2003年6月某日
「あ゛ーだりー」
体格の良いドレッドヘアの男がそう呟いた。
彼の足元には5人の少年が横たわっている。
派手な格好をした少年達だ。
全員の顎に打撃の跡がある。
それ以外に争った形跡はない。
つまり5人全員一発で沈められたということだ。
やったのはドレッドの男こと金剛阿含。
中3にして完成された体格と風格。
横たわる少年たちの方が年齢は上だが、
そうは感じさせない格が、その男にはあった。
そもそも、横たわる少年たちのリーダー格の彼女(だと思っている女)を
阿含がナンパして持ち帰ったことが発端なので同情の余地はあるのだが、
それでもアウトローを気取るなら手を出して良い相手とそうではない相手を見極めるべきだろう。
「……帰るか」
チンピラ共が弱すぎて萎えちまった。
と、呟きその場を去ろうとする阿含に声をかける存在が現れた。
「……これをやったのは君か?」
背後から聞こえた声に対して阿含は思考する。
警察の場合は問題ない。
5対1だ。
傷害扱いにはならないだろう。
チンピラ共のケツモチの場合は、問題だ。
舌打ちをして振り返る。
そこにいたのは警察でもヤカラでもなかった。
ジャージに短髪の青年。
阿含よりは小柄だが、それなりに鍛えられた体をしている。
ここまでならチンピラに多い特徴だが、
チンピラ特有の不快な表情はしていない。
恐らくスポーツマン。
ボロいシューズと額に浮かぶ汗。
ランニング中なのだろう。
そして顔面に擦り傷のようなケガが数か所ある。
20代中頃に見える青年が仕事でそんな怪我をする可能性は低い。
恐らく、ボクサー。
阿含は1秒でそう判断した。
「だったらなんだよ?」
「完璧に全員の顎を打ち抜いてる。
しかも一撃で。
素晴らしい才能だ。
何か格闘技はやっているのかい?」
「(またか)」
阿含は
その反応速度は人間の反応速度の限界と言われている0.11秒。
当然、これまでボクシングの誘いなんてのは何度もあった。
漫画みたいなノリでケンカ吹っ掛けてきた元プロもいた。
全員、カウンターで沈めて黙らせた。
阿含は才能のない奴が努力や根性とかいう世迷言で調子に乗っているのが気に入らないだけで、
自分の限界を試したい欲求は低かった。
だからボクシングという競技には興味がなかった。
ボクシングとは
才能ないやつが何年努力しようがセンスある初心者にすぐ追い越される。
俺が教育するまでもなく、才能のない奴は勝手に淘汰される。
俺に負けた連中みたいに。
阿含はそう判断したのだ。
「おっさんボクサーだろ?
勧誘は間に合ってるぜ」
「おっさ……!?
まだ25なんだけどね?
君はいくつなんだい?」
「15」
「……それは、若いね」
青年は、それならおっさんと言われても仕方ないか、と呟いた。
阿含は会話は終わりだと言わんばかりに、その場を立ち去ろうとする。
そもそも男と話すのが好きじゃないのだ。
「ああ、待って!
僕はボクサーじゃないよ。
総合格闘家なんだ」
「……ああ、BRANDか」
「いや、そこに出るほどの選手じゃないんだけどね。
焦斗って団体のランカーさ」
BRANDという名は阿含も知っていた。
有名なプロレスラーが400戦無敗の男と戦った舞台の延長戦。
大晦日に
だが興味はない。
過去アマレスをやった時、男に抱きつかれて頭に来たからだ(当然負けなしだったが)
それに、格闘技ならボクシング同様、才能が全てだろう。
阿含がイラつくような存在は淘汰されると思ったからだ。
「興味ねーよ」
「いやいや、総合はいいよ!
ボクシングと違って選択肢が多いから才能ある相手にも技術で勝てるんだ!」
「……あ゛?」
奇しくもその一言は、金剛阿含という男の気を引くのに一番だった。
才能ある相手にも技術で勝てる?
