ヤバイ子ちゃん   作:きばらし

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百合展開あり。
短編につきこれで終了。
読んでくれてありがとうございました。



おまけ後半

▼月■日

 学校行ったらハナが復活してた。良かった良かった。

 

 久しぶりに煮干しとお土産のサメの干物をあげると瞬殺された。幸せそうな笑顔でこっちも幸せな気分だった。ただ残念なことに、みこは干物が好きじゃないのか、渡すとき微妙な顔だった。

 

 私が実家に行ってる間、特にお見舞いの日はたいへんだったみたいで、小さな地震が起きてハナの家の水槽と水道管が壊れたらしい。

 

 ものは考えようだ。速報もされないくらいの地震で壊れるなら、きっと寿命だった。前向きに行こう。みこのことも、友達の好みを一つ知れたと考えるんだ。

 

 

 

▼月■日

 ユリアに和二村のことを聞かれた。写真からスピリチュアルなパワーを感じたらしい。

 

 親の実家の歴史とか聞かれても分かんない。分かってるのは魚がおいしいことと海がきれいなことくらい。

 

 調べてみたら自治体のホームページが出てきた。

 

 あんな田舎がデジタル化の波に対応してるのは意外だけど、一番の驚きはふるさと納税だ。申し込みページのリンクがあった。19,000円の寄付で特産品の新鮮サメ切り身が返礼されるらしい。ハナにアドレス教えとこ。

 

 和邇神伝説というリンクがあったけど、全部文字化けしてて読めない。せっかくユリアが好きそうな字面なのに残念。

 

 

 

▼月■日

 ハナのおっぱい

 

 

 

▼月■日

 やべー手が震えてフリックできん。音声入力ありがとう。

 

 え、みこってあんな子だったっけ? ハナ並みにスキンシップ多くてやべーんだけど。

 

 最近何かおかしいとは思った。やたらと私の髪触ったり抱きついてきたり。挙げ句のはてに壁ドンなんてされたら、惚れちゃうじゃない。

 

 いや違うな、惚れてるのはみこだ。みこはきっと私への恋心を自覚できないまま、欲望に駆られてスキンシップをしている。そうに違いない。

 

 正直みこ相手ならそっちの道に踏み込むのもやぶさかじゃない。問題は、ハナ、ユリアとの友人関係がごちゃつきそうなこと。

 

 難しい問題はまず海に行って……待てよ、私に惚れてるなら海にも来てくれるんじゃない?

 

 誘ってみよう。

 

 

 

▼月■日

 海には来てくれなかった。

 

 でもスキンシップはめっちゃされた。

 

 乙女心をもてあそびやがってあの黒髪美人野郎許せねえ。

 

 

 

▼月■日

 本日歴史が動いた。すべての謎が解けた。

 

 みこは私にすべての秘密を打ち明け、私もすべての秘密を話した。この日記にすら書いてない(たぶん)最重要機密だ。

 

 まさかみこがあんな事情を抱えていたなんて。誰にも打ち明けず今までよく頑張った。最近の奇行もそのせいだったんだ。

 

 これからは互いの秘密を共有する同志として、より親密に付き合えると思う。

 

 みこ、いい匂いだったな。

 

 

 

▼月■日

 海はそこにある

 

 

 

 

 

 

「ところで何か進展ありました? 神社の件」

「え」

「あとシズミさんの祟り神の件もどうです? かなりまずい感じですけど平気ですか?」

「えっ、ちょ、あの、待って」

 

 放課後の帰り道。黒ずくめの男、神童ロムに呼び止められたみこは、路地裏で爆弾発言を重ねられ大いに混乱した。

 

 まず神社の件は、三回悪いものから守られるご利益を得た神社のことで、ミツエに任せっきりにしていた結果、みこではなくハナが狙われる事態に至った。あの神社に願った自分が本当に投げっぱなしでいいのだろうか、とちょうど揺れていたところだ。

 

