Fate/Grand Order 第三部 Script of the Palimpsest 作:白瀬 綴
三つに割られた戦場の中心で、XANXUSの銃声は、戦闘領域そのものを揺らしていた。
白く閉じた商店街の中央で、二つの炎がぶつかる。片方は、静かに包み込む橙。もう片方は、黒ずんだ赤を帯びた、荒れ狂う憤怒の炎。大空の死ぬ気の炎が持つ圧と支配に、嵐の死ぬ気の炎が持つ分解と破壊が混ざり合い、それを怒りという一点で束ねたような炎だった。
遠くでは、嵐の炎が爆ぜ、雨の刃が鳴っている。獄寺とベル、山本とスクアーロが、それぞれの戦場で命を削っている。その音は確かに聞こえていた。だが、XANXUSの二丁拳銃が吐き出す炎弾は、その全ての音を一瞬ごとに踏み潰す。銃声が響くたび、戦闘領域の白い膜が震え、閉ざされた商店街の空気が熱と圧で歪んだ。
沢田綱吉は、空中で身を捻った。
右から炎弾。左から炎弾。正面には、両方の弾道が交差した爆心。下へ逃げれば地面が爆ぜ、上へ逃げれば次の銃口が置かれる。XANXUSの攻撃は荒々しい。怒りをそのまま弾丸に変えたような炎だ。けれど、雑ではなかった。
ツナが避けたい場所に撃つ。ツナが避けた後にいる場所へ撃つ。そして、避けたことそのものを後悔させる場所へ、次の炎を置く。
ツナは両手のXグローブに炎を噴かせ、空中で軌道を変えた。背中を爆風が押す。右肩を熱が掠める。炎弾がシャッターへ着弾し、鉄板が内側から裂けた。破片が舞い、頬を打つ。痛みを認識する前に、次の銃声が来た。
「遅ぇ」
XANXUSの声が落ちる。
左右の銃が火を噴いた。
ツナは両手を前へ出す。大空の炎が盾のように広がる。だが、ただ受けるには重すぎる。憤怒の炎を纏った炎弾は、盾に触れた瞬間に爆ぜ、橙の炎を内側から削りながら押し込んでくる。
大空の炎なら、包めるはずだった。調和させ、受け止め、相手の炎を呑み込むように鎮める。それがツナの大空の炎の強さだった。だが、XANXUSの炎は違う。大空の性質だけではない。嵐の分解が混ざっている。包もうとした大空の炎の内側で、赤黒い炎が暴れ、橙の炎を裂き、盾の表面を削り取る。
熱が腕を焼き、衝撃が肩を軋ませた。
ツナは歯を食いしばる。
この炎は、ただの攻撃ではない。XANXUSの怒りそのものだ。だが、その怒りを前にしても、引くことはできなかった。
「ぐっ……!」
ツナは左手の炎を絞り、右手の噴射で横へ逃げる。炎弾がすぐ脇を抜け、背後の道路を抉った。アスファルトが砕け、欠片が脚に当たる。着地した瞬間、足場が揺れる。戦闘領域の白い膜の中で、商店街そのものがXANXUSの憤怒に耐えきれず軋んでいるように見えた。
XANXUSは歩いている。
走らない。追わない。ただ、撃つ。それだけで距離が詰まる。逃げ道が削られる。ツナが上へ飛べば空中へ撃ち、横へ逃げれば着地点へ撃ち、真正面から来れば憤怒の炎で叩き落とす。XANXUSの戦いは、破壊そのものだった。だが、その破壊はボスの戦いでもある。誰かに命じずとも、ただそこに立つだけで全てを従わせる圧があった。
「てめぇはいつまで逃げ回ってんだ、カス」
XANXUSが吐き捨てる。
ツナは息を整えながら、拳を握った。
「逃げてるわけじゃない」
「ああ?」
「お前を倒すためだけに戦ってるわけじゃないって言ってるんだ」
XANXUSの目が細くなる。
その瞬間、空気の温度が上がった。
「なら何だ。説教か」
銃口が上がる。
「その甘ぇ口ごと、吹き飛ばしてやる」
炎弾が来る。
ツナは前へ出た。
逃げない。受けない。真正面から、炎弾の隙間へ飛び込む。超直感が告げる危険を、身体が先に拾う。右、左、上、下。弾道を縫い、爆風を滑り、ギリギリの距離でXANXUSの懐へ入る。
拳を引く。
だが、XANXUSは待っていた。
銃床が来る。
ツナは左腕で受けた。鈍い衝撃が骨へ響く。続けて膝。腹へ入る。息が詰まる。XANXUSの銃撃に意識を割きすぎた。近距離でも、この男は強い。銃を持っているから遠距離の相手なのではない。銃も、拳も、膝も、憤怒の炎も、全てがXANXUSの武器だった。
ツナは吹き飛ばされながら、右手の炎を噴射して身体を止める。
止めた瞬間、XANXUSが撃った。
近い。
避け切れない。
ツナは両手を組む。
右手の掌と左手の甲で、四角形を作る。死ぬ気の零地点突破・改。受けた死ぬ気の炎を軽減し、吸収して自分のエネルギーへ変えるための構え。XANXUSの炎をまともに受ければ焼かれる。だが、吸収できれば、次の一手へ繋がる。
