十一番隊の女剣士   作:じゅに

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第5話 日番谷先遣隊②

 

 

 

 

「いや〜突然来るから驚きましたよ。どうしたんです? 死神二人が揃いも揃って」

 

 ぱたぱたと扇子をあおぐ浦原喜助の口調はあくまで軽い。軽いが、なんとかして追い払おうという強い意思を感じる。

 さてどう説得しようかと逡巡する絵島(えじま)十兵衛(じゅうべえ)綱吉(つなよし)を差し置いて、阿散井恋次が一歩前に出た。

 

 間を置かず、勢いよく土下座する。ぎょっと目を見開く浦原に、恋次は声を張り上げた。

 

「連絡もなしに突然の来訪、無礼は重々承知の上! 六番隊副隊長阿散井恋次、ぜひとも浦原喜助殿に修行をつけていただきたく罷り越しました! どうか俺に稽古をつけてください!」

 

 斜に構えた様子もふざけた態度も一切ない、しごく真面目な姿は、流石の浦原も茶化すのが難しかったらしい。

 視線を泳がせる幼馴染に向かって、絵島は口許をニンマリさせた。

 

「鍛えてやりなよ、喜助。人手はいくらあったって足りゃしないだろ?」

 

「…………全くもう、十兵衛さんは……」

 

 浦原は空を仰いで嘆息した。後ろ手に浦原商店の引き戸を開ける。

 

「お入りください。店の前でそんなことされちゃ、世間様の耳目を集めちゃいますんでね」

 

「ありがとうございます!」

 

 恋次は弾けんばかりの大声で礼を述べ、店の中へと入っていく。後に続いた絵島は、ふいに腕を掴まれた。

 

 浦原が耳元で囁いてくる。

 

「分かっちゃいるとは思いますが、貴女は絶対に、現世(こっち)で卍解を使わないでくださいよ」

 

 絵島は黙って煙管(キセル)を取り出し、吸い口を咥えた。

 

「分かっているともさ。勿論ね」

 

 浦原は念を押すようにぐっと力を篭めてから、静かに手を離した。

 

 

 〇〇〇

 

 

 浦原商店は、表の構えからは想像もつかないほど広い地下室を持っている。鬼道によって空間を捻じ曲げ、創りあげたものだ。

 

 地下室に案内された絵島は、ここの創造主であろう男に向かって、礼儀正しく挨拶した。

 

「ご無沙汰しております、握菱鉄裁殿」

 

「お久しぶりですな、十兵衛殿」

 

 鉄裁の挨拶もまた慇懃だった。

 

 二人は、しばし無言で見つめあう。

 

 ────約四百年前。

 浦原と同時期に真央霊術院を卒業した絵島は、鬼道衆の道に進み、当時すでに大鬼道長であった鉄裁の部下に配属された。鉄裁の信任も厚く、有昭田鉢玄と副鬼道長の座を競うほどの腕前になったが、一身上の都合で鬼道衆を辞めて以来、疎遠になってしまっていた。

 

 とはいえ、尸魂界にいる限りはいつかまた会えるものと思っていた。実際、なにか大掛かりな行事の時は、壇上に並ぶ鉄裁を見かけたこともある。

 

 まさか浦原ともども尸魂界を永久追放されるなど、誰が予想しえたであろう。

 

 こうして向き合って言葉を交わすのは、実に三百年ぶりだ。彼と過ごした日々は今なお鮮明で、目を合わすだけでも様々な想い出が甦る。

 

 ともすれば感傷的になりがちな己を叱咤するため、絵島はあえて煙管を深く吸いこんだ。

 

「息災なようで、何よりですよ」

 

 微笑む絵島に、鉄裁は黙って頭を垂れた。

 鉄裁とて語りたいことは無限にある。だが今はなにより、時間が惜しい。

 

 藍染惣右介によって改造された虚──破面は途轍もない強さを秘めている。このままでは尸魂界が壊滅しかねない、というのが浦原と鉄裁双方の見解であった。

 

 絵島もそれは察している。であればこそ、ここに修行に来たのだ。

 

