皆が知ってる呪霊の味。モチモチで、みずみずしくて甘い、ずんだ餅。


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ずんだ餅!

「夏油君……」

 

 深い緑色のロングヘアーを揺らし、その東北ずん子を名乗る女性は呟いた。

 

 場所は京都。常は観光客で賑わう土地は、今は数多の呪霊達が跋扈する魑魅魍魎の巣窟へと変貌していた。

 

 ずん子?は呪力と()()により強化した矢を放ち、呪霊を祓っていく。

 

 呪霊とは、自然発生的に生まれる存在だ。

 そしてそれを祓うのがずん子をはじめとする呪術師の役目である。

 

 だが、今京都で起こっている呪霊の大量発生はそれとは違う。

 これらは全て、ただ一人の人間が生み出した地獄、東京と京都で起こされたものである。

 

 その名も百鬼夜行。

 絵巻に記された伝承を模した、呪詛師・夏油傑により起こされた未曾有のテロ行為だ。

 

「夏油君……」

 

 ずん子は再度その名を呟く。

 彼の事を、ずん子は良く知っている。正義感の強い男だった。決してこのような無差別な破壊を好むような人ではなかった筈。

 

 思い出すのは十年前。彼女達が、まだ学生であった頃の話。

 

 …

 ……

 ………

 

「結局さ、ずんだって餡子の下位互換だよね」

「…………………………………………あ゙?」

 

 聞き捨てならない言葉を拾った。

 咄嗟に顔を上げ、馬鹿みたいに黒いサングラスから覗く、透き通るような青い瞳をまじまじと見つめる。

 

 それは六眼と呼ばれる、呪術師として最高峰を示す不思議な目。

 この世に三つとない特別な目だ。

 

 問題は、その目の少し下。今もずんだ餅を頬張っている味覚障害と思われる舌と、不遜なセリフを吐いた口である。

 

「何を言うかと思えば。五条君にはずんだの良さが分からないのね。可哀そう……」

「いやいや、ずんだのマイナーっぷりを考えれば俺が正しいでしょ。その根拠のない自信はどこから出てくるわけ?」

「………ッ!!!」

 

 認めよう、ずんだはマイナーだ。しかしそれはずんだが全国規模での普及という観点において他の和菓子素材、とりわけ小豆餡ほどの地位を獲得するに至らなかった理由としては、その風味や嗜好性のみならず、製造・流通・保存という一連の過程に内在する制約が極めて大きく作用していたものと考えられるのであり、そもそもずんだとは収穫された枝豆を茹でたのち薄皮を取り除き、すり潰して砂糖等を加えることによって製造される性質上、豆本来の青々とした香りや鮮烈な風味こそが最大の特徴である反面、それらは時間の経過とともに急速に失われやすく――――

 

「ま、まあまあ、ずんだにはずんだの良さがあるから」

「夏油君! 五条君を甘やかさないで!!!」

「えぇ……フォローしたのに…………」

 

 そう言って冷や汗をかくのは塩顔のイケメンである夏油傑。五条と同じくずんだを食べている男である。

 

「意地悪言う五条君にはずんだ餅あげませーん。べぇーだ!」

「いや、要らないし。ていうか在庫処分に付き合ってあげてるのこっちじゃん」

「ムカー! お裾分けをそんな風に思ってたんだ!!!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を眺めながら、ずんだ餅を頬張り夏油は考える。

 

 このずんだ餅は東北ずん子の術式である『ずんだアロー』でずんだ餅に変えられた呪霊である。

 矢の当たった呪霊をずんだ餅に変えるというイカれた術式なのだが、これを食すのは夏油にとって大きなメリットがある。

 

 それは夏油の術式『呪霊操術』の対象となるからだ。

 

『呪霊操術』は取り込んだ呪霊を操る術式だ。

 通常取り込むには呪霊玉という形態を取る必要があるが、これが何故かずんだ餅化でもクリアできる。

 

『ずんだアロー』は相手の等級を完全に無視し変換する、呪霊に対して絶対性を持つ強力な術式である。そしてそれをそのまま戦力に変えられる『呪霊操術』はすこぶる相性が良かった。

 

 夏油は最後のずんだ餅を腹に収め、時計を見る。もうそろそろ予定の時間だ。

 

「二人とも、そこらへんにしときなよ。夜蛾さんがお呼びの時間だ」

 

