ここは幽州の城。公孫賛、白蓮の居城である。今、白蓮の執務室で彼女と軍師である荀攸、真名を桂輝、そして軍師ではあるものの厳密には裴嶷の配下である張賓、詠と傅暢、音々音が揃っていた。そしてそこへ、大量の書簡と竹簡を抱えた2人の男、『名無し』及び田豫、真名を流角と言う少年が入室して来る。
白蓮が声を掛けた。
「『名無し』師、流角、資料をこちらに出してくれるか?」
「わかりました」
「これですね。よい、せ」
彼らがここに出したのは、『名無し』がその記憶より書き出した新兵器の内、自陣営で生産し使う事が叶う様になった物の資料だ。筆頭軍師の桂輝が、
「……近日中に迫った対袁紹陣営の戦いですが、この新兵器全てを使う事はいたしません」
「え? どうしてなのです」
「いえ、理由は判るわ。対袁紹戦で全てを見せてしまうと、後が続かない。全部対策されてしまう。袁紹の後ろに控えている相手こそが、強敵って事でしょうね」
「あ、曹操なのですか」
「ご明察」
そして桂輝は視線を強めて言った。
「この黒色火薬、そして綿火薬。綿火薬の方は綿以外の素材が入手し難いため、まだ量産数は心もとないですが。でも黒色火薬はそこそこの量準備できていますね。ですが、今回はまだ使いません。導火線式地雷も、釘と火薬を詰めた釘爆弾も、火薬ろけっととやらも今回は無しです」
「まあ、それに大砲も銃も、砲弾も銃弾も、まだ量産は上手く行っていない。銃士の育成もまだまだ先の話だ。今の程度の火薬備蓄では、使いたくは無い、な」
『名無し』の言葉に、白蓮は頷く。
「よし、ではどれを使う、桂輝?」
「これと、これ、これ、これです」
「そうか……。どう使うつもりだ?」
「それは……」
一同は、綿密に計画を練る。そして万全の態勢を整えるのだった。
*
そしてついに、袁紹軍が幽州に攻め寄せて来た。公孫賛軍は、騎馬が主体なのでやや開けた地形に陣取り、袁紹軍を待ち構えた。やがて金ピカで揃えた袁紹軍が姿を現す。輿の上から、袁紹……麗羽が大声で宣った。
「おーっほっほっほ、白蓮さん! 貴女にも見えますでしょう、この麗しい美しい大軍が! 貴女に勝ち目はありませんことよ! 今降参すれば、貴女もこの美しき華麗な我が軍の末席ぐらいには加えてあげてもよろしくってよ! ほーっほっほっほっほ!」
一方の白蓮は、ずらりと並んだ白馬の列から自分の白馬を歩みださせると、言った。
「麗羽、もはや語る口は持たん。お前もいっぱしの将を名乗るなら、舌ではなく武をもって語れ」
そして白蓮は、白馬ではなく赤い馬に乗った、覆面をした女……石虎に合図をする。石虎である恋は元呂布であるからして、顔を隠さねばならぬのは理解できるが、見るからに怪しい。更にその隣には、石勒である霞がいる。彼女も元張遼なので、覆面で顔を隠しており、凄く怪しい。
そして恋は兵から長弓を受け取ると、矢をつがえギリギリギリと引き絞って狙いを付け、一気に射ち放つ。それは過たず、麗羽の乗った輿に突き刺さり、びっくり仰天した麗羽は輿から転げ落ちた。慌てて顔良である斗詩と文醜である猪々子が駆け寄り、助け起こす。直後、聞くに堪えない怒声が響き渡り、ついに戦端が開かれた。
麗羽の軍勢は、まあとにかく何を考える事も無く草原を前進する。とにかく数で叩き潰す事しか考えていない。軍師である田豊が進軍前に色々策を授けていたはずなのだが、まったく聞いていなかった模様。ただし、これだけの大軍であるならば、そこまで凝った策は普通なら必要ないとも言えよう。
一方で白蓮は、機動力に長けた白馬義従と呼ばれる騎馬隊を組織している。しかし彼女は今、じっと麗羽の軍を待ち構えているだけであった。機動力が完全に死んでいる。
「おーっほっほっほ! 白蓮さんは怖気づいたみたいですわ! ぴくりとも動き……。あら? 貴方たち、何をしてらっしゃるのですっ!? 進みなさい! 全軍前進ですわ!」
麗羽が必死に督戦しても、全軍の動きは鈍い。それもそのはず……。
