薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第5話:魔族出現

何とかなるのでは、そのような状況が続いていたが‥‥‥

「おい、薬屋」

壬氏が猫猫を呼び止めた。

「来てくれ」

「何です?」

「少し妙なことが起きた」

壬氏の表情が険しい。

猫猫もすぐに察する。

「魔物ですか?」

「分からん」

「?」

「武衛区で」

壬氏は言った。

「武人が二人、消えた」

「消えた?」

猫猫の眉が動く。

「どういう意味です?」

「言葉通りだ」

二人の武人が、見回りの途中突然いなくなった。

「逃げたんじゃないんですか?」

猫猫がまず考えたのは、それだった。

魔物が現れる。

命の危険がある。

怖くなって逃げ出す者が出たとしても、不思議ではない。

だが、壬氏は首を横に振った。

「俺も最初はそう思った」

「違うんですか?」

「二人とも、そういうことをする者とは思えん」

「…………」

「それに」

「二人同時」

「ああ」

一人なら、恐怖に耐えられなくなって逃亡した。

それで説明できる。

だが、二人とも同時に消える。

「魔物にやられたとか?」

「それも考えた」

「痕跡は?」

「ない」

「血は?」

「ない」

「争った跡は?」

「見つかっていない」

「…………」

猫猫も考え込む。

妙だ。

武人二人。

しかも、魔物への警戒が始まってから、武人達には何度も言い聞かせている。

一人で行動するな。

危険を感じたら必ず仲間を呼べ。

二人とも、それを破るような人物ではないらしい。

「むざむざ二人ともやられるとも思えないですね」

「ああ」

「少なくとも、大声くらい出せる」

「だが、誰も聞いていない」

猫猫は腕を組む。

「……分からない」

人間同士の事件かもしれないが、この状況で起きた以上、どうしても魔物との関係を考えてしまう。

そこで、猫猫はフリーレンへ話を持っていった。

「なあ、フリーレン」

「何?」

「やっぱり魔物のせいだと思う?」

「…………」

フリーレンは答えなかった。

妙に難しい顔をしている。

フェルンも同じだった。

「フリーレン?」

猫猫がもう一度呼ぶ。

フェルンが小さく言う。

「フリーレン様」

「うん」

「これって……」

「ああ」

フリーレンは静かに答えた。

「たぶん、魔族の仕業だろうね」

「…………」

猫猫の顔が固まる。

「魔族?」

壬氏も表情を変えた。

「前に言っていた……人間の言葉を話すという?」

「そう」

フリーレンの声は淡々としている。

だが、猫猫は気付く。

今までの魔物について話していた時とは違う。

明らかに警戒している。

フェルンもだ。

「でも」

猫猫が聞く。

「どうして魔族だと思う?」

「二人とも騒がずに消えたから」

「それだけ?」

「ううん」

フリーレンは少し考え。

説明を始める。

「例えば」

「うん」

「二人で見回りをしていた」

「うん」

「その時、誰かの声が聞こえた」

「声?」

「『助けてください』」

「…………」

猫猫が黙る。

「女の声だったかもしれない。子供の声だったかもしれない」

フリーレンは続ける。

「人気のない場所から聞こえてくる」

壬氏の顔が険しくなる。

「武人なら確認に向かうか」

「たぶんね」

「そして?」

「そこに」

フリーレンは言った。

「人間みたいな姿をした魔族がいる」

猫猫の背筋に。

ぞくりとしたものが走った。

「『魔物に追われました』とか」

「…………」

「『怪我をしました』とか」

「…………」

「そう言えば、人間は近づいてくるから」

壬氏が低い声で言う。

「それで油断させるのか」

「うん」

「でも、二人いる」

猫猫が言う。

「一人を倒したら、もう一人が――」

「だから」

フリーレンが答える。

「最初の一人を魔法で殺す」

「!」

「もう一人は、突然仲間が倒れて驚く」

フェルンが続ける。

「その一瞬があれば十分です」

「…………」

「そして、もう一人も殺す」

静かになった。

