哭きの京(とりあえず鳴いとこう)   作:YSHS

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 今更気づいた。このssって、プレイスタイルは『哭きの竜』だけど、ストーリィ展開は『むこうぶち』っぽいですね。


やめなされやめなされ、惨い麻雀はやめなされ:後編

【1】

 

(な、なんか訳も分からないまま勝っちゃったんだけど……)

 

 京太郎はビビッていた。

 

 勝てばイイナーってノリで勝負を受けて、とりあえず適当に鳴いて和了を目指したら、それが数え役満とやらで、しかも包則とかいうよく解らないルールで壱に直撃させてしまい終了とか、朴念仁のきらいがある京太郎には何が何やらという具合であった。

 

 まあ一番納得出来ていないのは京太郎であることには違いないが、とは言え、それは彼だけに限らない。例えば壱もだ。

 

 京太郎を見据えながら壱は、また鞄の中から金を取り出すと、先ほどと同じように卓へ叩き付けた。

 

「まだだ! まだ勝負は続けられるッ!」

 

 それを京太郎は、

 

「構わない」

 

 二つ返事で了承した。

 

「俺が負けたら、大人しく県予選参加権と、この金を返上する」

 

 ただし、聖徳太子の壱万円札は返さない。

 

 三回目の半荘、東一局。出親は壱から始まり、京太郎、弐、高久田である。

 

「ロン! 王手飛車*1

 

 {中中發發} {横六七八} {5横55} {横③②④}

 

 京太郎、壱から出和了り。

 

 奇妙なことにこの半荘では、既に幾局も終わっているのに、東二局から動けないでいる。原因としては、京太郎である。彼は最初の一局で壱の親を流してから、安手での和了や聴牌流局でずっと京太郎が連荘しているのだ。

 

 そして京太郎の親のまま、東二局、七本場。

 

 弐、十三巡目にして聴牌。

 

{八九九九②②②④④111發} 自模{④}

 

 四暗刻単騎待ち。これを弐は八萬切りの發待ちで闇聴する、京太郎か高久田から(ちょく)ろうというわけだ。

 

「チー」

 

 高久田がこの八萬を鳴いた。

 

{一一二三四四五赤五六六發} {横八七九}

 

(聴牌急いで鳴いちまったが、この局面で生牌發は打ちたくねえな……。上家の無口野郎も、聴牌間近……いや黙聴か?)

 

 差し当たって高久田は一萬を打って、弐と同じ發単騎待ちで聴牌、一気通貫、混一色ドラ一。

 

 続く壱の自模番、

 

{東東南南西西中中白白①⑧⑨} 自模{⑨}

 

 七対子、混一色、混老頭、一筒待ち聴牌。立直(リーチ)掛けてツモれば倍満の手だ。

 

「立直ッ!」

 

 迷わず壱は八筒で立直を掛けるも、

 

「カン」

 

 それを切り捨てるように京太郎は大明槓で八筒を喰い、

 

ドラ表示{⑦⑦} → ドラ{⑧⑧}

 

「ツモ、嶺上開花」

 

{二三四456①①發發} {横⑧⑧⑧⑧} ツモ{①}

 

 嶺上開花ドラ八……倍満。壱に大明槓包で直撃、並びにハコテンにより、京太郎の勝利である。

 

(えええぇぇぇぇ……、また勝っちゃった……)

 

 今の局の京太郎は、門前で聴牌したはいいものの、適当に集めたそのしっちゃかめっちゃかな手に自分で困惑していた。で、どうせ負けること前提なんだからと、立直を保留にし、その矢先に上家の壱から八筒が出たので脊髄反射で八筒をカン。

 

 そこまではまだよいのだが、あろうことか和了してしまった。

 

 ギャラリィの手前で和了見逃しを、京太郎はやりたがらない。今日以前に打った時、相手に情けを掛けるつもりで和了見逃しをしたら、余計なトラブルが発生したという苦い思い出があったからだ。

 

 と、こういった要因もあるが、それだけではない。

 

