聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
砂丘の上から現れた騎兵隊が一斉に槍を構えると、乾いた風を裂くように砂塵が舞い上がった。
先頭を行く巨駱駝をはじめ、後続の魔獣たちが砂を踏みしめるたびに地鳴りが響く。その最前列で、長大な槍を携えたガルザがバルダンスプとセグナを見下ろしていた。
「魔王軍の幹部が二人揃って、随分と無様な姿になったものだな。王墓を荒らし、我が領分の地を踏み荒らした罪は重い。もはや神聖なる大王の墓の外だ。手加減する必要もあるまい」
セグナが周囲を見回す。
既に騎兵たちは二人を包囲するように展開していた。その数は多く、砂漠での戦いを知り尽くしたワシュの精鋭たちだ。
王墓での探索とカーリーたちとの死闘によって消耗しきった今の二人に、正面突破を果たすのは容易ではない。
「……バルダンスプ。どうする?」
「決まっている」
バルダンスプはゆっくりと立ち上がった。
身体を支えるだけでも激痛が走るのか、その動きは重い。背中の霊棺には幾つもの亀裂が刻まれ、隙間から漏れ出す冷気も弱々しい。
それでも彼は巨大な霊棺へ手を添え、氷の仮面越しにガルザを睨みつけた。
「貴様らをここで止める。万骨、貴様は行け」
「……何を言っているの?」
「貴様が持ち帰るべきものは、既に手に入れたのだろう。ならば、それをガンヴァデイン様の元へ届けろ。転移術式の知識を失えば、今回の王墓への侵入そのものが無駄になる」
「でも、貴方は──」
「……俺は今から、持てる限りの力で羽虫どもを蹴散らす。巻き込まれても知らんぞ」
セグナは一瞬だけ沈黙した、やがて小さく息を吐くと、杖槍を握り直す。
「分かったわ。必ず持ち帰る。だから貴方も、生きて戻ってきなさい」
「はっ、無茶を言う」
セグナの足元に赤い術式が浮かび上がった、それを見たガルザが槍を構え、騎兵たちも一斉に前へ出ようとする。
「逃がすと思うか!」
ガルザが叫び、巨駱駝を走らせた。だが、セグナの身体が赤い光に包まれ、その姿が僅かに霞み始める。
魔術の発動を察したガルザが槍を振り抜こうとした瞬間、その軌道へ割り込むように黒い冷気が噴き上がり、槍の穂先を凍りつかせる。
「邪魔をするなァッ!」
バルダンスプが霊棺を開いた。
内部から極寒の冷気が噴き出し、周囲の砂が瞬時に凍りついていく。王墓で見せた圧倒的な勢いこそないものの、凍結した砂の中から数体の死体が這い出した。
「雑兵ども! 奴を止めろ!」
騎兵たちが一斉に散開する。
砂漠の民らしく、足場の悪い地表でも動きに迷いがない。死体の腕を切り落とし、魔獣を走らせながらバルダンスプへ肉薄していく。
バルダンスプは霊棺の蓋を盾にして槍を受け止め、一人の兵を蹴り飛ばした。
しかし直後、別の槍が彼の肩を深々と貫く。
「ぐっ……!」
氷の仮面が僅かに揺れ、傷口から血が流れ落ちた。
「バルダンスプ!」
「行け、万骨!」
バルダンスプが腕を振るう。
死体が一斉に騎兵へ襲いかかる、槍で胸を貫かれても止まらず、切断された腕さえ地面を這いながら兵の脚へ絡みついていく。その異様な光景に騎兵たちの動きが乱れた。
その隙を逃さず、セグナの身体が完全に光へと変わる。
「必ず戻るわ、バルダンスプ!」
「……ああ」
赤い光が弾け、セグナの姿が砂煙の向こうへ消えた。それを確認したバルダンスプは、ゆっくりと霊棺の蓋を閉じる。
「これでいい」
ガルザが血に濡れた槍を引き抜き、バルダンスプへ向き直った。
「仲間を逃がすために残ったか。見上げた覚悟だが、貴様一人でこの数を相手にできると思うな」
「数など関係ない。私は死者を扱う……貴様らが何人いようと、死ねば私の兵になる」
「その身体でか? 肩を貫かれ、霊棺も傷だらけだ。王墓で随分と消耗したようだな。今の貴様に、何体の死体が操れる?」
「試してみるか」
