西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
「……ダスティ」
旅の途中、馬上でウルがポツリと呟いた。フードの隙間から、ウルの真っ白な髪が風に靡いて数本覗いている。
「なんだ」
「この馬、盗む時言ってた。焼印、変えると」
「ああ、言ったな。盗んだわけじゃないが」
「まだやってない。大丈夫? 追手来たら、バレる」
ウルはくるりと振り返り、フードの陰から青銀の瞳で俺を見上げる。
「まあ、できりゃ今すぐにでも書き換えたいさ。だがな、焼印を打つってのは、馬にとっちゃ大怪我と同じなんだよ」
俺は馬の首筋を優しく叩いた。ぬるい毛皮の感触が手に伝わる。
「皮膚を焼き切るんだ。下手をすりゃ傷口からバイ菌が入って熱を出すし、激しい痛みのストレスで暴れるかもしれん。焼印を直すのは、しばらくじっと休める時じゃないとできないんだよ。こんな荒野の真ん中で焼印なんてやってみろ、そのまま動けなくなって俺たちゃ全滅だ」
「……ふうん」
ウルは納得したのかしないのか、小さく鼻を鳴らした。
「たくさん休める場所、着いたら、どうやる?」
「簡単な話さ。金属の棒をうまく曲げて、好きな形に整形するんだ。鉄でできたペンみたいなもんだな。そんで、元の焼印に追記する。前も言ったが、こいつには『P』の字が刻まれてるから、膨らみの下に線を一本足して『B』にしてやるのが一番簡単だな。元から『B』の焼印だったって言い張れば、わざわざ疑う奴もいねえよ」
「……手慣れてる」
ウルの声のトーンが、一気に二度ほど下がった。青銀の瞳がジトッと半目になり、俺の顔を凝視してくる。
「ダスティ、なんでそんな、詳しい? 金属の棒曲げて『B』にするとか、パッと出てくる、おかしい。……きっと前にも、やってる」
「おいおい、人聞きの悪い言いがかりをつけるなよ。俺は元・聖堂騎士だぞ? 罪人の手口を調べる過程で知識として知っただけだ」
「嘘。ダスティ、嘘つくとき。左の眉毛が少し上がる」
「え! マジか?! ……いや、嘘じゃないから! 本当に!」
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、俺は視線を強引に遠くの岩山へと向けた。
「——それよりだ! もっと大事なことを忘れてた!」
「……何。急に声大きくする、怪しい」
「怪しくねぇ! 馬の名前だよ、名前!」
俺は鞍の角をコンコンと叩いた。
「ずっと『黒鹿毛』とか『おい!』とか『馬!』って呼ぶのも不便だろ。せっかく一緒に旅をしてるんだ、そろそろ名前をつけてやろうじゃねぇか」
露骨な話題逸らしだったが、効果は絶大だった。
「……名付け?」
「そうだ。呼びやすい名前があった方が、指示を出す時にも便利だ」
「名前つける、とても良いこと。とても、賛成!」
ウルの声音が、パッと輝きを帯びる。再び振り返って急に真顔になると、その小さな人差し指を俺の鼻先に突きつけてきた。
「アルカの民、名付け、とても神聖。名前、魂を表すもの。絶対、適当ダメ。馬も同じ」
「魂ねえ……。馬の名前なんて呼びやすけりゃなんでもいいだろ。例えば……そうだな、黒いから『ブラック』とか」
「ひどい」
ウルは心底蔑むような目で俺を見た。
「単純。センス無い。魂、全然見えてない」
「じゃあ、雌馬だから『レディ』は?」
「安易。ダスティの頭の中、スカスカ」
「酷い言い草だな! じゃあ手触りがとても良いから『ベルベット』 これなら文句ねぇだろ!」
「雌馬に手触り……理由、きもちわるい」
ウルは俺の案をバッサリと切り捨て、呆れたように首を振った。
「ダスティの発想、浅い。水溜まりより浅い。アルカの民、名前をつける時は、魂……つまり、その者が持つ特徴、名前にする」
「『ブラック』や『レディ』もそうじゃねーか!」
俺が不満をぶちまけると、ウルは「全然ちがう」と首を横に振った。
「表面しか、見てない。もっと深いとこ見る。性格とか、癖とか」
「分かった分かった。じゃあウルならどんな名前にするんだよ」
俺がそう促すと、ウルは腕組みをし、だぼだぼの袖をまくり、その小さな顎を捏ねる仕草をした。どうやら本気らしい。
「ん。……任せて。いくつか、考える」
ウルは黒鹿毛の首筋にそっと手を触れ、じっとその横顔を見つめた。馬もウルの気配を感じ取ったのか、耳をピクピクと動かしている。
しばらくの沈黙の後、ウルが自信満々に胸を張った。
「一つ目の案。…… 『ダスティより賢き者』」
「ダメだ」
俺は即座に却下した。
「なぜ? わたしから見た、正直な印象。この馬、お前より絶対賢い。道に迷わない、無駄な暴走しない」
「それはシンプルに俺への悪口だからダメだ。馬を呼ぶたびに俺が傷つく名前をつけるな」
「……本当のことなのに」
ウルは不満そうに口を尖らせ、再び馬の顔を覗き込んだ。馬がふしゅーとぬるい息を吐き出す。
「じゃあ、二つ目。……『鼻息がぬるいやつ』」
「事実だけど呼びづらいわ! 馬に向かって『おい、鼻息がぬるいやつ!』って叫ぶ俺の気持ちを考えろ!」
「呼びづらい? 短くする? ……『ぬるいやつ』」
「いや、長いから呼びづらいわけじゃないから。それに鼻息を抜いたら訳がわからんぞ! 主語がないだろ、主語が!」
ウルは「難しい」と小さく呟き、頭を捻った。きょろきょろと周りを見渡し、ちょうど馬が歩きながらフンを捻り出したのを目にして、三つ目の案を口にしようとする。
「じゃあ……『歩きながらフ——」
「ダメだ!! それだけは絶対に、絶対にダメだ!」
俺は間髪入れずに最大級の拒絶を示す。
「ダスティ、わがまま。これダメ、あれダメ」
「逆に聞くが、本当にお前はその名前でこいつを呼びたいのか?」
俺が問い詰めると、キュルル、とウルの腹から小さな音が鳴った。ウルは気まずそうにフードを引っ張って顔を隠す。
「……お腹、空いた」
「わけわかんねぇことばっか言ってるからだ。ほら、パン」
俺が袋からトウモロコシのパンを取り出して差し出すと、ウルは器用に両手で受け取り、ガリッと小さな歯を立てた。
「……で、名前はどうするんだよ。結局決まってねぇぞ」
パンをカリカリと噛み砕きながら、ウルがフードの影から俺を見た。
「……ダスティが決めればいい。わたし、疲れた」
「投げ出すなよ!? 魂がどうたらこうたら言ってたのは誰だよ!」
「だって、ダスティ全部ダメ言う。もう『馬』でいい」
「雑すぎるだろ……」
黒鹿毛は俺たちのやり取りなどハナから興味がないという様子で、パカパカと乾いた音を立てながら、淡々と赤土の道を歩み続けている。
「おい、馬。お前は何か希望はないのか?」
話しかけてみたが、帰ってきたのは「フシュー」というぬるい鼻息だけだった。
「ほら。やっぱり『鼻息がぬるいやつ』がいいって」
「お前は黙ってパンでも食ってろ」
——結局、賢いから『ソフィ』にした。