――独ソ間 旧ポーランド軍需施設および鹵獲装備に関する情報交換記録 抄録
議題七。
ポーランド企業WILKに関する情報交換。
ドイツ側確認事項。
一、TurおよびBizonと呼称される双発航空機。
二、固定飛行場への依存を抑えた分散航空運用。
三、共通二輪運搬台車およびその派生装備。
四、工作機械、修理設備、物流設備。
五、国外法人、国外工場および金融関係。
ソ連側確認事項。
一、東部地域における同社製航空機の残存活動。
二、農場その他民間施設を利用した航空運用。
三、共通二輪運搬台車およびその派生装備。
四、旧WILK施設における生産設備。
五、主要人員および技術資料の一部不在。
両者確認事項。
ポーランド国内に所在する同社資産の占領のみをもって、同社組織全体の掌握が完了したものとは断定できない。
一九三九年十月。
旧ポーランド軍施設の一室で、ドイツ軍と赤軍の将校たちが同じ机を囲んでいた。
会議そのものはWILKだけを調べるためのものではない。
鹵獲装備。
鉄道。
倉庫。
工場。
通信設備。
旧ポーランド軍施設。
それぞれの占領地域で確認されたものについて、必要な情報を交換する。
その議題の一つに、WILKが入っただけだった。
最初の予定では、それほど長く話すつもりもなかった。
ドイツ側の情報将校が書類を開く。
「まず航空機について。我々は九月一日以降、WILK製と確認された双発機と継続して交戦している」
ソ連側の将校が頷いた。
「こちらでも確認した。数は少なかったが、十七日以降も活動していた」
ドイツ航空将校が少し笑う。
「数を減らしておいた」
ソ連側の航空技術者が資料から顔を上げた。
「全部ではなかったようだ」
一瞬だけ部屋が静かになった。
ドイツ航空将校も笑った。
「全部なら、あなた方が見る機体はなかっただろう」
「その通りだ」
まだ。
笑って済ませられる。
机の上に写真が置かれた。
Tur。
Bizon。
損傷機。
不時着機。
農場。
草地。
納屋。
ソ連側の工兵将校が一枚を指した。
「こちらにも同じ形式の臨時飛行場があった」
ドイツ側が別の写真を出す。
「西側にもある」
並べる。
別々の場所。
だが、よく似ている。
立派な格納庫はない。
舗装滑走路もない。
農場。
草地。
道路。
納屋。
ドイツ側の情報将校が言った。
「我々は当初、偽装飛行場の一種と見ていた」
ソ連工兵将校が首を振った。
「こちらでは逆の結論になった」
「というと?」
「飛行場を隠しているのではない。飛行場そのものを必要としないようにしている」
ドイツ側が資料を見る。
「我々も、後半には同じ評価になった」
ソ連側の将校が少し笑った。
「なら、そこは意見が合う」
最初の一致だった。
二つ目は、もっと早かった。
ソ連側の兵站担当者が、一枚の写真を机へ置いた。
W式二輪台車。
ドイツ側の補給将校が、写真を見るなり言った。
「それはいい」
ソ連側が顔を上げる。
「知っているのか」
「知っている。戦前から」
「我々の部隊でも評判がいい」
ドイツ補給将校が少し身を乗り出した。
「純正品か?」
「純正?」
「W刻印。車輪の幅。交換式の上部台。連結部」
ソ連側の兵站担当者が別の資料を出した。
「これか」
ドイツ側が見る。
「そうだ」
「こちらではすでに生産を再開している」
ドイツ補給将校が顔を上げた。
「そちらも?」
ソ連側も同じ顔をした。
「そちらも?」
今度は、周囲の将校たちまで少し笑った。
ドイツ側の情報将校が咳払いする。
「台車の会議ではない」
補給将校は聞いていなかった。
「万力式の銃固定台は?」
「ある」
「担架受け」
「ある」
「連結棒」
「ある」
「平板」
「ある」
ソ連側の兵站担当者が逆に聞いた。
「何台つなぐ」
「道路次第だ。我々の部隊では四台」
「こちらでは三台が多い」
「オートバイ?」
「使っている」
二人とも頷いた。