炎が触れる。
「――死ぬ気の零地点突破・改」
憤怒の炎が、ツナの両手の間へ吸い込まれる。
熱が消えるわけではない。衝撃が消えるわけでもない。むしろ、XANXUSの炎は吸収されることに逆らうように、内側で暴れた。大空の支配が重くのしかかり、嵐の分解が吸収の流れを削る。ツナの腕の筋肉が軋み、肩が悲鳴を上げる。だが、炎は確かにツナの中へ流れ込む。
重い。
ただのエネルギーではない。怒りが重い。
ツナは奥歯を噛みしめ、吸収した炎を両手のXグローブへ散らした。完全には取り込めない。取り込めば、自分の中が焼ける。だから、受けた分だけを次の移動へ使う。炎を噴射し、横へ飛んだ。
XANXUSは、わずかに口元を歪めた。
「それだ」
ツナは息を呑む。
「てめぇは昔から、それを出す時だけ目が変わる」
XANXUSの憤怒の炎が、さらに濃くなる。
「なら、その目で来い。半端な覚悟で俺の前に立つな」
ツナは拳を握り直した。
半端な覚悟。その言葉が胸へ刺さる。
この戦いで、ベルが獄寺を狙っている。スクアーロが山本を斬ろうとしている。どこかで、炎真たちも、ユニたちも、別の戦いに巻き込まれている。自分だけがXANXUSと向き合っていればいいわけではない。
けれど、だからこそ、ここを退けない。
XANXUSは敵だ。だが、今この戦場に立つ者たちの中で、誰よりも強引に現実を突きつけてくる男でもある。甘さを許さない。迷いを撃つ。躊躇を焼く。その怒りが、ツナへ問うている。
お前は本当に守る気があるのか。
守りたいと言いながら、傷つける覚悟から目を逸らしていないか。
「……行くよ、XANXUS」
ツナの額の炎が、静かに揺れる。
「俺は、誰も置いていかない」
「寝言は寝て言え」
XANXUSが両腕を広げる。
「この戦場で全員守る? カスが。できもしねぇ理想を口にするな」
「できるかどうかじゃない」
ツナは炎を噴射した。
「やるんだ」
距離が消える。
XANXUSの銃弾が走る。ツナは零地点突破・改で一発を吸収し、殺しきれない分を身体の軌道で逃がす。近づくほど熱い。憤怒の炎が肌を焼く。だが、ツナの大空の炎も消えない。包み込み、受け止め、なお前へ進む。
拳が届く。
XANXUSは銃で受ける。
衝突。
大空の炎と憤怒の炎が、至近距離で爆ぜた。
ツナの拳は押し返される。XANXUSの腕もわずかに沈む。互いの足元が砕ける。白い膜の中に、橙と赤黒い炎が渦を巻いた。
「軽い」
XANXUSが低く言う。
「もっと来い」
蹴りが来る。
ツナは腕で受ける。衝撃で身体が浮く。そこへ銃撃。ツナは空中で身を捻り、片手の炎で軌道を変えた。炎弾が肩を掠め、皮膚が焼ける。
痛みを無視して、ツナは再び前へ出た。
XANXUSの銃口が左右から迫る。ツナは両手で銃身を外へ弾く。弾いた瞬間、XANXUSの額が来た。頭突き。避けられない。額と額がぶつかり、視界が白む。
「っ……!」
「目ぇ逸らすな」
XANXUSの怒声。
「てめぇがボンゴレを背負うなら、綺麗事だけで立ってんじゃねぇ!」
銃口が腹へ向く。
ツナは咄嗟に膝を入れ、銃身を上へずらした。炎弾が真上へ抜け、白い膜を揺らす。爆風の中で、ツナはXANXUSの腕を掴む。
「綺麗事でも」
ツナは言う。
「それで誰かが前を向けるなら、俺は捨てない」
XANXUSの目が、怒りで細くなる。
「だから甘ぇんだよ」
炎が爆ぜる。
ツナは吹き飛ばされた。
地面を転がり、倒れかけた身体を炎で支える。膝が震える。腹が痛い。肩も焼けている。だが、まだ立てる。
ただ、立っているだけでは届かない。
XANXUSが一段上げれば、こちらも上げなければ押し潰される。そう理解した瞬間、XANXUSの背後で獣のような影が揺れた。
匣が開く。
大空と嵐の炎を纏ったライガー、ベスターが姿を現す。黄金と赤黒い炎を宿した獣が、低く唸った。その眼は主と同じように獰猛で、けれど命令を待つ獣の従順さもある。大空の調和と嵐の分解。その二つを併せ持つ白の天空ライオンは、ただの匣兵器ではなく、XANXUSの憤怒に呼応する獣だった。
「来い、ベスター」
XANXUSの声に、ベスターが吼えた。
ツナもまた、胸元へ意識を落とす。
「ナッツ」
大空ライオンVer.Vが、炎の中から現れる。小さなライオンの姿。だが、その身に宿る大空の炎は静かに澄んでいる。ナッツは一瞬だけXANXUSとベスターの圧に怯えたように耳を伏せた。臆病なところまで、ツナに似ている。だが、ツナが一歩前へ出ると、ナッツも震えを止めて前へ立った。
