前回はとてもたくさん(100件近く!?)の感想を戴けてとても嬉しいです。ただ、流石に全てに返信するのは難しいのでそこだけはご容赦ください。
尚、今回は短めです。
現職総理大臣であり、同時に暁学園の学園長でもある月影獏牙には一つの悩みがあった。
彼の計画は現在のところ、予想外の展開を迎えつつも概ね順調に進んでいる。
予想外というのは他でもない、六人の生徒の内の三人が既に七星剣舞祭から退場してしまったことであるが、そちらはまだ良いとしよう。
逆に言えばまだ半分も生徒が残っているのだ。その中の一人でも《七星剣王》の座を手にすれば、それで月影の此度の計画は成就される。
特にその中でも王馬という切り札が彼の手中にはまだ残っているのだ。慌てるにはまだ早い。
では、そんな月影が何を悩む必要があるのか。
それは残った生徒の内の一人、《
月影は天音の過去を知っている。
天音は決して誰にも自身の過去を漏らすことはないだろうが、彼の伐刀者としての能力《過去視》によって天音の秘めたる過去は全て暴かれていた。
悲惨な過去だ。哀れにも思う。
しかしそんな彼だからこそ、同時にこの大会に何の目的で参加し、どのような手段を取るのかも予想することができた。
「彼の目的は《
月影も海千山千の政治の世界を渡り歩き、さらに過去には破軍学園の学園長として十人十色の生徒たちを見守ってきた、謂わば人物鑑定のスペシャリストだ。
そんな彼からすれば、天音がどのような思惑を持っているのかを想像するに容易い。
恐らく天音は公衆の面前でこう宣言するだろう。
――自分は黒鉄一輝が優勝することを願っている、と。
その上で彼は棄権し、一輝の手の届かない領域から彼の虚しい勝利を眺め愉悦に浸るのだ。
天音の能力の万能性は既に観客たちや選手たちにも知れ渡っている頃だろう。そんな彼が一輝の優勝を願ったとするのならば、果たして人々は一輝の優勝を心から祝福できるだろうか。
不可能だ。
絶対に「天音の《
そうすることで天音は、一輝の栄光ある優勝杯を汚そうと目論んでいるのだ。
だが、それで困るのは月影である。
彼の目標は“七星剣舞祭の優勝”だ。それを子供の幼稚な癇癪で邪魔されるのは困る。
そしてさらに言わせてもらうのならば――それでは誰も救われない。
天音も、一輝も、この大会に参加するすべての選手も、誰も救われることもなくこの大会は終わってしまう。
政治家であると同時に、月影は一人の教育者だ。暁“学園”の長だ。
たとえそれが自身の遠大な計画のために設立された仮初の学び舎だとしても、月影が国の行く末を憂い、同時に未来ある若者のためにこのような計画を立案したという事実は変わらない。
よって月影にとって、天音の願望の成就は意地でも避けなければならない事態であった。
「さて、どうしたものか……」
一番の理想は、この大会に天音が本気で取り組んでくれるようになることだ。
彼の意識が都合良く変わり、この大会の優勝を望むようになってくれるのが一番良い。
しかしそれはどう考えても不可能だろう。
仮に月影が天音を説得するにしても、その材料がない。
現状、月影が天音の過去を知っているのは、能力によって彼の過去を覗き見したが故だ。その事実を天音が知ったが最後、彼は怒り狂い、話をする間もなく月影を殺すだろう。
ならば現在日本にいる《比翼》のエーデルワイスに説得を依頼するのはどうか。
彼女と天音が知古の仲であることは月影も知っている。
しかしこれも無理だろう。
《過去視》によれば、能力の暴走状態にあった天音を保護し《
彼女が天音の面倒を見なかったのは、何も彼女が天音を無責任に放り出したためではない。
天音の神懸りな能力は彼女を以ってしても手に余ると判断され、それ故に仕方なく《解放軍》という社会の暗部へと預けざるを得なかったのだ。
エーデルワイスの手によって天音の精神が安定するのならば、彼女がとっくにそうしているだろう。
「……となると、やはり“彼”に頼むしかないか」
彼――即ち黒鉄一輝に。
一輝に天音の過去を暴露し、その上で挑発してもらい、試合に引き摺り出してもらうのだ。
一輝としても不本意な優勝を飾ることを避けられ、加えて棄権によって天音が一輝の手の届かない場所へと逃げ去る事態を回避できる妙手となるはずだ。
その結果がどうなるのかは月影にも予想しかねるが――しかし“彼”ならば天音に何らかの影響を及ぼしてくれるのではないかという期待もある。あの不屈の精神を懐き、研鑽の末に行き着いた強さを持つ黒鉄一輝という少年ならば。
「まぁ、何にしても話は二人が対戦する三回戦が決定してからか。それまでは取らぬ狸の皮算用になりかねん」