ドイツ情報将校がもう一度言った。
「台車の会議ではない」
ソ連側の情報将校が少し笑う。
「この件に関しては、現場の評価が最も早かったようだ」
「何の評価だ」
「使える、という評価だ」
反論はなかった。
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その頃。
ドイツ占領地域に残された旧WILK系工場では、朝から金属を叩く音が続いていた。
以前は航空部品も作っていた。
精密部品も。
治具も。
修理部品も。
今、それらの多くは止まっている。
技術者が足りない。
図面が足りない。
材料も思うように来ない。
だが、工場全体が止まったわけではない。
車輪を作る者がいる。
軸を削る者がいる。
荷台を組む者がいる。
金具を曲げる者がいる。
連結部を加工する者がいる。
そして最後に。
Wが打たれる。
若い職工が完成した一台を押した。
「次」
年長の職工が車輪を見る。
「右、少し重い」
「新品ですよ」
「新品だから見る」
軸を外す。
わずかに調整。
戻す。
回す。
「よし」
次の一台。
工場の片隅では、ドイツ軍の担当者が完成数を確認していた。
「今日何台だ」
現地責任者が答える。
数字。
担当者が帳簿へ書く。
「もっと増やせるか」
「材料が来れば」
「軍から追加要求がある」
職工の一人が小声で言う。
「またか」
隣の職工が返す。
「仕事があるだけましだ」
その声は担当者には聞こえなかった。
あるいは聞こえていても、気にしなかった。
工場の外では、配給を受け取る人間が並んでいる。
占領。
不足。
統制。
仕事を失った者も多い。
この工場に残った者たちも、以前と同じ条件で働いているわけではない。
それでも、賃金が出る。
食料配給につながる。
家族へ持って帰れるものがある。
年長の職工は昼休みに黒パンを食べながら、出来上がった猫車の列を見た。
若い職工が言う。
「飛行機作ってた会社なんですけどね」
「知ってる」
「今、猫車ばっかりです」
年長の職工はパンを噛んだ。
「飛行機じゃ腹は膨れん」
「猫車でも膨れませんよ」
「猫車を作った金ならパンが買える」
若い職工は何も言わなかった。
少しして笑った。
「じゃあ猫車で食ってるのか、俺たち」
年長の職工も完成品を見る。
「そうなるな」
戦争中。
ポーランド人の一部は、W式猫車を作って糧を得ることになった。
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東側でも。
似た音がしていた。
ただし、工場の看板はもう違う。
WILKの名前は外されている。
新しい管理番号。
新しい責任者。
新しい帳簿。
新しい所有者。
工場の中にいる職工の顔は、それほど変わらない。
車輪を作っていた男は、今日も車輪を作る。
軸を削っていた女は、今日も軸を測る。
鍛冶職人は金具を叩く。
木工職人は把手を削る。
若い管理担当者が工場を歩いた。
「生産数は」
責任者が答える。
「予定通り」
「軍から増産要求がある」
「材料が増えればできます」
「鉄材は回す」
「木材は」
「現地調達」
管理担当者が完成品を見る。
そこにもWがある。
「まだこの印を使っているのか」
責任者が答える。
「規格です」
「旧会社の印ではないのか」
「今は規格です」
以前にも同じやり取りをした。
管理担当者は少し嫌そうだったが、それ以上は言わなかった。
実際、その印を残した方が仕事が早い。
旧在庫部品と新造品を混ぜても合う。
他工場から来た車輪も使える。
壊れた猫車二台から一台を作れる。
名前より便利だった。
近くで職工が二台を並べていた。
一台は戦前製。
もう一台は再生産品。
若い管理担当者が聞く。
「違いは?」
職工が答える。
「ほとんどないです」
「改良しないのか」
「何を?」
「もっと簡単に」
職工は少し考えた。