大空と大空。
獣と獣。
そして、ボスとボス。
XANXUSは笑った。
「ようやく少しは見られる面になったじゃねぇか」
ベスターが走る。
ナッツも跳ぶ。
獣同士が衝突し、炎が爆ぜた。
ツナは同時にXANXUSへ向かう。XANXUSの銃撃が来る。ツナは空中で回避し、ナッツが作った炎の軌道を足場にする。ベスターが横から襲いかかる。ナッツがその爪を受け止める。大空の調和と嵐の分解が混じるベスターの攻撃は重い。ナッツは押されるが、退かない。
XANXUSが撃つ。
ツナは零地点突破・改の構えを取る。
吸収。
しかし、吸い込んだ炎の向こうから、ベスターの咆哮が重なる。炎の性質がずれる。大空だけではない。嵐の分解が混じる。ツナの吸収の流れが削られ、爆発の残りが腕を焼いた。
「ぐっ!」
「遅ぇ」
XANXUSが迫る。
銃口ではなく、拳。
ツナは腕を上げて受ける。重い。銃撃より近く、炎より生々しい。XANXUSの拳は、憤怒そのものだった。
ツナはその拳を受けながら、ナッツへ叫ぶ。
「ナッツ!」
ナッツが咆える。
マントが翻る。
「防御形態――I世のマント!」
大空の炎が広がり、ツナの背へ纏われる。大空の炎を纏ったマントが、周囲の攻撃を調和させ、防御へ変える。XANXUSの炎弾がマントへ触れた瞬間、爆発の角度がずれた。熱が散り、衝撃が薄まる。
だが、完全には消せない。
XANXUSの憤怒の炎には、嵐の分解が混じっている。調和させたはずの炎の内側から、赤黒い火が裂け目を作る。マントの表面で橙の炎が揺れ、そこへベスターの爪が重なった。ナッツが受け止める。押される。大空の調和だけでは、XANXUSの破壊を完全には抑え込めない。
XANXUSはそれを見て、目を細めた。
「盾か」
「盾だけじゃない」
ツナはマントを翻し、炎を噴射した。
ベスターの爪が来る。マントが受ける。大空の調和で爪の勢いを落とし、嵐の分解を外へ逃がす。その隙に、ツナはXANXUSの懐へ入る。
拳。
XANXUSは銃で受ける。
もう一撃。
XANXUSは肩で受け、銃口をツナの胸へ向ける。
近すぎる。
ツナはマントをねじり、炎弾の軌道をずらす。だが、完全には逃がせない。爆風が胸を打ち、肺の空気が抜ける。
それでも、ツナはXANXUSの腕を掴んだ。
「まだだ!」
零地点突破・初代エディション。
死ぬ気の炎を封じる冷たい力が走る。
それはただの氷ではない。熱を奪うための凍結ではなく、死ぬ気の炎とは逆の方向へ働く力。燃え上がろうとする炎の流れを止め、動きを封じ、対象を冷たい静止の中へ閉じ込めるための技。
XANXUSの銃身に白い霜のようなものが走った。
憤怒の炎が一瞬だけ鈍る。
XANXUSが反射的に炎を強める。だが、そこで静止の力がさらに食い込んだ。死ぬ気の炎を燃やそうとすればするほど、その流れを止める力が炎の筋へ絡みつく。まともに捕まれば、力で破るほど封じ込められる。かつてXANXUSを八年閉じ込めた技の一端が、銃身と憤怒の炎の表層を白く侵していった。
その気配を感じた瞬間、XANXUSの傷痕が浮かび上がった。
顔に、首筋に、身体に。
九代目の死ぬ気の零地点突破によって刻まれた古傷が、怒りに呼応して大きく浮かぶ。赤黒い炎が、その傷跡の縁を照らした。XANXUSの目が、ただの怒りではない、もっと深い底へ沈む。
「それを俺に使うか」
XANXUSの声が、低く沈んだ。
封じられかけた炎を、XANXUSは無理やり爆ぜさせた。正面から炎を出せば静止に絡め取られる。だから、銃身の内側ではなく、腕ごと外へ叩きつけるように憤怒を暴発させる。封じられた表層を切り捨てるような乱暴な解放。
白い静止の層が砕け、赤黒い炎が再び吹き上がる。ツナは弾かれ、後方へ飛ぶ。マントが広がり、衝撃を調和させる。それでも足が滑り、片膝が地面を打った。
「俺をまた閉じ込めるつもりか、沢田綱吉」
XANXUSが歩いてくる。
怒りの炎が、傷跡を赤く照らしている。
ツナは顔を上げた。
「違う」
「あ?」
「止めるために使った。でも、閉じ込めるためじゃない」
ツナは立ち上がる。
「俺は、お前をあの時みたいに置いていくつもりはない」
XANXUSの表情が変わった。
怒りが、さらに深くなる。
「何様のつもりだ」
銃口がツナの額へ向く。
「俺の怒りを、てめぇが分かったような顔で語るな」
「全部は分からない」
銃口の前で、ツナは言う。
「でも、逃げない」
XANXUSの炎が爆ぜた。
「なら焼けろ」
炎弾が放たれる。
