エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
《ガレ城》。
キリトとアスナがギズメルを訪ねた時。
すでに彼女の姿はなかった。
「ギズメルは?」
キリトが尋ねる。
闇エルフの兵士は、すぐに答えた。
「新たな《秘鍵》の所在が判明しました。ギズメル様は確保のため、すでに出立されています」
「秘鍵……!」
アスナがキリトを見る。
キリトも頷いた。
また始まったのだ。
森エルフと闇エルフ。
両陣営による《秘鍵争奪戦》が。
一方――。
《ヴェルダ城》。
「ランスロットさんは?」
こっこの問いに、森エルフの兵士が答えた。
「秘鍵の確保へ向かわれました」
「もう行ったの!?」
リズが声を上げる。
「はい。今回は我々が先に所在を掴みましたので」
こっこ、リズ、シリカは顔を見合わせた。
「じゃあ……」
シリカが不安そうに呟く。
「闇エルフ側も気づいたら……」
「取り合いになるね」
こっこが答えた。
「急ごう」
三人はすぐに《ヴェルダ城》を飛び出した。
――その少し前。
古代遺跡の最深部。
ランスロットは一人、崩れかけた石造りの祭壇へ辿り着いていた。
「……これか」
祭壇の中央。
古びた台座の上に。
淡い光を放つ一本の鍵が浮かんでいる。
《秘鍵》。
ランスロットは周囲を警戒する。
敵影はない。
罠もない。
ゆっくりと台座へ近づき――。
手を伸ばした。
光が弾ける。
《秘鍵》がランスロットの手へ収まった。
「……確保した」
ランスロットは小さく息を吐いた。
これで任務は達成。
あとは《ヴェルダ城》へ持ち帰ればいい。
秘鍵を収納しようとした――。
その時だった。
「――待て」
ランスロットの手が止まった。
聞き覚えのある声。
むしろ。
忘れるはずのない声だった。
ゆっくり振り返る。
遺跡の入口。
そこに。
一人の闇エルフの騎士が立っていた。
「……遅かったな、ギズメル」
ランスロットが笑う。
ギズメルは肩で息をしていた。
どうやら相当な速度でここまで走ってきたらしい。
だが。
その目はすぐに。
ランスロットの手にある《秘鍵》を捉えた。
「もう手に入れたのか」
「ああ」
「……そうか」
ギズメルは静かに剣へ手を掛ける。
ランスロットの眉が上がった。
「今回は譲らんぞ?」
ギズメルが少し笑った。
「まだ何も言っていない」
「その手を見れば分かる」
「なら話が早い」
シャリン――。
ギズメルが剣を抜いた。
「その秘鍵――」
剣先をランスロットへ向ける。
「もらい受ける」
ランスロットも笑った。
以前。
森エルフ側が確保した秘鍵を。
ランスロットはギズメルへ渡した。
だが。
それはそれ。
これはこれ。
ランスロットも剣を抜く。
「欲しければ――」
構える。
「奪ってみろ」
ギズメルの口元に笑みが浮かんだ。
「望むところだ」
次の瞬間。
ギズメルが消えた。
いや。
そう見えるほどの踏み込みだった。
ガァァン!!
第一撃。
ランスロットの剣が受け止める。
「はあっ!!」
ギズメルは止まらない。
二撃。
三撃。
四撃――。
ギィン!
ガァン!
ギギィン!!
ランスロットは受け流しながら後退する。
だが。
一瞬の隙を見つけると。
鋭い斬り返し。
「っ!」
ギズメルが身体を反らす。
鼻先を剣が通過した。
そのままランスロットが踏み込む。
今度は攻守が逆転する。
ギィン!
ガァン!
ギィィン!!
互角。
完全な互角だった。
「腕を上げたな!」
「お前に言われたくない!」
二人は笑っていた。
憎しみなどない。
私怨などない。
ただ。
ランスロットは秘鍵を守る。
ギズメルは秘鍵を奪う。
二人の騎士が。
互いの任務を果たすため。
全力で剣を交えている。
ランスロットが距離を取る。
ギズメルが追う。
ランスロットが突然反転。
カウンター。
ギズメルが受ける。
ガァァン!!
