毎日コンビニの新商品を食べ続けていただけの俺、なぜか食品開発会社のエースになる   作:赤坂龍之介

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第13話 良くしたら、今度は高くなった

 

 翌朝。

 

 試作室に入ると、テーブルの上に新しい資料が置かれていた。

 

『保存性改善試験・結果』

 

「……」

 

 俺は資料をめくる。

 

 そこには、前回の試作品Nを基準に、保存性を改善するために検討した三つの方法がまとめられていた。

 

『パン配合の調整』

 

『包装条件の変更』

 

『具材との水分バランスの調整』

 

 前回までは、どの試作品が一番良いかを比べていた。

 

 今回は違う。

 

 どうすれば問題を解決できるのか。

 

 その方法自体を比較している。

 

「佐伯さん、おはようございます」

 

 田村さんが入ってきた。

 

「おはようございます」

 

「結果、見ましたか?」

 

「はい」

 

「かなり面白い結果が出ています」

 

「いい結果ですか?」

 

「一長一短です」

 

「……ですよね」

 

 食品開発部に入ってから、すっかり聞き慣れた言葉になってしまった。

 

 

 まずは、パンの配合を調整した試作品を確認する。

 

 保存後の試料を手に取る。

 

 一口。

 

「……」

 

 俺はゆっくり噛む。

 

「どうです?」

 

 田村さんが聞く。

 

「かなり柔らかいです」

 

「保存後の硬化は?」

 

「前回より、かなり少ないです」

 

「味は?」

 

「問題ないです。少し甘さが強くなった気はしますけど、気になるほどではない」

 

 佐藤さんが記録する。

 

「なるほど」

 

 次に、包装条件を変更した試作品。

 

 一口。

 

「……こっちも悪くない」

 

「保存後の食感は?」

 

「十分改善しています」

 

「香りは?」

 

「少し弱いかもしれません」

 

 佐藤さんが記録する。

 

 最後に、具材との水分バランスを調整した試作品。

 

 一口。

 

「……」

 

 俺は眉を寄せる。

 

「具材の味が少し弱いです」

 

「保存性は?」

 

「悪くないです。でも、これだと商品の魅力が減ってます」

 

 田村さんが資料を見る。

 

「やはり、そこが課題ですね」

 

 結果を並べる。

 

『パン配合調整』

 

保存性――◎

味――○

製造性――要確認

 

『包装条件変更』

 

保存性――◎

味――○

製造性――○

 

『具材との水分バランス調整』

 

保存性――○

味――△

製造性――○

 

「……」

 

 俺は考える。

 

「一番バランスがいいのは、包装条件を変えた試作品ですか?」

 

「現時点ではそう見えます」

 

 佐藤さんが答えた。

 

「ただし、包装資材のコストが上がっています」

 

「……」

 

 嫌な予感がした。

 

 

 企画担当の女性が原価資料を机に置く。

 

「こちらが今回の原価試算です」

 

 俺は数字を見る。

 

「……」

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 

「これ……高くなってません?」

 

「はい」

 

「どれくらい?」

 

「包装条件を変更した案で、目標原価を一個あたり15円上回っています」

 

「15円……」

 

 俺は数字を見つめた。

 

 あの時を思い出す。

 

 あのときは、試作品Fが目標原価を18円上回っていた。

 

 でも、今回は少し違う。

 

「保存性を良くするために、原価が上がった?」

 

「そういうことです」

 

 企画担当の女性が頷く。

 

「包装資材の単価が上がったことに加えて、一部の包装工程にも追加の作業が必要になります」

 

「なるほど……」

 

 俺は試作品を見る。

 

 さっきまで、

 

「これならいけるかもしれない」

 

と思っていた。

 

 保存後の食感は良かった。

 

 味も悪くない。

 

 でも。

 

 商品として考えると。

 

「このままじゃ難しいですね」

 

 俺が言う。

 

「はい」

 

 黒川主任が答えた。

 

 

あの時とは違う

 

「……前にも、原価オーバーってありましたよね」

 

 俺が言う。

 

「ありましたね」

 

 黒川主任が笑う。

 

「Fでしたよね」

 

「はい」

 

「そのときは、美味しいけど高かった」

 

「そうです」

 

「今回は、保存性を改善したら高くなった」

 

「そこが違います」

 

 企画担当の女性が資料を指差す。

 

「今回の原価上昇には、品質を改善したことによるコストが含まれています」

 

「……」

 

 俺は資料を見る。

 

 保存性を良くする。

 

 そのために。

 

 材料を変える。

 

 包装を変える。

 

 工程を変える。

 

 すると。

 

 コストが増える。

 

「良くするために変えたことが、別の問題を作った」

 

 俺が言う。

 

「その通りです」

 

 田村さんが頷いた。

 

 トレードオフ。

 

 もう、何度目だろう。

 

 でも。

 

 今までとは少し違う。

 

 あの時では、最初から原価が高い商品をどうするか考えた。

 

 今回は。

 

品質を良くするために必要だった変更そのものが、コストを押し上げている。

 

「……」

 

 俺は試作品を見つめた。

 

 

どこを削る?