「できます」
「ならやれ」
「壊れやすくなります」
「材料は減る」
「修理が増えます」
管理担当者は黙る。
「どちらが安い」
「長く使うなら、今の方です」
「証明できるか」
職工は戦前製の猫車を指した。
「これ、何年前のだと思います」
管理担当者が見る。
傷。
錆。
修理跡。
それでも車輪は回る。
「……そのまま作れ」
「はい」
職工は作業へ戻った。
所有者が変わった。
制度も変わった。
注文の出し方も変わった。
それでも現場では、同じ寸法で作るのが一番早かった。
そしてそこでも、残ったポーランド人は猫車を作って食べていた。
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独ソ合同会議。
次の資料。
国外拠点。
ドイツ側の情報将校が一覧を置いた。
「ノルウェー」
ソ連側が別資料を見る。
「こちらにも記録がある」
「トルコ」
「確認」
「ポルトガル」
「確認」
「米州」
ソ連側情報将校が眉をひそめた。
「多いな」
「我々もそう思う」
「航空企業ではなかったのか」
ドイツ補給将校が横から言った。
「猫車の会社だ」
全員がそちらを見る。
「冗談だ」
珍しく本人が付け足した。
ソ連側の調査官が資料をめくる。
「国外の工作機械」
ドイツ側。
「ある」
「銀行口座」
「ある」
「倉庫」
「ある」
「社員」
「いる」
「技術者」
「相当数が移動済みと思われる」
次。
捕獲図面。
ドイツ航空技術将校が紙を広げた。
「Bizonの構造図」
ソ連技術者が見る。
「こちらのものと違う」
「どこが」
「ここ」
補強部分。
ドイツ側の図面にはある。
ソ連側の図面にはない。
「改修時期が違う?」
「おそらく」
「変更記録は」
「こちらにはない」
「我々にもない」
別の図面。
今度はソ連側の方が新しい。
ドイツ技術者が嫌そうな顔をする。
「同じ会社の資料なのに、揃わんな」
ソ連側が答える。
「揃えなかったのでは?」
部屋が静かになった。
ドイツ情報将校が顔を上げる。
「意図的に?」
「少なくとも一か所へ全部置かなかった」
「戦争前から?」
「資料を見る限りは」
ドイツ側も、自分たちの情報を確認する。
銀行。
港。
工場。
図面。
治具。
人。
別々。
一つの拠点を潰しても、全部は消えない。
一つの工場を押さえても、最新資料が揃わない。
一人捕まえても、全部は知らない。
ドイツ側の情報将校が言った。
「我々は航空機を捕獲した」
ソ連側が答える。
「我々は工場を接収した」
「本社施設も押さえた」
「こちらにも支社がある」
「では」
誰かが続きを言うと思った。
誰も言わない。
ソ連側の調査官が口を開いた。
「会社は?」
返事がない。
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会議の休憩。
中庭へ出たドイツ補給将校が、思わず足を止めた。
赤軍兵がW式猫車を押している。
二台連結。
一台目には資料箱。
二台目には湯沸かし器や雑多な荷物。
ドイツ将校がソ連兵站担当者を見る。
「そちらも、本当に使っているんだな」
「使うと言っただろう」
「何台ある」
「教える必要があるか?」
ドイツ側が笑う。
「軍事機密か、猫車が」
ソ連側も笑った。
「そちらは?」
「教えない」
二人とも猫車を見る。
赤軍兵が段差で一度止まる。
一人が後ろを持ち上げる。
そのまま越える。
また進む。
ドイツ将校が言った。
「戦前、私費で買っていた兵士がいる」
ソ連側が少し驚く。
「自分で?」
「軍が支給しなかったからな」
「今は?」
「ポーランドの工場で作らせている」
ソ連側は少し笑った。
「こちらもだ」
「知っている」
「現地人が作っている」
「こちらも」
二人とも少し黙った。
制度は違う。
命令の仕組みも違う。
金の流れも違う。
