「いや〜突然来るから驚きましたよ。どうしたんです? 死神二人が揃いも揃って」
ぱたぱたと扇子をあおぐ浦原喜助の口調はあくまで軽い。軽いが、なんとかして追い払おうという強い意思を感じる。
さてどう説得しようかと逡巡する
間を置かず、勢いよく土下座する。ぎょっと目を見開く浦原に、恋次は声を張り上げた。
「連絡もなしに突然の来訪、無礼は重々承知の上! 六番隊副隊長阿散井恋次、ぜひとも浦原喜助殿に修行をつけていただきたく罷り越しました! どうか俺に稽古をつけてください!」
斜に構えた様子もふざけた態度も一切ない、しごく真面目な姿は、流石の浦原も茶化すのが難しかったらしい。
視線を泳がせる幼馴染に向かって、絵島は口許をニンマリさせた。
「鍛えてやりなよ、喜助。人手はいくらあったって足りゃしないだろ?」
「…………全くもう、十兵衛さんは……」
浦原は空を仰いで嘆息した。後ろ手に浦原商店の引き戸を開ける。
「お入りください。店の前でそんなことされちゃ、世間様の耳目を集めちゃいますんでね」
「ありがとうございます!」
恋次は弾けんばかりの大声で礼を述べ、店の中へと入っていく。後に続いた絵島は、ふいに腕を掴まれた。
浦原が耳元で囁いてくる。
「分かっちゃいるとは思いますが、貴女は絶対に、
絵島は黙って
「分かっているともさ。勿論ね」
浦原は念を押すようにぐっと力を篭めてから、静かに手を離した。
〇〇〇
浦原商店は、表の構えからは想像もつかないほど広い地下室を持っている。鬼道によって空間を捻じ曲げ、創りあげたものだ。
地下室に案内された絵島は、ここの創造主であろう男に向かって、礼儀正しく挨拶した。
「ご無沙汰しております、握菱鉄裁殿」
「お久しぶりですな、十兵衛殿」
鉄裁の挨拶もまた慇懃だった。
二人は、しばし無言で見つめあう。
────約四百年前。
浦原と同時期に真央霊術院を卒業した絵島は、鬼道衆の道に進み、当時すでに大鬼道長であった鉄裁の部下に配属された。鉄裁の信任も厚く、有昭田鉢玄と副鬼道長の座を競うほどの腕前になったが、一身上の都合で鬼道衆を辞めて以来、疎遠になってしまっていた。
とはいえ、尸魂界にいる限りはいつかまた会えるものと思っていた。実際、なにか大掛かりな行事の時は、壇上に並ぶ鉄裁を見かけたこともある。
まさか浦原ともども尸魂界を永久追放されるなど、誰が予想しえたであろう。
こうして向き合って言葉を交わすのは、実に三百年ぶりだ。彼と過ごした日々は今なお鮮明で、目を合わすだけでも様々な想い出が甦る。
ともすれば感傷的になりがちな己を叱咤するため、絵島はあえて煙管を深く吸いこんだ。
「息災なようで、何よりですよ」
微笑む絵島に、鉄裁は黙って頭を垂れた。
鉄裁とて語りたいことは無限にある。だが今はなにより、時間が惜しい。
藍染惣右介によって改造された虚──破面は途轍もない強さを秘めている。このままでは尸魂界が壊滅しかねない、というのが浦原と鉄裁双方の見解であった。
絵島もそれは察している。であればこそ、ここに修行に来たのだ。
義魂丸で本来の姿に戻り、死覇装をたすき掛けしながら、絵島は瞳を光らせた。
「では鉄裁殿。アタシが本気を出しても大丈夫な結界を出してくださいな」
「承知!」
鉄裁は音高く手を打ち鳴らし、縛道を発動させた。
「縛道の七十三!