 次にシズミに憑く神の件。ハナの家で見た巨大な目がその一端であるのはなんとなく察せられる。しかしあのときシズミは遠いところにいた上、同じ神様の目が写真に映っていた。なぜ異なる場所に同時に現れたのかという疑問もあるが、何より、

 

「た、祟り神? 悪いものなんですか?」

 

 不穏な響きに寒気がする。そんな聞くからに危なそうなものに憑かれてシズミは大丈夫なのか。

 

 ロムはにこりと人を食ったような笑みを浮かべる。

 

「シズミさんは、大丈夫ですよ。シズミさんはね」

「なら、いいですけど……」

「それより神社の方は、ミツエさんから何か聞いてます?」

「いえ。なんとかする、とは言われました」

「おやおやそれだけですか。よければ私が相談に乗りますよ……と、言いたいところなんですが」

 

 ロムは言葉を切って、路地の入り口を見やった。

 

 釣られてみこも見てみると、そこには息を切らした老婆が立っている。独特な意匠の装束をまとっている彼女は、神社の件を引き受けた見える人、タケダミツエだ。

 

「山の神の前に、海の神をどうにかしないといけません。そうですよね、ミツエさん」

 

 ミツエはロムの呼びかけに顔をしかめ、ひときわ厳しい顔つきでみこを睨み、踵を返した。

 

「ついてきな。場所を変えるよ」

 

 訳も分からず成り行きを見ていたみこは、ロムに促され慌ててついていく。

 

 路地裏から移動した先は商店街。ミツエが占い屋をやっている店舗だ。シャッターの下りている正面から勝手口へ周り、薄暗い店内へ連れ立って入る。

 

 普段は水晶玉でも置いてそうな丸テーブルを囲って座ると、ミツエが忌々しげにロムを睨む。

 

「元師匠を呼びつけるとは偉くなったね」

「緊急事態だったもので。伝説は読んでくれました?」

「あ、あの!」

 

 置いてけぼりの状況にみこはたまらず声を上げる。

 

「海とか山とか神様とか、一体何の話をしてるんですか?」

「簡単に言うとだ、みこ。お前さんは今、二柱の神に目をつけられとる。一つは例の神社のもんだが、こっちはまだいい。やつは結界の外では体を保てん。今すぐどうにかなるってことはない。だが」

「シズミさんの神様がちょっとせっかちなんですよね。みこさん、耳を澄ますと何か聞こえるでしょ?」

 

 図星だった。シズミのそばを離れた今でも、遠く潮騒の音が聞こえる。ハナの家であの巨大な目を見たときから。

 

 みこの反応から察したのか、ミツエは表情を和らげた。

 

「安心しな。やっこさんの正体も対応も、もう調べはついとる。その通りにすりゃなんともない」

「さすがミツエさんですね。私じゃシズミさんと絶縁するくらいしか思いつかないですよ」

 

 さらっと友情を引き裂こうとするロムにみこは狼狽する。不安を煽るようなこと言うんじゃないよ、と叱りつけるミツエ。

 

 ミツエはその鋭い視線を、続けてみこへ向ける。

 

「だけどその前に確認だ。みこ、あんたあの嬢ちゃんの神に何かしただろう」

「えっ」

「たとえば、ネットの聞きかじりで神事のマネごとをしたとか。そうでもないと今の拗れた状況が説明つかんのよ」

「してないです、そんなこと! あ、でも……」

 

 神事と言われてもまったく心当たりはなかったが、神様の関わっていそうな現象なら思い当たることがある。存在しない寿司屋だ。あの一件以来光の中にヒレが見えるようになり、ユリアに至っては除霊のような力を得ている。

 

 ミツエたちの相槌と質問に促されあの日の体験を細かく語り終えると、ミツエは頭が痛そうに眉間を抑えた。ロムは飄々とした笑みをすっかりひそめ真顔になっている。

 

「うわぁ、あんた……やっちまったね」

「何を!?」

「いよいよミブリ映画の世界ですねえ」

 

