犯罪者になったらコナンに遭遇してしまったのだが   作:だら子

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其の十六: 「幻想は現実のものとなる」

一連の『首』に関する事件の真犯人。

全ての黒幕が――――判明した。

 

影の首謀者は有栖川。

又の名を『森谷帝二』。

 

俺、江戸川コナンは『もりやていじ』という記号を噛みしめるように小さく口にした。ドクドクと心臓が強く波打ち、微かに手が震える。武者震い、というやつなのだろう。己の感情を抑えるために胸のシャツを握り、息を吐き出す。チラリと横に視線を動かすと有栖川こと森谷帝二が常人ぶった表情でそこにいた。奴を見た瞬間、俺は眉をひそめる。

 

(今すぐにでもこの場で森谷帝二を取っ捕まえてえ)

 

しかし、残念ながら『今』は出来なかった。何故ならば現在、俺は、いや、俺達は燃え盛る船の中を走っているからだ。共に出口に向かって足を動かしているのは森谷帝二、幾世さん、幾世さんの部下の定仙さん、計3名だ。幾世さんは怪我により定仙さんに背負われているので実際に走ってはいないが、逃亡メンバーの一人である。

 

このような最悪な状況に陥っている理由はただ一つ。今回、豪華客船で起こった殺人事件の犯人が船を爆破したからだ。しかも、その犯人がこの船の船長だというのだから笑えない。的確に、迅速に、寸分の狂いなく、犯人は豪華客船を爆破したのである。俺はただこの船へ宝石を盗みに入るキッドを捕まえるため、蘭達と共に豪華客船へ来ただけだというのに、何故こうなってしまうのか。いや、それは一先ず置いておこう。考えるのは有栖川こと森谷帝二のことだ。

 

(ここで森谷帝二に真実を突きつける、か? いや、それをすれば奴が何をするか分からねぇ…。下手をすれば幾世さんと、彼女の部下の定仙さんに危害が及ぶ。それどころか俺が死ぬかもしれない)

 

周りでは凡ゆる物が燃え、金属が軋む音がする――危険極まりない状態である。いつ何処かが崩れ落ちたり、海水が入ってきたりしてもおかしくないのが現状だ。現に、鉄筋の落下により先程まで一緒に逃げていた蘭、灰原、佐藤刑事達と分断されてしまっている。こんな場所で森谷帝二の本性を露わにすれば奴が何をしでかすのか分かったものではない。無関係の幾世さんや定仙さんを巻き込んでしまう可能性がある。

 

(クソォッ! ようやく、ようやく、『モリアーティ』に辿り着けたというのに! ここでこいつを逃せば、次に捕まえられるのはいつになるのか!)

 

今回、俺は幸運だった。自分だけでは決して辿り着けぬであろう『真実』を手に入れることが出来たのだ。幾重にも張り巡らされた蜘蛛の糸一つ一つを周りの人々の手を借りて解いていき、蜘蛛の眼前まで迫ることに成功したのである。

業火の中、思い出すのは『きっかけ』。

俺が森谷帝二という真実を掴めたきっかけだった。

 

 

 

 

――――全ての始まりはキッドから渡されたトランプだ。

 

『西のあまねく照らされた水は川へ流れることだろう。鏡の川に気をつけろ』

 

トランプの裏に書かれた意味深な文字。それを見て俺は首を傾げたものだ。しかも、京都産抹茶のアイスと一緒にそれを渡されたのだから余計意味が分からなかった。俺個人宛であろうトランプを食い入るように見つめ、うんうんと頭を唸らせる。

 

「盗みに関する暗号か…? だが、何故、俺に?」

 

キッドは既に予告状を宝石の所持者に送っていた。通常ならそれで終わるはずが、何故か今回は俺、江戸川コナンにもこのトランプが届いている。それも、俺以外が気がつかないような細工までしているときた。

 

(これはぜってえ何かあるな)

 

キッドは切り裂きジャックに協力していた前科がある。奴は犯罪者ではあるが、人道に反する行いは決してしない人間だ。きっとあいつに何かがあった。だからこそ、キッドは俺へこのトランプを送ったに違いない。