二人のHPが削れる。
グリーン。
そして――。
イエロー。
それでも。
どちらも止まらなかった。
ギズメルの剣がランスロットの肩を掠める。
HPが減少。
ランスロットの斬撃がギズメルの脇腹へ入る。
さらにHPが削れる。
「はぁ……はぁ……」
「……まだやるか?」
「愚問だ」
「だろうな」
二人が再び構える。
その頃。
遺跡の入口へ。
キリトとアスナが辿り着いた。
「ギズメル!」
キリトが息を呑む。
少し遅れて。
反対側から。
「ランスロットさん!」
こっこ、リズ、シリカも到着する。
「もう戦ってる!」
シリカが叫ぶ。
「しかも二人ともイエローじゃない!」
リズが青ざめる。
だが。
誰もすぐには割って入れなかった。
凄まじい。
そして――。
美しいほどの剣戟だった。
ギズメルが攻める。
ランスロットが受ける。
ランスロットが返す。
ギズメルが払う。
互いの癖を知っている。
間合いを知っている。
次に何をするかまで読んでいる。
それでも。
互いにその読みを越えてくる。
キリトには分かった。
「……本気だ」
アスナがキリトを見る。
「え?」
「あの二人……本気で決着をつけるつもりだ」
そして。
二人が同時に距離を取った。
ランスロットが剣を構える。
「これで決める」
ギズメルも剣を構えた。
「ああ」
二人の剣に。
強烈なソードスキルの光が宿る。
HPはイエロー。
この状態で。
互いの必殺技がまともに入れば――。
「まずい!」
キリトが走る。
同時に。
こっこも飛び出した。
「ちょっと待ったぁぁぁ!! 」
二人の騎士が。
同時に地面を蹴る。
ギズメルの剣が。
ランスロットへ。
ランスロットの剣が。
ギズメルへ。
そして――。
ギィィィィン!!
キリトの《Queen of the Night》が。
ギズメルの必殺の一撃を受け止めた。
「――キリト!?」
「そこまでだ、ギズメル!」
反対側では。
ガァァン!!
こっこの剣が。
ランスロットの剣を受ける。
「うわああああ!!」
「こっこ殿!?」
「無理無理無理!! これ一人じゃ無理ぃぃ!! 」
押される。
こっこの左手が。
即座にシステムウインドーを叩いた。
《ブラインドタッチ》。
実体化した大型レンチを掴み――。
ガギィィン!!
右手の剣。
左手の工具。
二点でランスロットの剣を挟み込む。
「ぬおおおおお!!」
ズザザザザッ!!
数メートル押し込まれながら。
どうにか止めた。
「だから何であんたは工具なのよ!!」
リズが叫ぶ。
「今それ言う!? 」
「二人ともやめてください!」
シリカが駆け込む。
アスナもギズメルの前へ立った。
「何をする、キリト!」
ギズメルが叫ぶ。
「邪魔をするな!」
ランスロットも剣を構え直そうとする。
だが。
「まあまあまあ!」
こっこが慌てて両手を振った。
「秘鍵は逃げないから!」
ランスロットが即答する。
「私がすでに確保した!」
ギズメルも即答する。
「だから私が奪う!」
「ほらまた始まった!! 」
リズが額を押さえた。
だが。
こっこの表情が変わる。
「……その秘鍵なんだけどさ」
「何だ?」
「二人に見てもらいたい物がある」
システムウインドーを開く。
アイテムストレージから。
一冊の古びた書物を取り出した。
《The Ancient Elven Tome》
《エルフの古文書》。
ギズメルとランスロットが。
同時に息を呑んだ。
「……その文字」
「古代エルフ文字……?」
こっこは。
古文書を二人へ差し出した。
「スタキオンで手に入れた」
そして。
少し困ったように笑う。
「僕らには読めないんだ」
ギズメルを見る。
ランスロットを見る。
「だから――」
古文書を開いた。
「二人で読んでよ」
ギズメルとランスロットは。
互いを見る。
ほんの数秒前まで。
秘鍵を巡って。
互いに必殺の剣を放っていた二人。
やがて。
ランスロットが剣を鞘へ収める。
ギズメルも。
静かに剣を収めた。
二人は並ぶ。
そして――。
《エルフの古文書》を開いた。
一頁。
二頁。
三頁。
最初は怪訝そうだった二人の表情が。
徐々に変わっていく。
「……待て」
ギズメルの声が震えた。
「これは……」
ランスロットが頁を戻す。
そして。