 真顔のロムは嘆息混じりに言う。

 

「みこさんたちは異界に招かれ、神の肉を食べ、帰ってきた。ヨモツヘグイは起きていない。そういうことでいいんですかね、ミツエさん?」

「少し違う。サメの肉はワニ神じゃあないよ」

「理由は?」

「影響が少なすぎる。記紀に語られる怪物を人が食らってただで済むとは思えない。ヨモツヘグイ以前の問題さね」

「なるほど。たしかに、現代版八百比丘尼で済めば御の字かな」

 

 エラや水かきが生えたりして、とロムは真顔から薄笑いに戻って茶化しているが、みこは気が気じゃない。安くて美味しいお寿司を食べた帰りに多少背筋の凍る思いをした程度に考えていたのに、そこまで危ない橋を渡っていたとは。

 

「おそらく御使いの肉を使った神饌で加護を与えたんだろう。大きな代償つきでね」

「ワンクリック詐欺みたいですね〜」

「あの、すみません。もうちょっと分かりやすく……」

 

 ついていけないみこが音を上げると、主にミツエが分かりやすく説明してくれた。

 

 まず、みこたち三人はあの日の寿司を食べたことで神様の加護を得た。それがユリアのパワーアップであり、みこに憑いている分霊である。ハナは不明。

 

 分霊は元の神から分かれたもので、力の格は元とまったく同じ。端的に言うとものすごく強い守護霊である。

 

 ただし神が無償で人間に奉仕することはあり得ない。みこが山の神に目を付けられたように、大きな力には必ず代償が伴うものだが、今回は一方的にご利益を押し売りされたことになるので代償の内実が分からない。後で請求されるかもしれないし、されないかもしれない。

 

「多分海に近づいたら引きずりこまれるとかじゃないですかね〜」

 

 ロムの冗談はさておいて、今のみこの状況はこうなる。

 

 山の神に願いの代償を請求されると同時に、海の神にも勝手に契約され、請求されるのを待っている。

 

 みこは状況を正しく理解し、脳裏にギザ歯の無自覚ヤバイ子ちゃんを思い浮かべ、引きつった笑みを浮かべた。

 

「ちょっとくらい八つ当たりしてもいいかな……」

「ま、まあ落ち着け。気持ちはわからんでもないが」

 

 どうどうとミツエが荒ぶるみこをなだめる。

 

 すると、ロムが興味深げに身を乗り出した。

 

「それでミツエさん、どうするんです? 古い神の分霊をどうやってみこさんから引き離すんですか?」

 

 寿司を食べたら勝手に憑いてきた神の分霊。重い代償を求められる前に帰ってもらうための方法とは。

 

 注目を集めるミツエは不敵に笑って、

 

「分祀すりゃいいんだよ」

 

 と、自信ありげに言ってみせた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 休み時間のチャイムが鳴ると、みこは小走りでシズミの背後に回り、首元に腕を絡めた。

 

「おっ、ハナは今日も元気だね。でもちょっと胸縮んだ?」

「ハナじゃなくて悪かったね」

「え、みこ!? 待って絞めないで絞めないで!」

「みこがそういうことするなんて珍しいねー」

 

 スキンシップ担当のハナが合流し、珍しいものを見るような目をしている。

 

 実際、後ろから抱きつくなんて友達相手でもみこは滅多にしない。それでも敢行したのは別にシズミを絞めるためではなく、必要なものを手に入れるためだった。

 

(髪の毛は……付いてないか)

 

 密着しながらシズミの肩元を見るも目的のものはない。体を離して接触した部分を確認するが、一本もない。一度目の試みは失敗だ。

 

「シズミちゃんいいなー、みこのハグって貴重だよ? あたしもいつだってウェルカムだからね、みこ!」

「はいはい」

「ふへへ……いい匂い」

 

 受け答えの裏で、みこは先日のミツエの説明を思い出す。

 

