ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第三章 確認

 

 翌日。

 

 ヨキは執務室の扉を軽く叩いた。

 

「失礼します。」

 

「入りたまえ。」

 

 机に向かっていたマスタングが視線を上げる。

 

「どうした。」

 

 ヨキは一礼した。

 

「昨日、巡回中に国家錬金術師のショウ・タッカー氏とお会いしまして。」

 

「ほう。」

 

「どのような研究をされている方なのか、少し興味が湧きました。」

 

「もし差し支えなければ、資料を拝見させていただけないでしょうか。」

 

 マスタングは少しだけ考えた後、小さく頷いた。

 

「構わん。」

 

「ホークアイ中尉。」

 

「はい。」

 

「資料室の閲覧許可を。」

 

「承知しました。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ヨキは敬礼し、静かに部屋を後にした。

 

◇

 

 資料室。

 

 静まり返った部屋で、ヨキは一冊の資料を開いた。

 

『国家錬金術師 ショウ・タッカー』

 

 静かにページをめくる。

 

 二年前。

 

 人語を理解し、言葉を話す合成獣の錬成に成功。

 

 その功績により、国家錬金術師の資格を取得。

 

 次のページ。

 

 合成獣は、人の言葉を理解し、自らも言葉を発した。

 

 発した言葉は、ただ一言。

 

『死にたい』

 

 その後、餌を口にしなくなり死亡。

 

 ヨキは静かに目を閉じる。

 

 さらにページをめくる。

 

 同時期。

 

 妻、失踪。

 

 昨年度査定。

 

 評価、芳しくなし。

 

 今年度査定結果によっては、国家錬金術師資格剥奪の可能性あり。

 

 資料を閉じる。

 

 部屋には紙の擦れる音だけが残った。

 

(……やっぱり。)

 

(全部、俺の知っている通りだ。)

 

(ニーナちゃんとアレキサンダーは。)

 

(このままだと——。)

 

 ヨキは小さく息を吐いた。

 

◇

 

 その日の夕方。

 

 勤務を終えたヨキは、司令部の廊下を歩いていた。

 

「中尉。」

 

 後ろから声が掛かる。

 

 ハボックだった。

 

「飲みに行きません?」

 

 ヨキは苦笑する。

 

「今日は、そんな気分じゃないんだけどな。」

 

「だからですよ。」

 

ハボックと目が合う。

 

「そういう日は、一人で考え込むもんじゃないですよ。」

 

「俺が付き合います。」

 

 ヨキは少しだけ考え、笑った。

 

「……そうだな。」

 

「付き合ってもらおうかな。」

 

◇

 

 酒場。

 

 ジョッキが軽くぶつかる。

 

「乾杯。」

 

「乾杯。」

 

 最初はいつも通りだった。

 

 二人は煙草を吸い。

 

 酒を飲み。

 

 他愛のない話をする。

 

 しばらくして。

 

 ハボックが煙草を灰皿へ押し付けた。

 

「で。」

 

「何を考えてるんです?」

 

 ヨキは苦笑する。

 

「顔に出てたか。」

 

「思いっきり。」

 

 ヨキはジョッキを置いた。

 

「昨日、巡回中に一人の女の子と出会った。」

 

「ニーナちゃんっていう子なんだけどね。」

 

 そこから昨日の出来事を話した。

 

 アレキサンダー。

 

 タッカー。

 

 資料。

 

 そして、自分が考えていること。

 

「全部、推測だ。」

 

「証拠は何一つない。」

 

「でも。」

 

「もし俺の考えが正しかったら。」

 

「ニーナちゃんとアレキサンダーは……。」

 

 言葉が止まる。

 

 ハボックは何も言わない。

 

 一本、新しい煙草へ火を点けた。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 やがて、煙をゆっくり吐きながら口を開いた。

 

「……可能性は、ゼロじゃないですね。」

 

「ただ。」

 

「証拠がありません。」

 

「今の話だけじゃ、軍は動けない。」

 

 ヨキも静かに頷く。

 

