四番隊舎を飛び出したアヤメは、修行する為に十一番隊舎へと戻ろうとした。誰でもいいから誰か相手になってくれる人を探そうとしていたのだ。
当然だが、強ければ強いほどいい。理想としては隊長である更木剣八だ。最終目標は剣八ではあるが、今の自分は十一番隊の隊員だ。ならば、隊長に修行の手ほどきを受けるのは間違っていないし、今までも何度も修行を受けたことはある。
そしてこれまた当然だが、修行の度に剣八を殺そうとして、その度に四番隊のお世話になっている。それがアヤメのルーティーンの一つだ。何とも嫌なルーティーンである。
だが、そこでアヤメは考えた。修行の度に気絶していては修業時間が少なくなってしまうのではないかと。悔しいが、剣八と自分の間にある実力差は果てしなく大きい事はアヤメも理解している。剣八相手に修行をするなど、まだ25mプールで泳ぎ切るのがやっとの者が、荒れ狂う大海で泳ぎの練習をしようとしているくらいに無謀な事だった。
そこを自覚し、今は自分にあった適切な修行をしなければならない。そう思い至ったアヤメは、まずは自分以外の席官を相手に戦おうと考える。
「あ、更木隊長だ」
そこまで思い至ったアヤメだったが、十一番隊舎に帰る道中に剣八の姿を見つける。そしてその瞬間、先ほどの合理的な考えは霧散し、やっぱり剣八と殺し愛たいという思いに駆られた。
そうして本能のままに剣八に攻撃を仕掛けようとするアヤメだったが、剣八の顔を見た瞬間に思いとどまった。
「……笑ってる」
剣八が、笑っていた。声を上げず、だが嬉しそうに笑っていた。こんな剣八は見たことがない。いや、あった。確かに見たことはあった。もうだいぶ昔、四年くらい前に一度だけ――
「……」
こんなに嬉しそうに笑う剣八を見たことはこれで二回目だ。それほどまで喜びを顕わにする剣八は珍しく、アヤメはふと興味を惹かれた。
――一体、何があんなに嬉しいんだろう?
そう思ったアヤメは、霊圧を限りなく低くして剣八の跡をつけることにした。幸い、剣八は霊圧探知が苦手だ。それに余程楽しみにしている何かがあるのか、アヤメの尾行も気付かれる事はなかった。
これに関しては剣八が霊圧探知を苦手とするだけでなく、アヤメの才能もあっただろう。野生の本能か何かか、そこらの隠密機動よりもよほど優秀な気配の消し方であった。
――どこに行こうとしているのかな。こっちは瀞霊廷の大分外れだけど。
しばらく剣八を尾行していたアヤメは、瀞霊廷でも人気のない場所に行く剣八を訝しむ。こんな場所に剣八が求める何かがあるというのだろうか。
そんなアヤメの疑問をよそに、尾行されているとも知らない剣八は誰もいない場所で地獄蝶を懐から取り出した。
――地獄蝶? 現世に行くの? 隊長格が現世に行くのは基本的にはダメなんじゃ?
地獄蝶とは、
だが、特殊な事情――正式な手続きを取った上での訪問など――を除き隊長格が現世に関わることはない。関わるとしても、隊長格が現世に赴く場合はその霊圧に制限を掛けられる。通常時の1/5になるように掛けられる制限は、剣八と言えど例外ではない。なお、それでも並の隊長をあしらえそうだが。
――でも、あんなに嬉しそうに笑っているってことは戦いでしょ? そんな制限された戦いが愉しいのかな?
アヤメの疑問は正しいだろう。剣八は己の力が制限されたとしても、死闘を味わえるのならそれなりに愉しめるだろう。だが、あくまでそれなりだ。制限された状態での死闘など、裏返せば本気を出せば勝てるということだ。そんな、勝ちが決まった戦いであれほど愉しそうな笑みを浮かべるとは、アヤメには思えなかった。
――ん? あの地獄蝶……色が赤い?
本来地獄蝶は黒い蝶だ。だが、剣八が取り出した地獄蝶は赤かった。光の加減による目の錯覚だと思ったが、アヤメが何度見ても地獄蝶は赤かった。
どうして色が違うのか。そんなアヤメの疑問は、赤い地獄蝶が空間に特殊な穴を生み出したことで一時消えた。
――あ、いけない!