何度も読み直した。
そこに記されていたのは。
森エルフの歴史でもない。
闇エルフの歴史でもない。
もっと古い。
二つの種族が分かれる以前の――。
《秘鍵》の本当の歴史だった。
ランスロットの腰では。
つい先ほど手に入れたばかりの秘鍵が。
淡い光を放っていた。
その一本を巡り。
二人は命を賭けて戦った。
だが古文書には。
二人が信じてきたものとは。
まったく異なることが記されていた。
――秘鍵は森のものにあらず。
――秘鍵は闇のものにあらず。
――何人たりとも、その力を独占することを許さず。
ギズメルが。
ゆっくりとランスロットを見る。
ランスロットも。
ギズメルを見る。
そして二人は初めて。
自分たちが奪い合っていた《秘鍵》そのものではなく――。
なぜ自分たちは秘鍵を奪い合っているのか。
その問いへ。
目を向けることになった。
戦いを終えた森の中。
つい先ほどまで剣を交えていた二人のエルフ――ギズメルとランスロットは、互いに向かい合っていた。
その傍らには、キリトとアスナ。
そして、こっこ、リズ、シリカ。
今回の秘鍵争奪戦。
秘鍵を手にしていたのは――森エルフ側だった。
ランスロットは掌の上に置かれた秘鍵を見つめる。
しかし、その表情に勝者の喜びはなかった。
こっこが持ち込んだ《The Ancient Elven Tome》――エルフの古文書。
そこに記されていた真実を知ってしまった以上、この小さな鍵を「勝利の証」として持ち帰ることに、もはや意味はなかった。
ギズメルが静かに口を開く。
「これで、また森エルフ側の秘鍵が増えることになるな」
ランスロットは答えない。
現在、両陣営が保有する秘鍵の数には大きな偏りがあった。
闇エルフ側が確保している秘鍵は――わずか一本。
このまま今回の秘鍵まで森エルフ側が持ち帰れば、その差はさらに広がる。
そしてそれは、闇エルフの女王を焦らせることにもなる。
古文書に書かれた本来の儀式を実現するためには、森と闇――双方が第九層まで秘鍵を保持していなければならない。
「……ギズメル」
ランスロットが呼んだ。
「なんだ?」
ランスロットは一歩前へ出る。
そして――。
手にしていた秘鍵を差し出した。
「これは、そちらが持っていけ」
「……なに?」
ギズメルの表情が変わった。
キリトも驚く。
「ランスロットさん?」
アスナも秘鍵とランスロットを交互に見た。
「でも、それは……」
「ああ。我々が手に入れたものだ」
ランスロットは認めた。
「だからこそ、私の意思で渡す」
ギズメルは受け取らない。
疑っているのだ。
当然だった。
数刻前まで、この秘鍵を巡って互いに命を削るほどの戦いをしていた。
その相手が突然、
――持っていけ。
そんな言葉を信用できるはずがない。
「何を企んでいる?」
ギズメルの声が低くなる。
ランスロットは首を振った。
「何も」
そして古文書を見る。
「ただ、あの書に記されていることを信じると決めただけだ」
「…………」
「我々は今まで、秘鍵を多く集めた側が勝つと思っていた」
ランスロットは続ける。
「だが違った」
秘鍵は勝敗を決めるためのものではない。
魔法を独占するためのものでもない。
本来は――。
森エルフと闇エルフ。
そして、未だ姿を見せないもう一つの種族。
それらが等しく魔法を取り戻すために存在した。
「ならば今、我々だけが秘鍵を集め続ける意味はない」
ランスロットは再び秘鍵を差し出した。
「闇エルフ側には一本しかないのだろう?」
「……そうだ」
「ならば二本にしろ」
ギズメルの目が僅かに見開かれた。
「ランスロット……」
「第九層まで失うな」
短い言葉だった。
だが、その意味は重かった。
これは和平ではない。
同盟の証書でもない。
互いの王や長老が認めた約束でもない。
むしろ知られれば――。
二人とも裏切り者として裁かれる可能性すらある。
だからこそ。
ランスロットが差し出した一本の秘鍵そのものが――。
何よりも強い信用の証だった。
しばらくギズメルは動かなかった。
やがて。
ゆっくりと手を伸ばす。
秘鍵を受け取った。
「……分かった」
ギズメルはそれを強く握る。
「この鍵は、私が責任を持って女王陛下のもとへ持ち帰る」