「そうだよね。」

 

「もし違っていたら。」

 

「国家錬金術師を侮辱しただけになります。」

 

 ヨキはジョッキを見つめた。

 

「……そうか。」

 

「俺の考えすぎかもしれないな。」

 

「話を聞いてくれてありがとう。」

 

「遠慮なく飲んでくれよ。」

 

 そう言って笑ってみせたが。

 

 その笑顔は、どこかぎこちなかった。

 

◇

 

 数日後。

 

 非番。

 

 ヨキは私服姿で、紙袋を片手に歩いていた。

 

 中には、ニーナへのお菓子。

 

 アレキサンダー用の食べ物。

 

 タッカーへの手土産。

 

(これでいい。)

 

(俺は仕事で行くんじゃない。)

 

(話をしに行くだけだ。)

 

 タッカー宅の前で立ち止まる。

 

 深呼吸。

 

 呼び鈴を鳴らした。

 

◇

 

「おヒゲのおじちゃん!」

 

 扉を開けたニーナが満面の笑みを浮かべた。

 

「こんにちは。」

 

「遊びに来てくれたの?」

 

「ああ。」

 

「今日はお父さんにも少し用事があってね。」

 

 紙袋を差し出す。

 

「これはニーナちゃん。」

 

「こっちはアレキサンダー。」

 

「わぁ!」

 

「ありがとう!」

 

「わふっ!」

 

 嬉しそうにはしゃぐ二人を見て。

 

 ヨキは改めて思う。

 

(この笑顔だけは。)

 

(絶対に守りたい。)

 

◇

 

 応接室。

 

 タッカーと向かい合って座る。

 

「今日は、どのようなご用件でしょう。」

 

 ヨキは深く頭を下げた。

 

「まず最初に。」

 

「これから申し上げることは、大変失礼な内容です。」

 

「先に、お詫びいたします。」

 

 タッカーは穏やかに微笑んだ。

 

「構いませんよ。」

 

「どうぞ。」

 

 ヨキは静かに話し始める。

 

「二年前の合成獣。」

 

「そして、同時期に失踪した奥様。」

 

「今年の査定。」

 

「ニーナちゃん。」

 

 タッカーの表情は変わらない。

 

「私は。」

 

「リオールで、一人の男を追い詰めました。」

 

「特別な力があったわけではありません。」

 

「違和感を、一つずつ確認しただけです。」

 

 一拍置く。

 

「あなたにも、同じ違和感を覚えています。」

 

「もし。」

 

「ニーナちゃんやアレキサンダーに何かあれば。」

 

「私は必ず気付きます。」

 

「そして。」

 

「決して見逃しません。」

 

 部屋は静まり返った。

 

 タッカーは、ゆっくりと眼鏡を押し上げる。

 

「……ヨキ中尉。」

 

「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」

 

「何でしょう。」

 

「あなたは。」

 

「どこまでご存知なのです?」

 

 その笑顔は、最初から何一つ変わっていなかった。

 

 だからこそ、不気味だった。

 

 ヨキは静かに立ち上がる。

 

「私の考えすぎであれば、それが一番です。」

 

「本日は失礼いたしました。」

 

 頭を下げ、部屋を出る。

 

 玄関へ向かう。

 

「ヨキ中尉。」

 

 背後から声がした。

 

「はい?」

 

 振り返ろうとした、その瞬間。

 

 腕が首へ回る。

 

「なっ——!」

 

 鼻と口へ布が押し当てられた。

 

 強烈な薬品臭。

 

 息を止める。

 

 振り解こうと暴れるが。

 

(な!? 力が……強い!?)

 

 細身の身体からは想像もできない腕力だった。

 

 抵抗するほど、酸素が足りなくなる。

 

 ついに薬品を吸い込んでしまう。

 

 視界が揺れた。

 

 膝から力が抜ける。

 

 耳元で、タッカーが静かに囁く。

 

「勘のいい軍人は嫌いだよ。」

 

 ヨキの意識は、ゆっくりと闇へ沈んでいった。

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