 

「原価を下げるなら、何を変えられますか?」

 

 俺が聞く。

 

 企画担当の女性が原価表を指差した。

 

「まず、ここです」

 

 そこには、包装資材の費用。

 

「この資材が以前より高くなっています」

 

「でも、保存性を良くするために必要なんですよね?」

 

「現時点では、かなり効果があります」

 

「じゃあ、戻したら?」

 

「保存性が落ちる可能性があります」

 

「……」

 

 製造担当者が続ける。

 

「包装工程を簡略化する方法もあります。ただ、作業時間や量産時の安定性を確認する必要があります」

 

「材料を減らすのは?」

 

「味や食感への影響が出る可能性があります」

 

「販売価格を上げるのは?」

 

「先方から、既存商品と大きく離れない価格帯を求められています」

 

「……」

 

 逃げ道がない。

 

 俺は頭を抱えた。

 

 どこかを削る。

 

 すると、別の条件が悪くなる。

 

「……」

 

 俺は試作品を一口食べた。

 

 保存後でも、ちゃんと美味しい。

 

 これを諦めたくない。

 

「これ、なんとか商品にしたいですね」

 

 俺が言うと、黒川主任が頷いた。

 

「私もそう思っています」

 

 

商品の条件を並べる

 

 午後。

 

 企画担当の女性がホワイトボードに今回の商品について必要な条件を書き出した。

 

『仕事終わりの一個で満足』

 

『しっかり濃い。でも、最後まで重くない』

 

『保存後も品質を維持』

 

『目標販売価格から大きく離れない』

 

『量産可能』

 

 俺はそれを見る。

 

 全部必要だ。

 

 でも。

 

 全部を同じ強さで求めたら。

 

 今回みたいに原価が上がる。

 

「黒川主任」

 

「はい?」

 

「前に、商品によって優先順位が変わるって言ってましたよね」

 

「はい」

 

「今回、一番優先したいのは何ですか?」

 

 黒川主任は少し考えた。

 

「それは、私一人で決めることではありません」

 

「……」

 

「取引先が求める価格。商品のコンセプト。会社としての採算。そして、商品としての品質」

 

「なるほど」

 

「全部を踏まえて決める必要があります」

 

 俺は頷いた。

 

 つまり。

 

 最初から正解があるわけじゃない。

 

 条件を並べて。

 

 優先順位を決める。

 

 その中で。

 

 どこまでできるかを探す。

 

 

12円、15円、9円

 

 夕方。

 

 俺は原価表を見ていた。

 

「……」

 

 数字。

 

 原材料。

 

 包装。

 

 工程。

 

 まだ、俺には全部を理解できるほどの知識はない。

 

 でも。

 

 どこにコストがかかっているかを見るくらいならできる。

 

「企画さん」

 

「はい?」

 

「一番大きいのは、やっぱり包装ですか?」

 

「今回の改善案では、そうです」

 

「前の包装と何が違うんですか?」

 

「保存中の水分状態をより安定させるために、資材の性能を変えています」

 

「……」

 

 俺は新しい包装資材を見る。

 

 見た目はほとんど変わらない。

 

 でも。

 

 その数円の差が。

 

 大量生産になると大きな金額になる。

 

「……食品って、見えないところにお金がかかるんですね」

 

「そうですよ」

 

 企画担当の女性が笑う。

 

 俺はまた、原価表を見る。

 

 そして。

 

 ふと思った。

 

「これ……同じ資材じゃないと駄目なんですか?」

 

「同じ性能を出せるものなら、候補を探すことはできます」

 

「じゃあ、性能を維持しながら、もっと安い資材ってないんですか?」

 

 企画担当の女性が少し考える。

 

「候補はあります。ただ、実際の保存試験と包装工程で確認する必要があります」

 

「……」

 

 まただ。

 

 結局。

 

 試さないと分からない。

 

 

