死んだ双子の兄、完全下位互換の俺、兄の恋人だった事を隠す彼女 作:かりほのいおり
運命を感じたことはある?
そんな台詞は今日日、宗教勧誘か詐欺師のトークぐらいにしか使われない。決断を急かせて、今この時を逃したら大変なことになりますよと心を惑わせて、ありもしない方向に人生を進ませる。
全く、まともに捉えるべきじゃない言葉。
じゃあ、あなたは運命という言葉を完全に信じていないのかと聞かれたら、それもまたわからないと私は答える様な気がする。正確に言えば、そこで言葉をせいて断言したくない。
そういう人と人の巡り合わせというものを、まるっきり自分の意思に介在させないものにしたくないのだ。
全部が全部、運命という言葉にひっくるめるのはなんとなく味気が無いし、さらに言えば、神様の言う通りに事が運ぶという結論はやっぱり、どうしてもつまらない様な気がする。
だから、私は運命という言葉を使いたく無い。
けれども、そういう幸運があることも否定したくない。
そういうロマンチックな出会いが有ることを夢見て、のんびりと生きていたいのだ。
本当に運命というものがあるのならば、私にそれを巡り合わせてみればいいのに。
そんな半分やっかみのようなものを抱えてふらふらと生きてきて。
私がそいつと初めて会った時には、それを運命的なものだとは一ミリも思わなかった。それは一目惚れなんてものでは断じてない。
けれども、後から振り返れば間違いなくあそこがスタート地点なのだから、全く世の中は全くどうにもわからないことだらけ。
運命を感じたことはある?
一番初めのその質問に答えを出すとすれば、本当に運命というものが実在するとしても私にはそれを感じ取る力がない、そう答えるのが一番正しい気がする。
感じ取れたらよかったのに。
そうしたらもっと違う行動を取れたかもしれないのに。
でも、そうじゃないからこそ私はここにいるのだ。
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ルーズリーフを半分に切って、右上には国崎 満と書いてある。残りの多大な余白には電話番号、ついでにメールアドレスまで載せられて、個人情報マシマシだった。
要らない、私はそれを一度も求めていない。
全部抜きでいいですよと突き返したいところだけど、その紙を押し付けてきた張本人はとっくに店を出て行ってしまっている。
「理沙はほんとモテモテだねー、ちょっとは私に分けてよ」
「分けられるなら分けてあげたいよ、こっちがバイト中にナンパしてくる奴なんていくらでも押し付けてあげるっつーの」
同級生であり同僚であり友人である彼女が背中をつっついてくるのを煩わしく思いながら、ちょうど来店してきた客に笑顔を向けた。
本当に、めんどくさいばかり。
どうすんのよと小声で急かしてくるのを、行動で示す。
すなわち紙をくしゃくしゃに丸めて潰してゴミ箱にホールイン。
ああ勿体無いという彼女が悲鳴を上げるのを無視して、私はカフェオレが入ったポッドを片手に客席を回り始めた。
休日の夕方、有名なドーナツチェーン店はそこそこ混雑をしていた。
バイト先をここに決めたのはドーナツが好きだからというシンプルな理由。いろんな種類の甘いものを食べれるから。そういうと子供みたいだと笑われるけれども事実なのだから仕方がない。
数あるドーナツの中でもドーナツポップが一番好きだった。多少割高かもしれないけれど、300円で六種類食べれるのはやっぱり好ましい。
高校に上がって、バイトをできる様になって、廃棄のドーナツを貰えるんじゃないかという浅ましい理由で応募して採用されて、今のところは順調な経過。
こうやってナンパされるのは今日が初めての経験。
制服は近くにある男子校のもので、その初々しさからおそらく自分と同じ様に高校に入学したばかりだろうという推測までついた。
満足感はある、何となく自分が他人から認められたという認められたという気持ち。
だからと言って絆されて、ほいほいとついて行く気はないのだけれども。第一相手のことを何も知らないのだから、私からしてみれば興味すら湧かなかった。
だから、これで終わり。
連絡先をゴミ箱に放り込んで、連絡が返ってこないことに凹みつつも、彼は違う恋に向けて頑張るに違いない。そもそもの話、どれだけ私に本気なのかもわからない。半分冗談で声をかけたのかもしれない。
