――幽霊。
それは生前の執着や未練によって成仏しきれずに現世をさまよう哀れな魂だ。
『――せ。私の――――消――ろ……』
己の未練を口にしながらさまよう幽鬼。
その哀れな魂は六つ目の異形の侍の姿をしていた。
上弦の壱・黒死牟。
その魂が己の未練を晴らすために地獄から舞い戻ってきたのである。
この恐るべき悪鬼、その未練とは?
『消せ……。私の日記を抹消しろ……』
例の
こんなくだらない理由で地獄を脱獄された獄卒たちの気持ちはいかばかりであろうか……
文字通りの鬼上司に叱られてるんだろうなぁ。
地獄にいる皆様に迷惑をかけまくっているであろうこの哀れな魂が向かっているのは煉獄邸。
件の日記の現在の持ち主のいる場所である。
――煉獄邸にて
生者が寝静まった深夜。
黒死牟の怨念は煉獄邸へ邪魔されることもなく侵入を果たしていた。
狙うは日記の持ち主である煉獄家次男・千寿郎だ。
一家の中で唯一戦闘能力を持たない千寿郎が、上弦の壱という鬼の最上位にいた存在の怨念に襲われればひとたまりもなく命を失ってしまうことだろう。
「そこまでです!」
そこへ千寿郎へ迫る黒死牟の脅威に立ちふさがる人影が現れた。
突如現れた邪魔者へ、黒死牟の怨念は怒りを向ける。
『邪魔をするな……女……』
恐ろしい表情で睨みつける黒死牟。
しかし、その人影は一歩も引く気配を見せることはない。
なぜならば――
「私の息子には指一本触れさせません!!」
かつての鬼狩りの剣士ですら畏怖した黒死牟の威圧に凛とした態度をとるこの女性こそ、千寿郎が幼い頃に亡くなった母・
息子の危機に「私が
母は強しと言うが、その強さは上弦の鬼を前にしても気後れすることなどないのであった。
『なるほど……その気概は認めてやろう……』
息子を守護らんとする母の気迫は黒死牟も認める気高さを持っていた。
だが、逆を言えばそれだけの話でしかなく。
『お前も……分かっているはずだ……私には勝てぬ……と』
黒死牟の言葉の通り、瑠火と黒死牟との間には絶対的な実力差が存在していた。
霊体になったとはいえ、数百年剣を振るい続けてきた鬼の実力は伊達ではない。
剣士でもない瑠火が相手をして勝てる見込みなど万に一つもあり得ないだろう。
「えぇ、私ではまともな戦いにすらならないでしょう」
当の瑠火本人もそのことは理解していた。
その上で冷静な態度を崩さないのは、息子を守護る母としての矜持と、状況を打破するための方法を持っているが故のこと。
「待たせたな、瑠火殿」
「槇寿郎は出来た嫁を貰ったな。誇らしいことだ」
「巌勝殿……よもやこのような形でお会いすることになるとは」
黒死牟と対峙する瑠火をかばうように次々と現れる多数の人影。
彼らは皆、燃え盛る炎を思わせる特徴的な髪色をしており、よく似た顔立ちをしていた。
「我らの子孫に手出しはさせんぞ、悪鬼!」
鞘から抜き放たれた彼らの持つ刀はすべて炎の呼吸の適性を示す赤色に染まっている。
そう、彼らこそ煉獄家が輩出してきた歴代の炎柱たちの霊である。
瑠火と千寿郎の持つ血縁をたどり駆けつけてくれた強力な先祖の守護霊たちだ。
周囲をぐるりと歴代炎柱たちという実力者に囲まれる黒死牟。
これで形勢逆転……とはならないのが上弦の鬼の恐ろしさ、厄介さだろう。
『ふっ……痣者でもない剣士など……何人集まろうと相手にならぬ……』
余裕の表情を崩さない黒死牟。
確かに歴代の炎柱は剣士として最上位の存在だろう。
しかし、その最上位の剣士たちを何百年も倒し続けてきたのが上弦の鬼たちである。
その上弦の鬼の最上位である黒死牟にしてみれば、この程度では脅威になりえなかったのだ。
まったくもって無駄に強いのだから嫌になる。
このままではせっかく駆けつけてくれた炎柱たちもあっけなく蹴散らされてしまうだろう。
だがしかし、そこは歴戦の鬼狩りである。策は用意してあった。
「巌勝殿、あなたの強さはよく存じ上げている」
『お前は……私が人であったころの炎柱……か?』
囲みの中から黒死牟に語りかけてきたのは、まだ黒死牟が人間として生きていたころの戦国時代の炎柱……らしい。
顔見知りのはずの黒死牟が自信なさそうに返事をしているが、理由は簡単。
同じ顔が多くて見分けがつかないからである。煉獄家の遺伝子、強いなぁ。
そんな(おそらく)かつての同僚である炎柱が何を告げるのか気になって意識を向ける黒死牟。