赤い地獄蝶が空けた穴に入り込む剣八を見て、アヤメは焦った。このまま穴が閉じれば剣八を見逃してしまう。そうなったら、剣八の笑みの理由が理解できないままだ。
それは嫌だ。最愛の想い人が、あんなに嬉しそうに笑う理由を知りたい。その思いで、アヤメはどこに繋がっているかもしれない穴へと飛び込んだ。
◆
「……ここって」
アヤメが穴を抜けた先で見た光景は、黒と白のコントラストだった。一面は白い砂と石英で出来たと思われる枯れた木々、そして空一面は真っ黒だ。
生まれて初めて見たその光景は、しかし知識として知っていた。そう――
「
「ああ? アヤメ、お前どうしてここに居やがる?」
自分の後ろから発せられた声に振り返った剣八は、思いもよらぬ存在に疑問の声を上げた。そんな剣八の疑問に答えるように、剣八の後ろ髪からひょっこりと一人の小さな少女が姿を現した。
「アヤメンは大分前から剣ちゃんの後ろをつけていたよ!」
「お前なぁ……気づいていたなら教えろやちる」
「えへへ。剣ちゃんも気付いているものかと」
可愛らしく笑う少女の名は草鹿やちる。剣八が持つ斬魄刀が具象化した姿である。死神の斬魄刀は、浅打と呼ばれる全ての斬魄刀の原型が死神と長い年月を共にし、互いに成長することで持ち主である死神固有の刀へと進化する。
剣八の斬魄刀も例外ではなく、剣八が拾った斬魄刀が剣八の霊圧を受けて変化し、今の斬魄刀となっている。そして、死神の影響を受けた斬魄刀には命と精神が宿る。その精神が具象化した姿が今のやちるだ。
全ての斬魄刀には精神が宿り、死神は己の精神世界で斬魄刀を具象化し、屈服させることで卍解を会得出来るのだが……現実世界まで具象化する斬魄刀はやちるのみだった。例外の中の例外と言えよう。
「やちるちゃんもいるって事は……更木隊長、本気で何と戦う気ですか……?」
やちるが剣八の斬魄刀であることは周知の事実であり、当然アヤメも知っている。そして、剣八がやちると共にあり、戦おうということは……それすなわち、瀞霊廷では禁じられている卍解を使用するつもりだと言うことだ。
更木剣八は強い。強すぎると言っても過言ではない程にだ。その力を全力で揮えば、守るべき筈の瀞霊廷に被害が出てしまう程にだ。故に、有事にあったとしても総隊長の許可が下りない限り、瀞霊廷にて卍解することを禁じられていた。許されているのは無間のみだ。修行の為に無間を利用することを許されている剣八は、度々無間にて卍解の修行をしていたりする。
これを命じたのは更木剣八の強さを恐れる四十六室だが、命令権を持つ京楽は有事なら使っていいよー、と簡単に許可を出していた。まあ、そこで「卍解を使わないと勝てないなら」と付け加える辺り、流石は京楽であった。剣八の思考を理解したその言葉は、剣八に逆に卍解を封じさせた。少なくとも、卍解せずとも勝てる敵を相手に卍解することは確実になくなっただろう。
それはともかく、剣八が瀞霊廷で全力を揮うことを封じられているのは確かだ。それほどまでに強い力を、剣八は虚圏にて揮おうとしている。いったい、何を相手に――
「まさか――」
剣八ほどの強者が全力を出そうとする敵。そしてここは虚圏。つまり相手は――
「まあいいか。来ちまったものは仕方ねぇ。離れて良い子で見てろよアヤメ」
驚愕の事実に気付いてしまったアヤメを気遣うようにそう言い……しかし、気遣いなど欠片もないように全力で霊圧を解放した。
「く、あ――」
剣八が霊圧を全開にした瞬間、アヤメは咄嗟の判断でその場から数十m離れた。あのまま剣八の傍にいたら、その圧力でアヤメは圧し潰れていたかもしれない。そう錯覚するほどの霊圧。いや、霊圧を感じることも出来ない程の差だ。
「これが、更木隊長の、本気……!?」
今までの戦いで、本気を見たことなどない。本気の更木剣八と戦ったなどと、口が裂けても言えない。だが、それでも、ここまでの差があるなんて、アヤメも思っていなかった。
「これが、本気の……」
再び呟かれる独白。あまりの差を感じ取り、打ちひしがれたのだろう。
「すごい。素晴らしい。なんて最高の男! いつか、絶対に、私が!」
訂正。むしろ悦んでいた。護廷十三隊狂人度トップ10――男性死神協会調べ――の座に、たったの二か月で就いたのは伊達ではなかった。