 

 

 *

 

 

 

「ガキんちょの護衛と抹消ぅ!?」

 

 ついにボケたかと呟く五条を尻目に、東北ずん子は考える。

 

 天元様の初期化を行うため、鍵となる星漿体を保護してこいということだ。

 相手は呪詛師集団Qと盤星教の妨害を抑えるのだが……

 

「どうして私呼ばれたんですか? 私の本領は対呪霊ですけど」

 

 そう、『ずんだアロー』は対呪霊とで真価を発揮する。対人戦闘では所詮一般的な一級術師でしかない。

 

「佐藤、お前は「東北です」…………東北は女だろう。星漿体もそうだ。護衛に適していると判断された」

「なるほど? 随分慎重な事で」

 

 それからは、怒涛の連続だった。

 

 強襲するQ。星漿体――天内理子に掛けられた賞金。度重なる襲撃。沖縄旅行。まあ、色々なことがあったが、つつがなく呪術高専へと帰還し――――

 

「――――――ん、な?」

 

 五条の胸から血が漏れ出る。何者かが五条の胸を刀で突き刺したのだ。

 

「悟!」

 

 襲撃者を退け、駆け寄ろうとする夏油を五条は手で制す。

 

「問題ない。ニットのセーターを安全ピン通したようなもんだよ」

 

 ずん子はその間も油断なく構える。

 謎の襲撃者は、まだ生きているだろうから。

 

 しかし、

 

「アイツの相手は俺がする。傑達は先に天元様のとこに行ってくれ」

 

 ずん子たちは五条の言う通り、彼に任せることにした。彼の強さを信頼しているからだ。だが、彼らの予想を裏切り襲撃者は現れた。そして――――

 

「――――――あ」

 

 二人は敗北した。

 顛末は本来の歴史通りで、これ以上語る事もないだろう。要は、この任務を経て何が変化したかが重要だ。

 

 五条悟はこの経験を限りなく生かし、並ぶ者なき最強になった。

 そして残った二人はそんな彼に置いていかれ、後悔だけが残ったのである。

 

 何かに没頭するように、いいや、憑りつかれたかのように任務に励む。

 そんな夏のある日。

 

「あ、夏油君」

「ずん子」

 

 ずん子の目から見ても、彼は明らかに不調だった。

 

「……」

「……」

 

 気まずい沈黙が流れる。うだるような暑さ、湿気を孕んだ日本特有の不快感。ずん子は嫌な流れを断ち切るように叫んだ。

 

「ずんだ餅!」

「…………は?」

 

 素っ頓狂な声を上げる夏油に、ずん子は続ける。

 

「ついさっき二級呪霊だけど狩ってきたんだ。だからずんだ餅食べないかなって?」

「…………ふ、ふふ」

 

「くくく」と。夏油は忍び笑いを漏らす。

 

「げ、夏油君? 何か私変な事言った?」

「い、いや。傍から聞くと変なセリフだなって」

 

 ずん子は笑う夏油の様子を見て、内心少しホッとしながらも、頬を膨らました。

 

「もしかして私、からかわれてる?」

「いや、そんな事はないよ。じゃあ折角だし、頂こうかな」

 

 夏油は自販機でお茶を購入し、ずん子に投げ渡した。ずん子は懐からずんだ餅を取り出し、こちらは丁寧に手渡した。

 二人は椅子に座る。再び沈黙が場を支配した。でも、今回の沈黙は不快ではなかった。

 

「お疲れ様です、夏油さん!」自販機の陰からとび出してきたのは、彼らの後輩である灰原だ。とびだしてきた彼は、(ずん子の存在に気づいていなかったのだろう)遅れてずん子の名を呼んだ。「東北先輩も、お疲れ様です!」彼は少し、バツの悪そうな顔をしていた。

 

「へへ、お邪魔しちゃいましたかね」

「? 何を言っているんだ」

 

 夏油はそう言うと立ち上がった。「コーラで良かったか?」

 

「ありがとうございます!」

 

 灰原は遠慮がちに夏油の隣に座った。

 

「……灰原君は最近調子どう?」

「あ、はい! バリバリ元気ですよ! 明日は結構遠出の任務に行ってきます!」

「そうか。お土産頼むよ」

「了解です! 甘いのとしょっぱいの、どっちが良いですか?」

「悟も食べるかもしれないから、甘いのかな――」

 