「あだっ!?」
「いたっ! な、なんだコレ」
「あだだだ! なんか刺さった!?」
「げ、げげっ! 進めねえ!?」
金ピカの歩兵たちが、突然動きを止めた。猪々子が叫ぶ。
「何をしてるんだーっ!?」
「ぶ、文醜様! 草の中になんか針金が! 棘付きの針金が長~く仕込んであります!」
「そんなの、あたいの力でぶった切って……。あだだだだだだだ!? ち、くしょう! 仕方ない、避けろ! 避けて進め!」
これが新密兵器その1、有刺鉄線だ。『名無し』の率いる
……そして、そこに新兵器その2とその3が現れる。
「ぎゃっ!」
「うわっ、や、やられた!」
「うぎゃあ!」
地面に細長く横方向に掘られた穴というか溝から、弓を構えた公孫賛軍の兵士が次々に身体を乗り出しては、低い位置から矢や弩を射る。ことに弩はテコの原理で簡単に弦が引けるようになっており、更に弾倉から3射分までなら次々に矢を装填できる仕組みになっている。これこそ、
ちなみに連弩は諸葛亮が発明、というか再開発したと言われているが、この時点では劉備軍にも存在していない。まあ何にせよ、有刺鉄線と塹壕と飛び道具の組み合わせは非常に強力な陣地構築法であった。
どうにか有刺鉄線を逃れ、塹壕に飛び込んで弓兵を倒そうとする袁紹軍の兵もいる。しかしその試みは、功を奏しない。
「ぐきゃっ!」
「うぎゃあああ!」
「……甘い! ここにこの華、じゃない趙文瀚がいる限り、こやつらには指一本触れさせはせん!」
……そして陣地の配置も、緻密に練り上げられていた。一見右往左往している様で、袁紹軍の移動先は計算され尽くした防衛陣地の配置により、白蓮たち騎兵の真ん前に追い込まれている。白蓮の命令が下った。
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
「騎馬隊、突撃!!」
「「「「「「応ーーー!!」」」」」」
騎上で弓を取り、射を行いながら白馬義従は突進する。そして彼らの足元には、新兵器その4があった。馬の
これにより、白馬義従の騎乗安定性は圧倒的に高まった。騎射の命中率もまた、同じくである。そして顔を覆面で隠した恋と霞が、長物の得物を持って意気阻喪した袁紹軍に突撃する。袁紹軍は、士気崩壊した。
*
逃走、いや潰走に移った袁紹軍だが、あちこちに隠された有刺鉄線のおかげで上手く逃げられていない。それを見遣りつつ、田豊……真名を真直と言うが、彼女は必死で堪えていた。幾多の策を提示しても採用されなかった彼女だが、しかしそれでも袁紹軍がどうにか力押しで勝てるのではと踏んでいた。しかしそれでは損害が大きく、その後の曹操軍との戦いに支障をきたすとも考えていたが。
だが彼女の眼前では、その予想を大きく裏切り、袁紹軍は圧倒的敗北を喫している。万が一、万が一のために、と主君である麗羽にも内緒にして準備したこの伏兵が、役に立ってしまいそうである。共にいる張郃、麹義が声を掛けて来る。
「まだですか、田豊殿」
「このままでは、袁本初様が」
「まだです、もう少し。あと少しで、公孫賛の騎馬部隊が、こちらからは
真直は必死で耐えていた。
*
だが、公孫賛軍の軍師は万が一の伏兵があり得る地形を、読み切っていた。
「ぐあ!」
「な!?」
「どこからだ!」
「あちらだ!」
そちらには郝昭が、真名を雷花という彼女が率いる弓兵部隊が居た。伏兵を見越して更にその近くに伏せられていたその弓兵部隊は、異様な弓を構えている。弓の末端に滑車が据え付けられ、そこに縦横に弦が張られた妙な長弓。これがこの戦場での、最後の新兵器、滑車式複合弓であった。滑車構造により、強烈な威力と射程距離を誇るこの超強弓は、まあ使い手を選ぶ兵器でもあるが。だが使い手に恵まれた時、一角の武将すらも打ち倒す破壊力を示すのだ。
そして麹義が頭を射抜かれて倒れる。下手をすれば斗詩や猪々子にも匹敵すると言われる武勇を誇った麹義であったが、1発目の矢を切り払おうとして、しかしその威力に剣を天高く跳ね上げられ、そして2発目の矢が頭を貫いたのだ。