 義魂丸で本来の姿に戻り、死覇装をたすき掛けしながら、絵島は瞳を光らせた。

 

「では鉄裁殿。アタシが本気を出しても大丈夫な結界を出してくださいな」

 

「承知!」

 

 鉄裁は音高く手を打ち鳴らし、縛道を発動させた。

 

「縛道の七十三! 倒山晶(とうざんしょう)!」

 

 逆四角錐の光柱が四つ、天井から降り注ぎ、絵島を囲った。鉄裁が素早く指を走らせる。光柱を繋ぐように壁が生まれ、絵島のための空間を成した。

 

 柱から柱へ、歩けば三十歩ほどになろうか。こんこん、と指の背で壁を叩く。罅ひとつ入りそうにない。

 全く頑丈な仕様に、絵島はすっかり満足した。

 

「倒山晶で創った結界にございます。私が逐次霊圧を注ぎますゆえ、壊れる心配はございません。お好きなだけ暴れて結構」

 

「感謝します」

 

 絵島は礼を言い、煙管を仕舞った。

 代わりに得物を取り出す。

 

 鍔なしの白鞘造り。掌ですっぽり覆えてしまうこの匕首こそが、絵島の魂を反映した斬魄刀である。

 

 鞘を抜く。刃はない。

 霊圧を篭めることで、見えない刃が生まれるのだ。

 

 

(ゆめ)(うつつ)か──胡蝶宴(こちょうのえん)

 

 

 解号を唱えながら霊圧を高めていく。柄と鞘の両方から、霊力の刃──霊刃が迸った。

 

 

 〇〇〇

 

 

「おお」

 

 恋次の斬撃を苦もなく凌ぎながら、浦原は感嘆の吐息を漏らした。

 視線の先では、結界に閉じ込められた幼馴染が全力で霊圧を練っている。触れたものを狂わせる特殊な性質ゆえ、普段は抑えに抑えている霊圧が轟々と噴き上がる様は圧巻だった。

 

 もしもあれに触れたら、一般人は即座に発狂し廃人と化すだろう。

 だから諭した。卍解は使うなと。使えば大量の霊圧が放出され、空座町の住民全てに害が及ぶ。破面が暴れるよりもなお酷い地獄絵図が生まれてしまう。

 

 それでも、結界の中の絵島は笑っていた。卍解なしでどう遣り合うか、試行錯誤するのが愉しくてならないらしい。

 

 文官といえど、彼女もまた、十一番隊の隊士なのだ。

 

「うーん、やっぱり凄いですねえ十兵衛さんは」

 

 言いざま、紅姫を振り抜く。咄嗟に斬魄刀を盾にした恋次だったが、呆気なく吹き飛んでいった。

 

「が、っは……!」

 

「ダメですよー阿散井サン。油断一秒怪我一生ってね」

 

 ひゅひゅん、と軽やかに紅姫を振り回し、浦原は目を細めた。

 

 恋次には初手から卍解させていた。

 狒々王蛇尾丸──膂力と射程が飛躍的に伸びる反面、懐に潜り込まれた時の対応がまだまだ甘い。浦原がほんの少し本気で瞬歩を使うだけで、ガラ空きの胴に斬撃を叩き込めてしまう。これでは前線に出ても死ぬだけだ。

 

「その若さで卍解を会得したのは素晴らしいですが……それに振り回されるようじゃ本末転倒。かといって始解のままでは破面に傷ひとつ付けられませんよ? ほらほら、どうします?」

 

「…………っ! ぉおおおおっ!」

 

 裂帛の気合いと共に恋次が迫る。しかし、蛇尾丸の牙が噛みつくよりも、浦原の方が早かった。

 

 「啼け、紅姫」

 

 三日月形の斬撃が乱れ飛び、蛇尾丸に殺到する。恋次はせめて一撃だけでも躱そうと懸命に足掻いたが、雨のように降り注ぐ攻撃に為す術なく叩きのめされ気絶した。

 

「雨! ジン太! 恋次さんの介抱をお願いします!」

 