 何とこの鳥頭、前局で大明槓包則をしておいて、それをすっかり忘れたのである。そのため、自分の手のデカさを考えず、ここでツモ和了しても大丈夫だろうと高を括ったところ、このザマであった。

 

 ふう……と京太郎は、嫌になって溜息を吐くと、

 

「ウケる……」

 

 と呟いてしまった。

 

 その言葉に対して壱は、

 

「そうか……、受けてくれるというのなら話は早い」

 

 しばし京太郎は、こいつは何を言っているんだと戸惑った。それでふと卓を見て、自分の失態に気付くことになった。

 

 そこには、壱が再び出した万札が置いてあった。要は、『ウケる』と言ったつもりが、同音異義語で『承知する』意味の『受ける』と取られてしまったのだ。

 

 こうして、京太郎の闘いは徒に続いた。しかも京太郎は、そのことごとくに勝利した……してしまった。そうして彼の手元には、壱から毟り取った諭吉さんと樋口さんと野口さんたち(プラス太子様一人)が、それこそ扇子二つくらい作れちゃうほどあった。

 

(どうじゃ? 酷いことじゃろう?)

 

 他人事みたいに京太郎は胸の内で語る。

 

 他方、相変わらず金を出す壱。どこから持ってきたんだと京太郎は、敵ながら壱の身が心配になってきた。ヤクザに身売りでもしたのかと勘繰ったくらいだ。その発想はお前だけだ京太郎。

 

「この金で最後だ……、つまりこれは最後の勝負だ」

 

 顔面を蒼白にしながらも、壱は京太郎を真っ直ぐ見据えて言った。この金は、壱の財布から取り出された物だ。

 

 流石に周囲のギャラリィも、冷や汗を出しながら、やめておけ、それぐらいは残しておけ、と止めに入った。それも彼らは壱の仲間だとか擁護派だとかそんなのではなく、むしろ京太郎に好意的で、壱を嫌っているほどであった。

 

 彼らも――見ていられなくなったのだ。

 

 先ほどまで、彼らだって二人の博打を悪ノリで囃し立てていた側だった。しかし何度も対局を重ね、洒落にならなくなってくると、次第にその熱は冷めていく者が続出し、ついには誰しもが開いた口が塞がらないほどであった。

 

「いや、ここまでやったんだ……、なれば最後まで……。お、おい、き、君は、どうなんだ?……」

 

 強がった笑いを浮かべようとしたのか、壱は引きつった顔で言った。

 

 対する京太郎は、依然変わらぬままの姿勢で、顔を伏せながら、

 

「あンた、背中が煤けてるぜ……」

 

 厳かに低い声で、ポツリと言った。

 

(いやぁ……、普通こんだけやれば、俺みたいなボンクラ雀士なんてあっさり陥落するもんなのに、どうしてこうまで負けるんかねぇ……。運無さ過ぎでしょ、アナタ! もう頼むぞッ! もう後が無いんだからな、お互い。ケツに火が点いてら! 俺だってこんな気まずい大金要らねえよ、大会出場権も要らねえよ、早く貰ってくれぇ!)

 

 漫画『哲也』に出てくる印南善一みたいに変貌した壱の人相と気迫を前に、京太郎は前記の台詞一言しか口に出せなかったが、頭の中では、呆れやドン引き、申し訳なさ、応援などの様々な想念が渦巻き、言いたいことが山ほどあったのだ。

 

「は、ははは……、毒を喰らわば皿までさ……。ほら、さっさと始めようか……」

 

 言いながら壱は、使い終わった牌を卓中央の穴へ押しやっていく。

 

 その様を見て京太郎は、一つ思った。

 

(思い切った人だなぁ、この人。案外素直な奴なんかな……)

 

 罪悪感から目を背けるように、無意味なことを考えていた。

 

 最後の半荘戦。東一局、出親は弐から始まり、壱、高久田、京太郎。

 

「ポン」

 

 十巡目で京太郎は、弐から東をポン。

 

「ポン」

 

 その更に一巡後で、今度は壱から西をポン。

 

「ポン」

 