それは低いレベルの話だろうが。
才能があり、絶対に負けないという自負を持った人間が、
努力する凡才に負けるスポーツは存在しない。
でなければ
「気が変わった。
ちょっと手合わせしてくれよおっさん。
金的噛みつき目潰し以外なんでも有り、でいいんだよな?」
「おっと急にやる気になったな。
本当は服つかむのも無しなんだが、今回はいいよ。
あ、僕はつかまないから安心して!」
「……」
自分をナメた態度に、阿含はすでにキレていた。
今は靴を履いている。
故に前蹴りにリスクがない。
靴に守られていて、指を負傷する可能性が低いからだ。
だからこそ、打たない。
それで倒してしまっては目の前の凡才が路上だから負けたと勘違いをする。
阿含は自分の反応速度に自信がある。
ゆえに両手は顔を守らず、相手のタックルを防ぐために下げている。
右足を前に出して姿勢は高め。
手を下げたキックボクサーのような構えだ。
「お、左利きか。
いいね」
青年は
足を広げ、姿勢は低め。
ボクシングのような構えだ。
格闘家ではない阿含にはその構えの意図は分からない。
だが、攻めやすい箇所は分かる。
まずが小手調べ。
ステップでパンチが届く範囲に入り、右手を相手の視線上に跳ね上げフェイント。
そのままインカーフを蹴った。
インローでもよかったが、金的に入る可能性があったので避けた。
反則で勝っても仕方ないからだ。
阿含の攻撃に対して青年はステップで外した。
そしてカウンター気味にストレートを放つ。
阿含の目には、その攻撃が届かないことが判断できた。
だが相手は現役のプロ格闘家。
届かない距離で敢えて放つということは、フェイントということだ。
視界を拳にふさがれている状況を防ぐためにバックステップをする。
すると相手がタックルにきた。
「馬鹿が!」
下がアスファルトだからか、膝をつくタックルではなく走るようなタックル。
ボクサーだったら対処できずにテイクダウンされたかもしれないが、
阿含はレスリングの経験がある。
がぶりの体制だ。
両手の位置を下げていたので、そのまま相手の脇の下と首の横を通してクラッチ。
膝を立ててスイッチしようとする相手を体重移動で潰し、
腕を相手の首に深く差し込んでアナコンダチョークを作りにいく。
しかし、相手は体を横に向けて阿含の片足に両足で絡むようにしてハーフガードを作った。
阿含は焦らず相手の肩を片手で抑えて顔面を殴る。
だが相手は即座に阿含との間に膝を入れてニーシールドを作った。
阿含のパンチが空振る。
そして阿含が膝をどかそうとした手をキャッチしてキムラロックを作られる。
そのまま阿含の片足に絡んでいた足を抜き、阿含の体の下で回転し、
阿含の顔に足をかけてひっくり返す。
腕ひしぎ十字固めの形だ。
阿含は両手をクラッチしてブリッジで逃げようとする。
しかし相手は片足を阿含の背中の下に滑らせて、そのまま洗濯バサミを作った。
両足で阿含の首を絞める技だ。
ここまで、阿含は全ての動きをしっかりと目で見て反応出来ていた。
それでも対処できなかった。
「(なるほど、センスに技術で対応できるというのは理解できた。
だがそれは、俺が初心者だからだ。
今だけ勝ち誇ってろ。
組技も才能だということを分からせてやる!)」
阿含は心の中で悪態をつきながら失神した。
タップはしなかった。
こうして、100年に1人の天才は総合格闘技の道に歩みだす。
本来であれば総合格闘技人気が沈んでいく運命にある日本において、
金剛阿含という原石は何をもたらすのか。
少なくとも激動になることは間違いない。
金剛阿含は本物の天才なのだから。
連載当時から思っていた、
「お前格闘技やれよ」を形にしてみました。
本当は実在の団体名使いたいけど規約違反っぽいので。
格闘技の描写は趣味なので流し読みしちゃってOKです。