 ミツエいわく、シズミの神の分霊は特別な食事で深まった縁を頼りに憑いて来ている。ただしちゃんとした手続きを経ず勝手に分裂してきたため、非常に不安定な状態でみこの周囲にいたりいなかったりするらしく、いつ何がみこに降りかかるか予想もつかない爆弾みたいなものとか。

 

 これを解決するために分祀する。日本中で祀られるお稲荷様のように、祠を建てて正式に勧請してそこに入っていただく。神様もみこも落ち着く解決策だ。

 

 祠や勧請の手配はミツエが担当し、みこが任されたのは分祀する御神体の準備。この場合もっともふさわしいのは、シズミの髪の毛である。いわく、髪には神様が宿っているから祀るには最適とか。

 

 一本だけで大丈夫らしいが、机や制服に付いているのを回収するところを万が一にも見られたくない。故に、スキンシップで誤魔化しながら探す作戦をとっている。

 

(一本くらいなら簡単だよね)

 

 一度目の試みは失敗したが、髪は一日に何本も抜けるものだ。ミツエと約束した今週末までには必ず手に入るだろう。

 

 気楽に構えたみこは、次の休み時間で二度目を仕掛ける。

 

「シズミって髪きれいよね」

「えっ、あ、ありがと」

 

 正面から顔を間近に近づけ、手でシズミの頬を撫でながら髪を触る。サラサラしたボブカットが指の隙間をすり抜けていく。

 

 シズミは顔を赤くしてうつむく。教室のそこかしこでざわめきが起き、ハナはおおっと興奮しながら身を乗り出した。

 

「シャンプー何使ってるの? どんなトリートメントしてる?」

「ぜ、全部お母さんが買ってきたの使ってます……」

「そうなんだ。美容院とかどこ行ってる?」

「自分で整えてる」

 

 話している間、みこはずっとシズミの髪を触っている。

 

 シズミはもじもじしながら上目遣いでされるがままになっているが、ここで時間が切れた。ハナのストップがかかったのだ。

 

「そこまで! いい雰囲気になるの禁止!」

 

 ハナは二人の間に割って入って、ぷっくり頬をふくらませる。

 

「シズミちゃんばっかりずるい! 私だって触り放題なんだからね! 髪でもどこでも!」

「どこでも?」

 

 勢いだったのだろう、みことシズミがハナのもっとも曲線的な部分に注目すると、ヤケクソ気味に胸を張った。かかってこいと言わんばかりだ。

 

「前から触ってみたかったんだー」

「んっ」

 

 遠慮なく鷲掴みにするシズミと悩まし気な声を出すハナを眺めながら、みこはひそかに成果を確かめた。シズミの髪をこれでもかと梳いていた手を検める。あれだけやれば一本くらいはあるはず。

 

(ええ……)

 

 一本もなかった。

 

 きっと毛根が強い、確率的にそんなこともある。みこは気を取り直して次の休み時間も攻めの姿勢を見せた。抱きついて制服の肩口をよく見てみる。事あるごとに手櫛で髪を梳く。シズミは急激に距離を詰めにきたみこに困惑し、赤くなってずっとあたふたしていた。ハナはヤキモチを妬いて自分も触れとアピール。いつもはブレーキ役になるみこが人目を憚らずそんな調子なので、一部の野次馬気質なクラスメイトたちは大いに盛り上がった。

 

 しかしこれだけ仕掛けても、シズミの髪の毛は一本たりとも手に入らない。

 

「あ、忘れ物しちゃった。ちょっと待ってて」

 

 と、放課後に一人で教室に戻って椅子や机を調べても、ブツはなかった。次の日も同じ手で仕掛け、成果ゼロ。

 

(こうなったら……)

 

 しびれを切らしたみこは強攻策を企て、チャンスを伺う。

 

 機会が訪れたのは作戦開始から三日目、水曜日の昼休みのことだった。

 

「ちょっと手洗い行ってくる」

「あ、じゃあ私も」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃい」

 