 雑談は続く。当たり障りのない、ただ間を繋ぐだけの言葉の羅列。しかしそれは不意に途切れた。

 

「君達が夏油君とずん子ちゃん?」

 

「どんな女と男がタイプだい?」そう言って現れたのは特級術師九十九由基だ。

 

 奇妙な問いに、思わず夏油とずん子は視線を合わせる。その様子を見て、九十九はにやりと笑った。

 それから軽い自己紹介をし、灰原が去った後、九十九は高専にあまり居ない理由を次のように述べた。

 

「――私は原因療法がしたい」

「原因療法?」

 

 九十九が言うには、呪霊を狩るのではなく、呪霊の生まれない世界を作りたいらしい。その点において高専とは方針が合わないらしい。

 

「そんな事が可能なんですか?」

 

 そもそも呪霊とは、人間から漏出した呪力が澱のように積み重なり形を成したモノだ。

 

「すると呪霊の生まれない世界の作り方は二つ」

 

 九十九は二本指を立てる。

 

「①全人類から呪力を無くす。②全人類に呪力のコントロールを可能にさせる。

 ①はね、結構いい線いくと思ったんだ。モデルケースもいたしね」

「モデルケース」

「君達もよく知っている人さ」

 

 挙げられた名前は禪院甚爾。件の襲撃者の名前だった。

 

「……」

「でも天与呪縛はサンプルも少ないし、私の今の本命は②だね」

 

 心中複雑な二人を置いていき、九十九は話を続ける。

 

「知ってる?

 術師からは呪霊が生まれないんだよ」

「!?」

 

 驚く二人をやはり置いていき、九十九は話を続ける。

 

「術師は呪力の漏出が非術師に比べ極端に少ない。

 ――大雑把に言ってしまうと、全人類が術師になれば、呪いは生まれない」

「……」

 

 夏油は、驚きのあまり完全に言葉を失っていた。そんな彼の様子を見て、ずん子は言いようのない不安が胸中に澱んでいくのを感じた。

 ずん子が何か――言葉を探している間に、夏油が口を開く。

 

 

「じゃあ、非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか」

 

 

 ずん子は、思いもしなかった、思いたくなかった言葉を耳にし、夏だというのに急激に体が冷えていくのを感じた。

 

「夏油君」

 

 九十九が言う。

 

「それはアリだ」

 

「というか、それが一番イージー「やめて!」」

 

 静かな廊下に、ずん子の声が木霊する。木霊が終えた後は、場を静寂が支配する。彼とずんだ餅を食べていた時には無かった、じっとりとした、不快な静寂が。

 

 その静寂を破ったのは、九十九だった。

 

「……まあ、残念ながら、私はそこまでイカれてない――」

 

 その後の話は、上手く頭に入ってこなかった。

 星漿体がどうこう話していた気がするが、きっと自分たちには関係のない話だろうから。

 

 気がつくと九十九は消えていて再び夏油とずん子だけが椅子に座っていた。

 

「…………夏油君」

「…………」

 

 呼びかけに、夏油は答えない。

 ずん子もそれ以上は口にはしなかった。

 

 ただ、沈黙だけが場を支配していた。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから、灰原の訃報が二人の間に届いた。

 

 

 

 *

 

 

 

「…………」

 

 ずん子は廊下の角から、顔だけを覗かせる。

 

 夏油がいた。

 

 長椅子に腰掛け、俯いている。

 

 ただ、それだけだった。

 

 泣いているわけではない。怒っているわけでもない。

 

 いつもの夏油傑だった。

 

「……」

 

 ずん子は手元を見る。

 

 小さな包みが一つ。

 

 ずんだ餅。

 

 つい先ほど祓った一級呪霊を『ずんだアロー』で変えたものだ。

 

 別に、夏油のために用意したわけではない。

 

 ただ偶然、呪霊と遭遇して。

 

 偶然、ずんだ餅に変えて。

 

 偶然、夏油を見つけただけ。

 

 だから。

 

『あ、夏油君』

 

 そう言えばいい。

 

 いつもみたいに。

 

『ずんだ餅!』

 

 そう叫べばいい。

 

 きっと夏油は呆気に取られた顔をする。

 

 それから少しだけ笑って「傍から聞くと変な台詞だな」と言うのだ。

 

「……」

 

 ずん子は口を開く。

 

「夏――」

 

 ずん子の声は、喉の奥へと引っ込んだ。

 

「…………」

 

 ずん子は動けなかった。

 

 何故だろう。

 

 さっきまでは、あんなに簡単なことだと思っていたのに。

 

 夏油君。

 

 ずんだ餅。

 一緒に食べよう。

 

 たったそれだけの言葉が、どうしても出てこない。

 

 ――灰原君、残念だったね。

 

 違う。

 

 ――辛いよね。

 

 何が分かるというのだ。

 

 ――大丈夫?

