ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第三章 確認

 

 翌日。

 

 ヨキは執務室の扉を軽く叩いた。

 

「失礼します。」

 

「入りたまえ。」

 

 机に向かっていたマスタングが視線を上げる。

 

「どうした。」

 

 ヨキは一礼した。

 

「昨日、巡回中に国家錬金術師のショウ・タッカー氏とお会いしまして。」

 

「ほう。」

 

「どのような研究をされている方なのか、少し興味が湧きました。」

 

「もし差し支えなければ、資料を拝見させていただけないでしょうか。」

 

 マスタングは少しだけ考えた後、小さく頷いた。

 

「構わん。」

 

「ホークアイ中尉。」

 

「はい。」

 

「資料室の閲覧許可を。」

 

「承知しました。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ヨキは敬礼し、静かに部屋を後にした。

 

 

 資料室。

 

 静まり返った部屋で、ヨキは一冊の資料を開いた。

 

『国家錬金術師 ショウ・タッカー』

 

 静かにページをめくる。

 

 二年前。

 

 人語を理解し、言葉を話す合成獣の錬成に成功。

 

 その功績により、国家錬金術師の資格を取得。

 

 次のページ。

 

 合成獣は、人の言葉を理解し、自らも言葉を発した。

 

 発した言葉は、ただ一言。

 

『死にたい』

 

 その後、餌を口にしなくなり死亡。

 

 ヨキは静かに目を閉じる。

 

 さらにページをめくる。

 

 同時期。

 

 妻、失踪。

 

 昨年度査定。

 

 評価、芳しくなし。

 

 今年度査定結果によっては、国家錬金術師資格剥奪の可能性あり。

 

 資料を閉じる。

 

 部屋には紙の擦れる音だけが残った。

 

(……やっぱり。)

 

(全部、俺の知っている通りだ。)

 

(ニーナちゃんとアレキサンダーは。)

 

(このままだと——。)

 

 ヨキは小さく息を吐いた。

 

 

 その日の夕方。

 

 勤務を終えたヨキは、司令部の廊下を歩いていた。

 

「中尉。」

 

 後ろから声が掛かる。

 

 ハボックだった。

 

「飲みに行きません?」

 

 ヨキは苦笑する。

 

「今日は、そんな気分じゃないんだけどな。」

 

「だからですよ。」

 

ハボックと目が合う。

 

「そういう日は、一人で考え込むもんじゃないですよ。」

 

「俺が付き合います。」

 

 ヨキは少しだけ考え、笑った。

 

「……そうだな。」

 

「付き合ってもらおうかな。」

 

 

 酒場。

 

 ジョッキが軽くぶつかる。

 

「乾杯。」

 

「乾杯。」

 

 最初はいつも通りだった。

 

 二人は煙草を吸い。

 

 酒を飲み。

 

 他愛のない話をする。

 

 しばらくして。

 

 ハボックが煙草を灰皿へ押し付けた。

 

「で。」

 

「何を考えてるんです?」

 

 ヨキは苦笑する。

 

「顔に出てたか。」

 

「思いっきり。」

 

 ヨキはジョッキを置いた。

 

「昨日、巡回中に一人の女の子と出会った。」

 

「ニーナちゃんっていう子なんだけどね。」

 

 そこから昨日の出来事を話した。

 

 アレキサンダー。

 

 タッカー。

 

 資料。

 

 そして、自分が考えていること。

 

「全部、推測だ。」

 

「証拠は何一つない。」

 

「でも。」

 

「もし俺の考えが正しかったら。」

 

「ニーナちゃんとアレキサンダーは……。」

 

 言葉が止まる。

 

 ハボックは何も言わない。

 

 一本、新しい煙草へ火を点けた。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 やがて、煙をゆっくり吐きながら口を開いた。

 

「……可能性は、ゼロじゃないですね。」

 

「ただ。」

 

「証拠がありません。」

 

「今の話だけじゃ、軍は動けない。」

 

 ヨキも静かに頷く。

 