「来たか……クアルソぉぉ!」
「っ!?」
恍惚の表情で剣八を見つめていたアヤメは、剣八の叫びを聞いて正気を取り戻した。そして、数十m離れているが故に気付かなかったが、いつの間にか剣八と向かい合うように一人の男性が佇んでいるのをその目で見た。
「久しぶりだな剣八。四年ぶりか」
その男は、普通だった。白い死覇装、頭部にある小さな、本当に小さな仮面の名残。この二つがなく、ここが現世か瀞霊廷であったならば、アヤメはその男を道中で見ても何も思わず、そのまま通り過ぎただろう。
だが、その男は異常だった。この場に平然と存在している。それだけで異常だった。何故なら――
「あの霊圧の中を、平然と――」
そう、アヤメが思わず離れてしまった高出力の霊圧の中を、その男は平然として立っていたのだ。
「あれが、
最強の
アヤメも霊術院で習ったことがある。死神にとっては屈辱だが、それでもクアルソという存在をこれから護廷十三隊になろうとしている者に教えない訳にもいかない。直近の事件の立役者であったこともあり、隠すのは不可能だ。ならば、脅威として教えるのは霊術院として当然だった。
だが、アヤメとしては話で聞く最強よりも、その身で体感している最強だ。かつては最強だったかもしれないが、大戦から二十年も経っており、今なお強くなり続ける更木剣八ならば、剣八の方が強いとさえ思っていた。
しかも知り合いの死神の話では、確かに強いが変態。話をしている時よく胸を見てくるのよねぇあの変態。私には見向きもしなかったぞあの変態許すまじ。私を口説いたすぐ後に夜一様を口説いたあの変態許すまじ。悪い奴ではないが趣味ではないのぅ、変態じゃし。などと聞く。
アヤメの中ではクアルソ=変態という式が成り立っており、最強という話は一切残っていなかった。だって変態だし。
だが、ここに来て話は変わった。確かに見た目は普通だ。特筆すべき点はない。だが、それが何だと言うのだ。
今の剣八の前に悠然と立っている。それだけで、アヤメにとっては今までの話を帳消しにするほどの加点だ。
「おい剣八。ダメだろあんな小さな子を連れて来ちゃ」
「しょうがねぇだろ。勝手について来たんだ。それに気にすんな。将来有望だからよ、お前も気に入るぜ」
「いやいや、将来有望だからってお前……巻き込まれたら死ぬぞ?」
「大丈夫だろ。そんときゃ、そん時だ!」
剣八の叫びが、勝負の開始となった。
そこから先の戦いを、アヤメは必死になって観た。今までの修行よりも、訓練よりも、死闘よりも、何よりも必死になって観た。これを見逃すなど、考えられなかった。
剣八とクアルソの斬魄刀がぶつかり合う。その瞬間、暴風がアヤメを襲う。その暴風を、全力の霊圧を放ち、この場で最も頑丈そうな岩にしがみつくことで吹き飛ばされるのを防ぐ。
――斬魄刀がぶつかり合っただけで、この衝撃!
信じられない威力のぶつかり合い。それを観て、アヤメは笑みを深める。こんな強者が二人もいるのか、と。
「確かに! 将来有望だなおい!」
「だろう! ははは! それに、今にあいつを気に掛けることなんか出来なくなる! そうだろクアルソ!」
アヤメの笑顔を見たクアルソは、この状況にあって笑えるその資質に驚嘆する。将来は確かに強くなるだろうなと。
そんなクアルソに対し、剣八はアヤメを気に掛ける暇はないとばかりに、苛烈な攻撃を仕掛けた。
刀と刀がぶつかり合う。一瞬の内に、幾合、幾十合、幾百合もだ。
「くおお!」
「あああ!」
気合の声を挙げる両者。互いの切り結びは互角。剣撃の嵐に塗れた周囲には、一瞬の内にクレーターが出来ていた。
だが、これすら様子見。互いの切り札は未だ切られていない。そして、切り札を温存した戦いを、そんな温い死闘を、更木剣八が望むはずもなかった。
「愉しいなぁクアルソ! だが、お愉しみはこれからだよな! やちる!」
「来るか! お前の卍解相手に、今のままじゃあ無理だよな畜生!」
クアルソは全力を出すのをとある理由から渋っている。だが、そんな理由も負ける事に比べれば安い。全力を出さずに負ける事は何よりの恥だ。ならば、一時のデメリット――本人はそう思っているが、周囲はむしろメリットじゃないかなと思っている――を被ることも厭わなかった。
「卍解!」
「目覚めろ!