後ろめたさに予防線を張って、その日で全部終わった事だと私は思っていた。
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「何で返事くれないのさ」
「返事が返ってきてくれて当然だと思ってる方が私としては疑問なんですけどね」
予想外だったのは、私が思っているより彼は本気だったらしいという事。
おかわりと突き返されたマグカップにコーヒーを注ぎながら、どうしたもんかと思案する。
友人を頼ろうにも彼女は彼女でここは私に任せてとレジに出突っ張り、すっかり恋愛を応援するモードに入っているのだからもうどうにも止められない。
「まずはじめに、バイト店員があくせくと働いている時に、ナンパする様なチャラチャラした奴を好きなじゃないという事が一つ」
「もしかして複数理由があるタイプ?」
「第二にファーストコンタクトがあまりによろしくないというのが一つ」
「どうしようもなくない? それ」
「第三に私が貴方のことを何も知らないという事でとりあえず締め括っときますか」
この間、私を席に引き留めるためにお代わりが注がれる度にコーヒーを胃に流し込んで、すぐさまお代わりを要求しているのだから全く馬鹿馬鹿しい。
努力は認めなくもない、なかなか絵になるバカではある。
それでもようやく限界を迎えたのか、ぴたりと動きが止まったのをこれ幸いとレジへと戻ると、友人がすぐさま、「どう、順調?」と尋ねてくるのだから全くやりきれない。
「順調よ順調、バッサリと振ったからこれで全部終わり」
「えー勿体無いよぉ、ちょっと付き合って相性をかじってみるぐらいすれば良いじゃん」
「いーやっ、そういうふうにちょっとでも同情心を見せたらそのうちずるずると引き込まれるって事、私が一番わかってるんだから」
情を捨てられない、今日彼に話したのもそう。
本当なら話す必要もないのに。そうする事でちょっとだけ可能性を持たせる様なことをするのは良くないってことぐらい、ちゃんと分かってる。
それでも向き合わなければいけないと思ったのだ。彼が私に好意を向けているのであれば、それが冗談めかしたものでないのであれば、それ相応の気持ちを向き合わせなければ何となくフェアじゃない様なきがした。
まあ、そういうところも良くないのだろうけれども。
レジにぼんやりと立っていると彼がタプタプになったお腹を押さえながら、返却口にトレーを返しにやってきた。
今まさにバッサリと振られたというのに、彼は何となく道が晴れたという様な明るい表情をしているのが気がかりで、その意味を確認することもできないまま義務的な笑顔を返す。
それに対して何かを宣言する様に、彼は口を開いた。
「俺、まだ諦めてないから」
「今まさに無理な理由を説明したはずだけど」
「でもさファーストコンタクトで失った好感度はいくらでも取り返せるだろうし、最後の理由に関しては俺を知って貰えば良いんだろ?」
おおと後ろで歓声が上がるのが聞こえた、おそらく聞き耳を立てていたのだろう。他人事だと思って楽しむなんて、ほんの少しだけ腹が立つ。
「手紙、書いてくるよ。俺のことを少しでも知ってもらえる様に」
「連絡先と同じ様に読まずに捨てられると思わないんですか?」
「ほら、そういうところ」
ピッと指をさされるけれども、それがどういう意味かわからない。
「読まずに片っ端から捨てるって宣言しないじゃん。だから、ちょっとぐらい可能性あると思ってるんだよなぁ」
「宣言してあげましょうか?」
「聞く前に退散!」
ぴゅーっと店の外へ逃げて行くのを呆れた目で見送る。
きっとまた来るんだろうな、あいつは。
そうして差し出された手紙を、私は捨てることもできずにきっと目を通す様な気がした。
情だ、どこまで行ってもそれが私の弱点なのだ。
「理沙ってさぁ、甘いよねぇ。ドーナツみたいに」
「何上手いこと言った様な顔してんの、私はそんなに甘くないってーの」
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「理沙、いい加減にもう覚悟を決めたら」
バイト終わりのロッカー室、着替えもさておき手紙を鞄に放り込んでいると後ろから声が飛んできた。
相変わらずシフトが被り気味の友人、何の覚悟かはいうまでもない。いい加減どうにかしなきゃいけないということぐらい私にだって分かってるり