バルダンスプが片手を掲げる、すると砂丘の中から、凍りついた死体が次々と這い出した。
「進め」
死体の群れが一斉に駆け出す。
槍で胸を貫かれようとも立ち上がり、首を斬り落とされても砂の上を転がりながら兵へ噛みつこうとする。
その異様な光景に、兵たちの動きが乱れた、その隙を見逃さず、バルダンスプは地表へ手を叩きつける。
「凍れ! 群れを増やせ! あの者らを我が棺の糧とせよ!!」
足元から凍結した砂が広がり、騎兵たちの魔獣の脚を捕らえる、動きを止められた巨駱駝が暴れ、兵たちが次々と地面へ投げ出される。
その混乱を切り裂くように、ガルザだけが『乾裂の槍』を大きく振り上げた。
「ならば、貴様自身を討つ!」
強烈な一撃が振り下ろされる。
バルダンスプは霊棺を盾にして受け止めたが、凄まじい衝撃に身体ごと砂丘を大きく滑らされた。
霊棺の表面へ決定的な亀裂が走り、死界の冷気が勢いよく漏れ出していく。
「ぐっ……!」
「これで終わりだ!」
ガルザがさらに踏み込もうとした瞬間、足元から伸びた死体の腕が巨駱駝の脚を掴んだ。
駱駝が体勢を崩し、ガルザの槍が空を切る、バルダンスプは、その一瞬を逃さなかった。
残された全魔力を霊棺へと叩き込む。
「死ねぇ!!」
開かれた霊棺の深淵から、巨大な氷塊が爆炎のごとき勢いで撃ち出された。
ガルザは咄嗟に槍を横たえて正面から受け止める、凄まじい衝撃が砂煙を吹き飛ばし、騎兵たちもろとも後方へ押し返していった。
荒い息を吐きながら、バルダンスプはその場に仁王立ちしていた。
もはや追撃する余力など一滴も残っていない。それでも、セグナが逃げ切るための時間稼ぎとしては十分だった。
「……万骨よ。必ず届けろ」
誰にも聞こえぬ声で呟く。
目の前には、未だ数十の騎兵と、態勢を立て直す槍の武人がいる。
突破口があるとすれば、この全てを蹴散らすしかない。死者の群れをかき集め、残された力をすべて叩き込む。
それ以外に道はなかった。
「我が槍よ……此処に熱砂の嵐を」
だがそんな望みを目の前の男は瞬く間に打ち砕く。乾裂の槍から熱風が巻き上がった。竜巻のごとき荒々しい風が周囲を取り囲み、冷気を押し退けながら砂丘を駆け抜けていく。
「聖剣に神器……今回の任務は全く──」
ガルザは長大な槍を砂地へ突き立て、片手で柄を深く握り直した。
周囲ではワシュ領分の兵たちが魔獣を操りながら散開し、退路を完璧に封殺している。バルダンスプはその光景を見渡し氷の仮面の奥で、僅かに目を細める。
「──運が悪い」
ガルザが一足飛びに地を蹴り巨駱駝を捨て、己の脚で疾走する。その速度は陽炎すら置き去りにするほどだった。
「死に損ないの魔王軍幹部よ、その不吉な箱ごと……散れっ!!」
「ほざけぇ!!」
バルダンスプは己の命を削り、壊れかけた霊棺の蓋を全開にした。最後に残された冷気が、一枚の巨大な防壁となって立ちはだかる。
しかし、極限まで威力を高められたガルザの槍撃の前には、それは薄氷よりも脆かった。
槍の切っ先が霊棺の中央を貫く。
同時に、蓄積された熱波が一気に解放された、バルダンスプの身体と巨大な霊棺は、その衝撃に耐え切れず空中で砕け散る。
不気味な青白い氷の仮面だけが、乾いた音を立てて砂の上へ転がり落ちる。
「ガハッ……ッ! ……クソっ……俺は……まだ、魔王軍で……」
その中で、バルダンスプは血を吐きながら砂の上へ倒れ伏していた。背中の巨大な霊棺は跡形もなく砕け、その身に宿る命の火も今や消えかけている。
ガルザは赤く熱を帯びた『乾裂の槍』を静かに収め、バルダンスプを見下ろした。
「見事な粘りだった、魔王軍幹部『霊棺のバルダンスプ』。貴様の忠義と悪あがきは認めてやろう。……だが、我がワシュの地に仇なす者に赦しはない」
その言葉を聞き、バルダンスプは僅かに顔を上げた、氷の仮面は砕け、その奥から覗く瞳には、既にほとんど力が残っていない。
