人を食べるヒーロー 作:エトエトエト
2日後とは…?
「エトちゃん一位おめでとう! めっちゃ速かったね!」
「お疲れ様、お茶子ちゃん。そんなに褒められたら嬉しくなっちゃうな」
「よっ! かわいい! 天才! 足が速い! 一位!」
私がゴールして暫く経った後、お茶子ちゃんが私の下へ駆け寄って来た。はぁはぁ息を切らしていた彼女の姿はとても眼福だったよ。
ひとしきり私のことを褒め称えたお茶子ちゃんは、さっきまでのハイテンションとは一転して、私の素足へ視線を落とした。
「競技中に会った時怪我してたよね? もう大丈夫なん?」
そういえばお茶子ちゃんに会った時は、轟君の氷のせいで足を怪我していたような気がする。氷を引っぺがすと肉が剥き出しになるから、かなりグロい絵面を見せてしまったということだ。お茶子ちゃんにも、それを見ていた他の生徒や観客にも申し訳ないな。
心配してくれるお茶子ちゃんの頬に手を添えて顔を近付ける。少しだけ潤んだその瞳と視線を合わせてにこりと微笑んだ。
「個性の影響でね、多少ひどい怪我でもすぐに再生できるんだ。だから私は大丈夫」
ほら、と言って足を見せてあげる。お茶子ちゃんがジッと見てきたので、ぴこぴこ足の指を動かしてみせると安心したようにほっと息を吐いた。
でもそんなに近くで息を吐かれたら少しくすぐったいな。
「ふぅ」
「うひゃぁっ! なにするん!?」
「失礼。可愛らしい耳だったものでね。嫌だった?」
「嫌や、ないけど……」
お返しにお茶子ちゃんの耳にそっと息を吹きかけてあげた。赤面する彼女はそれはそれはとても良い絵になることだろう。
「ようやく終了ね! それじゃあ結果をご覧なさい!」
鞭が叩かれ、皆がその音の方へ注目した後、ミッドナイト先生のその声で掲示板に一斉に順位が表示された。周りの皆は食い入るように見ているけど、私は別に見る必要は無いかな。どうせこの後の競技でぐちゃぐちゃになる順位だし、それに結局私が一番だからね。
「そして次からはいよいよ本戦よ! ここからは取材陣も白熱してくるから気張りなさい!!」
本戦種目は原作と同じであれば騎馬戦だろう。まぁ別の種目であっても負けることはないけどね。
「次の種目は────騎馬戦!!」
うん、原作通りの展開だ。
ミッドナイト先生が騎馬の組み方やポイントの仕組みを皆に説明している最中、私は横のお茶子ちゃんの顔をじっと見ていた。何か真剣な表情で考えていたようだけど、残念ながらそれに意味は無いかな。
「そして1位に与えられるポイントは1000万ポイント!!」
その言葉と同時に、周りの生徒の視線が一斉に私に突き刺さった。どうやら原作の緑谷君はこれに凄まじい重圧を感じたらしい。でも、ごめんね緑谷君。
今、私はすごく興奮してる。
1000万ポイントを取るメリットはぶっちゃけあんまり無い。強いて言えばそれさえ奪われなければ確実に本戦に出れることくらいだろう。
だけど私は一位の1000万が無くても本戦に出れる自信があるし、なんなら今0ポイントでも全員のポイントを奪って勝てると断言できる。まぁそれはちょっとしんどいけどね。
では何故一位を獲ったのかというと、本戦トーナメントに備えて温存するためだ。
周りの人間からポイントを奪うよりも、この1000万ポイントを守ったほうが絶対に楽だ。制限時間いっぱい鉢巻を取られなければそれで勝ち上がれるなんて、これほど簡単な種目は無いだろう。
「おーい。誰か私と組んでくれる人いる?」
ま。この競技で一番難しいのは、組んでくれる人を見つけることなんだけどね。
案の定私の呼びかけに応えてくれた人はゼロ…………と思われたのだが、ぼっちの私に思わぬ救いの手が差し伸べられた。
「わ、私と組む?」