 

 大丈夫なわけがない。

 

 言葉を選ぶ度に、それを自分で否定する。

 

 正解を探す。

 

 夏油を傷つけない言葉。夏油を怒らせない言葉。

 

 夏油を救える言葉。

 そんな都合の良い一言を探して。

 

 探して。

 

「……ふぅ」

 

 夏油が立ち上がった。

 

「――あ」

 

 声が漏れた。けれど、小さすぎた。

 夏油は気付かない。

 

 ずん子の隠れている角とは反対側へ歩いていく。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩。

 

 遠ざかる。

 

 今ならまだ間に合う。

 

『夏油君』

 

 呼べ。

 

『待って』

 

 言え。

 

『一人にしないで』

 

 ――そこまで考えて。

 

「…………」

 

 ずん子は、口を閉じた。

 

 何を馬鹿なことを考えているのだろう。

 

 一人にしないで、だなんて。

 まるで自分が寂しいみたいではないか。

 

 今辛いのは夏油だ。自分の感情を押しつけてどうする。

 それに、きっと今日は一人になりたいだろう。

 

 夏油君は強い人だから。

 

 明日になれば。

 

 明日になれば、きっといつもの彼に戻っている。

 

 そうしたら、このずんだ餅を渡そう。

 また一緒に食べればいい。

 

「……うん」

 

 ずん子は自分に言い聞かせるように頷いた。

 

 手の中の包みを、強く握る。

 

 柔らかな餅が僅かに潰れた。

 

「明日にしよう」

 

 その日。

 

 東北ずん子は夏油傑に声を掛けなかった。

 

 翌日、夏油傑は任務へ向かった。

 

 そして二人が再び言葉を交わすことは、なかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 その後間もなく、夏油傑の凶行が、ずん子達に届けられた。

 

 

 

 *

 

 

 

 そして場面は現代に移る。

 

 ずん子はアローを放ち、呪霊を祓う。

 ずんだ餅には変えない。雑魚相手にいちいち使って食すのは、純粋にタイムロスだ。

 

『わざわざ食べる必要はないのでは?』と思うかもしれないが、ずんだ餅を食べる縛りにより、通常火力を強化している以上それは出来ないのだ。何よりずんだ餅を無駄にするとかありえない以上は仕方のない措置である。

 

「…………雑魚呪霊ばかり。京都は外れだね」

 

 ずん子は呟く。

 京都は呪術師の総本部だ。戦力をこちらに集中せざるを得ない以上、過剰戦力になるのは想定されてはいたが。

 

 ……ここに夏油傑はいない。

 それが、ずん子にとって思いの外ショックだった。

 

「あなたがずん子ちゃんね」

 

 現れたのはハートのニプレスを付けた、筋肉質な上半身裸の男性である。

 また濃いのが来たなあ、とずん子は苦笑を浮かべる。

 

「そういう貴方は?」

「私はラルゥ。夏油一派の人間、と言えば十分よね?」

「そうね、確かに十分だわ」

 

 ずん子は呪力の矢を番える。

 ずん子の事が少しでも頭にあるのなら、戦力として術師を寄こすのは当然のことだろう。なにせ、その気になれば呪霊は一撃なのだから。

 

 ずん子は矢を放つ。しかし、攻撃は巨大な半透明の手の平で防がれてしまった。

 

(仮想の手を顕現させる術式。この類の術式はダメージがフィードバックするものだけど)

「試してみるかな」

 

 一撃の威力を上げる。術式に込める呪力を引き上げた。

 ずん子の指先が弦から離れる。

 

「食らえ、超高圧ずんだアロー!」

 

 放たれた矢は、先ほどまでの攻撃とは明らかに密度が違っていた。ラルゥの顕現させた巨大な手が、その矢を受け止める。

 