だが、その下で働いているのは、昨日までポーランド人としてWILKやその協力工場で働いていた職人たちだった。
ドイツ側の補給将校が言った。
「結局、最初に戻るな」
「何が」
「あれの会社だ」
猫車を指す。
ソ連側の兵站担当者が答える。
「その会社はもうここにはないらしいがな」
「工場はある」
「人も残っている」
「猫車も作っている」
「だが経営者はいない」
「技術者も相当逃げた」
二人は中庭を見る。
「変な会社だ」
今度は二人とも同意した。
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午後。
合同報告書の文章が詰められていた。
最初の一文。
> WILK社のポーランド国内生産能力は、戦役および占領により重大な損失を受けた。
異論なし。
次。
> 同社製航空機は、戦役の戦略的結果を左右する能力を有していなかった。
これも異論なし。
ただしドイツ側から追記。
> 一方、その分散運用および低空地上攻撃は、局地的な進撃および後方活動に継続的負担を与えた。
ソ連側も認める。
さらに、
> 農場その他民間施設を利用した航空運用方式は、固定航空基地の破壊のみでは航空活動停止に至らない事例を示した。
そして。
> 同社共通二輪運搬台車については、両軍占領地域において高い実用性が確認され、既存生産設備を利用した再生産が開始されている。
ドイツ情報将校が文章を読む。
「これ、本当に必要か」
補給将校が即答する。
「必要だ」
ソ連兵站担当者も言う。
「同意する」
情報将校は二人を見た。
「……分かった」
そのまま残った。
最後。
一番長く議論された文章。
> 同社の主要人員、技術記録、金融資産、国外法人および国外生産能力については、ポーランド国内施設とは別個に分散されていたと判断される。
続く。
> よって、ポーランド国内に存在した同社施設および資産の占領、接収をもって、WILK社組織全体の活動停止または掌握完了と判断することは適当ではない。
全員が読む。
ソ連側の調査官が言った。
「長い」
ドイツ側情報将校が答える。
「では短くするか」
「どうする」
ドイツ将校は考えた。
窓の外。
また猫車が通る。
今度は一台。
書類を積んでいる。
車輪が鳴る。
ガラガラ。
ドイツ補給将校が冗談めかして言った。
「ポーランドは取った」
誰かが笑った。
ソ連側の調査官が続ける。
「工場も取った」
「飛行機も何機か取った」
「猫車も取った」
補給将校が言う。
「それはかなり取った」
情報将校が睨む。
「で」
ソ連側調査官が資料の束を見る。
「会社は?」
誰も答えなかった。
しばらくして。
彼自身が言った。
「逃げた、では少し違うな」
ドイツ側が顔を上げる。
「では?」
ソ連側の調査官は国外拠点一覧を指で叩いた。
「最初から、全部ここにはなかった」
報告書の長い文章は、そのまま残された。
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その夜。
西側の工場では、夜勤の職工が猫車の車輪を取り付けていた。
東側の工場では、別の職工が同じ寸法の軸を削っていた。
互いの存在は知らない。
注文主も違う。
工場の名前も違う。
賃金の仕組みも違う。
明日どうなるかも分からない。
それでも、ノギスを当てる。
寸法を見る。
車輪を入れる。
回す。
悪ければ外す。
削る。
また入れる。
最後に。
西でも。
東でも。
同じ場所へ刻印を打つ。
W。
それが会社名なのか。
規格なのか。
もう曖昧だった。
ただ、その印が付いた猫車を作れば仕事になった。
仕事になれば、今日の食事につながった。
戦争がポーランドという国家を東西から割ったあと。
残った人間の一部を食わせ始めたものは、戦闘機でも爆撃機でもなかった。
かつて航空機の中へ積むために作られた。
小さな二輪台車だった。