そう睨んで俺は必死にこのトランプの暗号解読に勤しんだ。その必死さは俺の様子を見た灰原が呆れる程である。しかし、腹立たしいことに幾ら考えても今回のキッドの盗み、切り裂きジャックの件、トランプの暗号の三つが結びつかなかったのだ。一体、この三つは何が関係するのか…。気がつけばキッドが盗みに入る時間で、思わず地団駄を踏んだものである。

 

その後、キッドは予告通りに登場。華麗に宝石をひっ捕らえていった。だが、仮にも俺は探偵だ。トランプ以外の予告状は解読済み。奴が逃げそうな場所もいくつかピックアップしている。凡ゆる策を練り、実行した結果、なんとか奴を追いかけることに成功。誰もいない船の甲板で俺はキッドと対面した。バサリと翻るキッドの純白のマントを見ながら、俺は吠える。

 

「キッド! あのトランプは何だ?!」

「はて、何のことやら」

「何故、惚ける?!」

「全くもって私には理解できませんね。でも、一つ申し上げましょう。名探偵、いや、『ホームズ』――――真実を暴け」

 

キッドの目はいつになく真剣だった。それに一瞬、戸惑いを覚える。「お前に何があったんだ」と口を開こうとするも、出来なかった。何故なら、次の瞬間、キッドが自分の視界から消えたからだ。それにギョッと目を見開き、ワナワナと震えた。

 

「あっ、あのヤローッ! 俺が動揺した隙をついて逃げやがった…!!」

 

間抜けな己の失態にギリギリと歯を鳴らす。まさか逃げるのが目的であんな言葉を発したのか…? そんな考えが一度だけ浮かんだが、直ぐに首を振ってなかったことにした。あの目は本物だった。何度も奴と戦ってきた俺だからこそ分かる。

 

――――キッドは俺に暴いて欲しい謎があるのだと。

 

奴ですら難解な謎。探偵である俺に託すほどの事件。そのことに気がついて、俺はペロリと舌を舐めた。ドクドクと活発に血液が循環していくのが分かる。知らず知らずの内に俺は笑みを浮かべた。

 

「その謎、俺が解いてやる」

 

俺は再びトランプの謎の解明に力を尽くした――――かったんだが、そうもいかなかった。豪華客船内で殺人事件が起きたからだ。しかも、またもや『首』に関する巧妙なトリックが使われた事件だったのである。恐らく、これもまた『一連の首事件』の一つなのだろう。この『一連の首事件』の真犯人、モリアーティと関わりのある切り裂きジャックに協力していたキッド。その彼が盗みに入った瞬間に『一連の首事件』が起きた。

 

(偶然にしては出来過ぎている。キッドは何を訴えているんだ…?)

 

必死に頭を動かす。だが、まだ真実へはたどり着けそうにない。パズルを解くピースが何か、何か、足りないのだ。事件により人が少なくなった甲板で俺はぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。イラつきながらも今回の事件について再び考えようとした――――その時だった。ガチャリと背中に何かを突きつけられたのだ。

 

(なっ、誰だ?!)

 

この感触は――――拳銃。人が溢れている甲板で一体誰がこんなことを…。今、俺がいる場所は豪華客船。著名人や各国の重鎮などが乗船することも多いため、一般人の拳銃の持ち込みはまず許可されていない。俺の背後にいる人物は余程ばれない自信があるのか、それとも別の伝手があるのか。誰だか分からないが、強敵には違いなかった。慌ててふり向こうとすると、背後から停止の声がかかる。その声には覚えがあった。ギョッと俺は目を見開く。背後にいる人物は俺の動揺を知って知らずか静かに言葉を発した。

 

「振り向かないで、『ホームズ』」

 

この声は――――ベルモット?! どうしてこいつがここにいるんだ?! 驚きのあまり動揺で「ベルモッ…!!」と彼女の名前を途中まで言ってしまう。それを聞いたベルモットが焦ることなく俺の言葉を遮った。

 

「シィー…駄目よ、ホームズ。その名を口にしては」

「……何が目的だ。まさか、」

「今回はシェリーではないわ。貴方に助言を、と思ってね」

 

助言だと? ベルモットが?