逆四角錐の光柱が四つ、天井から降り注ぎ、絵島を囲った。鉄裁が素早く指を走らせる。光柱を繋ぐように壁が生まれ、絵島のための空間を成した。
柱から柱へ、歩けば三十歩ほどになろうか。こんこん、と指の背で壁を叩く。罅ひとつ入りそうにない。
全く頑丈な仕様に、絵島はすっかり満足した。
「倒山晶で創った結界にございます。私が逐次霊圧を注ぎますゆえ、壊れる心配はございません。お好きなだけ暴れて結構」
「感謝します」
絵島は礼を言い、煙管を仕舞った。
代わりに得物を取り出す。
鍔なしの白鞘造り。掌ですっぽり覆えてしまうこの匕首こそが、絵島の魂を反映した斬魄刀である。
鞘を抜く。刃はない。
霊圧を篭めることで、見えない刃が生まれるのだ。
「
解号を唱えながら霊圧を高めていく。柄と鞘の両方から、霊力の刃──霊刃が迸った。
〇〇〇
「おお」
恋次の斬撃を苦もなく凌ぎながら、浦原は感嘆の吐息を漏らした。
視線の先では、結界に閉じ込められた幼馴染が全力で霊圧を練っている。触れたものを狂わせる特殊な性質ゆえ、普段は抑えに抑えている霊圧が轟々と噴き上がる様は圧巻だった。
もしもあれに触れたら、一般人は即座に発狂し廃人と化すだろう。
だから諭した。卍解は使うなと。使えば大量の霊圧が放出され、空座町の住民全てに害が及ぶ。破面が暴れるよりもなお酷い地獄絵図が生まれてしまう。
それでも、結界の中の絵島は笑っていた。卍解なしでどう遣り合うか、試行錯誤するのが愉しくてならないらしい。
文官といえど、彼女もまた、十一番隊の隊士なのだ。
「うーん、やっぱり凄いですねえ十兵衛さんは」
言いざま、紅姫を振り抜く。咄嗟に斬魄刀を盾にした恋次だったが、呆気なく吹き飛んでいった。
「が、っは……!」
「ダメですよー阿散井サン。油断一秒怪我一生ってね」
ひゅひゅん、と軽やかに紅姫を振り回し、浦原は目を細めた。
恋次には初手から卍解させていた。
狒々王蛇尾丸──膂力と射程が飛躍的に伸びる反面、懐に潜り込まれた時の対応がまだまだ甘い。浦原がほんの少し本気で瞬歩を使うだけで、ガラ空きの胴に斬撃を叩き込めてしまう。これでは前線に出ても死ぬだけだ。
「その若さで卍解を会得したのは素晴らしいですが……それに振り回されるようじゃ本末転倒。かといって始解のままでは破面に傷ひとつ付けられませんよ? ほらほら、どうします?」
「…………っ! ぉおおおおっ!」
裂帛の気合いと共に恋次が迫る。しかし、蛇尾丸の牙が噛みつくよりも、浦原の方が早かった。
「啼け、紅姫」
三日月形の斬撃が乱れ飛び、蛇尾丸に殺到する。恋次はせめて一撃だけでも躱そうと懸命に足掻いたが、雨のように降り注ぐ攻撃に為す術なく叩きのめされ気絶した。
「雨! ジン太! 恋次さんの介抱をお願いします!」
「しゃーねえなあ!」「……はい」
観戦していた二人が駆けつけ、慣れた手つきで恋次に包帯を巻いていく。
特製の丸薬を飲ませれば、数十分で目覚めるだろう。
恋次も才に溢れた若者だ。
鍛え上げれば朽木白哉に並ぶ強者たりうる。
だが、足りない。
時間も練度も、何もかもが。
浦原は天井を振り仰いだ。
いまは真夜中の零時を過ぎたところか。次に破面が襲来するのは、さて、いつになることやら。
恐らく、そう遠くはあるまい。
「それまでに……少しでも強くなれればいいんスけどね……」
願望を多分に混じえた呟きは、誰の耳にも入らなかった。
そして。
浦原が危惧した通り、破面達はすぐにやってきたのだった。
〇〇〇
明晩。
空座町の夜空に穴が空いた。
破面たちの使う黒腔である。中から出てきたグリムジョー・ジャガージャックは、従属官たちに霊圧の探査を命じた。
「……ふん。何人か死神が来てやがるな。お前ら散開してツブしてこい」
六人の従属官達が一斉に散る。
死神たちの情報など持ち合わせていない。ただ強い霊圧を感じる方へ、響転を使って距離を詰めた。
一分後。
従属官のひとりが、絵島を発見した。
〇〇〇
絵島は浦原商店のすぐそばにあるアパートの屋上で、月見をしていた。
煙管をぷかりと吹かしながら、突如現れた禍々しい霊圧に神経を研ぎ澄ませる。
「五、六……七人か」
絵島はほくそ笑んだ。図ったようにこちらの先遣隊も七名である。一人一殺すれば、黒崎一護の出番はない。
昨日初めて顔を合わせた時から、一護を巻きこまずにいられる方策を考え続けていた。
少し話しただけでわかる。あの歳にしては優しすぎるくらい優しい子だ。
だからこそ、もう二度と斬魄刀を握らせたくなかった。
「数百年生きてる死神が十五の坊やに頼っちゃ、立つ瀬がないよねえ」
煙管を仕舞い、立ち上がる。
次の瞬間、後ろに跳んだ。
殺気混じりの風が吹き抜ける。あと一秒動くのが遅かったら頭を潰されていただろう。
ゆっくりと、攻撃が来た方に向き直る。
十字路を挟んだ向かい側の屋根の上、見上げるほど上背の高い破面が、やたら長い両腕をだらりと下げて佇んでいた。
体型はヒトのそれに近い。しかし顔貌に目はなく鼻もなかった。顔中を白と黒とで塗り潰されている。陰陽太極図を彷彿とさせる意匠であった。
「よく避けた」
相手が拍手した。見えるところに口はなくとも言葉は明瞭である。
絵島は肩を揺らして笑った。
「おべんちゃらはおよしよ。あれだけ殺気を撒いといて、避けたも何もあるもんかね」
「あの程度も躱せないような雑魚かどうか見極めたまで」
「へえ?」
絵島の歯が、吸い口をカチリと噛んだ。
笑ってない目で、敵を睨む。
「で? アタシはお眼鏡に叶ったかえ?」
「ああ。貴様は雑魚ではない。私が斬るに価する」
敵が腰に下げた剣を引き抜く。刃の部分が鋸のように鋭く抉れていた。
「名乗ろう。グリムジョー様の第六従属官、エル・プルポ・アルルエリだ」
「十一番隊第四席、絵島十兵衛綱吉だ」
「──参る」
エルが地を蹴る。合わせて絵島も夜空に跳んだ。
バトル終わらせたかったんですけど長くなりそうなんでここまで。
オリジナル破面のエル・プルポはスペイン語で蛸の意です。