張郃もまた、長槍で防ごうとしたが跳ね上げられ、必死に真直を引き倒して共に地面に伏せる。それほどの威力の矢であった。
「伏せろ、伏せろおおおぉぉぉ!!」
「ぎゃっ!」
「ぐあっ!」
そこへ徐晃、真名を香風と言う少女が率いた少数の歩兵が、遊撃隊が乱入する。血煙が舞う。田豊配下の弓兵たちが次々に絶命する。
「ぐわ!」
「あびゃあああ!!」
「へぎゃあ!」
その断末魔は、もはや声にならない。真直は滑車式複合弓による狙撃を防ぐため、張郃に地面に押さえられながら、恐怖に震えていた。彼女は軍師。直接に命の危機に
「貴殿が、将か!」
「ひぅっ!」
「……そうだ、この弓兵隊を任されている張郃、張儁乂だ。……投降する。代わりに、まだ生きている部下の命は救ってもらいたい」
張郃は雷花、香風に降伏する。そして伏兵の弓兵隊は、何も為す事無く終わったのである。真直もまた、捕らわれた。恐怖に震えながら。
*
麗羽が逃げ込んだ南皮の城を前に、白蓮は『名無し』より
「麗羽は、不機嫌の限りで怒鳴り散らしているか」
「まあ顔良、張郃、高覧、田豊、取り残された辛毗、辛評を捕縛され、麹義、淳于瓊を討ち取られた。まれに見る大敗です。そして二枚看板のうち文醜は、少なくとも有刺鉄線のせいで軽傷を負っている。軽傷ではあっても、戦場での傷ですからな。甘く見ると破傷風などにかかる可能性もあるし、そうでなくとも病の元になりかねません」
「お前が書き出してくれた、『家〇の医学』にもあったな。あれは陣中にも持ち込んでる。おかげで負傷兵の復帰率も高く、重傷化、重篤化の率は低い。本当に、助かってる」
「は」
そして『名無し』は語る。
「ただ、袁紹に取って最悪なのは、策を採用されずともそれでも正論を唱え、事務処理を扱っていた田豊を奪われた事。そして二枚看板のうち、武力では若干文醜よりも低いやも知れませんが、しかし堅実かつ真面目な指揮と事務で軍を後から支えていた顔良を捕らえられた事。
田豊の役割は沮授、郭図でも可能でしょうが、しかし引継ぎも無しに突然田豊が消えたせいで、袁紹軍どころか陣営そのもののレベルで、今後しばらく混乱が続く事は必定。顔良がいなくなった事で、彼女の役割をこなせる者は現状では居ませんな。今後の袁紹の軍は、徐々に末端から空中分解して行くでしょう」
「空中分解って言葉はあまり分らんが、なんとなく理解できるな。斗詩がいない麗羽の軍勢、か。……まずい、何か可哀想になって来たんだが」
「それはまずいですな。憐れまずに、そこに付け込んで戦果の拡大を図るべきです」
「うん」
そこへ筆頭軍師である桂輝が現れた。『名無し』は彼女にも敵陣の内情を口頭で説明すると共に、竹簡での報告書も渡す。桂輝は目を通しつつ頷くと、白蓮に向かい語った。
「では我々は、まず田豊の穴を埋められないうちに速攻を行うべきかと存じます。顔良の穴によって軍の力が落ちていくのを待っても良いのですが、この場合は軍ではなしに、陣営そのものの力量を削るべきです。
……南皮を、早急に落とすべきかと」
「ふむ」
白蓮は、少し考え込む。
「投石器の準備は、どうなっている?」
「すぐにでも、組み立てを始められます。あの『ぺんち』とか『らじおぺんち』とか『にっぱー』とか様々な工具類。素晴らしいですね。それと『
工具や土木用具という事で、新兵器には含まれていませんでしたが。十二分に新兵器に含めてもおかしく無いですよ」
「そうか、そうかそうか」
「砲弾にする岩も、明朝には」
その言葉を聞き、白蓮は頷く。ちょっと『名無し』の顔を見ると、にっこりと微笑んでいた。白蓮は思う。
(ああ、これはアレだ。甘えんな、って事だな。策やその他様々な案を提示するのは配下の仕事だが、決断はわたしにしか出来ない。わたししか、しちゃいけない)
『名無し』は深く頷く。白蓮の想いを、正確に受け取った様だ。そして白蓮は言葉を
