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「あ、お前の推薦、レヴォルフ黒学院にしといたから。星導館と間違えんなよ」
「は????????」
日本某県某市某町にある屋敷の居間にて、あっけらかんと爆弾をぶん投げた実の父に対して、その息子は人生初の殺意というものを抱いた。
とは言っても、それは幽霊が怖いとか、別にそういった意味ではなく、ある特定の物事に対して凄まじい恐怖を抱いているという意味で、だ。
彼はこれでも剣士だ。つい先日、篠守繊振流抜刀術の極伝を取得し、免許皆伝へと至ると共に篠守家の宝刀である日本刀———の形をした
そんな彼の父親が推薦したのは、レヴォルフ黒学院。
その特徴は、簡潔に言えば個人主義者の集まり。血で血を洗う蠱毒の具現化とでも言った方が良い様な、ぶっちゃけた話、バカみたいに物騒な学校である。
「は? は?? は??? え、何考えてんの? ほんとに何してんの? 何してくれてんの? ねぇバカなの? 死ぬの? 殺されたいの?」
「いや別に殺されたくはないが……オーケー、分かった。落ち着け、悪かった。悪かったよ。だからその忉利天を下ろせ、な? 実の父だよ? お父さんだよ? 手に掛けたくないだろ?」
「今なら臆病を克服出来そうな気がするんだ協力してくれよ親父」
「うんそれ相手が俺である必要ないと思うんだよねぉ!? ごめんって! 別に嫌がらせじゃないんだって話聞いてぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
それはもう見事な土下座だった。人生最後の土下座なんですか? なんて訳のわからん質問でもしたくなるくらいには、あらゆる角度において完璧な土下座だ。
斬る? 斬っちゃう? と、賤晴に尋ねるように、カチカチと鍔を鳴らす忉利天。賤晴としては、もう今ここで実の父を手に掛けても何の憂いも無く行ける様な気がしてならないが、話は聞いてやるべきだろう。
なに、首斬りなんて話を聞いた後でも出来る事だ。賤晴はそう自分を納得させた。
「それで……遺言は?」
「待て早まるな! もう俺の首斬り捨てる気満々じゃんっ! いいか、よく聞け! これは他ならぬお前の為でもある!」
「ほう?」
「お前も自覚している通り、お前は臆病だ。というか臆病過ぎる! 自分が傷付くという事に対して、もはや根源的恐怖を抱いてるんですかってぐらいには臆病だ! そうだろ!?」
「まぁ……そうだな」
一理……どころか、万理に値する。
だが、別にそれに対して羞恥心や疑問は無い。欠片もだ。だってそれは別に珍しい事ではなく、寧ろ人間としては当然の事ではないだろうか?
誰だって、痛いのは嫌な筈だ。苦しい思いなんてしたくないだろう。其奴がマゾヒストならばまだしも、自分はその限りではない。至ってノーマルだ。断言していい。
「で、それが何なんだ?」
「正直に言えば……異常なんだよ。実の息子にこんな事は言いたくないが、お前はそんなにも臆病な癖に———剣術を極めて、高みに立った」
「高みに立ったって……大袈裟だよ。極めたって言っても、抜刀術だけだぞ。それに、俺なんかよりも凄い人なんて沢山居るだろ」
「———居ない。それだけは断言させろ。こと抜刀術において、俺もジジイも、お前以上に速く、正しく、美しい居合をこなせる奴は見た事がない」
つい先程までの情けなさの一切を排し、父は賤晴へと断言する。
臆病である事を悪とは言わない。父にしても、臆病であることは決して弱さではなく、寧ろ古流剣術という実戦に趣を置いた剣術において、それは確かに必要な要素だと思う。
だが———その異常な臆病さに反して、賤晴は剣術に極めて真摯に、真剣に向き合っていた。
通常の剣術のそれとは異なり、抜刀術にはこれといった打ち合いは必要ない。抜刀術、或いは居合術にあるのは極めてシンプル———『心理』だ。
心を研ぎ澄ませた精神統一の合理。それこそ抜刀術と居合術の真理であり、目的とさえ言える。
だが、賤晴のそれは全く異なる。どちらかと言えば———否、どちらと言うまでもなく、篠守賤晴が手に入れたそれは殺人剣に他ならなかった。
「俺は、それを『歪』だと思っている。俺には分からない、そしてお前ですらも自覚し得ない何かが、きっと心の奥底にある。そしてそれは……戦いの中でしか分からない」
「なんだそれ…別に、戦うだけなら星導館でも良いだろ。なんだってレヴォルフなんか……」
