『うちはマダラは異界の理すらも踊らせる』   作:狂ってる団

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深謀の盤上、檻を穿つ足跡

引き揚げた古代マキナのメインコアを工具袋に意気揚々と忍ばせ、サヌビア砂漠の絶対的な捕食者どもの急襲を写輪眼の瞳術と圧倒的な木遁の無双によって完全に蹂躙し、無事にホームへと帰還してから数刻。

 

外界のすべてを拒絶する灼熱の砂海、その最果てにそびえ立つアルベドの本拠地『ホーム』の内部は、持ち帰られた琥珀色の古代コアの出現によって、かつてないほどの熱気に包まれていた。

回収された心臓部は、シドや技術者たちの手へと渡り、何も知らない状態から手探りで失敗を繰り返しながら理を暴こうとする彼らの、最も厳重な地下研究室へと運び込まれていった。

 

マダラは、その地上の狂熱から一人離れ、ホームの最奥に用意された無骨な自室に佇んでいた。

部屋の明かりは、剥き出しの鉄パイプの隙間に挟まれた、鈍い青白い光を放つ数本の蛍光管のみ。壁を構成する分厚い鉄板からは、ホーム全体の生命線である内燃機関の重低音が、絶えず床を通じて足の裏へと微かに伝わってくる。

鉄の机の上に、昼間、リュックから得たスピラ全土の地図――古びた羊皮紙の巻物を大きく広げ、マダラは腕を組んだまま、冷徹な漆黒の瞳でその不自然な地勢をじっと凝視していた。

 

脳裏にあるあの羽虫の記憶の残骸、あるいはこれまでにルカのカフェや船の上で小娘たちの口から語られたスピラの構造。それが今、目の前にある羊皮紙の地形と、鮮明に、臨場感を持って結びついていく。

 

(エボンの教えという名の檻に人間を閉じ込め、定期的な生贄を捧げさせることで世界を維持する螺旋のシステム……。その最初のピースが、この最南端の孤島『ビサイド』から動き出そうとしているわけか)

 

トントン、と鉄の扉が小さくノックされ、その直後、返事をも待たずに慌ただしく開いた。

入ってきたのは、やはり黄金の髪の小娘――リュックだった。彼女は部屋に入るなり、弾むような歩調でマダラの机へと駆け寄り、地図の上に小さな両手をドンと突いて、マダラの顔を覗き込んできた。

 

「ねえ、マダラ! さっきは本当にあんがとね。あの古代のコア、親父も技術者の人たちも、みんな『信じられない出力を秘めてる!』って大騒ぎだよ。アタシたちが手探りで弄ってきたどんなマキナの部品よりも、ずっと純度が高くて凄いんだってさ! ……おまけにさ、アタシ、そんなマキナの成果のことよりも、どうしてもマダラに今すぐ相談したいことがあるの」

 

リュックはゴーグルの奥にある渦巻きの瞳を、真剣な、そして焦燥の混じった色で限界までぎらつかせ、声を一段と低くした。彼女の細い肩は、胸の奥で暴れ狂う感情の奔流を抑えきれないかのように、微かに、激しく震えていた。マダラの鋭いうちはの眼には、その小さな身体の奥で、どれほど強烈な焦りと覚悟が渦巻いているか、言われるまでもなく手に取るように分かった。

 

「ビサイド島にいるユウナんのことだよ。さっきルカの商人の噂を聞いたとき、マダラも一緒だったじゃん。あの子が本当に、新米の従召喚士として祈りを始めちゃったなら、アタシ、もう一秒だってじっとしてられないよ! ね、マダラ。あんたのあの海を一瞬で沸かせる火の魔法とか、砂漠に森を出現させる木の魔法、それにただ見ただけで魔物を操っちゃう規格外の強さがあれば、エボンの僧兵なんて何千人いたって一瞬でイチコロでしょ? だったらさ、アタシたちのサルベージ船を今すぐ南へ動かして、ビサイド島からユウナんを力ずくで連れ去っちゃおうよ! エボンにユウナんが本格的に捕まって、生贄の旅に引きずり込まれる前にさ、このホームに匿(かくま)っちゃえばいいんだよ! ここなら親父だって、アタシたちの仲間みんなでユウナんを守れるし、エボンの奴らだって絶対に手出しできないはずじゃん!」

 

13歳の少女としての、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも手探りな、大好きな家族(ユウナん)を救いたい一心からの懇願。世界中を敵に回してでも、今すぐその細い腕で宿命の螺旋をブチ壊そうとするその無謀な活気。