 また三巡後、高久田はアシストで南を打ち、京太郎はこれをポン。

 

 が、その時壱は見てしまった。

 

 壱の山の右端の上山の牌が落ち、ちょうど壱に顔を向けていた。

 

(北……、それも一巡後の須賀の自模牌……)

 

 その牌を戻しながら壱は、自分の負けを悟った。けれど不思議と絶望的な気分にはならなかった。最早、負けて金を毟られることには慣れた、いや、麻痺したと言うべきか。

 

 と、ここで、壱の脳裏に、陰湿めいたものが浮かんだ。悪戯心とも言うべきか。

 

 壱は自分の自模番が回ってくるや、掴んだ牌を、手牌に持ってくる振りをして件の北牌とすり替えようとしたのだ。

 

 その瞬間であった。

 

 壱の左隣の下家に座っていた弐が、何気なく手を動かす振りして、壱の山の上山を左から指で押したのだ。牌をすり替えるのに合わせて実行したものだから、いきなり崩れた山に驚いて壱は持っていた牌を取り落とした。

 

「ごめん」

 

 口だけで謝りつつ、弐は崩れた壱の山を直した。そうして残った牌が、壱の自模牌ということとなる。

 

 これを拾い上げて、壱は少し驚いた。北だったのだ。てっきり弐は、壱のイカサマを妨害したものと彼は思ったのだが、これはどちらかというとアシストであった。とは言え、弐が「ごめん」と言った時に壱と目を合わせた時は、警告じみた眼をしていたので、そういった意図もあったのだろう。

 

 これに頭が冷えた。どうやら彼自身も、まだ博打の熱から冷めていなかったらしい。

 

 だからこれを打った。打って京太郎を見やった、全てを出し切って諦観した顔で。それから、しまっておいた最後の金を卓に投げ置くと、

 

「これで僕は……血も出ない……」

 

 この壱の様子から、高久田は察し、自分の番であるにも拘わらず自模らなかった。卓と、卓を囲む他三人の間に視線を漂わせ、事の成り行きを見守っていった。

 

 少し、間が空いたのち、おもむろに京太郎は、

 

「終わりだな」

 

 言いつつ、手牌を片手で伏せると、席を立ち今まで奪い取った金を鞄に仕舞って席を立った。

 

 ただしたった今壱が差し出した金は持って行かなかった。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 教室を出ようとする京太郎を呼び止めたのは和だった。

 

 呼ばれて京太郎は、ピタリと止まり、顔を少しだけ振り向かせた。

 

「あなたは……何でそんな平気な顔していられるんですかっ?……。こ、こんな恐ろしいことを!……」

 

 言葉足らずな訴え。けれども何が言いたいのかは、誰でも分かる。

 

 黙してから京太郎は、やがてゆっくりと口を開き、

 

「己とは、哀しいまでに己のために生きるもの……」

 

 格好付けたこと言って誤魔化しているが、要はついノリで旧壱万円札に目が眩んで相手を骨の髄までしゃぶり尽した挙句、その直前でビビッて、格好付けた言い訳を残して逃亡しようというだけだった。

 

(しょーがねーだろー? 旧壱万円札欲しかったんだもの)

 

 こんな京太郎の内面など、和をはじめとしたギャラリィは夢にも思わず、彼が放った台詞に気圧されていた。

 

 ――ファミレスで絡んできた酔っ払いからの受け売りなのに。

 

 それはさておき、今の京太郎の行動に高久田は少しだけポカンとしていたが、やがて嬉しそうに、或いは呆れたように相好を崩し、後に続いて部室を出た。

 

 二人が立ち去ったのを見てまこは、京太郎の席に近づくと、伏せられていた彼の手牌を裏返した。

 

{一二三北} {横南南南} {西横西西} {東東横東}

 

 小四喜、北単騎待ち。壱の放銃だ。

 

 ぞわりとした怖気が、漂った。あの時、京太郎はあの北をロンすれば、壱を殺せた。なのにそれをしなかった。言うなれば壱は、生殺与奪を握られていたに等しい。

 