剣八の姿が、クアルソの姿が、力の解放と共に変わっていく。
剣八は全身の肌が赤黒く染まり、頭部には二本の角が生え、まるで鬼を思わせる姿へと変貌する。
対するクアルソの変化は小さい。死覇装がどこかの武術の武道着を思わせる物へと変化し、仮面の名残が消えたくらいだ。だが、アヤメにはクアルソの変化がその程度だとは思えなかった。
――確実に変わっている! 強くなっている!
あの藍染惣右介ですら、初見では強さの変化を見抜けなかったクアルソの
鬼になった更木剣八と武神となったクアルソ・ソーンブラ。両者の戦いは熾烈さを増していく。
◆
「はぁ、はぁ!」
空前絶後の死闘が始まって五分が経過したか。既にアヤメの魂魄はボロボロだ。両者の戦いを出来る限り見届けたいあまり、自身の限界を超えて両者の近く――と言っても数十mは離れているが――に居たために、二人の霊圧を間近で受けた結果だ。
霊力は尽きかけており、攻撃を受けていないのに魂魄が傷ついていた。それでもなお、アヤメは二人の戦いから目を離さなかった。
「すごい……信じられない……強い……強い……強い……! 強い! クアルソ・ソーンブラ!」
あの更木剣八が、アヤメが最強と信じる更木剣八が、いつか必ずこの手で討とうと定めていた更木剣八が、押されている!
更木剣八も、クアルソ・ソーンブラも、両者共に消耗している。だが、両者の力は拮抗していなかった。徐々に、だが確実にクアルソが剣八を押していた。
もちろんクアルソも余裕があるわけではない。卍解し、その力を解放した剣八は、
剣八は強靭な肉体と膨大な霊圧を持っており、柔な攻撃――柔な攻撃とは言っていない――を食らっても無傷で済む程だ。それだけでなく、多少の傷を負っても問題ない程のタフネスも有している。
だが、クアルソは回道による回復を有している。ゲーム的な説明で言えば、多少の傷ならば少しずつ毎ターン自動回復するのが剣八であり、致命傷以外ならば霊力を消費するが毎ターン完全回復するのがクアルソである。チーターと言われても宜なるかな。
両者のその差は如実に現れた。然しもの剣八も、積み重なるダメージを無には出来ない。その影響は少しずつだが確実に両者の差となり、互角だった戦いは今はクアルソが押す一方となっていた。
――押されている。あの更木剣八が。負けるのか? あの、更木剣八が!?
信じていた最強が、別の最強に敗れようとしている。それを観て、アヤメが感じたものは――
「はぁ、はぁ! 行くぜやちる! 八だ!」
――分かった剣ちゃん! でも、ほんの少ししか持たないよ!
「構わねぇ。どうせこのままじゃ負けるんだ! だったら俺の体が俺の力で壊れる前に、一気にクアルソを叩き斬る!」
「いや敵を前に堂々と戦術語るなよ」
まあそこが剣八らしいかと思いながら、クアルソは限界を超えた力を出そうとしている剣八に攻撃を仕掛ける。いつものクアルソだったら剣八が力を発揮するのを待っていたかもしれないが、今回は事情が別だ。
だが、流石のクアルソも今の剣八を簡単に倒すことは出来なかった。それが出来ていれば五分も戦ってはいない。今のクアルソ相手に五分も持つ相手など、崩玉を御している藍染くらいのものだ。しかも単純な戦闘力だけで見れば今の剣八の方が上だとクアルソは見ていた。
猛攻を仕掛けるクアルソだが、剣八はその攻撃を防いでいた。そして、クアルソの猛攻が卍解の更なる解放を止める事にはならない。
卍解の制御は斬魄刀であるやちるに任せている為、剣八がそちらに意識を割く必要はない。死神と斬魄刀。両者が共に力を合わせて戦うのは至極当然のことであり、当然の結果でもあった。
「うおおおおおおっ!」
剣八の霊圧が高まっていく。剣八の卍解は、そのあまりの強さに剣八本人も完全には制御出来ていない。卍解を覚えたばかりの頃は、理性すら保てず戦うだけのバーサーカーとなっていた。今もそうだと思う者もいるかもしれないが、今は一応理性を保てているのである。一応。
だが、理性は保てるようにはなったが、卍解の全力を揮うことは未だに出来ていない。卍解が強すぎるため、剣八の強靭な肉体ですら持たないのだ。