 

その言葉を聞いた瞬間、自分の中の警戒レベルが一気に引き上げられる。目が鋭くなり、緊張した面持ちになった。

 

(『助言』という名の脅しか、はたまた別の理由があるのか)

 

ベルモットは油断ならない女だ。秘密をアクセサリーとして着飾り、嘘という名の化粧を施し、人々の悪意で輝く女。また、本物と見間違う変装技術と秀でたコミュニケーション能力により、まるで魔法のように人間を操ることもできる人物。それがベルモット。彼女の『助言』は俺を惑わすための言葉という可能性の方が非常に高かった。この女の言葉を聞いてはいけない。そう考えて、直ぐに対策を取ろうとするも、既に遅かった。ベルモットは妖艶な声色で言葉を紡ぎだす。

 

「鏡の国の7811は貴方をその国へ誘おうとしているわ。気をつけなさい」

 

「気をつけろ」だと? キッドの暗号文にも『西のあまねく照らされた水は川へ流れることだろう。鏡の川に気をつけろ』と書かれており、俺に注意を促す文章だった。『何』に気をつけろというんだ。キッドもベルモットも『何』を見ているんだ…? キッドからの暗号は奴の反応から見て、今回の盗みに関係しているという線は消えた。『何か』――――先程も述べたように、恐らく、切り裂きジャック関係であるはず。もしやベルモットとキッドが述べているものは同じものなのか。それとも全く別のものなのか。

 

(駄目だ、判断材料が少ないが故に結論を出すことができない)

 

再びぐしゃぐしゃと頭を掻きむしりたい気分になる。ここまで追い詰められているのは久方ぶりだった。腹立たしいことに何も分かっていない状況だが、これだけは言える。キッドはともかく、ベルモットの言葉を信じるべきではない。だが、俺の脳は瞬時に彼女の言葉の意味を解読し始めようとしていた。

 

(…って、俺は今拳銃を突き付けられてるんだぞ?! そっちを先に対処しろよ、俺!)

 

探偵の性というのは怖い。命が懸かっている状況でも思考を始めてしまうのだから。俺はハッとなり、ベルモットの方へ意識を向けようとした。だが、その先には既にもう誰もいないことに気が付く。慌てて後ろへ振り向くと、自分の背後には甲板を歩いている一般客しかいなかった。それを見て俺は思わず自分の膝を叩く。子供の身体がその強い打撃に悲鳴を上げた。

 

「キッドも、ベルモットも、一体何だって言うんだ…。色々ありすぎてごちゃごちゃになってやがる…! くそ、くそ、くそッ!! これじゃあキッドの暗号も解けねぇし、モリアーティにも近づけねえ…!」

 

 

 

「――――ホォー…『モリアーティ』ね。コナン君、僕にもそれについて詳しく聞かせてくれるかな」

 

 

 

その声に一瞬ピシリと固まる。だが、聞いたことある声色に固まった身体を緩めた。隣に視線を向けるとそこにいたのは金髪に褐色肌の男。見慣れた顔に俺は驚いて目をパチパチとさせた。

 

「安室さん…?!」

「やあ、コナン君。奇遇だね」

 

安室さんはニコニコと笑みを浮かべながらこちらへ近づいてくる。それを見て俺は困惑した表情を浮かべた。

 

(どうして安室さんがここに…?)