しかし、その答えは語られるよりも先にその姿を現したのだった。
ピヒュ~ヒョロロ~
奇妙な笛の音があたりに響き渡る。
緊張感のカケラもない気の抜けるような音だ。
だが、これを聞いた黒死牟の表情は凍り付いていた。
『ま、まさか……この音は!?』
「さよう。私の縁をたどってすでにおよびしてある」
スッと身を横にずらす戦国時代の炎柱。
その陰から一人の男が姿を現す。
不出来な笛の音が聞こえたら、彼が来た合図だ。
「お労しや、兄上」
『縁壱……ッ!? 何故、ここに、縁壱!?』
思わぬ弟の登場にさすがの黒死牟も動揺を隠せない。
いや、それよりも彼を驚かせたのは、弟が手にしている物。
紐でくくられた見覚えのある冊子。例の
『貴様、どうしてそれを!?』
忘れがたい
なんでこんなことになっているかといえば、ここにはいないあいつの行動が原因だったりする。
「お焚き上げであの世に届けられておりましたゆえ……」
その答えを口にする縁壱。
そう、当主代行・産屋敷結一郎のせいであった。
完全な善意で行った処分方法が、黒歴史の天界へのお焚き上げ入稿になっていたなど、結一郎は夢にも思っていなかっただろう。
その行動には何の悪意もないのに、自然と黒死牟を追い詰める結果になっているあたり、本当に二人の相性はよくないらしい。
経緯はどうであれ、黒歴史が弟の手に渡っているという現実を突きつけられている黒死牟だが、本当の悪夢はこれからだった。
「千寿郎も興味を持っていましたが、男の子というのはこういうものに惹かれるものなのですね」
「いやいや、人によりますぞ、瑠火殿」
「うーむ、いや、それにしてもこれは……いささか……」
「懐かしい。幼き頃に拙者も似たようなものをしたためたものでござるな。……よもや残ってはおらんよな?」
気が付けば瑠火と歴代炎柱たちがそれぞれ黒歴史の日記を覗き込み好き放題に話をしていた。
『やめろ……読むな!』
自分の黒歴史がしっかりと読み込まれているという、恐ろしい状況に声を荒げる黒死牟。
これが本当の公開処刑ってやつか……
もちろん、トドメの死刑執行人は彼だ。
「兄上、さすがにこのような出鱈目な剣術を残すのはどうかと思います」
『縁壱ィ……ッ!』
大嫌いな弟からの辛辣なコメントにギリリと歯ぎしりをして憎悪を燃やす黒死牟。
存在そのものが出鱈目なヤツに言われる筋合いはないと、黒死牟は怒り心頭といった様子。
だが、それも次の縁壱の一言で一気に血の気が失せることとなったのだけれど。
「理論的に無理なものが多すぎますぞ、兄上。私でも二割ほどしか再現できませんでした」
『うるさい! 人の妄想にケチを…………待て、再現できたのか? ……あれを!?』
よもや妄想の産物を実際にできるとかどういうことなの!?
一部は黒死牟も再現したことがあるが、それは鬼になって血鬼術も使ってのことである。
人間のままでは普通は実現不可能な黒歴史を再現って、マジで意味が分からなかった。
『嘘だ!』
「信じてもらえませんか……では、お見せしましょう」
そう言ってスラリと刀を抜く縁壱。
次の瞬間には黒死牟の頸は断ち切られていた。
あまりの剣技に周囲の炎柱たちは驚嘆の声を漏らしていた。
「おお、なんという剣捌き!」
「見事! これが伝説の日の呼吸の剣士か……」
「今の技はどこに載っていた技でござろうか?」
「待て待て、どこかで読んだ記憶があるのだが」
「あった、ここの記載ではないか?」
一部の炎柱が黒歴史片手にはしゃいでやがる。
さてはお前ら
その様子を見て、「今の技は――」と、縁壱が解説をしはじめるのだからたまったものではない。
『おい馬鹿、やめろ! 貴様の指導能力にかかれば習得は時間の問題ではないか!』
今すぐにでも縁壱の指導をやめさせたい黒死牟だが、首だけになってはただ見ていることしかできなかった。
『縁壱、貴様が憎い!』
恨み言を口にした黒死牟は、そのままあっけなく消滅していったのであった。
すごい死体蹴りをみた気分だ……
お待たせいたしました。
とりあえず、鬼たちのその後編は終了です。
次回はぎゆしの結婚式の様子とかを書きたいところです。
ただ、最近ギャグ展開とかを考えるのがうまくできていなくてスランプ気味です。
いっそ思い切りシリアスな曇らせ展開の話とか別作品で書いてみようかなとかも考えています。
なので、更新はしばらく先になりそうです。
よろしくお願いします。