剣八が言った八とは、現在の剣八が耐えうる卍解の七割を超えた、八割の出力を引き出すという意味だ。卍解の強さを制御しているやちるは、剣八の指示に応えて八割の力を解放する。なお、全力は未だに解放できない。解放した瞬間に、剣八の肉体が弾けるからだ。それで一度死に掛けた剣八は、流石に戦いの最中に卍解の全力解放を試みようとは思わなかった。修行中は時々解放しているが。なおその度に卯ノ花の世話になっていたりする。
剣八の肉体が崩壊するまでに多少の時間があり、クアルソを倒せる可能性のある力。それが八割の解放だ。全力は先の通り解放した瞬間に死が決定し、九割では倒す前に先に剣八の肉体が壊れるだろう。ギリギリの調整。それが八割という数字であった。
「行くぜクアルソ!」
「時間がない。決着をつけるぞ剣八!」
魂魄が消耗しているアヤメを見て、クアルソは決着を急いだ。剣八からは気にするなと言われたが、流石にこれほど小さな女の子が居て気にならない訳がない。
アヤメの魂魄が限界を迎える前に、剣八を倒し切る。その猶予は最早一分もないだろう。
それは剣八も理解している。普段のクアルソならばもっとゆっくりと戦っているだろう。四年前に戦った時は、敗北はしたがそれでも三十分以上は戦っていた。
だが、今回は五分で追い詰められている。以前よりも強くなったというのにだ。当然クアルソも強くなっているが、その差は縮まっているのにも関わらず、戦闘時間はここまで短くなっている。ならば、この結果はクアルソが決着を急いでいる為であり、そして剣八もまた決着を急いでいる為でもあった。
流石の剣八も、自分の部下が死ぬのを放置するほど冷酷ではない。むしろ剣八は部下に対して情が深い方だ。普段の態度からは理解されにくいが。今回のアヤメの見学も、成り行きではあったがアヤメの成長に繋がると思ってのことだ。だが、死ぬことを許容するつもりは毛頭なかった。
故に、剣八としても決着を急ぐ事に否はなく、この一撃に全てを籠めるつもりだ。
「おおっ!」
短く、だが力強い裂帛の気合と共に、両の手で握りしめた斬魄刀を上段から振り下ろす剣八。
単純にして明快な唐竹割りは、隊長格の死神ですら目で追えない程の速度で振り下ろされた。この一撃を見抜ける者が、この世界にどれほどいるか。クアルソの知る中ではクアルソを除いて三人が良いところだろう。
「はっ!」
触れた物全てを斬り裂くその一撃に対し、クアルソは神技を以て返した。
「真剣……白刃取り……」
遠くから観戦していたアヤメの呟きが、不思議と辺り一帯の空間に響いた。
そう、クアルソは剣八が放った神速の唐竹割りに対し、真剣白刃取りという冗談の様な技で防御したのだ。そしてその結果、剣八の刃はクアルソの両手に阻まれて宙にて止まり、剣八の肉体は大地に倒れ伏した。
「ふぅ……」
「げふっ!」
血反吐を吐いて倒れる剣八。斬魄刀を止められただけの剣八が、何故地面に倒れているのか。その理由は、クアルソが真剣白刃取りにて攻撃を防いだ瞬間に、剣八の腹部に蹴りを放っていたからだ。
ただの蹴りならば、ダメージを負ったとしても剣八は反撃を試みただろう。だが、クアルソが放った蹴りはただの蹴りではなかった。
クアルソの持つ奥義の一つ、浸透掌。それは、掌底を敵に放ち、その衝撃を敵の内部に浸透させるという内部破壊の奥義だ。衝撃と同時に霊力を浸透させることで衝撃を増加させる為、その霊力を打ち消さない限り、腹部に喰らえば内臓が、四肢に喰らえば骨が、頭部に喰らえば脳が破壊されるという恐るべき奥義である。クアルソも並大抵の敵相手には使わない禁じ手の一つだ。それをクアルソは蹴りで放ったのだ。本来は掌底から放たれる奥義だが、クアルソの技量ならば足だろうが肘だろうが、頭突きだろうが浸透掌を放つことが可能だった。
「ぜぇ、ぜぇ……あれを、そんな風に止めるかよ……ちっ、また、負けちまったか……!」
剣八は全身から血を流しつつ、敗北を認める。これらの傷の幾つかはクアルソの攻撃によるものではなく、限界を超えた卍解解放によるものも含まれていた。
「流石にひやりとしたぞ。今のオレの
そう言うクアルソの額から、確かな出血が見られた。剣八の最後の攻撃は確かにクアルソに命中していない。だが、白刃取りで防いだ余波がクアルソの霊圧と
それを余波のみで斬り裂いたのだ。恐るべきは更木剣八か。
――白刃取りに失敗してたら危なかったかもな。