「そうだよね。」

 

「もし違っていたら。」

 

「国家錬金術師を侮辱しただけになります。」

 

 ヨキはジョッキを見つめた。

 

「……そうか。」

 

「俺の考えすぎかもしれないな。」

 

「話を聞いてくれてありがとう。」

 

「遠慮なく飲んでくれよ。」

 

 そう言って笑ってみせたが。

 

 その笑顔は、どこかぎこちなかった。

 

 

 数日後。

 

 非番。

 

 ヨキは私服姿で、紙袋を片手に歩いていた。

 

 中には、ニーナへのお菓子。

 

 アレキサンダー用の食べ物。

 

 タッカーへの手土産。

 

(これでいい。)

 

(俺は仕事で行くんじゃない。)

 

(話をしに行くだけだ。)

 

 タッカー宅の前で立ち止まる。

 

 深呼吸。

 

 呼び鈴を鳴らした。

 

 

「おヒゲのおじちゃん!」

 

 扉を開けたニーナが満面の笑みを浮かべた。

 

「こんにちは。」

 

「遊びに来てくれたの?」

 

「ああ。」

 

「今日はお父さんにも少し用事があってね。」

 

 紙袋を差し出す。

 

「これはニーナちゃん。」

 

「こっちはアレキサンダー。」

 

「わぁ!」

 

「ありがとう!」

 

「わふっ!」

 

 嬉しそうにはしゃぐ二人を見て。

 

 ヨキは改めて思う。

 

(この笑顔だけは。)

 

(絶対に守りたい。)

 

 

 応接室。

 

 タッカーと向かい合って座る。

 

「今日は、どのようなご用件でしょう。」

 

 ヨキは深く頭を下げた。

 

「まず最初に。」

 

「これから申し上げることは、大変失礼な内容です。」

 

「先に、お詫びいたします。」

 

 タッカーは穏やかに微笑んだ。

 

「構いませんよ。」

 

「どうぞ。」

 

 ヨキは静かに話し始める。

 

「二年前の合成獣。」

 

「そして、同時期に失踪した奥様。」

 

「今年の査定。」

 

「ニーナちゃん。」

 

 タッカーの表情は変わらない。

 

「私は。」

 

「リオールで、一人の男を追い詰めました。」

 

「特別な力があったわけではありません。」

 

「違和感を、一つずつ確認しただけです。」

 

 一拍置く。

 

「あなたにも、同じ違和感を覚えています。」

 

「もし。」

 

「ニーナちゃんやアレキサンダーに何かあれば。」

 

「私は必ず気付きます。」

 

「そして。」

 

「決して見逃しません。」

 

 部屋は静まり返った。

 

 タッカーは、ゆっくりと眼鏡を押し上げる。

 

「……ヨキ中尉。」

 

「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」

 

「何でしょう。」

 

「あなたは。」

 

「どこまでご存知なのです?」

 

 その笑顔は、最初から何一つ変わっていなかった。

 

 だからこそ、不気味だった。

 

 ヨキは静かに立ち上がる。

 

「私の考えすぎであれば、それが一番です。」

 

「本日は失礼いたしました。」

 

 頭を下げ、部屋を出る。

 

 玄関へ向かう。

 

「ヨキ中尉。」

 

 背後から声がした。

 

「はい?」

 

 振り返ろうとした、その瞬間。

 

 腕が首へ回る。

 

「なっ——!」

 

 鼻と口へ布が押し当てられた。

 

 強烈な薬品臭。

 

 息を止める。

 

 振り解こうと暴れるが。

 

(な!? 力が……強い!?)

 

 細身の身体からは想像もできない腕力だった。

 

 抵抗するほど、酸素が足りなくなる。

 

 ついに薬品を吸い込んでしまう。

 

 視界が揺れた。

 

 膝から力が抜ける。

 

 耳元で、タッカーが静かに囁く。

 

「勘のいい軍人は嫌いだよ。」

 

 ヨキの意識は、ゆっくりと闇へ沈んでいった。

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