 

先程ベルモットと遭遇したことから、もしや彼は組織の仕事で来たのか。そうであれば灰原がヤバイ。早々にこの場から離脱して灰原を隠す必要がある。それとも公安の仕事なのか。どちらかなのかは判断がつかねえな…。ジッと安室さんを見つめると、彼は顎に手を添え、考えるように言葉を発する。

 

「うーん、それには深い理由があってね。ああ、それよりも僕の部屋でゲームでもしないかい? とっても面白いゲームなんだ」

「…へえ? …ボク、そのゲームしたーいなあ!!」

 

安室さんは再び気味が悪いくらいニッコリと笑った。それに対して俺も子供らしい笑顔を見せる。なーるほど、そう来たか。ここで話せない情報、ね。

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか)

 

心の中で目を光らせ、探偵らしい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「死んだ公安捜査官が最期に『ジェームズ・モリアーティ』と叫んでいた、だって…?」

「ああ、それも喉が潰れるんじゃないかってくらい必死な声でね」

「他には、他には何かないの?!」

「残念ながら何もないんだ。分かっているのはこの捜査官が最後に調査していたのは某風俗店だということと、盗聴器に残ったこの『ジェームズ・モリアーティ』の言葉だけ」

 

安室さんはパソコンを操作しつつも淡々と答えていく。彼の様子を見ながら俺が「捜査官の死因は?」と聞いてみると、続けて安室さんは「山道を走行中、車ごと谷に落ちて墜落死だ。幸い、車は爆発することはなかったが、著しく車体は凹み、死体の損傷も激しいとか。特に首の傷がひどい」と言った。その言葉を聞いて、俺は椅子の上で胡座をかき、腕を組む。

 

(まただ。また『モリアーティ 』が登場した)

 

最近、俺は『モリアーティ』という言葉ばかりをよく聞いている。今、安室さんが口にしたモリアーティだけではなく、初めて『一連の首事件』の真犯人に気がついた時、イギリスの新聞に書かれていた『モリアーティ』の文字。それに加えて、ジャック・ザ・リッパーもまたモリアーティという言葉を口にしていた。どうしてこんなにも悪役であるモリアーティばかりが俺の前に現れる? 偶然の産物で終わることが出来ないくらい、ここ最近、『モリアーティ』というワードが何度も出てきていた。普通ならば主人公であるホームズが出てきそうな、も、の、を――――

 

――――ホームズ?

 

脳裏にビリビリッと電流が走る。不意に俺は目を見開かせた。『ホームズ』のワードに何か引っかかりを覚えからだ。何故俺は今、ホームズという単語に違和感を抱いた? 世間から俺が平成のホームズと、そう呼ばれているからか。だから、気になったのか…? いや、それにしては理由が弱い。先程も誰かに『ホームズ』と呼ばれたような…。スッと口元に指を近づけ、身を屈めた。

 

(呼ばれた『ような』じゃない。確かに呼ばれた)

 

他でもない、キッドとベルモットに!

 

しかも、キッドに至っては態々言い直していた程だ。「名探偵、いや、『ホームズ』――――真実を暴け」と意味ありげに言っていたのである。ベルモットに関してはキッドとは違い、自然にホームズと口にしてはいた。だが、奴は俺のことを前までは『クールガイ』などと呼んでいたはず。何故、今日に限ってキッドと口裏を合わせたように俺をホームズと称したんだ。そして、どうして今、安室さんの口から宿敵『モリアーティ』の名前が出た……?

 

(安室さんの『モリアーティ』は別件のように思える。だが…)

 

そこまで考えて、俺はハッと閃いた。次の瞬間、以前に遭遇したジャック・ザ・リッパーの言葉を唐突に思い出す。キッドと共にいた切り裂きジャックの発言が脳裏に過ったのだ。『モリアーティが動いている』『開幕ベルは既に鳴った! ホームズ、君の喜劇を楽しみにしている!』――彼の言葉がとある推測へ俺を辿り着かせる。

 

(もしも、このキッドとベルモットの暗号、公安監査官の事件が――――全て『一連の首事件』に繋がりがあるとしたら?)

 

公安捜査官の死因は墜落死だ。だが、首に著しく損傷があると安室さんは言っていた。ただの墜落死で首のみにそこまでの傷が出来るだろうか。あの安室さんが『特に首の傷がひどい』と言ったのだから、余程特徴的か、もしくは目に入る損傷だったに違いない。また『首』だ。また、首に関する事件である。一連の首事件と同じだ!