クアルソは内心で独白しながら肝を冷やす。同時にここまで強くなった剣八に興奮してもいた。こいつも大概戦闘狂である。
「今回もオレの勝ちだな」
既にクアルソは
剣八もまた元の姿に戻っていた。最後の一撃も防がれ、致命となる一撃を受けた今、体に負担が掛かる卍解を維持出来る筈もなかった。
現状を見定めた剣八は、クアルソの言葉を認めるしかなかった。クアルソが大地を見下ろし、自分は天を見上げる。正しく勝者と敗者が見る光景だ。
「ちっ……今回は勝てると思ったのによ。だが覚えていろ。次は俺が勝つ」
「前回も聞いたぞその言葉。楽しみに待っているぞ剣八」
四年前よりも確実に強くなっている剣八に、クアルソも期待を高める。今は自分が強い。まだ切り札も残している。暫く、いや、いつになっても負けるつもりはない。
だが、それでも期待せずにはいられない。今のクアルソを相手にここまで戦える者など、剣八を含めて四人だけだ。その四人相手ならば、いずれ全力の死闘を楽しめるのではないかと、期待せずにはいられなかった。
戦う相手のいない最強など虚しい限りだ。だが、期待出来る者はこうして確実に居る。ならば、ゆっくりと待つだけだとクアルソは思った。
そんな風に、戦闘後の余韻を味わっているクアルソに対し、新たな敵が現れた。クアルソも予期していなかった、敵が。
「クアルソ・ソーンブラ!」
「ん?」
上段から振るわれたその一撃を、クアルソは容易く指一本で止める。剣八は地面に倒れたままだ。そしてここは
「敵討ちのつもりか?」
そう、剣八が連れていた少女、アヤメであった。
敵討ち。クアルソはそう思った。剣八の関係者であり、明らかに死神の少女だ。クアルソがそう思うのも仕方ないだろう。
そう思ったクアルソは、アヤメに対して優しく語りかけた。
「その体でよくもそこまで。大したものだ。だが安心しろ。剣八を殺すつもりはない。お前も傷ついているだろう。癒してやるから剣八を連れて――」
剣八を連れて
「敵討ち? 確かに更木隊長が負けたことは悔しい。だがそんなことよりも、貴方という最強を超えた最強が目の前にいることの方が大事です! さあ、私と殺し愛ましょう! クアルソ・ソーンブラ!」
「ええぇ……?」
クアルソも思わずドン引いた。そしてそのまま視線を剣八へと向けた。
「くくく。俺にもそいつを止めるのは無理だぜクアルソ。そいつは一度執着したら絶対に諦めねぇ。止めるには、殺すしかねぇな」
「ええぇ……何なのお前んとこ? 死神の方が
あまりの発言に、武神モードも早めに切れてしまったクアルソである。これには
「さあ、私と殺し愛を! 貴方の全てを私が受け止めます! だから、私の全てを受け止めてください!」
「重いよ。やだよそんな愛。普通の愛でいいのよ普通の愛で。君も惣子も重いのよ」
そんなことを宣うクアルソだが、普通の愛を受けたら受けたで戸惑ってしまい、上手く事が運べなくなるという悲しい習性を持っている。所詮は童貞拗らせて数千年の童帝。まともな恋愛などゲーム以外では出来る筈もないのであった。
「問答無用!」
「ていっ」
「はうっ!?」
愛情深く殺しに来たアヤメを、クアルソは優しく無力化する。喉元に指を突き入れて気絶させるという優しさだが。傷は付けてないのでクアルソからしたら優しさである。
「ほら剣八。もう動けるだろ。早くこの子が目覚める前に連れて帰ってくれ……このままだと
そうなったらどうなるか。クアルソを狙う三人の女性との殺し合い――殺し愛にあらず――になること請け合いである。そんな未来を予想して、クアルソは恐怖で震えた。
「情けねぇな。俺を倒す程の男なんだ。姦しい女数人くらい受け止めてみせろよ」
「お前あの三人の視線を味わったことないからそんなこと言えるのよ? 三人が牽制し合う現場はもうコキュートスよ?」
現世の叙事詩である神曲において、地獄の最下層と呼ばれるコキュートスを引き合いに出して怯えるクアルソに、剣八も呆れ果てた。
――これに負けるんだから、強さってのは分からねぇな。
そう思いながらも、剣八は傷ついた肉体に構わず立ち上がり、クアルソに抱きかかえられて気絶しているアヤメを持ち上げる。
「じゃあなクアルソ。愉しかったぜ。次に来る時はもっと愉しませてやる」
「楽しかったよ剣八。次はもっと期待している。その子にもよろしく……いや、よろしく言わないでおいて。こっちには来ないように注意しておいてね」