「南皮を、落とすぞ。明朝、投石器の準備が整い次第に、攻略戦を開始する」
「はっ」
「了解です、御意に」
その後、翌朝から始まった南皮攻略戦は、わずか2日で公孫賛軍の勝利に終わる。またも多数の将を捕らわれ、討たれ、多数の兵を失った麗羽は、猪々子とその直属の兵に助けられ南皮を脱出。鄴へと落ち延びて行った。
一方の公孫賛軍は、麗羽を追撃すると見せかけて平原の城を急襲。ここを守っていた逢紀と許攸は、逢紀は脱出を図って失敗し討ち死に、許攸はあっさりと降伏し、あっさりと平原は手に入った。
白蓮は許攸の処遇について、配下に意見を求める。
「なあ、許攸をどうしたらいいかな。少し奴の事は、会って見て少々、なんだ」
「理解しますね。あれは、駄目でしょう」
「わたしもそう思います。こちらの陣営で受け入れたら、『自分の英断で、平原はほぼ無傷で手に入った』とか言い出しますよ」
「かと言って、今すぐ処断するのも外聞が悪い」
ここで『名無し』が案を出す。
「じゃあ解放してやりましょう。袁紹の元に戻るがいい、と」
「「「「「「それだ!」」」」」」
「『名無し』師の言や善し。その策を取ろう」
こうして白蓮は断を下し、許攸はそのまま解放された。しかしその足で麗羽の元に戻るわけにも行かない。あちらに戻ったら、処断されてしまうのがオチだ。と言うわけで、許攸は縁を頼って曹操の元へと行く事になる。が、その後彼の足跡は誰も知らない。果たしてどうなったのか。
*
こうして袁紹軍は瓦解し、わずかな残存兵力と共に鄴に立てこもるだけになった。幸いと言っては何だが、曹操は陶謙の徐州を攻撃するのに忙しい。あちらの片が付く前に、鄴を叩くべきである、と筆頭軍師の桂輝のみならず、詠も音々音も意見は一致していた。
そうして公孫賛陣営の戦略方針は決定した。まずは鄴を奪取して袁紹陣営を完全に崩壊させる。そして黄河を境にして、おそらく敵対して来るであろう曹操陣営からの攻撃を受け流し、持久戦略を繰り広げる。
この間、幽州での開発を徹底的に推し進め、そこを根拠地に冀州にも徐々に開発の手を広げる。そして理想は、漢の皇帝より王の称号を得て北部一帯を領有する事だが、場合によっては漢からの独立も視野に入れるのだ。
そして今、白蓮は幽州の自分の城で書類漬けになっている。外征している間に、仕事が山の様に溜まってしまったのだ。やはり文官が足りない。捕虜にした袁紹軍の文官が仕官してくれるなら、もう少し楽ができるのだが。元董卓の裴嶷である月が、お茶を淹れてくれる。それを飲みつつ、手伝ってくれている『名無し』に、白蓮は声を掛けた。
「すまないな、『名無し』師。そっちも記憶にある書物の書き出しや、
「大元になる行政、
その山封、つまり陳羣は、部下たちと共に別室で大車輪のごとく働いている。
「なんだ、その『ふぁいんぷれぇ』ってのは。とにかく、頑張らないとな。鄴なんだが、総指揮を霞、軍略は詠に任せたが……」
「彼女らなら、大丈夫かと」
鄴陥落の知らせが白蓮たちに届くのは、この1週間後であった。まあ、陥落自体はもっと早かったのだが、何せ距離がある。何はともあれ、こうして公孫賛陣営の基礎は固まったのだ。
袁紹軍、撃破! 歴史の大転換点です。そして中華全土が欲しいとか言う野心とか無いので。まずは自分の手の届くところを、地味に救う。手の届かないところまで手を伸ばして、自滅するのは絶対に避ける。
白蓮さんも『名無し』さんも、自分の力量を過信してはいませんからね。ちょっと自身を過小評価はしてるかもですが、それが致命傷になるレベルでは無いです。
そして劉備陣営、というか北郷君。歴史が変わっちゃったので、驚いてるでしょうねえ。『まさか自分がやった事の、バタフライ効果!?』とか考えちゃって。まあ、ビビりますわな。天のお告げがどんどん意味を為さなくなって行ってる。まあ北郷君が頑張れば、それはそれで何時か来た事態ではありますけどもね。