猫猫は何も言えない。

香琳妃の毒殺未遂事件。

あれも恐ろしかった。

だが、これは何かが違う。

「それで……」

猫猫が恐る恐る聞く。

「死体は?」

フリーレンは答える。

「たぶん、残ってないよ」

「どうして?」

「食べたんだと思う」

「…………」

壬氏の顔が凍りついた。

猫猫も。

さすがに言葉が出なかった。

「二人とも?」

「恐らく」

フェルンが答える。

しばらく誰も口を開かなかった。

猫猫は以前聞いた話を思い出す。

魔族。

人間の言葉を話す。

人間と同じような姿をしている。

だが、人間ではない。

「……魔族って」

猫猫が言う。

「そんなことをするのか?」

「するよ」

フリーレンは即答した。

迷いがない。

「人間の言葉を使って、人間を騙す」

「でも……」

壬氏が言う。

「言葉を話せるなら、話し合うことは――」

「できない」

フリーレンの言葉が。

壬氏の言葉を遮った。

「…………」

猫猫がフリーレンを見る。

その表情には、普段のぼんやりした雰囲気がなかった。

「魔族は」

フリーレンは静かに言う。

「人間を騙すために言葉を使う」

「…………」

「『助けて』と言えば、人間が助けに来ることを知っている」

「‥‥‥ねえ」

猫猫が聞く。

「魔族と人間って、見分けられないの?」

「一般的には」

フェルンが答える。

「魔族には角がありますから、見分けることはできます」

「角?」

「はい」

「だったら簡単じゃないか」

猫猫が言う。

「角のある人間を警戒すれば――」

「うん」

フリーレンが遮った。

「普通ならね」

「普通なら?」

嫌な言い方だ。

フリーレンは続ける。

「人間に擬態できる魔族もいる」

「…………」

猫猫は息を呑む。

「人間に擬態した魔物が『殺さないで』と言えば?」

「人間が躊躇する」

「『お母さん』と言えば?」

「手を止める人もいる」

「…………」

フリーレンは淡々と続ける。

「だから言うんだよ」

「…………」

フリーレンは壬氏を見る。

「警戒の仕方を変えた方がいい」

「どうすればいい?」

「まず」

フリーレンははっきりと言った。

「見えない場所から声がしても、絶対に一人で近づかない」

壬氏が頷く。

「特に」

「うん?」

「『助けて』なんて声がした時ほど」

フリーレンの目が鋭くなる。

「慎重に行動して」

「……助けを求める声なのにか」

「だからこそだよ」

「…………」

「本当に人間が助けを求めている可能性もある」

フリーレンは続ける。

「だから無視しろとは言わない。でも、必ず複数で確認する。周囲にも知らせる。姿が見えても、すぐ近づかない」

フェルンも言う。

「なるほど」

壬氏は真剣に聞いている。

「怪我をしているように見えても?」

「警戒してください」

「泣いていても?」

「警戒してください」

「子供の姿でも?」

一瞬、フェルンが黙る。

そして。

「はい」

はっきり答えた。

猫猫は少し寒くなった気がした。

人間の言葉を話し、助けを求め、笑い、泣き、そして人間を殺す。

壬氏が低く呟く。

「厄介だな……」

「うん」

フリーレンは頷く。

「魔物よりずっと」

そして。

フリーレンは武衛区の方角を見る。

「それに」

「まだ何かあるのか?」

壬氏が聞く。

「もし本当に人間に擬態できる魔族なら」

フリーレンは静かに言った。

「もう、この都のどこかに入り込んでる可能性がある」

「…………!」

猫猫の目が見開かれる。

「人間の姿をして?」

「うん」

「人間の言葉を話して?」

「うん」

「じゃあ……」

猫猫は周囲を見る。

女官。

宦官。

武人。

商人。

旅人。

毎日、数え切れないほどの人間が行き交っている。

その中に、人ではないものが、人の顔をして紛れ込んでいるかもしれない。

魔物への恐怖とはまったく違う恐怖が、静かに都へ入り込もうとしていた。

 

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