「まあ安心しろ。俺以外の死神が
「まああの二人も時々来るな。主に戦っているけど、たまにお茶とか飲むぞ。お前もたまには戦い以外で来てもいいんだぞ?」
「冗談はよせよ。お前を前にして、戦い以外が出来ると思っているのか?」
自制出来る剣八は果たして剣八と言えるのだろうか。いや、剣八と言えども普段は多少の自制くらいしているのだが……クアルソを前にするとそれも難しいようだ。
「まあいいや。それじゃあな剣八」
「ああ。またなクアルソ」
そう言って、剣八は赤い地獄蝶の力で
それを見届けたクアルソは、思わず溜め息を吐いてゆっくりと大地に座り込んだ。
「ふぅ……あいつ凄いな。次は合気の神髄まで使わないといけなくなるかもしれないぞ……。その次は下手したら
今はまだクアルソが強い。ただの
だが、次はどうだろうか。
「剣八といい惣子といい重國といい一護といい、面白い奴が多い世界だよここは」
クアルソが挙げた四人は、クアルソが認める自身を除く世界最強格の四人だ。この中の誰であっても、クアルソを本気にさせる可能性を秘めているだろう。
そう思うとクアルソは先が非常に楽しみになる。まだまだ自分も強くなる。強くなっている。だが、それでもこの四人ならば、いずれ自分に届いてくれるのではと期待する。
なお、勝手な期待をされた四人の中にあって、一人だけ嫌な悪寒が走った者がいる。特に戦うこと自体には興味がない黒崎一護である。
だが残念。かつて、ネリエルの願いを叶えた結果として
楽しみな将来を思いつつ、クアルソは己の家であり、
◆
「……知ってる天井だ」
「その台詞、気に入っているのですかアヤメ?」
アヤメが気絶から目を覚ますと、良く知る天井がその目に映った。そう、アヤメの実家である。
「あ、卯ノ花隊長だ」
「全く貴女と来たら……勝手に
そう、アヤメの実家。そして実家にいる卯ノ花烈はつまり――
「そうだった。おはよう母さん」
「ええ。お早うございますアヤメ。と言いたいところですが、もう昼を過ぎていますよ」
――アヤメの母親であった。
両者共に呼び方が違うのは、ここが実家だからだ。護廷十三隊としての立場は親と子ではなく上司と部下。ならば、それに則って言動も留意すべしと互いに態度を立場によって変えていたためである。
だがここは実家。故に立場はただの親子。そこに遠慮など入れる必要はなかった。
「おう、起きたかアヤメ」
「あ、更木隊長……じゃなかった父さん」
卯ノ花がアヤメの母親ということは、父親は当然一人しかいない。二十年前の戦争後、紆余曲折あって卯ノ花烈と結ばれた男。更木剣八である。
初代と最新の剣八同士の結婚は、瀞霊廷を大きく揺るがした事件であった。そんな二人の間に生まれた一人娘である更木アヤメは、二人が殺し愛の果てに興奮して致したという、とんでもない経緯で出来た娘であった。
その為か、二人の遺伝子を色濃く受け継いだアヤメは、強い男にしか興奮出来ない性質を持っていた。故に懸想した相手はアヤメにとって最強の男である父親であり、最大のライバルは母親だったのである。だが、それはもはや過去形となっていた。
「父さん! クアルソ・ソーンブラについて教えてよ! ああいや、やっぱり教えて貰わなくていいや! 自分で知るから! だからもっと修行つけてよ! 私がクアルソを殺せるくらいに!!」
やっぱりこうなったか。娘の性格を良く知っているダブル剣八は、アヤメが目覚めたらこうなるだろうと完全に予知出来ていた。ユーハバッハが
「おや、いいのですかアヤメ? あんなに剣八に固執していたのに」
「だってやっぱり父さんは父さんじゃん! 強いから好きだし、殺し愛たいけど、やっぱり本気で殺し愛うなら実の父より赤の他人でしょ!」
こいつは今までの言動を忘れているのかと、この場に一角がいたら突っ込んでいただろう。
「くくく。俺にも勝てないお前がクアルソを相手にどうこう出来る訳がねぇだろ」
「だから強くなりたいの! ねえお願い父さん! あんな戦い見てもうジッとしているなんて出来ないよ! 母さんも一緒に戦おう!」
「仕方ない娘ですね。まあ、私も話を聞いただけで疼いていたところです。ヤりましょうか剣八」
「はっ、上等だ。掛かってこいてめぇら!」