 昼休み、ユリアも加えて四人で昼食をとっているとシズミが立ち上がり、みこも同行する。二人きりになるときを待っていた。

 

 トイレへ向かう道中、周囲の視線が途切れる瞬間を狙う。

 

「みこはさあ、最近何かあった?」

「何かって?」

「スキンシップめちゃ増えたじゃん。ハナがお株奪われたとか言うくらいに。どうしちゃったの?」

「どうしちゃったと思う?」

「え……」

 

 空き教室の前を通りかかったそのとき、みこは躍りかかった。シズミの肩を優しく押して、一歩ずつ距離を詰める。後退ったシズミは壁に退路を塞がれ、みこは顔の横に手をついた。思いつきで足の間に膝も差し込んでおく。

 

「なんで私がこんなことしてるのか、分からない?」

「はう」

 

 若干の八つ当たりの意味がなくもないみこの猛攻。耳まで真っ赤になるシズミの頭に手を回し、髪の房を探った。うまく一本だけを指につまみ、強く引っ張る。

 

(ぬ、抜けないっ!?)

 

 それでも髪は抜けない。指の力だけでなく、腕全体を使って引く。シズミの頭が揺れるほど引いても髪は抜けず、切れもしない。

 

 みこは、これダメなやつだと悟った。抜け毛が一本も見つからない時点で薄々感づいてはいたのだ。ミツエの『髪には神が宿る』という言葉が脳裏をよぎる。

 

 シズミは狙い通りパニック状態で、髪を引っ張られる痛みには気づいていない。

 

 諦めて身を引くみこ。

 

「なんちゃって。早く行こ」

「……え、あっ、待ってよう!」

 

 その日の晩、みこはカバンに小さなハサミを忍ばせた。抜けないなら切るまでだ。

 

 と、そこまで考えたところで何やってんだろうと正気が戻る。友達の髪の毛を躍起になって手に入れようとしている自分を客観視して、唐突な虚しさを覚える。

 

 しかし神様の恐ろしさは例の神社の件で体感している。なぜか勝手に分裂して憑いてきている海の神様だって、いつどんな形で牙を剥いてくるか分からない。それを避けるため必要なことだ、と強く言い聞かせた。

 

 その恐ろしさを翌日、みこは目の当たりにすることになる。

 

 登校し、席について持ち込んだ武器(ハサミ)を確認する。うまく二人きりになってから、気づかれないようシズミの髪を切り取るのだ。

 

 そうしてハサミをスカートのポケットに忍ばせようとしたみこは、愕然とした。

 

 昨晩まで真新しいねずみ色をしていたハサミの刃。それらが錆に覆われ、赤茶色になっている。持ち手の部分には干からびた海藻らしきものとフジツボが貼り付き、長年海中に放置したような印象だった。

 

 ふざけたマネはするな、と。みこは声なき神様の声を聞いた気がした。

 

「みこっ!」

「……!」

 

 どうにか悲鳴をこらえハサミをポケットへ隠す。正面を見ると、シズミが胸の前で握りこぶしを作って勇ましい顔をしている。

 

「一緒に海に行こうよ!」

「……海? 結構遠いし、オフシーズンだよ?」

「大丈夫。海はそこにあるから」

「行かない」

 

 存在しない寿司屋、海に引きずり込まれるとロムに脅されたこと。さらに、突如大きく響き始めた潮騒の音も相まって、みこははっきりと拒絶を示した。

 

 すごすご席へ戻るシズミを申し訳なく思いながらも、みこは追い詰められていた。ミツエとの約束の日は明日だ。

 

 シズミの髪は切ることも抜くことも拾うこともできなかった。ならば残された手段は一つだけだ。

 

 気づきはしたものの、最後の手段を実行する覚悟ができたのは、一日中授業もおざなりにして悩み抜いた末の放課後だった。

 

 ハナとユリアには大事な話があるからと言い置いて、校舎の隅でシズミと二人きりになる。シズミは海に誘って断られたのをまだ根に持っているのか、ふてくされた様子だった。

 