「かぐや姫の難題とまでは行かないけど、彼も相応の行動を示したとおもうけど。まさか、ここまでそれに付き合わせて無理って答えないよね。もしくはこれを高校卒業までずっと続けなきゃ見込みがないって切り捨てようとしてる訳じゃないでしょ?」
「分かってるよ、私ももうそろそろ落とし前をつけなきゃいけないってことでしょ」
「分かってるならいい、しらばっくれるなら友達辞めようかと思ってたけれど」
鷹揚に頷く彼女を見ながら、わりかしバツが重いなと思いつつため息をついた。
もうすぐ冬が終わって、春がやってくる。
あの手紙を出すという宣言は言葉だけということはなく、彼はドーナツを買いに来るついでに、私にラブレターを渡すことを繰り返していた。
シフトのたびにというわけではなく、だいたい一週間に一回ぐらいのペースではあるけれど、数えてみれば都合九ヶ月に渡って続いているのだからあまりに根気強い。
いつかは諦めると思ったのに。
そこまでする魅力が私にはない様な気がするけれども、彼から言わせてみればそんなことはないのかもしれない。
手紙の内容は甘ったるいポエムという訳でもなく、何となく自分の趣味を詰め合わせて、こういうのがおすすめですよと促販する様な内容だった。
一番初めの、私はあなたという人間を知らないと言った言葉を補うべく、自分の内面を曝け出すためにそういう手紙の内容になったのだろう。
中身を知りたいといった側の責任もある、故にお勧めされたやつはなるべく試す様にしていた。映画に音楽に漫画に小説、こちらに媚びるでもなく純粋に自分の好きなものを並べてくのは何と無く好感が持てた。
「手紙に書いてある趣味は意外と悪くないんだよねぇ」
「ならいいじゃん、お互いにお似合いってことでしょ?」
「でもさ、私の好きなものを相手が飲み込んでくれるとは限らないでしょ? ちょっとそれは厳しいよと拒絶されることを考えちゃうと怖くない?」
「そんなの当然じゃない、でもそれを擦り合わせてくのが恋愛ってもんなんだから」
流石は恋愛マスターだなぁと適当なセリフを吐けば、馬鹿にしていると思ったのか額をデコピンで弾かれた。本心からの言葉なのに。実際問題、彼女は私より圧倒的に恋愛面で前に進んでいる。
私がそうこう足踏みしているうちに、友人には彼氏ができていた。
まあ、それだけ日数があれば当然のこと。
その事実を踏まえれば、彼をはんば飼い殺しにしてる私がどれだけ酷いことをしてるのかも窺い知れるというもの。
「まあでも、理沙がどうこうしなくても彼氏がいるとは周りには思われてるからね」
「へ、なんで?」
「そりゃ、私がいらぬ蝿を寄せ付けぬ様に噂を垂れ流してるからね」
こいつは何を勝手なことをしてるんだ?
彼女のこめかみを両拳で挟み込み、ぐりぐりと捻ればそうでもしないと彼が可哀想でしょうよーと悲鳴をあげた。
共学ではある。
でも他の誰かを見つける予定もなかったし、そうしてくれたおかげで煩わしいことにならずに済んだのはあるかもしれないけれど。
そうだとしても、私のことをほんの少しは信用してくれればいいのに、態々彼を保留しておいて他に靡くはずもないだろう。
「もう勝手なことはしなくていいから。次来たら遊びの約束を取り付ける、これでいいでしょ」
「理沙もようやくかぁ、どこ行く? 一緒にダブルデートでもしちゃう?」
「そもそもまだデートじゃないっちゅーの、たとえそうだとしても一発目がダブルデートってあまりに尖りすぎでしょ」
なはは、冗談だってと笑い飛ばすのを見ながら、どうしたもんかと考え込んでいた。
何で彼に言えばいいんだろう、仕方ないから一回だけ遊びに付き合ってあげるとでも言えばいいのだろうか?
どこへ行くのだろう、その提案も彼に丸投げしてしまっていいのだろうか?
全くわからないことだらけ、彼氏が今までできたこともないのだから当然ではあるけれど。
でも、きっとあいつは馬鹿みたいに喜ぶんだろうな。
それだけは確実に思えて、そう思うだけで少し頰が緩む様な気がして。
⚫︎
けれども、次の日からバイト先に彼が顔を出すことはなかった。
いくら待てど暮らせど、来ることはなくて。
嫌な予感がした、胸騒ぎがあった。
まさかここまで長らくやってきて何ら前兆も無しに、私に愛想を尽かされたとかそんなことがあるのだろうか?