ランスロットが頷いた。
「頼む」
「そして第九層――」
「ああ」
二人の視線が交わる。
「もう一度、取り戻す」
ここで初めて。
ギズメルの表情からランスロットへの警戒が消えた。
完全ではない。
何年、何十年――あるいは何百年と続いた種族間の確執が、たった一日で消えるはずもない。
それでも。
少なくともギズメルは理解した。
目の前にいる森エルフは。
自分を騙そうとしているのではない。
本気で、この馬鹿げた争いを終わらせようとしている。
「……借りができたな」
ギズメルが言った。
ランスロットは小さく笑う。
「貸した覚えはない」
「そういうところが気に入らん」
「奇遇だな。私もだ」
二人は小さく笑った。
こっこが感動したように頷く。
「おお……友情が芽生えた✨️」
「芽生えてない!」
二人の声が綺麗に重なった。
「息ぴったりじゃない✨️」
「黙れ!」
今度も重なった。
リズが吹き出す。
シリカも口を押さえて笑い、アスナまで肩を震わせる。
キリトだけが苦笑していた。
「でも……これからどうする?」
その一言で、空気が戻る。
そう。
問題は何も解決していない。
今回の秘鍵はギズメルが持ち帰る。
闇エルフ側の秘鍵は二本になる。
そしてそれは――女王の管理下に置かれる。
森エルフ側が保有する秘鍵も、ヴェルダ城へ持ち帰れば長老側の管理下となる。
一度そこへ入れば。
ギズメルにも。
ランスロットにも。
自由に持ち出すことはできない。
「第九層だ」
ランスロットが言った。
ギズメルも頷く。
「《儀式の地》」
すべての秘鍵が必要となる場所。
その時だけは。
女王も。
長老も。
保管している秘鍵を必ず外へ出す。
ならば――。
そこが唯一の機会となる。
ギズメルが静かに言った。
「それまでは、今まで通りだ」
「今まで通り?」
シリカが首を傾げる。
「我々は敵として振る舞う」
ランスロットが答えた。
キリトが目を細めた。
そして理解する。
「……秘鍵争奪戦を続けるのか」
「ああ」
森エルフと闇エルフは、これからも争う。
ランスロットとギズメルも戦う。
キリトとアスナは闇エルフ側。
こっこ、リズ、シリカは森エルフ側。
秘鍵を奪い。
奪われ。
追いかけ。
逃げる。
今までと何も変わらないように。
だが――。
その目的だけが、完全に変わった。
どちらかが勝つためではない。
第九層まで、このクエストそのものを存続させるため。
そして《儀式の地》へ秘鍵が運び出された瞬間。
ギズメルは女王側から。
ランスロットは長老側から。
すべてを奪取する。
そこで古文書に記された――。
本来の儀式を行う。
森エルフにも。
闇エルフにも。
等しく魔法を取り戻す。
だが。
ギズメルの表情が再び険しくなった。
「……まだ一つある」
古文書を開く。
そこに記されている三つの種族。
森に生きる者。
闇に生きる者。
そして――。
大地の下に生きる者。
「ドワーフ……」
ランスロットが呟いた。
第一層から第六層まで。
エルフ達は何度も現れた。
秘鍵を巡る戦いも続いてきた。
だが。
古文書にエルフと並んで記されているはずのドワーフだけは――。
一度として姿を見せていない。
こっこが古文書を覗き込む。
「おかしいね」
キリトも頷いた。
「ああ。これだけ重要な種族なら、とっくにクエストへ関わっていてもいいはずだ」
シリカが不安そうにピナを抱く。
「ドワーフさん達……どこにいるんでしょう?」
誰にも分からない。
ただ。
古文書には――。
山の下へ幾重にも伸びる、不思議な線が描かれていた。
まるで。
地下深くへ続く坑道のように。
こっこが足元を見る。
第六層の大地。
そして――。
指を下へ向けた。
「もしかして……」
リズが嫌そうな顔をする。
「あんた、その顔やめなさい」
「まだ何も言ってないよ?」
「地下に潜りたい顔してる」
「✨️」
「やっぱり!」
しかし。
その遥か下。
プレイヤー達がまだ存在すら知らない暗闇の奥で――。
カン――。
カン――。
カン――。
何者かが。
金属を叩く音が響いていた。
秘鍵を巡る物語。
森エルフ。
闇エルフ。
そして――。
未だ姿を見せない、第三の種族。
彼らは消えたのではない。
ただ。
地上へ出てきていないだけだった。