ツナはマントを広げ、受ける。調和で爆発を逸らし、零地点突破・改で吸収できる分だけを拾う。腕が焼ける。足が滑る。だが、退かない。
XANXUSの怒りは重い。
その炎の奥に、置き去りにされたものがある。奪われたものがある。認められなかったものがある。憎しみだけではない。誇りも、屈辱も、執着も、全部が燃えている。
ツナはそれを消せない。
消していいものでもない。
だから、受け止める。
その上で、前へ進む。
「う、あああああっ!」
ツナが叫ぶ。
橙の炎が膨れ上がる。憤怒の炎を包み込む。完全には鎮められない。だが、爆発の方向を変える。XANXUSの炎が、ツナを焼くためだけではなく、空へ抜ける。
白い戦闘領域の天井が揺れた。
XANXUSの目が見開かれる。
ツナが前へ出た。
ナッツが咆える。
「攻撃形態――I世のガントレット!」
マントがほどけ、炎がツナの腕へ集まる。ガントレットが手甲として形を取り、ツナの拳へ大空の炎が収束した。X BURNERと同等の威力へ拳の力を引き上げる攻撃形態。
ツナは拳を引いた。
XANXUSは銃を構える。
ベスターが横から襲う。
ナッツの残した大空の炎が、ベスターの爪を一瞬だけ調和する。完全には止まらない。だが、ツナの拳が届く時間を作るには十分だった。
「ビッグバンアクセル!」
拳がXANXUSの胸へ届く。
直撃。
爆発的な大空の炎が、球状に収束したままXANXUSを打つ。XANXUSの身体がわずかに後退した。
一歩。
それだけ。
だが、XANXUSが下がった。
ツナは息を切らしながら拳を引く。
XANXUSは胸元を見た。服が焦げ、拳の跡が残っている。痛みより先に、沈黙が落ちる。
「……カスが」
次の瞬間、XANXUSの炎が爆発した。
ツナは吹き飛ばされる。
地面へ叩きつけられ、転がる。ナッツが駆け寄ろうとするが、ベスターが阻む。獣同士がぶつかり、火花が散る。
XANXUSは歩いてくる。
さっきまでより、さらに重い。
「今のは良かった」
低い声だった。
「だが、まだ足りねぇ」
ツナは立ち上がる。
膝が震える。腕が焼けている。それでも、目は逸らさない。
「俺も……そう思う」
XANXUSが笑った。
獰猛に。
「なら、死ぬ気で来い」
両者が動く。
XANXUSは二丁拳銃を交差させる。憤怒の炎が銃口に集まり、周囲の空気が歪む。単発ではない。連射でもない。炎が房のように伸び、さらにその内側で怒りが暴発する。
「炎の鉄槌」
連射速度を上げた憤怒の炎が、直線状に放たれる。超極太のレーザーのような炎ではなく、炎の束が何本も叩きつけられるような攻撃。ツナは空中へ飛び、ガントレットの炎で姿勢を制御する。だが、炎の房が追ってくる。避けた先へ次が来る。
ツナはX BURNERを撃とうとして、超直感に止められた。
撃てば火力では押せるかもしれない。だが、今のXANXUSは、正面から力をぶつければさらに怒りを燃やして押し返してくる。ここで大火力を撃ち合えば、戦闘領域そのものが崩れかねない。何より、ツナがやりたいのはXANXUSを焼き尽くすことではない。
止める。
その怒りを否定せずに、矛先を変える。
XANXUSが吼えた。
「どうした、撃たねぇのか!」
ツナは答えず、零地点突破・改の構えを取る。
炎の鉄槌が迫る。
両手の四角へ、憤怒の炎が流れ込む。吸収しきれない。腕が焼ける。肩が震える。だが、ツナは吸収した分をすぐに肘側の噴射へ逃がし、身体を前へ押し出した。
逃げるためではない。
踏み込むために。
XANXUSの目が細くなる。
「小細工か」
「違う」
ツナは炎の中で言う。
「これは、お前の怒りを否定するためじゃない」
吸収した炎を、包む。
自分の大空で、XANXUSの憤怒を包む。そして、拳へ集める。
I世のガントレットが熱を持つ。ボンゴレギアの大空のリング Ver.Xが、ツナの手に応える。肘側の噴射口から柔の炎が噴き、姿勢を制御する。撃つのではない。距離を詰める。拳を通す。
XANXUSはベスターへ視線を送る。
ベスターが吼えた。
XANXUSの大空のヴァリアーリングが、黒ずんだ炎を帯びる。ベスターの姿が変わっていく。白金の鎧を纏い、大空と嵐の炎が混じり合う。天空嵐ライガーの威圧が、戦場を支配する。
「形態変化」
XANXUSの声が低く響く。
「獣帝銃」
ベスターの力が、XANXUSの二丁拳銃へ重なる。銃が獣の牙を思わせる外形を帯び、炎の密度が一段上がる。単なる憤怒の炎ではない。大空の支配と嵐の破壊を併せ持つ、獣帝の銃。
獣帝銃が火を噴いた。