「天使か……?」
麗日お茶子はやはり最高のヒーローだった。私は差し伸べられた手を嬉々として掴んだ。それはもうがっしりと。
予想外の協力者を得た後、お茶子ちゃんが私の重さを無くせるとはいえさすがに女子二人で騎馬を組むのは難しいと判断したため、私達はさらなる仲間探しに出発した。と言っても、1000万ポイントの私と組みたがる人間なんて余程の物好きじゃないといないからね。数撃ちゃ当たるじゃダメだろう。だから私は、この競技前からある程度目星を付けていた人間を狙い撃ちすることにした。
どうしても組みたい人間が一人、いるんだ。
「やぁ障子君」
「芳村か」
峰田君よりも先に声をかけられるかどうかが心配だったけれど、どうやらなんとか間に合ったみたいだ。
「最強の馬を探してるんだ。君も、最強の騎手に興味は無いかな?」
障子君は少し考え、私とお茶子ちゃんを交互に見た後、私が差し出した手を取った。
「興味があるな。よろしく頼む」
「やった! これで三人だね!」
握手をする私達の横でお茶子ちゃんがぴょこぴょこ跳ねて喜ぶ。原作では仲が良い人とやるのが一番と言ってた彼女だけど、この様子を見るに私達はちゃんと仲良し判定されてる、ってことでいいみたい。嬉しいね。
「あと一人はどうする?」
喜び終わったお茶子ちゃんがそう尋ねてくる。今は三人。たしかに、セオリー通りに戦うなら騎手一人に対して馬が三人必要だ。
「いや、この三人で行こう」
「何か作戦があるのか?」
「まぁね」
だが、この二人がいるなら別にもう一人は必要無い。てきとうに選んでも連携が取れず足手まといになるだけだし、なにより私が騎手をする以上、極論下の馬なんて乗れたらいいのだ。
それに元々は障子君と二人で組むつもりだった。お茶子ちゃんが参加してくれたのは誤算だったけど……いや、もちろん嬉しい誤算だよ? 『無重力』はまごうことなき強個性だからね。ほら、原作通り緑谷君と組むと思ってたからさ。
ごほん、と改めて。私は二人に作戦名を告げた。
「名付けて『全員返り討ち作戦』! 私のポイントに釣られてきたヤツらを全員ボコボコにしようぜ」
「すっごい悪い顔しとる……」
「舌舐めずりが怖いぞ」
失礼な。これでも我慢はしてるんだから。
ということで。
1000万の鉢巻を頭に巻いて、私はお茶子ちゃんに腰を支えられながら障子君の腕に立っていた。
「軽い?」
「軽いな」
「もっと食べなあかんよ!」
「え〜? じゃあお茶子ちゃんを食べちゃおっかなぁ」
「うぇっ!? ……ちょ、ちょっとだけなら」
マジか。それは是非食べさせていただきたい。やっぱり女の子のお肉の方が美味しいのかな。たしか某鬼を滅する漫画では女の肉の方が栄養価が高い、とかだったはず。
今のところ私が一番美味しかったのは、小さい頃に食べた男性ヒーローのお肉だ。いつも提供される肉は性別も分からない状態で送られてくるから……しかも屍肉だし。やっぱり生きた人間の肉の方が断然美味しいし……というか女の子の肉ってだけでもう美味しそうだしね。
あ、やべ。涎出てきた。
『スタート!!!』
そうこうしているうちに始まったらしい。涎を飲み込んで周囲を見渡すと、幾つかの騎馬が私達の方へ突撃して来るのが確認できた。何騎かは裏を取ろうとしてるな、これ。
一番に当たるのは爆豪君のところかな。
「さて、と」
赫子を出す。羽赫と甲赫の二種類だ。
なんせ今日の私はお腹いっぱいだからね。
「お「軽いよね?」……はい」
障子君やい。たしかに赫子の質量分は重くなったかもだけど、それを口に出すのは御法度だぜ? レディにそういうのは言っちゃダメなんです。
「おいコラ肉女ァァ!!!」
そういうのも言っちゃダメなんだぞ?