「あら、良い威力じゃない」

 

 ラルゥは苦い笑みを浮かべ、半透明の手を維持しようと懸命に呪力を流し込む。しかし、その顔には明らかな焦りが滲んでいた。

 

 彼の術式である『心身掌握』には術者へのダメージフィードバックがある。ずん子の一撃が加わるたび、ラルゥの手の平にビリビリとした衝撃が走り抜ける。

 

「……本当に、いい威力ね。でも、愛がないわ」

 

 ラルゥは苦痛に顔を歪めながらも、不敵な笑みを浮かべた。

 ずん子は眉をひそめ、次の矢を番える手を止めることはない。

 

「愛? 私に何を期待しているの」

「うふふ、あなたのその執着よ。矢を放つたびに、まるで嫉妬してるみたいな顔をしてるもの」

 

 ラルゥの言葉が、ずん子の心臓を射抜く。

 

「……………………嫉妬?」

 

 どす黒い感情が、ずん子の喉元までせり上がってくる。

 ラルゥは残酷にも、その傷口に塩を塗り込むように続けた。

 

「自分だけが置いていかれた。自分だけが何も知らされず、傑ちゃんの隣にいなかった。それが悔しいんでしょう?」

「違う……そんなんじゃない!」

 

 ずん子は否定したが、その声は上ずっていた。

 

 否定すればするほど、胸の奥で渦巻く感情が形を成していく。九十九由基の言葉に夏油が共鳴したあの日。あの沈黙の廊下で、もし自分が彼の手を握っていたら。もし、「一人にしないで」と泣きついていたら。

 

 もし、あの時――――

 

 夏油が道を踏み外したことへの怒りや悲しみ。その裏側にあったのは、自分が彼の「特別」から除外されたことへの、どうしようもない惨めさだった。

 

「黙って……!」

 

 ずん子は矢を放った。しかし、呪力が乱れている。放たれた緑の光は、ラルゥの手の平をかすめただけで、背後の塀を無様に削り取った。

 

「呪力が乱れているわよ」

 

 ラルゥは嘲笑いながら、もう一度、巨大な手を顕現させる。

 

 ずん子は唇を噛み締め、血が滲む。

 

 ――違う。そうじゃない。

 

 私は彼を救いたかっただけ。ただ、あの頃のように、二人でずんだ餅を食べて笑い合っていたかっただけなのに。

 

 ――本当に、それだけ?

 

「……そうよ」

 

 ずん子はポツリと呟き、ゆっくりと弓を構え直す。

 

「悔しいわよ。私を置いて、あんな地獄へ行ってしまったのが。だったら今からでも追いかけてやるわ。夏油君を止めるのが私の役目じゃない。彼を地獄から引きずり出して、もう一度、ずんだ餅を突きつけてやる」

 

 そう、決意を固める。

 だけれど、しかし、いや、やっぱり…………………

 

 

 ――――――その判断は、どうしようもなく遅かったのだろう。

 

 

「――――ッ!」

 

 ラルゥの顔色が変わる。

 同時に、統制されていた呪霊たちの動きが乱れだした。それが指し示すのは、たった一つの事象のみ。

 

 

『呪霊操術』の術者。夏油傑が死んだのだ。

 

 ずん子の脳裏に浮かぶのは、あの夏、二人で食べたずんだ餅の、取り返しのつかないほど甘い味だけだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「なあ、傑。どうしても聞いておかなきゃいけない事があるんだ」

 

 五条は夏油へと話しかける。

 

「…………なんだい、悟。この期に及んで」

 

 夏油は――文字通り最期の力を振り絞って――答える。

 既に呪力は空っぽで、片腕も失われた。生命力は今まさに尽きようとしていた。

 

「どうして、ずん子を連れて行ってやらなかったんだ?」

「…………………………………ずん子か」

 

 思い出すのは――――

 

「皆が知ってる呪霊の味。モチモチで、みずみずしくて甘い、ずんだ餅。

 ――――だからじゃないかな」

 

 いまわの際の言葉に相応しく、朦朧とした言葉に聞こえるかもしれない。

 だが、五条には十分説得力があったのだろう。

 

「今でも青が棲んでいるんだな」

「ああ、どうしようもなく、今でも青は澄んでいるよ」

 

 ぐしゃり。


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