「お前がその『歪』と向き合うにおいて、星導館よりもレヴォルフが合うと俺が判断した。レヴォルフは個人主義者、実力主義の集まりだ。嫌でも渦中に巻き込まれる」
「なぁ、言ってる事がどれだけ最悪か分かってる? 息子を送り込む場所としてあまりにも不適切じゃない?」
「承知の上だ。ぶっちゃけ、今のままじゃお前は危ういからな……臆病だからこそ剣を極め、けれど根がお人好しで世話焼きで……矛盾に溢れてる。だから少しでも歪を修正して、お前が普通になれる様にしたいんだよ」
「ふぅむ……」
言わんとしていることは伝わった。
父なりに、息子である自分を案じてくれているということは十分に。そこは、確かに嬉しく思う。
が。
「だからって無言で推薦する必要なかったよな?」
「それはごめん。でもさ、俺が提案したらお前絶対に拒否ってただろ?」
「当たり前じゃん。傷付くの嫌なんだから。圧倒的に平和だろう星導館に行きたかったよ」
取り付く島もない言い様に、父はついがくりと肩を落とす。
何処まで行っても、この息子は傷付くという事に対して恐怖と嫌悪を抱いている。まぁ、皮肉にもそれらが抜刀術の頂きへと登り詰める要因へとなっていた訳だが。
「お前の気持ちは尤もだけどさぁ……せっかく磨き上げたソレ使わないの勿体ないぞ?」
「さてはそれが本音だろ」
「んな訳……ない事もないが、さっきのはマジだぞ。まぁそりゃ、幾らか戦闘はあろうがよ……けど、さっきも言った様にレヴォルフは個人主義で実力主義だ。力を示せば簡単には喧嘩売られないだろ、心配すんなって」
「そうは言っても……」
「それに———レヴォルフに限らず、
「ん……」
———アスタリスク。正式名称を、水上学園都市「六花」。
北関東のクレーター湖に浮かぶ正六角形型のメガフロートに築かれた学園都市で、日本の領土に位置しているが治外法権領域になっている特殊な場所。
今となっては昔となる20世紀において、現在では『
これによって多くの都市が壊滅的な被害を被り、既存国家はその力が低下。国家の代わりとでも言わんばかりに、混乱の極みにあった世界経済を乗り越え支えるために、無数の企業が融合して新たな経済主体が誕生した。
統合企業在体と呼ばれるそれによって、アスタリスクには六つの学園が設置されており、そしてその生徒達は年に1度行われるアスタリスク最大のイベント———『
なんせその星武祭に優勝すれば、その報酬として大抵のことは願いとして叶えられるのだから。無理難題なものでなければ、優勝者の願いを企業が聞き入れてくれる。
「本当に嫌になったならそうすればいい。けど、まずは行ってみてくれ。話はそれからだ」
「はぁ……分かったよ。もう推薦状出された以上、断る訳にもいかないし……あーあ、平和なスローライフが送られると思ったんだけどなぁ…」
「そんな老人みたいな事言うなよ、まだ若いだろ?」
「誰の所為だと思ってんだよ…」
こうして、篠守賤晴は水上学園都市「六花」……もとい、学戦都市アスタリスクへと赴く事となったのである。
◆
キリキリ。キリキリキリキリ…………
胃が痛い。超痛い。もはや胃というダムが決壊するんじゃないのかと思わずにはいられない激痛だ。
周囲からの視線が痛い。もうこれだけでストレスがマッハで限界突破してハゲ散らかしてしまいそうな賤晴だった。
だが、さもありなん。
レヴォルフ黒学院はその好戦的な校風と個人主義な生徒で有名であり、それ故に入学希望者は勿論のこと、編入生すら稀とされているくらいだ。
そんなレヴォルフに特待生、しかも最初から純星煌式武装を所有しているときた。当然、注目されるというものである。
「あぁ、やだ。本当にヤダ……もう早く実家に帰りたいよ俺……」
カチカチ、と、忉利天が心配する様に鍔を鳴らす。ありがとう、俺の味方はお前だけだよ……賤晴は普通に泣きそうであった。
武器に慰められるとはこれ如何に。純星煌式武装は皆等しくそれなりに自我があるとは聞くが、こんなにも表層に出るものなのだろうか? 甚だ疑問である。
「今からでも星導館に鞍替え出来ないかなぁ……」
「おい、お前」
「オワタ」
賤晴は静かに自らの終わりを悟った。
同じレヴォルフ黒学院の制服を身に纏った少女が、ガン飛ばしながらズンズンと近付いてくる。言うまでもなく不良だ、弁明の余地など欠片もない。
というかその制服はどうなっているんだ? 魔改造どころの話じゃないだろそれは。もはや上半身が裸に近しいじゃないか、もしかしなくても痴女か?