「安いものに変える」だけではない

 

「佐伯さん」

 

 田村さんが言った。

 

「今の話、良いところに気づきましたね」

 

「そうですか?」

 

「はい。ただし、『安い資材に変えればいい』とは考えないでください」

 

「……?」

 

「性能が落ちたら意味がありません」

 

「ああ……」

 

「保存性を維持しながら、コストも下げる。そこを確認する必要があります」

 

「なるほど」

 

 俺は少し考える。

 

「じゃあ、安いかどうかじゃなくて、『必要な性能を満たした上で安いか』を見る」

 

「そうです」

 

 田村さんが頷いた。

 

 また一つ。

 

 考え方を教わった。

 

 単純に。

 

「高いものを安くする」

 

ではない。

 

必要な機能を維持しながら、不要なコストを削る。

 

 それなら。

 

 今回の課題に合っている。

 

 

新しい試験

 

「では」

 

 田村さんが資料を出した。

 

「包装について、三つの条件を比較しましょう」

 

「……」

 

 俺は資料を見る。

 

『包装A』

 

 現在の基準資材。

 

『包装B』

 

 保存性能を少し落としてコストを下げた資材。

 

『包装C』

 

 性能を維持しながら、単価を下げられる可能性のある資材。

 

「なるほど」

 

「Bは安いですが、保存性がどこまで維持できるか分かりません」

 

「Cは?」

 

「実際に試してみないと分かりません」

 

「……」

 

「それぞれ、保存後の品質、原価、包装工程を比較します」

 

 俺は資料を見る。

 

 今度は。

 

 単に「一番良い包装」を探すわけじゃない。

 

 必要な性能を満たしながら。

 

 コストを抑える。

 

「……面白い」

 

 思わず呟く。

 

「何がです?」

 

 高橋さんが笑う。

 

「今まで俺、商品を良くするなら何かを足すんだと思ってました」

 

「はい」

 

「でも、今は違います」

 

「どう違います?」

 

「必要なものは残す。でも、必要以上のものは削る」

 

 高橋さんが頷く。

 

「営業としても、それは重要ですね」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。商品が良くても、価格が合わなければ、取引先には提案できませんから」

 

「……」

 

 また一つ。

 

 開発と営業がつながった。

 

 

その夜

 

 帰宅して、俺はスマホのメモを開いた。

 

『新作○○』

 

 その下に、

 

『保存性』

 

『味』

 

『原価』

 

『製造』

 

『消費者』

 

と書く。

 

 そして。

 

『商品の核』

 

 さらに今日の気づきを追加する。

 

『良いものを足すだけじゃない』

 

『必要な性能を守りながら、不要なコストを削る』

 

「……」

 

 この数か月。

 

 俺は何度も同じことを学んできた。

 

 美味しいだけじゃ駄目。

 

 安いだけでも駄目。

 

 作れるだけでも駄目。

 

 売れるだけでも駄目。

 

 保存できるだけでも駄目。

 

 全部がつながっている。

 

 でも。

 

 全部を完璧にするのは難しい。

 

 だから。

 

 何を残すのか。

 

 何を変えるのか。

 

 何を削るのか。

 

 考える。

 

 俺はメモの最後に、一行だけ書いた。

 

『商品開発は、足し算だけじゃない』

 

 保存。

 

 スマホを伏せる。

 

 そのとき。

 

「……」

 

 ふと、入社する前の頃を思い出した。

 

 あの頃の俺は。

 

 就職できなくて。

 

 自分には何の取り柄もないと思っていた。

 

 それでも。

 

 コンビニに行って。

 

 新商品を買って。

 

 食べて。

 

 感想を書いた。

 

 十年間。

 

 ただ、それを繰り返してきた。

 

 そして今。

 

 その「ただ食べていただけ」が。

 

 少しずつ。

 

 仕事になっている。

 

「……人生、何があるか分からないな」

 

 俺は笑った。

 

 でも。

 

 まだエースではない。

 

 まだ新人だ。

 

 まだ知らないことだらけだ。

 

 それでも。

 

 一歩ずつなら。

 

 進める気がする。

 

 ――そして数日後。

 

 包装条件A・B・Cの試験結果が出る。

 

 その中には。

 

「安くなった。保存性も維持できた」

 

という、理想に近い結果もあった。

 

 だが。

 

 同時に。

 

「量産すると、包装工程で別の問題が起きる」

 

という新しい課題も見つかることになる。

 

 商品開発は。

 

 やっぱり。

 

 簡単じゃない。

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