正面火力でX BURNERにぶつけるためではない。XANXUSはツナの機動を、踏み込みを壊すために撃ってきた。弾道は直線だけではない。ベスターの嵐の性質を帯びた炎が、ツナの前方で弾け、進路を裂く。大空の圧が足場を重くし、嵐の分解がガントレットの炎の制御を乱す。
ツナは歯を食いしばった。
飛ぶ。落ちる。滑る。また飛ぶ。肘側の噴射で姿勢を立て直し、零地点突破・改で炎を拾い、I世のガントレットへ集める。XANXUSはそれを読んで、さらに撃つ。炎の蕾。憤怒の炎がツナの周囲を高速で旋回しながら連続で弾け、まるで赤黒い炎の華が咲くように逃げ道を塞いだ。
ツナはその花弁の間へ、身体をねじ込む。
熱が背中を焼く。
左腕が痺れる。
ナッツが吼える。
マントの残滓が一瞬だけ広がり、炎の花弁を調和する。その隙にツナは抜けた。XANXUSの目の前へ。拳の間合いへ。
「ビッグバンアクセル!」
ツナが突っ込む。
炎を吸収し、姿勢を制御し、XANXUSの憤怒の流れの中へ飛び込む。XANXUSは撃つ。獣帝銃が火を噴く。ツナは避けない。零地点突破・改で一部を吸い、残りをマントの調和で流し、焼かれながら前へ出る。
拳が届く。
XANXUSも撃つ。
決別の一撃。
二丁拳銃へありったけ込められた憤怒の炎が、巨大な塊となってツナへ向かう。着弾すれば、死に至るほどの爆発。ツナの超直感が、全身を貫くほどの危険を告げた。
それでも、ツナは拳を止めない。
逃げたら終わる。
XANXUSは止まらない。
ツナも止まらない。
ビッグバンアクセルの拳が、決別の一撃の炎へ触れた。
大空の炎が憤怒を包む。零地点突破・改で吸える分だけ吸う。吸えない分を、拳で逸らす。炎の塊が真正面から砕け、爆発の向きが上へ逸れた。ツナの腕の皮膚が裂け、グローブが軋む。だが、拳はXANXUSの胸元へ届いた。
直撃。
今度は一歩では済まなかった。
XANXUSの身体が後退し、足元のアスファルトが砕ける。
だが、倒れない。
XANXUSは膝をつかない。銃を下ろさない。ツナも倒れない。肩で息をしながら、炎を消さない。
その時、遠くで赤い光が細くほどけた。
残り時間、約三十秒。
ベルの気配が消えた。
XANXUSの銃口が、一瞬だけ止まる。
ツナも気づく。
獄寺が勝った。
だが、勝利の気配だけではない。ベルの炎が消えた後、何かが細く引かれていくような嫌な感覚があった。敗退した者が戦場の外へ退くというより、炎と情報の一部を抜き取られて、どこかへ運ばれていくような感覚。
XANXUSは、そちらを見なかった。
「ベルが落ちたか」
声は低い。
怒りはある。
だが、揺れてはいない。
「……獄寺くんが勝った」
「だから何だ」
XANXUSが銃を構える。
「あのドカスが落ちたなら、その分まで俺が勝つだけだ」
ツナは息を呑む。
XANXUSは仲間を仲間らしく語らない。悔しがりもしない。慰めもしない。だが、その言葉の奥に、ベルが敗れたことを軽んじていない重さがあった。ベルの負けを、自分の憤怒へ加えている。仲間を失った悲しみではなく、ドカスを奪われた怒りとして。
残り三十秒。
戦いは、そこからさらに濃くなる。
XANXUSが撃つ。獣帝銃の炎が弧を描き、ツナの逃げ場を潰す。ツナはマントの調和で一撃を逸らし、零地点突破・改で次を吸い、肘側の噴射で身体をずらす。XANXUSはそれを追う。銃声が連続し、炎の蕾が再び咲く。ツナは花弁を抜け、拳を振るう。XANXUSは銃身で受け、銃床で返し、膝で崩し、至近距離から憤怒を叩き込む。
ツナの視界が揺れる。
腕は限界に近い。
XANXUSも無傷ではない。胸元にはビッグバンアクセルの焦げ跡が残り、銃を握る腕にも震えがある。だが、その震えは弱さではない。怒りをさらに燃やすための震えだった。
残り二十秒。
XANXUSの傷跡が、さらに浮き上がる。
顔から首へ、肩へ、身体へ。九代目の零地点突破によって刻まれた古傷が、まるで封じられた怒りだけが現在へ噴き返してくるように浮かび上がった。憤怒の炎が濃くなる。大空の圧が増し、嵐の分解がさらに鋭くなる。
「沢田綱吉」
XANXUSが低く呼ぶ。
「てめぇの甘さは、いつか全部を殺す」
ツナは息を切らしながら答えた。
「それでも、捨てない」
「なら証明しろ」
獣帝銃が火を噴く。
ツナは飛び込む。
ビッグバンアクセルの炎が、再び拳へ集まる。だが、二度目は読まれる。XANXUSは正面から受けない。炎弾で拳の軌道を削り、ベスターの嵐で足場を裂き、ツナの突進を斜めへずらす。