剣八の発言の一分後、瀞霊廷内で剣八警報の音が鳴り響いた。更木邸周囲10㎞圏内にいた住民――更木邸に最も近い家は10㎞ほど離れている――は、手慣れた様子で家から飛び出て遠ざかっていった。
今や瀞霊廷名物と化した更木一家の殺し愛は、今日は一段と長く続いたという。
◆
※人物紹介
更木アヤメ
更木剣八と卯ノ花烈――初代剣八卯ノ花八千流――との間に出来た女の子。両者の血を色濃く継いでおり、死闘が果てしなく大好き。才能も両者からしっかりと引き継いでおり、その成長速度は類を見ないほど。強い男が大好き。なので父親である剣八が一番好きであり、母親も大好きだけど父を独り占め出来てずるいと思っている。
今回の一件で父親よりも強い存在を明確に知ったため、クアルソに興味津々。いつか絶対にクアルソに自分の全てを受け止めてもらい、クアルソの全てを受け止めてクアルソを殺したいと思っている。その果てに自分が負けて死んだとしても、負けたことは悔しいが納得できちゃう子。
この一件から更に強くなる速度が上がった。なお、クアルソと(殺し)愛し合おうとすると、とある三人の女性が立ちはだかるのだが、どうなるのかはまだ誰も解らない。クアルソの胃は死ぬ。
更木剣八
二十年間修業を積み、強くなった実感を得る度にクアルソにリベンジを挑むが、未だに勝利は得られない。クアルソは回復して、自分は回復出来ないのが敗北の一番の理由だと考えることはなく、回復なんか必要ないくらい強くなればいいと考えるキングオブ脳筋。そもそも公式にて鬼道の評価100点中0点を得た男だ。回道なんか使える訳もなかった。
だが、剣ちゃんを勝たせてあげたいなぁ、と考える最高の相棒・草鹿やちるにより、戦闘中の回復手段を得ることに成功する。その方法とは、剣ちゃんが回道を覚えられないなら、私が覚えればいいじゃない、というものだった。卍解にて剣八と一心同体となったやちるが、剣八の内面世界で剣八の霊力を消費し、回道にて剣八を回復するのである。これには本作チーター代表クアルソもびっくり。なにせクアルソは自分の意志で能動的に回道にて回復しているというのに、剣八はやちるによって自動回復しているからである。
この結果、流石のクアルソも
クアルソ・ソーンブラ
主人公。20年間、自分に好意を向けてくれるという貴重な美女美少女達と同じ屋根の下(ただしちょっとした都市程の大きさ)で住んでいるというのに、未だに童貞を貫いているという童貞の鑑にして童貞の味方。こいつだけは世の童貞を裏切らないかもしれない。今回、新たに自分を(殺し)愛してくれる女性(未成年)が出来た。やったねクアルソ!
今回の戦闘は久しぶりの小説だし、短めで切り上げました。
赤い地獄蝶は本作オリジナル。虚圏に行く手法を確立した涅マユリによって作り出されたもの。主な使用者は更木剣八、山本元柳斎重國、雀部長次郎の三名。なお山本と雀部はかつての伝手で赤い地獄蝶を入手している。剣八はその都度手続きをして借りている。これには剣ちゃんもにっこり(殺意)。
アヤメは今後更に強くなり、意中の人であるクアルソと殺し愛をしに虚圏へ直々行きます。行き方は至って簡単。嬉しそうに笑う剣八の跡をつけるだけです。ね、簡単でしょ?
アヤメの最終系は進化版卯ノ花さんというか、剣ちゃんと卯ノ花さんのハイブリットというか。クアルソと剣八の戦いを観て、クアルソに勝つには単純な強さだけでなく回道による回復も必須と感じ取り、卯ノ花さんにお願いして回道も習得しました。これで攻撃されてもされてもひたすら攻撃してくるジェノサイドマシーンの完成です。やったね次代の剣八がちゃんと育っているよ! なお現剣八がまだまだ強くて世代交代の必要はないもよう。
クアルソを狙う3人娘は、20年間アピールしても逃げ惑う童貞チキンに業を煮やし、3人で対立するのではなく、協力して一緒に襲おうかと計画を立てていたりする。千年童貞が失われる日も近いかもしれない。
これにて外伝は終了です。気が乗ったらまた何か書くかもしれませんが、あまり期待はしないでください。新作の方は特に。幾つかの原作を元にした話は妄想出来ても、核となるネタが少なくて……。ただのオレツエ―が書けない体になっちまったんだ……。
というわけで、再び投稿する日を気長に待ってください。それでは、見ていただきありがとうございました!