自惚れている訳ではないけれども、そんなことがない様な気がするけれども、確かめる手段がない。
連絡先は一番初めに捨ててしまったから。
捨てなければよかったのに、そうすればもっとやりようがあったのかもしれないのに。今彼のことを覚えているのは精々フルネームぐらい。
でもそれだけ分かれば聞けばいい。
誰でもいい、彼と同じ高校の制服を聞いた生徒に『国崎 満』のことを知らないか聞けばいい。
何もなければいい。
平穏無事に暮らしているのなら、それでいい。
たとえ、私に対する興味を失っていたとしても。
「あの、同じ高校に通ってる国崎って人知りませんか? 連絡がつかないんですけど」
「……ああ、国崎 満のこと?」
「そうです」
同じ高校の制服。
すっかり着慣れたもう直ぐ二年生に上がるだろう男子生徒に声をかけると一発目で反応があった。
唐突にバイト店員に声をかけられて、当然の様に怪訝な目を向けられたけど仕方がない、もうどうにも手段を選べない位置にいるのだから。
その男子生徒は友人同士で顔を見合わせて、躊躇いがちに口を開いた。
「死んだよ、あいつ 車に轢かれちゃってさ」
「……は」
死んだ、ちゃんと言葉は耳に届いていた。
なのにどうして、言葉の意味をちゃんと飲み込めない。
死んだ、死んでしまった。その言葉がぐるぐると脳を回る。
誰が死んだ? どうして死んだ?
「最近、ここら辺で交通事故があったってニュース見なかった?」
そう聞かれて曖昧に返事をしたところまでは覚えている。
気がつけば私は一人、更衣室でうずくまっていた。
夢だろうか?
さっきまで夢を見ていたのだろうか?
分かってる。
ついさっき聞いた言葉は幻聴ではなく、間違いなく現実だってことぐらい。
どうして死んでしまったのだろう、どういう状況で死んでしまったのだろうか?
きっとニュースを調べれば詳細な情報は直ぐに出てくる様な気がした。スマホを取り出して名前を検索欄に打ち込もうとして、けれどもどうしても手が動かない。
もしかしたらその死の遠因に私が含まれているのかもしれない。
いつもの様にここまでやってくる途中に死んでしまったのならば、それこそくだらないことに付き合わせていた私が全部悪いのではないか?
もっと早く向き合うことを選んでいれば、全部変わっていたのかもしれないのに。
例え死が免れようのない結末だとしても、もっと幸福な過程があったのかもしれない。
半分妄想だ、現実がどうだったのか確認する勇気はやっぱり私にはなくて。
ただ、ゆっくりと時間は進んでいく。
彼は来ない、一生私に会うことはない。
友人はそのことに深入りしようとしなかった。きっと友人は友人で、何があったのかを知っていたのかもしれない。
ドーナツ屋のバイトを辞める。
その決断をするのに対して時間はかからなかった。
喪失と向き合い続けるのは、どうしたって無理だった。
⚫︎
行動には必ず理由がある。
本当の気まぐれの様に思えても、全てに因果は繋がっているのだ。ドミノの様に行動が理由を生んで、理由が行動を呼んで、それが延々と繋がっていって人生が組みたっていく。
その時、私が書店に足を運ぼうと思ったのは何でだったかはわからない。もしかしたら、何となく思考を雑音で覆い隠そうと思っていたのかもしれない、他の物語に没頭すれば何にも考えなくて済む、そういう理由だったのかもしれない。
平積みされた本は、表紙とタイトルぐらいしか判別点がない。知っている作者なんて片手で数えるほど。今はもう居ない彼の忘形見、彼がお勧めしてくれた本の作者だけは今もちゃんと憶えている。
ふと目についたのは、そのうちの一人。
表紙が特徴的なアートデザインであったし、そいつはそもそも売れっ子であったから売り場も他より少しだけ多めに取られていた。
何となく懐かしさが胸を突いて、手慰めにその本を取ろうと手を伸ばして。
それが私と彼のファーストコンタクト。
いくら鈍かろうと流石に運命というものを感じざるを得ない、そんな出会い方。まさしく生き写し、彼が眼鏡をかけていなければ幽霊でも出たんじゃないかとひっくり返っていただろう。
いつもの私なら、きっとスルーしていた。
国崎 満と出会う前の私なら何事もなかったかの様に頭を下げて、その場を後にしていただろう。
でも、そうじゃないのだから仕方がない。既に過程を経てしまった後なのだから、それを何もなかったことにはできなかった。
私からコミュニケーションの軽いジャブを放っていた。
この作者、好きなんですか?