ツナはずらされながらも、姿勢を崩さない。
肘側の柔の炎で身体を戻す。右手の拳を引き戻す。左手で零地点突破・改の構えを一瞬作り、XANXUSの炎を掠め取る。その分だけ、右拳へ足す。
強引な一撃。
XANXUSの銃身と拳がぶつかった。
火花が散る。
互いに押し合う。
XANXUSの炎がツナの拳を焼き、ツナの大空がそれを包む。受け止める。吸い込む。逸らす。それでも、完全には止めきれない。
残り十秒。
ツナの耳に、遠くで青い雨の音が聞こえた気がした。
山本とスクアーロの戦いが、まだ終わっていない。
その事実が、ツナに力をくれた。
山本はまだ立っている。スクアーロもまだ立っている。獄寺も、きっと倒れずに戻ってくる。なら、自分もここで折れるわけにはいかない。
残り七秒。
遠くで青い光がほどけた。
スクアーロの気配が消える。
山本が勝った。
ツナの胸に安堵が走る。
同時に、嫌な感覚も走る。
ベルの時と同じ。敗退した炎が、ただ消えたのではない。どこかへ細く引かれていくような、得体の知れない流れ。スクアーロほどの炎が、剣が、経験が、戦場の奥へ吸い込まれていく。
XANXUSは、今度はそちらを見た。
わずかに。
ほんの一瞬だけ。
「スクアーロまで落ちたか」
声は静かだった。
静かなぶん、怒りが深かった。
獣帝銃の炎が揺れる。
XANXUSの顔の傷が、さらに大きく浮かぶ。
「XANXUS……」
「黙れ」
XANXUSが銃を構える。
「まだ俺がいる」
それは、負け惜しみではなかった。
ベルが敗れた。スクアーロが敗れた。それでも、ヴァリアーのボスは自分だと言っている。ドカス共が落ちたなら、その怒りも、その敗北も、自分の炎へ加える。なお戦場の中心に立つ。それがXANXUSという男だった。
ツナは拳を握る。
残り七秒。
このままでは、時間で終わる。
だが、XANXUSが時間で納得するはずがない。
戦闘領域が解除されても、XANXUSは撃つ。ウォッチのルールが止めても、マーモンが止めても、気に食わなければ自分のウォッチを壊してでも続けようとする。そういう男だ。
なら、ここで勝敗以外のものを突きつけなければならない。
ツナは炎を落とした。
攻撃の炎を、わずかに引く。
XANXUSの炎が押してくる。
危険。
超直感が叫ぶ。
それでも、ツナは構えを変えた。
右手を前へ。
左手を添える。
零地点突破・改。
憤怒の炎が、ツナへ流れ込む。
吸収しきれない量だ。腕が焼ける。骨が軋む。XANXUSの炎は重すぎる。だが、ツナは吸収した炎を自分の中へ留めない。肘の噴射口から柔の炎として逃がし、足場を作る。右手へ大空の炎を集める。
XANXUSが目を細める。
「まだ来るか」
「行く」
ツナは炎の中で言う。
「これで倒せなくても、止める」
残り五秒。
ツナが踏み込む。
XANXUSは撃つ。
決別の一撃。
二度目の巨大な憤怒の塊が、真正面から迫る。だが、さっきよりも近い。避ける隙間はない。受ければ焼ける。吸い切れない。ツナはマントの残滓と零地点突破・改を重ね、爆発の向きを上へ逸らす。完全には無理だ。脇腹が焼ける。視界が赤く染まる。
それでも、拳は止まらない。
ビッグバンアクセルが、XANXUSの胸へ迫る。
XANXUSも引かない。
銃身を交差させ、拳を受ける。
衝突。
残り三秒。
炎が爆ぜる。
ツナの拳が押す。
XANXUSの銃が押し返す。
大空と憤怒が、至近距離でぶつかる。
残り二秒。
ツナはXANXUSの目を見た。
「この戦い、ただの代理戦争じゃない」
「今さら何を――」
「俺たちを潰し合わせて、利用しようとしてる奴がいる」
XANXUSの目が、一瞬だけ変わる。
残り一秒。
「ベルも、スクアーロも……落ちた後の消え方が普通じゃなかった」
白い膜が砕けた。
戦闘領域が解除される。
炎が霧のようにほどけ、商店街の景色が現実へ戻っていく。ツナとXANXUSは、互いに倒れなかった。互いのウォッチも砕けていない。
決着は、勝敗としてはついていない。
だが、XANXUSは動かなかった。
銃口はツナへ向いたままだ。
撃とうと思えば撃てる。戦闘領域が消えた後でも、XANXUSなら撃つ。ルールなど関係ない。気に食わなければ、壊す。それがXANXUSだ。
ツナは息を切らしながら、視線を逸らさなかった。
XANXUSの炎は消えない。
むしろ、燃えている。
だが、その矛先が、ほんのわずかにずれた。
ツナから、戦場の奥へ。
ベルとスクアーロの粒子が流れた先へ。
「……気に食わねぇ」