 そんなシズミに、みこは堂々と言ってのける。

 

「シズミ。あなたの髪がほしいの」

「……はぇ?」

「ここ最近ベタベタしてたのは、あなたの髪がほしかったからなの」

「……」

 

 最後の手段は正直なお願いだった。ドン引きも軽蔑も恐れず誠心誠意気持ちを伝える。

 

 シズミはこてん、と首を傾げた。

 

「なんで?」

 

 言葉に詰まる。誠心誠意とは言ってもシズミはオカルト方面の自覚がない。御神体のためだと打ち明けていいものかどうか。

 

 そうして悩んでいる間が致命的なスキになった。

 

「あっ、髪フェチかぁ! みこは女の子の髪が大好きなんだね!」

「……え」

「あー、そういうことか。正直に教えてくれてありがとう! みこのためなら丸坊主にだってなるよ!」

「そ、そんなにはいらないから! 一本だけ、本当に一本だけでいい!」

「そう?」

 

 たいへん不名誉な納得をしたシズミは、自分の髪を一本つまむ。大した力もなく引き抜いて、みこの手に握らせた。

 

「……っ!」

 

 一週間あれだけ恥を忍んで悩みに悩んでそれでも入手できなかったブツが、あまりにもあっさり手中にある。みこは口を引き結んで遠い目をした。

 

 黙り込むみこに対し、シズミは恥ずかしげに「えへへ」とはにかんだ。ギザギザの歯がきらりと光る。

 

「みこが秘密を教えてくれたから、私の秘密も教えるね。日記にもたぶん書いたことがないすっごい秘密」

 

 この言葉に、感情が荒れ狂って訳が分からない状態のみこが我に返った。どんな秘密だろう。もしかして本当は神様のことを自覚しているとか、見える子であるとかだろうか。

 

 そんなみこの淡い期待はもろくも打ち砕かれることになる。

 

「私、匂いフェチなんだ! 昔から鼻が良くって、おっさんの匂いは苦手だけど、女の子の匂いは好きすぎて毎日興奮してる。ハナは美味しそうな甘い匂いがして、みこも最高にいい匂いだよ!」

「ッスゥー……」

 

 深く息を吸って天井を見上げるみこ。きっと自分は死んだ魚の目をしているだろう、と冷静に自覚した。

 

「だからさ、髪あげる代わりに、匂い嗅がせてくれない? ね、ちょっとだけ!」

「……うん」

「わーい!」

 

 みこは気力が最低値を吹っ切って、力なく頷いてしまう。シズミが首元に飛びつき深呼吸をしながら恍惚とした笑みを浮かべる。

 

 それを窘める気も起きず、みこはただ死に体で立ち尽くしていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 決死の奮闘を経てみこは最悪の勘違いとカミングアウトを応酬した末、古い神の依代を手に入れた。

 

 祠はミツエの店に神棚として建てられ、御幣や祝詞を駆使しミツエがきちんと勧請して、分祀することに成功する。

 

 こうして海の神の分霊は鎮まり、みこはようやく一安心──

 

「いやいや、みこさん。神社の件忘れてませんか?」

 

 するのはまだ早かった。ロムの言葉に、狐面と山の神のことを思い出す。

 

 ロムによると何をするにもまずあの神社にもう一度行く必要があるらしいが、みこはふと思った。

 

「海の神様についてきてもらったら、安全だったんじゃ?」

「どちらも古い神様ですからねぇ。巻き添えで祟り殺されてもおかしくないですよ」

 

 ハナの家で狐面と分霊が顔を合わせただけでも、水槽や水道管に影響があった。もしもあの巨大な山の神と海の神が鉢合わせたら、ロムの言うとおりになるかもしれない。

 

 というわけで、みこは海から山へ忙しなく巻き込まれていくのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 二暮堂ユリアは見える子ちゃんである。

 