 まこは黙って、その牌をまた伏せた。何人かは、彼女の後ろからそれを見ていたが、その者ら以外には見せないようにした。

 

 さもなくば、この悪夢は終わらないから。

 

 現場では解散ムードが漂い始めた。このまま、京太郎の手を気にする者が現れねば良いのだが。

 

 そこで誰かが、

 

「おい、早いとこ散らねえと、先生やばいんじゃねえのかっ」

 

 と口にしたことで、今の自分たちの状況を思い出したギャラリィの生徒らは、焦ったように部室の出入り口に殺到した。とは言え、パニックになったわけでもないので、さほど混雑は起こらず、皆落ち着いて一人ずつスムーズに部室を後にし、速足で立ち去っていった。

 

 後に残されたのは、壱、弐と、麻雀部の面々、及び新参部員たちであった。

 

 ギャラリィらが出ていった後で、やおら和は、卓の席に座ったままの壱と弐に視線を向けると、途端に、普段からは考えられないほど厳めしい顔で彼らに近づいて、両手で強く卓を叩いた。

 

「あなたたちを賭博罪と名誉棄損で訴えます。理由は勿論、お分かりですね? あなたが彼をこんな茶番で貶め、陥れようとしたからです。覚悟の準備をしておいてください! 近い内に訴えます! 裁判も起こします! 裁判所にも、問答無用で来てもらいます! あなたは犯罪者です! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいてくださいッ! いいですねッ!」

 

「お、おお、落ち着くんだじぇ、のどちゃん!」

 

「の、和ちゃん! 怒り過ぎだよ、日本語がちょっと変になってるよー!」

 

 優希と咲が必死で彼女の腕を抱え込んで止めている。

 

「落ち着け、和。ジョルノ・ジョバァーナみたいになっとるぞ」

 

 まこは、努めて落ち着いた声音で和を宥める。

 

 傍から見れば思わず吹き出してしまいそうな光景だが、当人らは至って真剣だった。特に和からすれば、京太郎がいじめられたのは自分のせいかもしれない罪悪感の心境に近い。言うに及ばず、怒られている当人らだって、笑う気にはなれない。

 

 何せ壱は、『原村和親衛隊』とやら所属で、当然、原村和に好意があった。で、その原村和本人にこんなに怒鳴られれば、やはり堪える。自業自得でも、あれだけさんざんやられた後で追い打ちを掛けられるその姿には、新参部員たちも同情を禁じ得ない。

 

「それにしても、あんたら、何でこがな茶番を開いてまで京太郎を追い落とそうとしたんじゃ。他にももっとやりようはあっただろうに」

 

「仕方がなかった……。最初はただ彼奴を疎む程度のものだったのに、いじめがエスカレートしていくみたいに、どんどん熱が強くなっていった。僕らはそれを疑問に思えなかったし、思いたくなかった……。そのいじめには……実行役が必要なのさ……。宗教的に言うのなら、御子、預言者、そんなところかな……」

 

 虚ろな眼で壱は訥々と語る。

 

「なら、どうしてあんたがそれをやったんじゃ」

 

 更に聞き込むまこだが、肝心の壱は、今喋ったきり、腑抜けてしまいとても喋れる状況ではなかった。

 

 そこに、

 

「それは、ス、ス、ス、スケープゴート、だね」

 

 不意に横から口を出してきたのは弐であった。やけに言葉を詰まらせていたが、その顔は緊張しているとは思えないほど落ち着き払っていた。

 

「聞、いたままの意味。先、口出した奴に、周りが、賛同。ま、ま、祀り上げて、やらせる」

 

「君って……、無口って思ってたけど、もしかして……」

 

 と、唐突に横から口を出したのは、新参部員の一人だった。どうやら弐とは、同級生か何からしい。

 

 言い掛けて彼女は、ハッと口を両手で覆って口をつぐんだ。デリケートな事柄を言わんとしていたのが知れる。

 

「で、どういうことなんじゃ」

 

 話を逸らすのを兼ねて、まこが改めて訊いた。

 

「状況が、白熱した。そうなるよう、仕向けたのが居る。金を、集める雰囲気にしたのも……」

 