それでも彼は倒れず、震える手で地面へ落ちた霊棺の破片を掴み取った。
「……赦しなど、求めていない」
砕けた霊棺から冷気が滲み出す。砂の上に散らばった死体の欠片が、ゆっくりと蠢き始めた。
肉片同士が赤黒い魔力の糸によって繋がれ、崩れかけた身体を無理やり起こしていく。
「俺は魔王軍の幹部だ。貴様らに討たれるまで、俺は魔王軍として戦う」
「まだ動くか」
「当然だ。死体を操る者が、自分の死を恐れてどうする」
バルダンスプが腕を振るう、周囲の死体が一斉にガルザへ殺到した。
それに対してガルザは槍を一閃させる、迫り来る死体をまとめて吹き飛ばし、返す刃で二体、三体と切り裂いていく。
さらに槍を砂へ突き立てると、乾裂の槍を中心に熱風が渦巻き冷気を押し返しながら、死体の群れをまとめて砂の上へ叩き伏せる。
それでもバルダンスプは止まらない、倒れた死体へ魔力を流し込み、再び立ち上がらせながら、自らも前へ進む。
しかし、その一歩ごとに血が砂へ落ち、魔力を使うたびに身体が軋んでいく。
「無駄だ!」
乾裂の槍が横薙ぎに振り抜かれた、バルダンスプは辛うじて身を逸らしたが、槍の余波だけで身体を吹き飛ばされ、砂丘を転がった。
立ち上がろうとしたところへガルザが迫り、槍の石突きが胸部へ叩き込まれる。
「ぐ……ッ!」
「貴様は既に限界を超えている!」
「……だからどうした」
バルダンスプは血を吐きながら笑った。
「限界など……とうに越えている。今の俺に残っているのは、あの女が魔王軍領へ戻るまでの時間だけだ」
その言葉とともに、周囲の死体が再び立ち上がった、ガルザの眉が僅かに動く。
「仲間のために、そこまで戦うか」
「仲間などではない」
バルダンスプは砕けた氷の仮面を押さえながら立ち上がった。
「同じ主に仕える者。同格の将の一人だ。奴一人の方が逃げ切れる可能性があった。ただ、それだけのこと」
「……なるほどな。貴様は殿となったわけか」
乾裂の槍が唸りを上げる、熱風が砂丘を駆け抜け、周囲の砂が渦を巻きながら空へ舞い上がっていく。
対するバルダンスプも、残された魔力をすべて集める、周囲の死体を一つへ融合させ、最後の力を振り絞って巨大な異形を作り上げる。
「来い……! 貴様ら全てを、我が死界へ沈めてやる!」
巨大な死体が咆哮を上げ、ガルザへ飛びかかった。
しかし、ガルザは逃げなかった、槍を両手で握り、腰を落とす。吹き荒れる熱風を正面から突き抜け、一直線にバルダンスプへ向かっていく。
「──無駄だ。貴様が此処で果てろ」
長大な槍が一直線に伸びた、異形の身体を貫き、その背後にいたバルダンスプへまで届く。
「……ッ!」
バルダンスプの身体が大きく仰け反った、胸部を貫いた槍が引き抜かれる。
彼はその場に膝をつく、周囲を覆っていた死体も、糸が切れたように崩れ落ちていき冷気が静かに砂へ溶けていった。
それでも、バルダンスプは倒れなかった。
「…………」
「ふっ、意地か。先程の女だったか、既に姿は見えん。貴様の目的は果たされたようだぞ」
「……そうか」
バルダンスプは僅かに顔を上げた。
「なら……それでいい」
砕けた氷の仮面が砂へ落ちる、その奥にあった瞳から、ゆっくりと光が失われていった。
やがてバルダンスプの身体が、静かに砂へ倒れ伏す、ガルザはしばらくその姿を見下ろしていた。
「敵としては、最後まで見事だった」
周囲の兵たちが恐る恐る近づいてくる。
「ガルザ様、こいつは……」
「触るな」
ガルザは倒れたバルダンスプを見据えたまま答えた。
「魔王軍の幹部だ。何を仕込んでいるか分からん。死んだと判断するのも早い」
その言葉に兵たちが息を呑む。
だが、ガルザ自身は気づいていた、もうバルダンスプから魔力は感じられない。ただ無情に、一人の魔王軍幹部が砂漠の大地へその身を横たえていた。
そして遥か彼方では、セグナが残した赤い魔力の残滓だけが、夜の砂漠へと消えていった。