シャングリラ・フロンティア〜世界のバグ(魔王軍)ですが、クソゲーハンターに攻略されかかってます〜 作:はとけん
ここからは、第一章です。
「……おいおいおい、ログの接近速度がバグってやがるな」
世界管理システム(AIアリス)によって、強引に『第8のユニークモンスター:【統べる宿命の影王】』に指定された俺――レキは、禍々しい黒塗りの玉座に座らされたまま、空中に展開した『裏口解読(バックドア)』のシステム画面を凝視していた。
画面の向こう、不可視の結界の外周から、一筋の光のような速度でこちらへ直進してくるアバターデータがある。
アイコンは『青い鳥の頭を被った上半身裸の男』。
言うまでもない。ユニークモンスターの連続出現という、シャンフロ史上最大のイレギュラーに脳汁を限界まで溢れさせたクソゲーハンター・サンラクだ。
「ヒャッハー! 待ちかねたぜ新ユニークモンスター! 『統べる宿命の影王』だか何だか知らねえが、前情報ゼロの初見殺しステージ、最高にゾクゾクするじゃねえか!」
――ドォン!!!
結界の分厚い霧を文字通り「切り裂いて」、空中からその変態が躍り出てきた。
両手にはウェザエモン討伐エリアの道中で手に入れたであろう、鋭く光る双剣。そのアガりきったテンションは、完全に「最悪なバグに出会って狂喜するゲーマー」のそれだった。
サンラクは着地と同時に一切の予備動作なく地面を蹴った。
クソゲーで培われた彼の「最高効率のAGI(敏捷)移動」。その軌道は直線的でありながら、こちらの出方次第でコンマ数ミリ単位のステップ回避へ移行できる、あまりにも戦闘慣れしすぎたクソゲーのステップだ。一瞬で俺の玉座へと肉薄してくる。
(速い……! 原作既刊で読んじゃいたが、いざ正面から対峙すると、とても戦闘力ゼロのモブNPCが視認していい速度じゃねえぞ!)
俺の背中に冷や汗が流れる。いくらグラフィックがラスボス仕様に変更されていようと、俺の本体ステータスは始まりの街の「果物屋」だ。かすり傷一つでデリートされかねない。
「我が主(レキ)の御前に、武器を携えて近づく不敬――ここで塵となりなさい」
だが、サンラクの刃が俺に届くより早く、俺の影から巨大な影が立ち塞がった。
魔王軍の『鋼鉄の守護者』アイギス。
筋骨逞しい巨漢のNPCである彼は、身の丈を超えるほどの大盾を無造作に荒野の地面へと突き立てた。
ズガァァァァァンッ!!!
アイギスが盾を叩きつけた瞬間、シャンフルの物理法則やエフェクトの基準を完全に無視した、空間そのものを震わせる「絶対不可侵」の衝撃波が円状に広がった。
これは前世の世界で彼が誇った、周囲の有象無象を拒絶する絶対防御の余波だ。
「チッ! ただの壁役(タンク)じゃねえな……! 背後のエフェクトと判定が一致してねえぞクソが!」
サンラクは吐き捨てながらも、その衝撃波の「ドット単位の判定の隙間」を見切っていた。
彼は空中で不自然に身体をひねり、衣服(というかパンツ)が微かに擦れるような極限の回避を披露。アイギスの大盾を足場にするように蹴りつけ、そのまま天井(結界の上層)へと高く跳躍した。
「ふふ、上空に逃げれば安全だとでも思いましたか?」
今度は、俺の右側に控えていた魔導の極致『アルテミス』が、美しく冷酷な微笑みを浮かべてその杖を掲げた。
彼女が短く詠唱(システム的には一瞬のログ処理)を行うと、サンラクの頭上の空間がメキメキと黒く割れ、シャンフルのいかなる魔法スキルツリーにも存在しない、ドット単位で周囲の空間を削り取る暗黒の魔力球が十数個、一斉に生成された。
「おいおいマジかよ! 予備動作(フレーム)なし、弾速カンストの即死級広範囲魔術だと!? どんなクソ調整してやがるんだこの運営――!!」
サンラクは鳥のマスクの奥で悲鳴を上げながらも、その瞳は完全に爛々と輝いていた。理不尽であればあるほど、彼は燃える。これこそが、俺が前世のデバッグ生活で最も恐れ、そして最も愛した「クソゲーハンター」の生態そのものだった。
「だがな……モーションが見えねえなら、システムの『処理の重さ』でタイミングを計るまでだ!」
サンラクは信じられないことを口にした。
アルテミスが放った超高速の魔力球が迫る中、彼はあえて自身の処理負荷を上げるような高速の視点変更と、武器の切り替え(クイックスワップ)を連打。ゲーム画面が一瞬だけカクつく「ラグ」を意図的に発生させ、そのラグの瞬間に発生する無敵フレーム(仕様の穴)を利用して、アルテミスの即死魔法の雨をすり抜けてみせたのだ。
(おいおい、フルダイブ環境でフレーム単位のラグ誘発回避を使う奴があるかよ! 本物の変態だろあいつ!)
俺は玉座の上で、声にならない絶叫を上げていた。魔法の雨を突破したサンラクは、今度こそ完全に俺の頭上を取り、双剣を逆手に持ち替えて、一気につき下ろしのモーションへと入る。
「真のユニークモンスター! その首、一番乗りで貰い受ける!」
世界最強のクソゲーハンターの刃が、最弱のNPC(俺)の頭へと迫っていた。