◆◇
雄英高校体育祭。
それは個性無きかつての世界で行われていたオリンピックに代わる、国民総出で楽しむスポーツイベントである。年に一度、外国との接点が無いという点では、オリンピックより箱根駅伝とかの方がより近しいだろう。
だが、スポーツイベントとして、というのはあくまでも一般市民から見た一面だ。その本質はプロヒーローが学生達を見定めることにある。次世代のヒーローを、優秀な卵達を、ヒーローの意志を受け継ぐ者を選定するために。
そんな彼等もまた、学生時代の懐かしさか、白熱した競技への期待か、はたまた会場の熱気に呑まれてか。その身に宿る興奮を隠せないでいた。
『スタート!!!』
その合図によって、観客席の至る所から歓声が沸き起こる。会場の熱気は最高潮。騎馬戦という見応えのある種目に、観客は胸を躍らせてステージに見入った。
『さぁさぁさぁ! 始まったぜ騎馬戦!! 実況はオレ、プゥレゼントマァァァァイク!!!! 解説は〜〜こいつだァッ!!!』
『……1-A担任『イレェェェエイザァァアッッッヘッッッッッッッ!!!!』うるさい!』
開始と同時に響き渡る喧しい実況と冷めた解説の声。そんなちぐはぐなコンビのやり取りすら会場を盛り上げる要因となった。
『解説のイレイザーヘッドくん! この競技の見所は……ズバリどこですか!?』
『はぁ……まぁ、チームの個性をいかに組み合わせて戦うかが『解説の途中にゴメンなァ!! 開始早々大波乱が起きそうだぜ!!!』……もう好きにしろ』
実況のプレゼントマイクの言う通り、開始早々戦況が大きく動こうとしていた。
『いきなり四つの騎馬が特攻だァァ!!!!!』
1000万ポイントを所持する芳村愛支。彼女の騎馬に計四騎の騎馬が突撃を仕掛けた。四つの騎馬の騎手はそれぞれ、爆豪勝己、轟焦凍、緑谷出久、鉄哲徹鐵。各々が各々の目的を持って、一位の彼女に向かって駆け出した。四騎は示し合わせたかのように彼女を取り囲み、一気に距離を詰めた。
それに呼応するように芳村愛支の背中から赫子が出現する。
背中に薔薇が咲いている。誰かがそう言った。そしてそれを支えるようにしてしなる二本の腕のようなモノ。まさしく怪物であり、化け物である。
四つの騎馬が今にも迫りそうになったその時、背中の赫子がぶるりと震え、騎馬の二人が屈んだ。それを見た観客は寒気立つ者もいれば、何が起こるのかと高揚する者もいた。
そんな彼等の、次の瞬きが終わる頃には────
四つの騎馬は地面に倒れ伏していた。
『な、な、何が起こったんだぁーー!? 説明してくれッ! 解説のイレイザーヘッド!!』
『芳村の背中の赫子から硬質の肉片が全方位に発射された。今倒れてるヤツらはそれをモロに食らっただけだ。防御の範疇だから反則にもならないしな』
「見えたか?」「いや……」「なんか飛んでんのはギリ見えた」そんな会話が観客席で飛び交う。そんな慌てふためく観客とは違い……いや、プロヒーローの間ですらどよめきが広がっていた。
倒れ伏す四騎の真ん中で、芳村愛支の騎馬がゆっくりと起き上がる。
肩に生えた赫子はさながら鳥の翼のようで。その姿は今にも飛び立たんとする鳥を連想させた。
「次」
その一言でステージ上の生徒達は理解する。
これはレイド戦なのだと。
『さぁお前ら!! 動かねぇと何も始まらねぇぞ!?』
そう理解はしていても、本能的に感じた恐怖を乗り越えられるかどうかは別の話だ。緑谷出久が、爆豪勝己が、轟焦凍が。障害物競走で芳村愛支に次ぐ順位だった三人がいとも容易く倒されたのだ。行けば自分も同じようになる、と……同じようにならない道理が無かった。
端的に言えば、皆足が竦んでいた。
芳村愛支の個性は『喰種』。人を喰うことに特化した生き物なのだから、人である彼ら彼女らが本能的に恐怖を覚えることは生物学的には必然とは言えるのだが、そんなことは知る由もない。
怖いものは怖い。
ただそれだけだ。動けない理由にそれ以上のものはいらない。
「……くそ」
それでも、彼らはヒーローを目指して努力を続けてきた優秀な人間達だ。
竦んだ足を叩き、チーム同士で喝を入れ合い、その頭を必死に捻って策を考える。それができるからこそここに立っている人間なのだから。
芳村愛支の足元に転がっていた人間達が徐々に起き上がる。
その中の一人、緑谷出久が彼女を指差して、大きく息を吸った。