 

マダラは腕を組んだまま、その小娘の吠え面を上から静かに見下ろしていた。

その顔には、かつてないほどに穏やかで、しかし絶対的な強者としての冷淡な笑みが湛えられていた。

魂の奥底にあるあの現代人の愛着の残渣が、マダラの態度をどこまでも柔らかくさせている。だが、だからこそ、マダラは一人の「大人の余裕(達観)」をもって、この焦る少女を正しい大局の視点へと導かねばならん。かつて乱世の泥泥の中でただ一族の死を呪い、焦り、目の前の敵を滅ぼそうとして空回っていた、若き日の自分と柱間の未熟な姿が、マダラにはこの黄金の髪の小娘の姿に、酷く鮮明に重なって見えていた。

 

ドックの重低音だけが響く静寂のなか、マダラはゆっくりと、冷徹な声音を室内に響かせた。

 

「焦るな、小娘。大局を見ろ」

 

「え……?」

リュックがパチクリと大きな目を瞬かせ、不満げに頬を膨らませた。

「大局ってなによさ! ユウナんが生贄にされちゃうかもしれないんだよ!? 焦るのなんて当たり前じゃん!」

 

「お前がユウナんを何より大切に想い、その不条理な宿命を呪う意志は認めよう」

マダラは動じることなく、組んだ腕のまま淡々と告げた。

「だがな、あの小娘はまだ『従召喚士』になったばかりにすぎん。世界のまやかしである究極召喚を手に入れるための、命を賭した本格的な巡礼の旅が始まるのは、まだ先の話だ。本番の旅立ちまでは、まだ二年もの猶予(時間)がある。焦って今すぐ会いに行き、力ずくで連れ去る前に、お前たちにはやるべき事が、山ほど残されているはずだ」

 

「アタシたちが、やるべき事……?」

リュックはゴーグルを指で少し押し上げ、怪訝そうに、しかしマダラの放つ圧倒的な威厳に呑まれるようにして、その顔をじっと覗き込んできた。

 

「そうだ。お前たちアルベドは、エボンのクソみたいな教えに頼らず、自分たちの拾い集めた機械(マキナ)の力でシンを力ずくで叩き潰すと言ったな。親父のシドも、いつか世界中の度肝を抜く巨大な機械を組み上げると吼えていた。ならば聞くが、お前たちのその『悲願』とやらは、今この瞬間に動かせる状態にあるのか? シンという巨大な災厄、その檻を内側から粉々に噛み砕くための絶対の牙は、もうお前たちの手の中に揃っているのか? ……否だ 。お前たちは、古代の超科学の構造を最初から知っているわけではない。何も知らぬ状態から、失敗の爆発を繰り返しながら、手探りでようやく一つのコアを拾い上げた段階にすぎん 。その巨大な機械を真に完成させ、動かすための部品も、積み上げるべき技術の経験も、まだまだ決定的に足りていないはずだ」

 

マダラの冷酷な正論が、リュックの胸へと突き刺さる。

 

「さらに言えば、この聖域(ホーム)の防衛強化もな。今の段階でお前たちが焦ってビサイドに乗り込み、エボンを正面から敵に回してみろ。まやかしの希望を奪われたスピラ中の愚民ども、あるいは寺院の上層部が、血眼になってお前たち異端を狩り始めるぞ。ビサイドの小娘を救うための絶対の機械も完成しておらず、お前たち自身に世界を書き換えるだけの力が備わっていない今の段階で世界を敵に回せば、お前たちが必死に手探りで築き上げてきたこのホームごと、無数の僧兵の軍勢に一瞬で焼き尽くされる。……ただの犬死にだ。家族を放り出して死なせたエボンへの憎しみを抱くシドが、そんな無謀な破滅を許すと思うか」

 

「それは……っ」

リュックは言葉を完全に詰まらせ、大好きな家族を救いたいという感情の行き場を失ったように、悔しそうに小さな唇を限界まで噛み締めた。

世界のパワーバランス、あるいは自分たちがどれほど圧倒的な準備をしなければならないかという過酷な現実。それをマダラの大人の余裕によって目の前に突きつけられ、彼女の両拳が、地図の羊皮紙の上でガタガタと震え、大粒の涙が今にもその瞳から溢れそうになっていた。

 