 幼い頃から人には見えないものが見え、将来はこの力を活かしたすごい霊能力者になる予定だ。そのためにお手本や師匠となりうる本物の霊能力者を求めている。

 

 そんなユリアは現在、三人の能力者と友人である。

 

 一人は四谷みこ。あらゆる悪いものを祓う強大な力がある。もう一人は百合川ハナといい、無自覚に膨大な生命オーラで悪いものを祓う。

 

 最後の一人、和二シズミはというと──たぶんすごい能力者である。白い靄のような守護霊を引き連れ、その靄は悪いものをまとめて祓う。きっと厳しい修行の末に守護霊が憑いたにちがいない、とユリアは思っている。

 

「えーっと、和二……あったあった」

 

 そんな彼女の父方の実家について、ユリアはスマホで調べていた。ベッドでごろごろ転がりながら。

 

 その実家は和二村という漁村で、先日送られてきた写真にはパワーギチギチのスポットがたくさん映っていた。それに、本物の霊能力者である神童ロムもそこに居たというから、きっと良いパワースポットだ。

 

「結構遠いな……」

 

 しかし地元からでは距離があって、新幹線で一時間、バスで三時間かかるらしい。ユリアの小遣いで交通費を出すのは難しそうだ。

 

 曇った表情で検索結果を見ていくと、和二村の自治体のウェブページを見つける。タップするとデザインは古臭いものの小綺麗に整ったページが開いた。

 

 上から下へざっと見ていくと、ページの片隅に目が留まる。

 

和邇(わに)神伝説』

 

 リンクを開いてみる。村に伝わる古い伝説ですとの但し書きの後、おごそかなフォントで本文が続く。

 

『昔、村にたいそう美しい娘がやってきた。

 

 娘は大いに歓待されたが、村人の無礼に激怒し、大きな和邇へ変じた。

 

 和邇は村人を食らい尽くすと、海に出て魚を食らい、次に島々を食らった。

 

 これに村一番の漁師が立ち向かい、和邇を殺した。

 

 その後、祟りが起きた。民の多くが陸で溺れ死んだ。

 

 和邇は神として祀られ、鎮められたが、それでも祟りはやまなかった。民は次々に陸で溺れ死んだ。

 

 するとある日、和邇を殺した漁師の娘が海に呼ばれたと言い残し、姿を消すと、祟りがやんだ。

 

 以来、その漁師の血筋に生まれた娘には、海に呼ばれ、二度と戻らない呪いがあるという。

 

 その呪いを負う娘は代々、海の底で和邇を鎮めているとされ、鎮女(しずめ)と呼ばれる』

 

「ふーん……ん?」 

 

 ワニとシズメ。聞き覚えのある響きだ。守護霊みたいなものを連れた煮干し大好き女が頭に浮かぶ。

 

 興味が惹かれて更に情報を探ろうとするユリアだが、 

 

「ひゃっ?」

 

 着信だった。緊張していたところに不意打ちをもらって変な声が出る。

 

 設定は非通知。いつもなら切るところだが、最近出来た友達が携帯じゃなくて固定電話から掛けているのかもしれない。

 

 希望的観測で通話へスワイプ。

 

「もしもし」

 

『──』

 

 ざーん、ざざーん。波が浜辺に打ち寄せる、潮騒の音。

 

 いたずらかと訝しんでいるうちに、潮騒は繰り返す。なぜかユリアの頭に、通話を切る考えは浮かばなかった。

 

『ザザッ』

 

 不明瞭なノイズを最後に、通話が切れる。

 

 変ないたずら電話だった。無言でもなく、ただ波の音だけが響いて──

 

「あれ?」

 

 波の音はまだ響いていた。スマホからではなく、ユリアの頭の中にだ。イヤホンから音漏れしているような遠さでずっと鳴っている。

 

 きっと耳に残るとはこういうことなのだろう。夜も遅いので、ユリアは気にせず寝た。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 潮騒は翌朝になっても聞こえた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 海はそこにある

 

 

 


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