「そいつは誰じゃ」

 

「さあ。でも、多分、し、しししし、仕向けたそいつは黒じゃない」

 

「黒じゃないとは、どういうことじゃ」

 

「……さてね。それより、今心配するのは、さっきの博打」

 

 そう弐が言ったことで、皆肝心なことを思い出し、一斉に顔を青ざめさせた。

 

 先ほどやっていた対局では差しウマ*2を握っていた。それは紛れもなく賭博行為であり、違法である。もしこれが教師、親や外部の人間に漏れようものなら、たちまち状況は地獄へ一転、大童となるだろう。

 

「い、いや、そんなことがあるか。第一、学校側が隠すじゃろうて。不本意じゃがな……」

 

「どうかな。人間、追い詰められると、何するか」

 

 まあ、と弐は間を挟み、

 

「汚い、や、や、奴らには、協力しない。……僕たちは、脅したんだ、須賀を……。そういうことに、する……」

 

「けど、その証言だけで済むんか。いくらそんな証言があろうが、賭博をした疑いのある生徒を学校側が放置しとくは思えん」

 

「あいつ次第。活躍して、認められれば……」

 

「認められれば? それだけで収まるはずが……」

 

 と和が話に割って入ってきた。

 

 ところが和は、言葉を紡ぐ途中で何かに気付いた。そうして言葉が尻すぼみになって、やがて途切れた。

 

「どうした」

 

 それにまこが声を掛けるものの、当の和は何やら不吉な考えに没頭していた。

 

「まさか……、あなたたちの集まりを煽った張本人は――」

 

 和の問いに、弐は頷いた。

 

「く、く、く、く、黒幕も……ここまでなるのは……想定外。足が付かないよう、間接的にやってたから……。でも、皆、暴走した。僕も、悪ノリして、お……、お宝を……、太子様を……」

 

「大人がそんなことをするなんて……」

 

 和のその一言で、他の麻雀部員も、黒幕の立場に気付き、皆一様に目を丸くして戦慄した。

 

「む、向こうも神頼み状態」

 

「なるほど……、これじゃ収集はつかんのう」

 

 まこは頷いた。

 

「それにしても、あんたも大変じゃな。見受けたところ、和にそんな執着しとらんようじゃ。大方この男の召使として付き合わされたか……」

 

「好きで、やってる。こいつは、面白いし、喋る価値がある。最後まで、付き合うさ」

 

 と弐に返されて、苦々しげにまこは自らの失言を悟った。

 

「だから――」

 

 引き続き弐が語り出そうとした折のことであった。

 

「もういい、喋るな。まったく相変わらず聞き苦しい喋り方だな、君は」

 

 抜け殻のように黙していた壱が、復調して突如割り込んできたのだ。

 

「どの道、金が戻らなければ、そこが綻びになる。なればまずはそこを補填するのが急務じゃないのかね」

 

 まだ調子は取り戻しきってはいないが、それでも壱は、ついさっきあんなにクソミソにされたとは思えないほど、調子が良さそうだった。

 

「何じゃいきなり復活しおって。第一、金はさっき京太郎に巻き上げられたろうに」

 

「元手ならある」

 

 と言って壱は、卓に置いてあった、自分の財布から取り出した金を指差した。

 

「それに当てもある。さて、こうしては居られないな! 早速、算段を立てねば!」

 

 ほら行くぞ! と勢いよく壱は立ち上がり、部室の出入り口まで歩いていき、そこの前で振り返って弐に向かって手招きをし出した。弐はそれに、鼻で溜息を吐くと、のっそりと席を立って歩いていった。

 

 弐が近づいたところで、壱は扉を潜って部室を出て行った。それに弐も続こうとする。

 

「ね、ねえ!」

 

 そんな弐を呼び止める声があった。思わず弐は足を止め、振り向いた。その声の主は、先ほど弐の喋り方について言及しようとして口を噤んだ新参部員の女子であった。

 