XANXUSが低く言う。
「俺のドカス共を、俺以外の誰かが使うだと?」
ツナは答えない。
XANXUSの銃口が、ゆっくりとツナから外れた。
「ベルとスクアーロが落ちたのは、戦いの結果だ。文句はねぇ」
怒りの炎が、静かに銃口へ宿る。
「だが、その後で何かを持っていく奴がいるなら――そいつは俺が潰す」
ツナは拳を下げなかった。
けれど、前へ出ることもしなかった。
これは降参ではない。
XANXUSが素直に引いたわけでもない。
ただ、XANXUSの怒りが、ツナだけへ向いていた状態から変わった。ドカス共を奪われた怒りが、この偽りの戦場そのものへ向き始めた。
「勘違いするなよ、沢田綱吉」
XANXUSは銃を下ろさずに言った。
「てめぇとの決着は、後だ」
―――――
白い膜が消えた直後、獄寺が膝をつきながら駆け込んできた。
「十代目!」
全身傷だらけだった。肩から血が流れ、腕も切られ、息も荒い。それでも目は生きている。ベルを倒した男の目だった。
続いて、山本も姿を見せる。
「ツナ……大丈夫か?」
山本もひどい状態だった。肩は裂け、脇腹にも血が滲み、手にした刀の支えがなければ立っているのも苦しそうだった。それでも、笑おうとしている。スクアーロを越えて戻ってきた剣士の顔だった。
ツナは二人を見て、胸の奥が熱くなる。
「二人とも……」
「十代目こそ、その怪我……!」
「俺は大丈夫」
ツナはそう言いかけて、少しだけふらついた。
獄寺が慌てて支えようとする。山本も動こうとする。だが、その前に、低い声が落ちた。
「群れてんじゃねぇぞ、カスども」
XANXUSだった。
彼も無傷ではない。胸元は焦げ、腕には火傷があり、顔の傷跡は怒りで大きく浮かび上がっている。だが、立っている。圧は少しも落ちていない。
獄寺が睨む。
「てめぇ、まだやる気か……!」
XANXUSは獄寺を見た。
次に、山本を見る。
「ベルとスクアーロを落としたのはてめぇらか」
獄寺の眉が動く。
「だったら何だ」
山本は黙って刀を握る。
XANXUSは、しばらく二人を見ていた。
そして、鼻を鳴らした。
「勝ったなら背負え」
その言葉に、山本の目がわずかに揺れた。
スクアーロと同じようなことを、XANXUSが言った。
「ただし、勘違いするな」
XANXUSの声が低くなる。
「次にあのドカス共を道具みてぇに使う奴が出てきたら、そいつは俺が殺す」
獄寺が言い返しかけた。
だが、その前に、マーモンの声が割り込む。
「ボス」
空中に浮かぶ小さなアルコバレーノは、フードの奥からXANXUSを見ていた。声はいつものように抑えられている。だが、わずかに硬い。
「今ここで続けても、あの二人を追えなくなる」
「命令してんのか」
「忠告だよ。ベルとスクアーロの消えた先、放っておくには高すぎる」
XANXUSの怒りが、マーモンへ向く。
だが、マーモンは引かなかった。
「ボスがここでウォッチを壊して続けても、向こうは待ってくれない。今追える糸が切れる。ボクは、損をする選択は嫌いだ」
「俺が損得で動くと思ってんのか」
「思ってないよ」
マーモンは即答した。
「だから言い方を変える。ベルとスクアーロを持っていった奴を、先に見つけるべきだ」
沈黙。
リボーンはそのやり取りを見ていた。
XANXUSが素直に引く男ではないことは分かっている。だが、マーモンもまた、ただ怯えているわけではない。呪いを解きたいという欲、報酬への執着、計算高さ。その全てがある。けれど今は、それ以上に、ベルとスクアーロの消えた先を見ている。
リボーンは口を開いた。
「マーモン」
「何」
「てめぇも見たんだな」
マーモンは少し黙った。
「見たというより、引っかかった。炎が消えたにしては、流れが残りすぎてる。普通に退場しただけなら、あんな尾は引かない」
獄寺が舌打ちする。
「やっぱり、ただの代理戦争じゃねぇってことかよ」
山本はスクアーロの消えた方を見る。
「スクアーロの炎、普通に消えた感じじゃなかった」
ツナも頷く。
「ベルもそうだった。獄寺くんと山本が勝ったのに、嫌な感じが残ってる」
XANXUSは黙っていた。
炎は消えていない。
だが、銃口はもうツナへ向いていない。
やがて、XANXUSは低く言った。
「マーモン」
「何」
「あのドカス共の反応を追え」
「言われなくてもやるよ」
「リボーン」
XANXUSがリボーンを見る。
「この件で俺の邪魔をしたら撃つ」
リボーンは笑わない。
「そっちこそ、ツナの邪魔をするな」
「カスの邪魔なんざする価値もねぇ」