「しゃーねえなあ!」「……はい」

 

 観戦していた二人が駆けつけ、慣れた手つきで恋次に包帯を巻いていく。

 特製の丸薬を飲ませれば、数十分で目覚めるだろう。

 

 恋次も才に溢れた若者だ。

 鍛え上げれば朽木白哉に並ぶ強者たりうる。

 

 だが、足りない。

 時間も練度も、何もかもが。

 

 浦原は天井を振り仰いだ。

 いまは真夜中の零時を過ぎたところか。次に破面が襲来するのは、さて、いつになることやら。

 

 恐らく、そう遠くはあるまい。

 

「それまでに……少しでも強くなれればいいんスけどね……」

 

 願望を多分に混じえた呟きは、誰の耳にも入らなかった。

 

 

 そして。

 浦原が危惧した通り、破面達はすぐにやってきたのだった。

 

 

 〇〇〇

 

 

 明晩。

 空座町の夜空に穴が空いた。

 破面たちの使う黒腔である。中から出てきたグリムジョー・ジャガージャックは、従属官たちに霊圧の探査を命じた。

 

「……ふん。何人か死神が来てやがるな。お前ら散開してツブしてこい」

 

 六人の従属官達が一斉に散る。

 死神たちの情報など持ち合わせていない。ただ強い霊圧を感じる方へ、響転を使って距離を詰めた。

 

 一分後。

 従属官のひとりが、絵島を発見した。

 

 

 〇〇〇

 

 

 絵島は浦原商店のすぐそばにあるアパートの屋上で、月見をしていた。

 煙管をぷかりと吹かしながら、突如現れた禍々しい霊圧に神経を研ぎ澄ませる。

 

「五、六……七人か」

 

 絵島はほくそ笑んだ。図ったようにこちらの先遣隊も七名である。一人一殺すれば、黒崎一護の出番はない。

 

 昨日初めて顔を合わせた時から、一護を巻きこまずにいられる方策を考え続けていた。

 

 少し話しただけでわかる。あの歳にしては優しすぎるくらい優しい子だ。

 だからこそ、もう二度と斬魄刀を握らせたくなかった。

 

「数百年生きてる死神が十五の坊やに頼っちゃ、立つ瀬がないよねえ」

 

 煙管を仕舞い、立ち上がる。

 次の瞬間、後ろに跳んだ。

 

 殺気混じりの風が吹き抜ける。あと一秒動くのが遅かったら頭を潰されていただろう。

 

 ゆっくりと、攻撃が来た方に向き直る。

 十字路を挟んだ向かい側の屋根の上、見上げるほど上背の高い破面が、やたら長い両腕をだらりと下げて佇んでいた。

 

 体型はヒトのそれに近い。しかし顔貌に目はなく鼻もなかった。顔中を白と黒とで塗り潰されている。陰陽太極図を彷彿とさせる意匠であった。

 

「よく避けた」

 

 相手が拍手した。見えるところに口はなくとも言葉は明瞭である。

 絵島は肩を揺らして笑った。

 

「おべんちゃらはおよしよ。あれだけ殺気を撒いといて、避けたも何もあるもんかね」

 

「あの程度も躱せないような雑魚かどうか見極めたまで」

 

「へえ?」

 

 絵島の歯が、吸い口をカチリと噛んだ。

 笑ってない目で、敵を睨む。

 

「で? アタシはお眼鏡に叶ったかえ?」

 

「ああ。貴様は雑魚ではない。私が斬るに価する」

 

 敵が腰に下げた剣を引き抜く。刃の部分が鋸のように鋭く抉れていた。

 

「名乗ろう。グリムジョー様の第六従属官、エル・プルポ・アルルエリだ」

 

「十一番隊第四席、絵島十兵衛綱吉だ」

 

「──参る」

 

 エルが地を蹴る。合わせて絵島も夜空に跳んだ。

 

 

 

 

 




バトル終わらせたかったんですけど長くなりそうなんでここまで。
オリジナル破面のエル・プルポはスペイン語で蛸の意です。
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