「君を倒す」
決意が漲った、鋭い言葉だった。
既に地面には倒れ伏した四騎の姿は無く、芳村愛支から少し離れた距離で騎馬を組み直していた。
「うぉぉぉぉぉあぁぁぁ!!!!!」
誰の叫び声だったか。それは今し方走り出した彼、あるいは彼女かもしれないし、観客の内の誰かかもしれない。はたまた、その全員の声でもある。
だが、その勇猛な雄叫びで結果が変わるほど現実は甘くない。
一方的な蹂躙、とまではいかなかったけれど。限りなくそれに近い勝負であったことは間違いない。
まず前提として芳村愛支の赫子による遠距離攻撃。これを躱す、もしくは受け切る、相殺することが出来なければそもそも彼女の鉢巻を取りに近付くことすら不可能だ。
たとえ近付いたとしても、肩から生えた二本の赫子が振り回され、簡単に懐に入り込むことはできない。
そして奇跡的にその鉢巻に手が届きそうになった瞬間、現れるのは騎馬の障子目蔵の多腕。多くの手によって妨害され、彼の手が一つでも空いている時に愛支に触れるのは困難を極める。
最後に、もしも障子目蔵の手が何らかで塞がっていて、芳村愛支の赫子を掻い潜って彼女の鉢巻に手が届いてしまったら。麗日お茶子の個性により、その騎馬は天高くに舞い、再びその赫子による遠距離攻撃の餌食となる。
いわゆるクソゲーであった。
『残り時間もあとちょっとだ! お前ら! 気合入れてけ!!』
そんなクソゲーにも転機がやってくる。今まで参加者総出で芳村愛支の騎馬に向かっていたが、その中の一騎……B組物間寧人が騎手の騎馬が、ゾンビアタックを繰り返す爆豪勝己の鉢巻を奪った。
「!? テンメェ!! 返せやコラ!!」
「ハッハ! 漁夫の利ってやつさぁ!」
それを引き金として、ついに本来の騎馬戦らしい混戦が始まる。依然として向かって来る騎馬を薙ぎ倒す芳村愛支の騎馬を中心として、あらゆる騎馬が入り乱れる乱戦へとレイドバトルから移行した。
そしてそんな乱戦の中。密かに企みを実行しようとする組があった。
「今だ! 心操くん!!」
それは緑谷出久の騎馬。暴れ回る芳村愛支の騎馬の近くにどさくさに紛れて近付き、ついに作戦を実行した。
名を呼ばれた馬の心操人使は、意を決したように彼女に向かって叫び声を上げた。
「芳村ァ! 俺の個性、ずっとヴィランみたいな個性って言われてたんだ!」
背中に異形な肉を生やした化け物が、心操人使の方を振り返る。
「なぁ!! お前どんな人でもヒーローになれるって、そう言ったよな!?」
彼は既にボロボロだ。度重なる芳村愛支の攻撃や、騎馬の組み直し、さらには他の騎馬の攻撃をこの瞬間のために耐えてきたから。
それ以上に、彼は心も荒んでいた。個性のせいで、そう思い続けてきた。ヒーロー科に落ちて普通科に入って、夢を挫かれた。非情な現実と向き合ってきたつもりだった。だけど今日、その全てを否定し得る彼女と出会い、再び彼の夢が光り出す。
「俺もヒーローになれるのか!!!」
個性『洗脳』。問いかけに答えた者を操ることができる個性。自他共に認めるヴィラン向きの個性。
だがその個性を彼女は知っている。それがどれだけ強力なのかも、どれだけヒーローとして輝ける個性なのかも。
「それは君次第だ、少年」
だからその問いかけに答えたのは、彼女の気まぐれでしかなかった。
その返事をした瞬間、彼女はまるで気を失ったかのように全身の力が抜けた。
「ッ……! 鉢巻を渡せ!」
その隙を見逃す程心操は落ちぶれてはいない。咄嗟に最適な命令を声に出して実行させる。そして芳村がその頭に巻いた鉢巻を解き、緑谷に手渡す──────
芳村の体が宙を舞った。
「よくやった麗日!」
「エトちゃん回収するよ!」
その鉢巻が緑谷の手に渡るほんのあと僅かで、芳村の体は麗日お茶子の個性により宙に浮かされた。
『終了〜〜!!!!!』
競技の終わりを告げる声が、会場に響き渡る。
「ちくしょう……!」
悔しさを滲ませた声がステージのあちらこちらから聞こえてくる。ただ、その声色はどこか楽しそうで……
「クソ野郎! 暴れすぎだろ!」
「出禁だ出禁!」
「強すぎでしょ……」
「ふふ、勝てばよかろうなのだ〜」
と、そんなわけあるはずもなく。多くの生徒が怒りと悔しさに塗れたまま、騎馬戦は幕を下ろした。
ぎっくり腰ってこんなにきついのぉ…?
今週中にもう1話投稿するよ