「なら話は早い」
リボーンの目が鋭くなる。
「ベルとスクアーロを持っていった奴を探す。それまでは、ここで潰し合う意味はねぇ」
XANXUSはしばらく黙った。
その沈黙は、同意ではない。譲歩でもない。ただ、今撃つべき相手がツナではなくなったというだけだった。
「行くぞ、マーモン」
XANXUSが背を向ける。
マーモンがその後ろへ浮かぶ。
獄寺が一歩前へ出かけたが、ツナが手で制した。今追えば、また戦いになる。XANXUSは引いたのではない。怒りの矛先を変えただけだ。なら、ここで無理に止める理由はない。
XANXUSは去り際に、振り返らず言った。
「沢田綱吉」
「……何」
「次に会う時まで、その甘ぇ炎を消すな」
ツナは黙る。
XANXUSは続ける。
「消えてたら、俺が殺す」
それだけ言って、XANXUSは歩き出した。
マーモン陣営は撤退する。
だが、それは敗走ではない。
ベルとスクアーロを失い、なおボスが残った陣営が、この偽りの代理戦争の奥にいる何かへ牙を向けるための撤退だった。
―――――
XANXUSたちの気配が遠ざかった後、ツナはようやく膝をついた。
「十代目!」
獄寺が駆け寄る。
「大丈夫、ちょっと……力抜けただけ」
「大丈夫なわけないでしょう! 今すぐ手当てを――」
獄寺の声が途中で止まる。
彼自身も、立っているのがやっとだった。山本も近くで壁に手をつき、息を整えている。三人とも、勝ったと言うにはあまりに傷だらけだった。
リボーンが歩み寄る。
「よく生き残ったな」
「褒めてるの、それ……?」
「半分はな」
リボーンは、ベルとスクアーロが消えた方を見る。
「もう半分は、反省しろって意味だ。XANXUSが最後まで本気で潰しに来てたら、まだ分からなかった」
ツナは頷く。
「うん」
悔しさはある。
でも、それ以上に、感じたものがある。
XANXUSは敵だった。今も、味方と呼べる相手ではない。けれど、ベルとスクアーロを奪った何かに対して、同じ怒りを向けている。その一点だけは、信じられる気がした。
獄寺が拳を握る。
「ベルの奴、最後に変なこと言ってました。負けたのに、どっかに持ってかれる感じがするって」
山本も静かに続ける。
「スクアーロも同じだった。消え方が、普通じゃなかった」
リボーンは帽子のつばを下げる。
「まずは、その消えた先を追う必要があるな」
ツナは頷いた。
ベルの消え方も、スクアーロの消え方も、普通ではなかった。敗退者が戦場から退く。ただそれだけなら、あんな引っかかりは残らないはずだ。炎が途切れた後に、細い糸のような感覚だけが残っている。それが何なのかは分からない。けれど、分からないまま放っておけば、取り返しのつかないことになる。
そんな予感だけが、胸の奥に残っていた。
ツナは拳を握った。
「取り戻す」
声は小さかった。
だが、はっきりしていた。
「ベルも、スクアーロも。この戦いに巻き込まれた人たちも、絶対に」
獄寺が頷く。
「当然です。十代目の道を邪魔する奴は、全部吹き飛ばします」
山本も、傷だらけのまま笑う。
「俺も、スクアーロに背負えって言われたしな」
リボーンは三人を見た。
そして、少しだけ目を細める。
「なら立て。休むのは後だ」
遠くで、別の戦闘領域が揺れている。
ユニ陣営とヴェルデ陣営。
コロネロ陣営とフォン陣営。
そして、まだ戦闘領域の外で影炎体と戦っている者たち。
偽の虹の代理戦争は、まだ終わっていない。
けれど、リボーン陣営とマーモン陣営の戦いは、ここで一つの区切りを迎えた。勝者と敗者を出し、敗者を奪われ、残った者たちの怒りと覚悟を、次の戦いへ向ける形で。
ツナは立ち上がる。
大空の炎は、まだ消えていない。
それは怒りを否定せず、痛みをなかったことにせず、それでも全てを抱えて前へ進むために、静かに燃え続けていた。
その背中を、遠くから見ている影があった。
白い町の屋根の上。黒い外套をまとった者たちが、戦闘領域の砕けた跡を見下ろしている。包帯に覆われた顔は、表情を読ませない。誰も声を発しない。ただ、ベルとスクアーロが消えた場所に残る炎の匂いと、白い霧へ吸われていく粒子の流れだけを見ていた。
ツナはふと、背中に冷たい視線を感じて振り返る。そこにはもう何もない。だが、リボーンだけは同じ方向へ目を向け、帽子のつばをわずかに下げた。
「……今は追うな」
その一言だけで、獄寺も山本も足を止めた。視線の正体は分からない。けれど、偽の代理戦争を見ている者が、自分たちだけではないことだけが、確かに残った。