「呼び名が欲しければ、この俺に認められるだけの価値を見せろと、先ほど遺跡の奥でも言ったはずだ 。ただ感情に任せて無策で敵陣に突っ込むだけの砂利に、このうちはマダラの背中は預けられん。お前がやるべきことは、その小娘の本当の旅立ちの日までに、お前たちの手探りの技術で完璧な機械を完成させ、俺に『ただの砂利ではない』と認めさせるだけの価値を、これから死ぬ気で掴み取ることだ」

 

「マダラ……」

リュックは涙をグッと堪え、マダラの顔を見上げた。

 

「「そして――勘違いするなよ、小娘」

マダラはさらに声を一段と低くし、冷徹な絶対の壁を突き立てるように告げた。

「俺はお前たちの身内でもなければ、お抱えの便利屋でもない。俺が傭兵としてお前たちの船に乗り、その砂利払いに付き合うのは、この世界の地理と、お前たちの技術の実態、あるいはエボンの情報を見極めるための『最初の数戦(短期間)』だけだ。ダラダラと二年もの間、この砂漠のドックでお前たちと傷の舐め合いをするつもりなど微塵もない」

 

「マダラ……それって……」

リュックが息を呑み、潤んだ瞳を大きく見開いた。

 

「必要な情報と、世界を動かすための路銀が集まり次第、俺は一人でお前たちの元を去る。そして――」

マダラは広げられた地図の、あの巨大なスタジアムが描かれた港町、そしてそこから南へと伸びる大洋の航路を指先で冷酷になぞった 。

「まずは俺を乗せたお前たちのサルベージ船で、あの港町『ルカ』へと再び経由する 。かつて俺が僧兵どもから路銀を巻き上げ、エボンの警戒が最も強まっているであろうあの土地の防衛網を、俺の知略と力で内側から完全に侵食し、ビサイド行きの足がかりを掴む。そこから俺は単身、その最南端の島『ビサイド島』へと直接赴き、その見習い(従召喚士)の小娘の器をこの俺の眼で直接確かめる。それが俺の次なる一手だ。お前たちに付き合ってやる限られた時間の中で、お前がただの砂利か、それとも名で呼ぶに値する器か、俺にその価値を証明してみせろ」

 

マダラが提示した、あまりにも孤高で、あまりにも冷徹な絶対の格。

リュックはその計り知れないスケールの大きさに、息を呑んで戦慄しつつも、マダラが自分たちのために今付き合ってくれているその「限られた時間」の本当の重さに気づき、胸の奥を激しく焦がした。マダラは自分たちの世界の人間ではない。たった一人で世界をひっくり返そうとしている、本物の亡霊なのだ。

 

リュックは溢れそうになる涙をグッと奥歯で噛み殺すと、その煤けた顔に、かつてないほど烈火のごとき強い反骨精神と、ひまわりのような眩しい笑顔を爆発させた。

 

「……分かってるよ。マダラはアタシたちとは違う、世界を一人で変えようとしてる人だもんね。だったらさ、マダラがルカを経由してビサイドへ行っちゃうまでの短い間だけでも……アタシ、死ぬ気で頑張る! マダラを用心棒にして、もっともっとたくさん世界中からマキナを手探りで拾い集めて、親父の計画を完璧にしてみせる!」

リュックは腰に手を当て、負けず嫌いな天真爛漫さを全面的に咲かせて鼻を鳴らした。

「アタシ、今は無理でも、いつか絶対にあんたの度肝を抜いて、絶対に、絶対にマダラに『リュック』って呼ばせてみせるんだからねっ!」

 

「ふん……。その意気込みだけは買ってやる。ほら、作戦が決まったならさっさと戻って次のサルベージの準備でもしろ、小娘」

マダラは腕を組み直し、踵を返すようにして地図の巻物を静かに閉じた。だが、その顔には、どこまでも愉しげで穏やかな色が浮かんでいた。

 

「はーい! じゃあ明日も朝からサルベージ船を出すからね、用心棒マダラ! 今に見てなよ!」

リュックは全面的に明るい笑顔を爆発させると、弾むような活気ある足取りで、次の大いなる目的へと向かって部屋を元気いっぱいに飛び出していった。一度だけビシッと不屈の誓いを告げた後は、二重にくどくどと言葉を繰り返すことはなく、その力強い足音そのものが、彼女の揺るぎない覚悟を物語っていた。

 

マダラは静かになった室内に佇み、再び腕を組んで目を閉じた。

(エボンの教えという名の檻。お前たちが必死に手探りで進める機械の悲願。そして、ルカを経由して一人向かうべき、ビサイドの地……。状況は完全に整いつつあるな)

 

 

 

 

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