「篠守賤晴だな?」
「は、はいっ。そうですけど……えっと、貴方は…?」
「イレーネ・ウルサイス。お前の案内役だ」
「あ、案内役……よかったぁ」
「は?」
「あっ、すいません! いや、てっきり喧嘩を売られてしまうものかとばかり……」
「……お前本当にレヴォルフの特待生だよな? 弱っちいにも程があるだろ。それでも男か?」
「めっちゃボロクソに言うじゃん。酷くない? いやそりゃ臆病なのは自覚してるけどさ。というか俺の意思じゃないです、父の勝手な推薦です」
「ディルクの奴、何考えてコイツの推薦受けたんだ…? まぁ良い。着いてこい、レヴォルフを案内してやる」
「うっす……」
第一印象は極めて最悪だ。イレーネ・ウルサイス……もう見た目からしてインパクトが凄い。健全な男子高校生である賤晴にとっても大変刺激的だ、主に恐怖を煽られるという意味で。
この人に案内されるくらいなら自分で歩いた方が良いのでは…? と考えもしたが、すぐに悪手だと捨て去る。
こんな世紀末ここに極まれりな学校を一人で歩き回るとか自殺行為にも程があるというもの。だったら、格好が酷くはあるものの一応会話能力が生きているこの人に着いて行った方がまだマシだろう。
「ここが本校舎。レヴォルフは中等部、高等部、大学部の三つに別れてる」
「へぇ……大学部もあるんですね。比較的マトモだったりするんですか?」
「何言ってんだ、レヴォルフだぞ?」
「ですよねー……」
「あと、その敬語やめろ。同い年なのに敬語使うのか?」
「……え、同い年っ!? 中学生なの!?」
「んだよ、悪いか」
「中学生でそんな変態みたいな格好をしているのか…!?」
「ぶち殺すぞテメェ!?」
なんということだ、中学生がこんな格好をしているなんて…!!!
レヴォルフの教育方針はどうなっている!? 自分と同じ年頃の中学生がしていい格好では断じてないぞ! いや別に中学生だろうが高校生だろうが決してして良い格好ではないけれども!!!!
賤晴は驚嘆した。なんという場所なのだ、レヴォルフ黒学院。うら若き乙女が痴女同然の格好をしているのに気にも留めないとは、常軌を逸しているにも程がある。
殊更に此処から出て行きたくなってきた。もうヤダこんな学校おうちにかえりたい。
「悪いことは言わない、そんな格好は止めなさい。痴女だと思われるぞ」
「どうやら本当にぶち殺されたいみたいだな、お前…!!!!」
「えぇ……そんな逆ギレされても…はい、すいません。ごめんなさい俺が悪かったのでその物騒なモノ仕舞ってくださいお願いします」
突如としてイレーネの手元に顕現した身の丈以上の大鎌を前に、賤晴は父親譲りの綺麗な土下座をかました。
賤晴は知る由もないが、しかし本能でこれが危険極まりない代物である事は理解出来た。故に回避行動を取ろうとして、その結果が土下座である。
まぁ、とは言っても———しっかりと、その鯉口は切られているのだが。
(コイツ……いつ刀に手を掛けた? さっきの短い動作の中で、あたしが見過ごしたってのか?)