「もしよければだけど、今度一緒に打たない? あ、いや、ほら、君って凄く強かったし、出来れば私も打ってみたいかなって……。クラスでも全然喋ったこともなかったし、ね?」

 

 と、言い訳でもするように滔々と彼女は喋った。

 

 一方、弐のほうはその唐突な申し出に面喰ったのか、毒気が抜かれた表情を見せた。僅かな間、そんな顔をした後、彼はいつものつまらなそうな顔つきに戻り、無言でそそくさと部室を出てしまった。

 

「……何だか、男の子の友情って、よく解りませんよね」

 

 しみじみとした様子で和が、そう溢した。

 

「私も、京ちゃんと高久田君のこと、いまいちよく解らない」

 

 と語ったのは咲。

 

「落ち目の男と、飽くまで一緒に居るつもりとはな、それも地獄の果てまで。ひょっとすると、あやつら、存外素直な奴らだったり……」

 

 女の子の友情にも似たようなことはある。されど彼女らは、彼らの友情について、それとはまた別のモノを感じた。

 

「うーん、言葉に出来んじぇ……」

 

【2】

 

「食うか?」

 

 俺は高久田にオレンジ・シガレットを差し出して言った。高久田は鼻声で返事をして受け取り、口に咥えた。もう一本取り出して、俺も咥えた。

 

「お前、容赦ないよなぁ……」

 

 からかう口で高久田が言ってきた。

 

「俺は悪くねえし」

 

 真っ向から開き直ってやると、カラカラと高久田は笑った。

 

 懐に仕舞った金が、やけに重々しく感じられる。そりゃそうだ、巻き上げた金なんだから。俺みたいな小心者が持っちゃいけない金だ。出来るのなら今すぐ返したいくらいだ。

 

 けど、そのまま返すのは憚られた。負けておいて、情けを掛けられて金を返してもらうなんて、あの人も恥ずかしくて無理だろうし。きっと受け取らない。

 

 俺だってそうする。……保証は無いけど。

 

 それはともかく……、前にハギヨシさんが言っていた、『死に金は回せない』という言葉を思い出したこともある。

 

 だって、カッケーじゃん。ハードボイルドじゃん。じゃけんその言葉に従うまでよ。

 

 とは言え、やっぱりこんなお金を巻き上げてそのままサヨナラするのは気が引ける。小市民な俺には、純度の高いハードボイルドを貫くのは難しいのだ。

 

(クリスマスにサンタさんになりすまして枕元に置いておく……とか? いやいや、無いない……却下だ)

 

 あれこれ返す策を思案するも、名案は思い付かない。いっそストレートに、勢い付けて返せば、案外うまくいくんじゃね? こう、手の中に握って、その握った手で相手の頬を殴りつけながらとか。

 

「何つーか、惜しかったな、あいつら」

 

 ふと俺は口に出した。

 

「惜しかった?」

 

「え、ああ、うん。惜しかった」

 

 高久田が反応してしまったので、とりあえず俺は語ることにした。

 

「お前とあの二人を入れて、更に一人入れれば、団体戦出場できたよな。結構楽しめそうじゃん、思い出として」

 

「何じゃそりゃ。喧嘩の後に仲間になるとか、青春か」

 

「いや青春だろ。俺たち高校生じゃん」

 

「まあ、そうなんだろうけどよ……」

 

「ならいいだろ、楽しけりゃ何でも」

 

「……それもそうだな!」

 

「だろ! よし、じゃあ手始めに、牛丼でもどうだ」

 

「おっ、良いねぇ。じゃ、須賀の奢りな」

 

「流れるようにたかってきやがったなオイ」

 

 そうして俺たちは、笑いながら帰路を歩くのだった。

*1
聴牌時では役未確定だが、二つ以上の和了牌の内いずれが出ても役が確定して和了れる待ち。

*2
終了時に下位が上位にあらかじめ決められた点数もしくは金を支払うこと




 無理矢理な展開だったけど、やりたいことはやった。後悔はしていない。反省もしていない。

 次回は、ちょっと小話でも書こうかなと思ってますが、先に、ヒロアカのSS書きたいので、後で。

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