 

そう思った刹那、自分の背筋がゾクリと震えた。自然と己の顔に笑みが浮かんで行くのが分かる。ドクドクと心臓が激しく動き、脂汗が額に滲んだ。ギュッと胸の服を握り、震える身体を無理矢理押さえつける。

 

(落ち着け。もしもこの推理が合っているなら、キッドとベルモットの暗号の意味、そして、公安警察官を殺した犯人は…もしや…)

 

溢れんばかりの衝動をため息を吐くことにより緩和させる。少し落ち着いてきた。気持ちが和らいだ俺は直ぐに携帯を取り出し、マップを開いた。そして京都のある地点を見て、笑みを深める。そんな俺の突然の動きが怪訝に思ったのだろう。安室さんは眉をひそめながら「コナン君?」と首を傾げた。その時、俺はバッと顔を安室さんへ向ける。

 

「安室さん! 森谷帝二の写真ってある?!」

「は? 森谷帝二? ……確か元東都大学建築学科教授で、連続爆破事件の犯人だったかな。もう既に捕まっている彼がどうかしたのかい」

「犯人かもしれないんだ」

「何?」

「公安捜査官を殺害した犯人かもしれないんだよ!」

 

俺の発言を聞いた安室さんは目を見開かせ、「何だって…?」と呟いた。そして、直ぐ眉を寄せる。彼は俺の目を真っ直ぐに見据えながら「根拠は」と冷静に言った。安室さんの言葉の後に俺はすかさずポケットからキッドのトランプを取り出す。『西のあまねく照らされた水は川へ流れることだろう。鏡の川に気をつけろ』と書かれたそれを安室さんへ突きつけた。

 

「つい先ほどキッドから秘密裏にこのメモをもらった。京都産抹茶アイスと一緒にね」

「それで?」

「このトランプは幾世あやめさんの上司である『有栖川』さんに気をつけろと言っているんだ」

「どうしてその文から有栖川さんに繋がる…?」

「安室さん、この携帯のマップ見て」

 

俺は安室さんに自分の携帯を渡す。そこには京都のマップが表示されていた。彼はその画面を真剣な表情で見つめる。数分そうしていたかと思うと安室さんは声を上げた。

 

「キッドの『西のあまねく照らされた水』は京都の広沢池のことか! 日本三沢の一つの!」

「安室さんも分かったみたいだね」

 

安室さんが手を叩いたのを見て、俺は頷く。広沢池は京都右京区に存在している池で、別名『遍照池』とも呼ばれている。京都での『西』は右京とも呼び、キッドの『西のあまねく照らされた水』の『西』とは右京区のことを指すと俺は推測。この推測で右京区にある『あまねく照らされた水』が何処かと考えると、遍照池こと広沢池に繋がるというわけだ。広沢池の別名である遍照池の『遍照』の意味とは『あまねく照らすこと。広く照り渡ること』なのだから。

 

「キッドの『西のあまねく照らされた水は川へ流れることだろう。鏡の川に気をつけろ』の前半部分が広沢池だとすれば、その池から流れた水が合流する川は…」

「そう――――有栖川だ」

 

俺がその言葉を口にすると安室さんは口角を上げる。彼は俺と同じ『探偵』の目をしていた。安室さんの目の奥には轟々と燃え盛る火が灯っており、それをみて思わずこちらも口元を緩める。やっぱりそうこなくっちゃな。安室さんは公安だが、どちらかといえば探偵らしく見える。こうやって謎解きを共にするのは俺と同じ思考をする探偵に限るものだ。俺がそう考えていると、安室さんは直ぐに無表情に戻り、俺に向き合ってきた。

 

「『有栖川に気をつけろ』とキッドは伝えようとしている、そう言いたいんだね? でも、『西のあまねく照らされた水は川へ流れることだろう。鏡の川に気をつけろ』の『鏡』の部分はどう説明する?」

「ここで出てくるのがベルモットの言葉、『鏡の国の7811は貴方をその国へ誘おうとしているわ。気をつけなさい』さ」

 