そこまで考え月影が顔を上げると、眼前には七星剣舞祭の舞台である湾岸ドームのリングが一望された。
時刻は既に夕方で、先程本日の全試合が終了したところだ。
観客たちは興奮も冷めやらぬ様子で各々帰り支度を終えており、席も四分の三以上が既に空席となっている。
月影は終了時のラッシュを嫌って人が疎らになるのを待っていたのだが、そろそろ頃合いだろうと腰を上げる。
そしてゆったりとホテルに戻ろうと歩を進めていた彼は、他の観客たちの中に見慣れた姿を見かけて思わず声をかけた。
「おや? 天音くんではないか」
「……?」
ドームの出口近くをフラフラと歩いていたのは、先程から月影の頭を悩ませている少年こと天音だった。
彼の方も月影に気が付き、ニヘラと笑いながら歩み寄ってくる。
「ああ、月影先生。何だか久しぶりですね。先生はあんまり暁学園生の前に姿を現さないから。……といっても、僕も土日以外は普段はずっと巨門にいますけど」
「ははっ、それはすまないね。学園の方はヴァレンシュタイン卿にほぼ任せきりとなってしまっていて」
表面上はにこやかに。
月影は天音に自身の胸の内で、謂わば彼を陥れるような計画を立てていることなど露程も匂わせずに相対する。
あくまで自然に、学校の教師と生徒が偶然にも出会っただけというような体で。
「天音くんはこれから帰りかね? 君さえ良ければホテルまで送っていくが? といっても、私は送迎される身なので私自身が運転するわけではないが」
「……あ~。気持ちはありがたいですけど、今日は歩いて帰ります。色々と考えたいこともあるので」
「考えたいこと? 悩みがあるならば相談してくれても良いのだよ? 名前ばかりとはいえ私も教師だ。生徒の話を聞くくらいはできるさ」
「う~ん、そうですねぇ……」
僅かに悩むような素振りを見せた天音。
しかしそれも短い間のことで、やがて「そうですね」と顔を上げると笑顔を月影に向けた。
――普段の彼からは考えられないような、純真無垢で邪気の全く感じられない笑顔を。
「えっとですね、先生……どうしたら僕は人から認められる存在になれるかなぁって」
「…………ほう?」
天音のその言葉に月影は思わず息を呑みかけた。
彼の過去を知る月影からすれば、それが天音の口から出てきた言葉だとは到底思えなかった。
なぜなら彼は、『人から認められる』という夢をとうに諦めてしまっていると月影は思っていたから。たとえ胸の奥に消えかけの火が残っていたとしても、彼自身がそれに気が付くことはないだろうと月影は思っていた。
そんな彼の口から『認められたい』という言葉が出た。
これは一体どのような心境の変化なのか。
「詳しく聞かせてもらっても?」
「えへへ、実はですね。僕ってこんな能力でしょう? だから今まで誰からも能力というフィルターを通してしか僕という存在を見られたことがなかったんです。だからずっと、ずぅっと僕は能力を抜きに“僕という存在”を他人から見てもらえることなんてないんだって諦めてきたんです。
――でもそれは違った。僕は諦めてなんかいなかった!
それを“ある人”に教えてもらったんですっ! 僕はまだ心の底ではその夢を全然諦めていなくて、諦めたふりをして足踏みしていただけなんだって!」
「……なるほど」
正直、意外だった。
天音の心中を月影は察していたが、彼にそれを指摘できる人間が存在するとは思わなかった。
同時に天音が自身の過去を断片的にとはいえ自分という他人に明かしたことも。
「そして“あの人”は言ったんです! 必要なのは“覚悟”なんだって! 夢や目標のためならば
「……うん?」
「思わず目が醒めるような思いでした。僕には覚悟がなかったから前に進めなかったんです。善悪や苦楽に関わらず何でもやるっていう確固たる意思さえ在れば“あの人”みたいになれる。その結果として何が起ころうと、それを成したのは僕自身なんだって認めてもらえる! 最初はきっと色々なことに戸惑うだろうし傷つくだろうけど、でも夢のためならばそれも当然の代償なんだって“彼女”は教えてくれたんです!」
「……天音くん?」
「僕、もう迷いません! 必要だと思うことは
「天音くん、何を……」
「あははっ! 月影先生、覚悟って凄いですね! 今の僕には、さっきまでの僕には見えなかったものが見える。わからなかったことがわかる。何でもやってやるって思うだけでこんなにも世界が変わるなんて、僕知りませんでした! 今ならわかる。今なら僕は自分を信じられる。
――きっと僕なら、この忌まわしい女神だって屈服させられる!