まったく、今振り返っても全くありきたりな台詞。まあでも、宗教勧誘みたいに「運命という言葉を信じてますか?」みたいなことを言ってドン引きされるよりは圧倒的にマシだろうけれども。
流れに流されて、気が付けば連絡先まで交換して。国崎 翔とプロフィールに書かれてるのを見て、ああやっぱりそうなんだと納得した。
そりゃそうだ、他人の空似であそこまで似通うことなんてあり得ないのだから。
そのまま家に帰ってベッドに体を投げ出して、とりあえず買っといた本の表紙をぼんやりと眺めるばかりで何も手が付かなかった。
「何をやってるんだろう、私」
本来なら、こんなことにならなかったはずだ。
彼と出会う前なら素っ気なく分かれて、終わりなのに。
分かってる、どうしてそうしたかぐらい。
一瞬の自問自答。結果は出るのは一瞬だったけれども、その行動の是非に関しては結論がわからないまま。
サイコロを振らないのが許せなかったのだ。私が判断を保留して、誰かが損をする羽目になるのが嫌だった。
でも、それは反省ではあるけれどもフェアじゃない様な気がする。
あいつと彼の行動を分けるのは、あいつに対して泥をかける様な行動ではないか?
それならあいつにも同じ様にするべきだっただろう。
反省、それに行動の一貫性。どうするべきかを悩みに悩んで思考の迷路に迷い込んで。ただ彼本人に理由がないのに可能性を断つのが不誠実、最終的にそんな結論で自分を納得させたのだ。
それは結局、私とあいつの問題でしかないのだから。
何も知らない彼が関与できるものでないというのなら。
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彼と一緒にいるのは楽しかった。
義務的な付き合いではなかったと間違いなく断言できる、心の底からその時間を私は心待ちにしていた。
ちょうどいいぬるま湯の様な時間。
そこから現実の立ち返るたびに思うことがある。
それは、今はもういないあいつとそうなる可能性もあったんじゃないかって。あまりに遅すぎてその機会は永遠に逸してしまったけれども、確かにそうなる未来はなかったか。
答えはわからない。
彼と幸せな時間を過ごせたからこそ、あいつとも同じ様な時間を過ごせたんじゃないかという仮定を夢見ることがある。
それは彼越しにあいつを見ていたという事にはならないだろうか。あいつに優しくできなかったからこそ、彼を代替品として取り扱ってた、そう言われてもおかしくないような気がした。
彼とあいつは違う、そう私に言い聞かせる。
あいつとうまくやれたかどうかなんて実際わからない、あっさり数日で破局して終わりだったかもしれない。
あくまで今向き合ってるのは彼で、あいつじゃない。
この幸せを提供してくれるのはあくまで眼前の人。
冴えない眼鏡をかけてたり、自分を卑下する傾向にあったり、常日頃は後ろ向きな思考なのに、時たまラインを踏み越えられる両極端な奴。
もう少し自分に自信を持てばいいのに。もっと我儘に、自分の思うように振る舞えば、勝手に周りはついていくのに。
それでも精一杯、自分なりに私を楽しませようとする姿が微笑ましくて、私の行いに一喜一憂する姿が愛おしくて、付き合ってあげても良いかなと思えたのだ。
彼には前に進む力がある。
物事をより良い方向に進めようと努力できる、そういう人であるならば、私の隣にいても良いような気がした。
でも、あいつと私の関係に関しては一度も口にすることはできなかった。
きっと、傷つくんだろうなと予想がついたから。
一から十まで説明したのであれば、私があいつとちゃんと向き合おうとしなかったこと、その代償として彼とあっさり連絡先を交換したことぐらい容易に結びつくだろう。
自分から踏み出した一歩が世界を好転させたと思ったのに、それは先人の轍にすぎないと宣告されて喜ぶ奴がどこにいる?
それなら、言わなくて良いと思った。
最初から最後まで隠し通して、何食わぬ顔で一緒にいれば良い、私一人だけが知っている話として封印して、墓まで持っていけば良い。
言いたい気持ちはある、言って全部楽になって仕舞えば良い。
でもその行動は彼を傷つけて、私が楽になろうとしてるだけなのだ。私が本当に許しを乞うべき存在はもういない、それこそ彼をあいつの代わりとして許されたいというだけなのだから。
そうして私は、致命的失敗をした。
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果たして誰が悪いのだろうか。
分かってる、毎日毎日せっせと爆弾を埋め込んでいたのは私だってことぐらい。下手な拍子で爆発すると分かっているのであれば、さっさと自分から言ったほうが被害は少なく抑えられたに決まってる。
でも、ずっとそれから逃げ続けていた。
言い訳を弄して、言わなくて良いと封をして。
縁は切れて、そうしてまた一人。
なのに、気が付けば私はあの書店にいた。
もう一度だけ。
もう一度だけ、彼が私に会うことを願ってくれるであれば、きっとここに来てくれるような気がしたのだ。
運命なんていう言葉、私は使いたくない。
その再会はどう考えても作為的なものなのだから。私が会いたいと願って、彼が会おうとしてくれた。
物語の結末は、ただそれだけのこと。