俺が不敵に笑うと、安室さんが「コナン君、ベルモットと接触したのか?!」と驚いた顔をする。それと同時に「ベルモットの言葉を信じるのかい?」と難しそうな表情も浮かべた。安室さんのいう意味は分かる。だが、信じざるを得なかった。キッドのこのトランプの暗号とベルモットの暗号が切っても切れぬ繋がりを持っていたからだ。

 

「キッドの『鏡』はベルモットの暗号と繋げるための言葉だと推測してる。その上で『鏡の国』と言って思い出すのは『鏡の国のアリス』。『不思議の国のアリス』の続編であり、ルイス・キャロルの児童小説だ」

「『ありすがわ』と『アリス』――偶然では片付けられないほどに一致している…。更には二人とも最後に同じ『気をつけろ』の言葉」

「しかも、キッドもベルモットも僕を『ホームズ』と呼んでいたんだ。まるで口裏を合わせたように。普段、そんな名前で僕のことを呼ばないのにね」

「成る程。…それで、ベルモットの『鏡の国の7811は貴方をその国へ誘おうとしているわ』の『7811』だが、まさか…」

 

安室さんは口元に指をそえ、目を鋭くさせる。獲物を狩る獣のような眼差しで俺を見据えた。俺はそれを見て、口角を上げる。胸ポケットから取り出したメモにペンでサラサラと『7811』と書いた。その紙を安室さんへ掲げる。何故だか震えが止まらなかった。

 

「7811を崩して書いてみると、とあるローマ字が浮かび上がる。その文字は――――

 

 

――――『TEIJI』。そう、森谷帝二の『ていじ』がね!!」

 

 

俺、江戸川コナンの脳裏に森谷帝二の後ろ姿が過る。四十代後半から五十代前半ほどの英国紳士風の男の幻影がこちら側に顔だけを向け、ニヤリと笑った。俺はその幻影に向かって手を伸ばし、グッと握りつぶすように拳を握る。次の瞬間、現実世界に戻り、空虚を掴んだ自分の手が視界に入った。それを見てハラハラドキドキとした感情が胸の内から沸き起こる。

 

(ようやくだ。ようやく、幻想が現実に近づいてきた!)

 

あんなにも遠かった後ろ姿が今、ようやく見えてきた。ただの幻影が形を持って俺の前へと現れてくれたのだ。このチャンスは逃してはいけない。モリアーティを、森谷帝二を逃してはいけない。これ以上、犯罪を起こさせてたまるものか。罪なき人々を死なせてたまるものか。

 

(待ってろよ。必ず、必ず、俺が捕まえる)

 

そう決意して小さく息を吐き出した。気持ちを落ち着かせ、俺は安室さんに再び向き合う。こちらがあれこれ考えている間に結構な時間が経過していたらしい。彼は公安のツテで森谷帝二さんの写真を既に用意してくれていた。安室さん曰く「森谷帝二は元東都大の教授であり、著名な建築家だったのにも関わらず、写真や動画がなくなっていた。綺麗さっぱりね。探してくれた知り合いが『普通の奴なら探すのを諦めてた』とまで言われたよ」とのことだ。

 

それを俺は受け取り、灰原に森谷帝二と有栖川が同一人物かどうかの調査を依頼。灰原は「これだから工藤君は…。突然いなくなったと思えばまた事件? それに、森谷帝二は今、牢屋の中じゃないの?」と愚痴りながらも照合をしてくれた。

 

結果は――――黒。

森谷帝二と有栖川は同一人物だと判明したのだ。

 

真実はもう目の前に近づいている。そのことに胸を高鳴らせながら、冷静な俺は首を傾げていた。

 

まるで、誘導されているようだと。

 

そう思っていても歩みは止められない。そうさ、逆に考えよう、誘導されているというのなら大歓迎だ。幾重にも張り巡らされている蜘蛛の糸に飛び込み、こちらが絡みとってやる。

 

「さぁ、」

 

――――待っていろ、モリアーティ。

 





【裏話】有栖川ができる一部となる広沢池の少し遠くにとある名を冠する池がある
【ヒント】山の中

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