“
天音が発する違和感に、俄に月影の背筋が粟立つ。
彼の様子を表すというのならば……そう、吹っ切れたというよりも
天音の人生はこれまで明らかに停滞していた。
惰性で生を享受し、やがて来るであろう死をただ待つだけの生きた屍。
そんな彼がここに来て息を吹き返した。それ自体はとても喜ばしいことだろう。
だが、それにしても天音の様子は明らかに可笑しい。
まるで何者かに洗脳でも受けたかのように思考回路が切り替わっている。一体彼に何が起こってしまったというのだろうか。
「……天音くん、一つ良いだろうか」
「――ああ、はい。あっ……すみません、僕ばっかり喋っちゃって」
「いいや、構わないよ。ただ、気になってね。君がそこまで活き活きと未来を語れるようになった理由というものが。君が先程から語る“彼女”とやらに関係があるのかな?」
「……えへへっ、わかりますか?」
そう言う天音の表情は先程までの無邪気な笑顔から、まるで神々しいものを思い出すかのような別種の笑顔へと変わっていた。
「そうなんです。僕、今日出会ってしまったんですよ。僕が目指すべき“象徴”――こう在りたいっていう目標にするべき人間に」
「ほう? それは誰かな? 私も知っている人物かね?」
「はいっ! というか日本中の人が知っているんじゃないかなぁ。――だって彼女は日本で一番有名な学生騎士なんですから」
「――――ッ」
天音の一言で月影は理解させられた。
この場において『日本で最も有名な学生騎士』で、加えて女性ともなればそれは一人しかいない。
(まさか、彼女が……!?)
予想だにしない人物に、月影は思わず驚愕の表情を隠せない。
月影にとって“彼女”――疼木祝という少女は特別注目するほどの選手ではなかった。
いや、注目するほどではないという言葉には語弊がある。
当然ながら月影の目標を阻害する“戦力”としての彼女は大いに注視していた。幼少期から国内外を練り歩き、道場破りやストリートファイトに明け暮れていたという過去は驚愕に値する。
加えて先日の《前夜祭》において王馬と引き分けたという点からも、彼女のことは特に注目せざるを得ない選手であるということは月影も認識している。
だが、それだけだ。
彼女に注目すべきはその戦闘能力のみであると月影は認識し、数値と経歴を調査しただけでそれ以上の深入りはしてこなかったのだ。
しかしここに来て月影は即座に認識を改めた。
天音の拗れた過去と精神を停滞から救い出した――否、さらに捻じ曲げあらぬ方向へと矯正した少女。
それだけで月影にとってはこれまでの“ただ強いだけの少女”という認識を改めるには充分すぎる。
彼女は天音に何を語り、何を施したのか。
彼の教育者として、月影にはそれを知らなければならない義務があった。
「……疼木祝くん、か」
その後、天音と別れた月影は一人その名を呟いた。
日本に名立たる大鎌使いの少女。
大鎌という到底戦闘向きではない武装のハンデを覆し、その圧倒的な白兵術と魔力制御によって日本の学生騎士の頂点に立った女傑。
その他に月影が知っているのは、彼女の簡単なプロフィールくらいだ。
「改めて彼女の調査資料を読み込む……だけでは足りないな。彼女の足取りや思想、趣味嗜好まで改めて調べる必要がある。――必要とあれば私の能力を使ってでも……」
月影は脳裏でスケジュールを組みながら、祝の調査をするための人員を整理する。
しかし祝へと意識を割きながらも、月影は先程の天音の言動に大きすぎる不安を懐いていた。
「天音くん、君は『認められるためならば何でもする』と言ったね。しかしわかっているのかい? 善を為した末に存在が認められたのならば、人々の善意と感謝による形で以って君の存在は認められるだろう。――だが手段を選ばず悪を為した末に君に残るのは、四面楚歌の地獄だけだ」
それとも、そうまでしてでも君は他者から存在を認められたいのかね?
その言葉が、大阪の町並みの喧騒に紛れて消えた。