足を曲げ、膝を折り、腰から倒れるまでのその一連の自然な動作の中に組み込まれた、反撃の整え。
攻撃するという意図が汲み取れない程に自然に、ソレは行われた。もしも彼女が、賤晴の言葉を聞き入れずにその大鎌を構えようものなら———
「……ハッ。訂正する、弱っちいだけの男じゃないみたいだな」
「えーと……それは許してくれたって事で…?」
「ふんっ、後でたっぷり分からせてやるよ。とにかく着いてこい。ディルク……生徒会長の所まで連れて行く」
「あ、はい。よろしく、ウルサイスさん」
「イレーネで良い。ウルサイスだと、妹とごちゃごちゃになるからな」
「じゃあ、イレーネさんで。えーと……そうだ、そのディルクって人はどんな人なんだ?」
「そうだな、きっとあんたが苦手なタイプだ」
「一気に会いたくなくなってきた……」
賤晴の苦手なタイプとはつまり真っ先に手が出る様な輩である。即ちイレーネの様な直情的で短絡的な思考の人間が、賤晴は苦手である。
沈みまくっていた気がさらに沈んでいく。もうここまで行くと奈落にでも落ちているかの様な気分にすらなってくるくらいだ。
「アイツは能力でしか人を判断しないからな———きっと、あたしと戦って実力を証明する事になる」
「え、帰っていいですか?」
「帰さねぇよ? さっきの事もあるから、全力でぶちのめしてやるよ」
「嫌です戦いたくないです!!!!! お願い、マジで戦いとか嫌なんだって!」
「あたしと同じで純星煌式武装持ってる癖に何言ってんだよ。ほら、着いたぞ」
「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
泣けど叫べど現実は非常である。自分より背の低い女子にがっちり腕を掴まれ、ズルズルと引き摺り込まれていく様はもはや滑稽を通り越して憐憫が起きる。
連れて来たぞ、というイレーネの言葉と共に、髪をオールバックにした鋭い眼付きの青年が賤晴へと視線を移す。
「篠守賤晴だな?」
「違います」
「あ?」
「ごめんなさいはいそうです私が篠守賤晴です生徒会長殿」
「チッ、手間取らせんなよ。俺はディルク、こいつは秘書の樫だ」
「初めまして。レヴォルフ黒学院生徒会秘書の樫丸ころなです」
「ど、どうも。えっと……」
重苦しい。というか視線が鋭過ぎる。どれだけ目付きが悪いんだと言いたくて仕方ないが、そんなこと言おうものなら首が飛びかねない。そういうレベルの圧が彼にはあった。
レヴォルフ黒学院生徒会長———ディルク・エーベルヴァイン。
《落星雨》の影響によって
「推薦状は受け取ってる。古い歴史を持つ篠守の宗家の長男であり、その歳で篠守繊振流抜刀術の免許皆伝を許された実力の持ち主」
「まぁ、はい……そうなります」
「だが、俺は実際に見なきゃ信じられない質でな。そこで、お前にはそこのイレーネと決闘をしてもらう」
ほらな、と言わんばかりに笑うイレーネ。対して賤晴の表情は限りなく無に近いものであった。
終わりだ。もうダメだおしまいだぁ、俺の人生これにて終了だよお疲れ様でした。そんな完全に諦めモードに入り込んでいた。
「俺は能力で人を見る。お前が使える奴かどうかを証明してみせろ」
「あの……拒否権とか」
「ある訳ねぇだろ。つーかあたしがさせねぇ。おら、行くぞ! さっきの事もあるから存分に叩き潰してやるよ!」
「ぜっっっっったいにゆるさねぇからクソ親父がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
・篠守賤晴
主人公。自分が傷付く事に関しては極度の臆病者であり、それが理由で抜刀術を極めたという特異な経歴を持った星脈世代の青年。
本人希望で星導館学園の中等部に特待生として編入する筈だったが、父親の勝手な推薦でレヴォルフ黒学院に変更された。
・イレーネ・ウルサイス
原作よりまだ幼い頃のお姉ちゃん。賤晴と同級生であり、今の所は野蛮な痴女という認識をされている大変可哀想な人。賤晴を叩き潰すつもりでいる。