弟喧嘩みたい」
「……はあ」
ユーヤが肩を落とす。
「説明するのに苦労するな、この身体…」
「大丈夫だよ」
エリスが、優しく言った。
「ユーヤのお父さんがいるし」
「……それもそうか」
少しだけ、安心したように頷く。
そう、ユーヤとエリスは人間とギアノイドの完全融合体、新人類となった。
神話の通り、本当に新人類の始まりとしてのアダムとイブになったのである。
彼らは歩く。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
その一歩一歩を噛みしめるように。
家族に会える――
その喜びを、胸いっぱいに抱えながら。
ユーヤとエリス。
二人は、手を繋いでいた。
だが、
その手は――互いの手ではない。
小さな、温もり。
「……どこに行くの?」
幼い声が、問いかける。
ユーヤが、優しく答えた。
「家族に、会いに行くんだ」
エリスも、微笑みながら続ける。
「あなたにとっては――おじいちゃんと、おばあちゃんよ」
「それにひいおじいちゃんも」
「……家族」
その言葉を、確かめるように呟く。
小さな手が、ぎゅっと握り返された。
そして――
再会の時は、訪れる。
視線の先に、三つの影。
ずっと、待ち続けていた人たち。
ユーヤが、立ち止まる。
ほんの一瞬だけ、息を整えて――
「……ただいま」
その一言が、すべてを繋ぐ。
そして、ゆっくりと――
「新しい家族を、紹介するよ」
視線を落とす。
そこにいる、小さな命。
人間と、ギアノイド。
その両方の特徴を持つ、次世代の子供。
「――俺たちの、希望だ」
風が、優しく吹き抜けた。
過去も、争いも、すべてを越えて。
今ここに――
新しい未来が、確かに生まれていた。
――完。