フェリックス・ミッターマイヤーは庭師になった   作:シロン茶

21 / 21
サイドストーリー:父の花の庭

ミッターマイヤー家の庭の奥に、ひときわ鮮やかな黄色の大輪が咲いていた。

フェリックスが丁寧に植えた薔薇《プロメテウス》だ。

六月の半ば、湿気を含む前の澄んだ初夏の光を吸い込み、その花はまるで太陽の欠片を抱えたように輝いていた。

 

午後の光は柔らかく、庭の奥の古いベンチを金色に染めていた。

フェリックスが造った庭は、年を重ねるほどに静けさを深め、風の通り道がどこまでも穏やかだった。

 

ミッターマイヤーは、そこで午睡をとっていた。

胸の上下はゆっくりで、庭の呼吸と同じリズムだった。

 

エヴァはリビングから戻る途中、ふと足を止めた。

ベンチのそばに立つフェリックスの背中が、いつもより少しだけ固い。

初夏の光に縁どられたその立ち姿が、かつて見た男の姿と重なって見えた。ダークブラウンの髪の高い背も、肩の角度も、沈黙のまとい方も、彼にあまりにもよく似ていた。

エヴァの胸の奥に、ひやりと冷たいものが落ちた。

 

ミッターマイヤーが目を開けた。

老いた瞳は初夏の光を映し、ゆっくりと焦点を結ぶ。

 

そして、フェリックスに微笑んだ。

 

「……やっと迎えに来てくれたか。

ロイエンタール……遅いじゃないか」

 

その名が、庭の静寂に落ちた。

 

最初、エヴァには意味がわからなかった。

フェリックスも、ほんの一瞬だけ理解が追いつかなかった。

 

だが、ミッターマイヤーの表情があまりに安らかで。

あまりに嬉しそうで。

その理由を悟った瞬間、フェリックスの肩がわずかに震えた。

 

「……ファーター」

 

呼びかけは届かない。

ミッターマイヤーは、ただ穏やかだった。

 

長い長い歳月の向こう側に失った親友の姿を、ようやく取り戻したかのように。

 

フェリックスは膝をつき、父の手を取った。

その手は温かかったが、力はもうほとんどなかった。

 

「ファーター……僕は……フェリックスです」

 

ミッターマイヤーの瞳が、かすかに揺れた。

だが、もう現実には戻ってこない。

 

「……ああ、フェリックスは、ほんとうに、いい子だ……」

 

その言葉は、誰に向けたものだったのか。

 

フェリックスは父の手を離さなかった。自分は、この人の失った男の依代でもあったのだと、改めて胸の奥で嚙みしめながら。

 

エヴァは、胸の奥が裂けるように痛んだ。

 

夫の最期の瞬間に、自分が入り込む余地などないことを、本能で理解してしまった。

フェリックスの横顔の線は、彼とそっくりだった。

そこには、彼女が一生踏み込むことのできない『男たちの聖域』があった。

 

ミッターマイヤーの呼吸が、ゆっくりと浅くなる。

 

風が吹き、満開の黄色い薔薇が揺れた。花弁が光を受けて、淡い影を地面に落とす。

 

ミッターマイヤーは、最後に小さく息を吐いた。

 

「……ロイ……エン……タール……」

 

その声は風に溶けて消えた。

 

初夏の光の中で、静かに、穏やかに、名将は眠るように息を引き取った。

 

フェリックスは、父の手を握りしめたまま、しばらく動かなかった。

肩を震わせ、庭の奥でひとり耐えている。

エヴァはようやく歩み寄り、そっと息子の背に手を置いた。

 

「……ムッター」

 

振り返ったフェリックスの空色の双眸は、涙で濡れていた。

その顔を見た瞬間、エヴァの胸の奥で、長い間封じていた感情が音を立てて崩れた。

 

エヴァは、立ち尽くして夫の静かな顔を見つめた。

そこには、ただ、長い旅路を終えて、ようやく待ち合わせの場所に辿り着いた男の、満足げな微笑みだけがあった。

 

風が吹き抜け、黄色い薔薇が揺れた。

 

その色には、いくつもの意味がある。

友情、平和、希望、再生。

そして——嫉妬、孤独、別れ。

 

花弁がひとひら、老いた元帥の膝の上に静かに落ちる。

 

六月の光は、どこまでも優しく、どこまでも残酷だった。

 




pixivから転載

石黒版のミッターマイヤーはこういう善人だが酷い男、というイメージがある。ノイエやフジリュー版は脳筋ぽくて良い家庭人なイメージが薄いよね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

IF〜亡命者(作者:名無し名人)(原作:銀河英雄伝説)

もしもあの人物が亡命したら……というIF話です。


総合評価:295/評価:8.4/連載:7話/更新日時:2026年05月27日(水) 20:39 小説情報

逃げるは敵へ(作者:ジャーマンポテトin納豆)(原作:銀河英雄伝説)

▼門閥貴族の権力争いは熾烈だ。▼それが帝国で最も由緒ある貴族である家でも逃げる事は出来ない。意思が無くとも相手がいるなら争いは起きる。▼


総合評価:767/評価:7.74/連載:27話/更新日時:2026年06月03日(水) 05:50 小説情報

偽書・ガンダム機動戦記(作者:雑草弁士)(原作:ガンダム)

宇宙世紀0079、サイド7ノアの1バンチコロニーグリーンノア在住のアルバイター、エグザベ・オリベは難民である。故郷であるサイド5ルウムを地球連邦とジオンの戦争で破壊しつくされた彼は、どうにかサイド7に流れ着き、ジャンク屋で働きつつ生活を立て直そうとしていた。しかし0079の9月18日、ジオン軍の英雄シャア・アズナブル少佐率いる特殊部隊がサイド7を急襲。エグザ…


総合評価:1819/評価:8.67/連載:54話/更新日時:2026年03月11日(水) 05:39 小説情報

イゼルローンの話(作者:シロン茶)(原作:銀河英雄伝説)

第一巻のイゼルローン攻略時に、イゼルローンの人口は「100万人以上」と書かれ、ガスで眠らされたのは50万人でした。▼しかし、第二巻でヤンが司令官になって「人口500万人の都市」となっています。▼そこからの妄想。▼<原作にあるイゼルローンの機能>▼ 宇宙港に収容できる艦艇数2万隻▼ 病院のベッド数は20万床▼ 1時間あたりに生産できる核融合ミサイルの数7500…


総合評価:6/評価:-.--/完結:2話/更新日時:2026年06月04日(木) 22:25 小説情報

仮想帝国暦四九二年(作者:kuraisu)(原作:銀河英雄伝説)

これは些細なことがきっかけで大きく歴史の展開が変わってしまった世界線の話である▼具体的には宮内省が帝都の下町で皇帝陛下のお相手候補を探したりしなかったというだけである。


総合評価:230/評価:9/短編:2話/更新日時:2026年06月14日(日) 08:31 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>