続くかどうかは分かりません。
良く言えば淡白、悪く言えばノンデリ──どちらでも構わないが、一戦を交えた後は吸いたくなるものだ。
休憩施設へ入室して30分が経った頃、ベッドへ彼女と共に寝転がった時はピンと貼られていたシーツは、それから数時間が経過した今では数多の皺が寄っている。
湿気も孕んだシーツへ包まる格好で穏やかな寝息を立てる彼女の明るい茶色の長髪が生え揃う頭の下ヘ差し入れていた腕を引き抜いた男は、静かにベッドから抜け出る。
下腹部へ何も纏わないまま彼は室内に備え付けのソファへ移動し、腰掛けながらローテーブルの天板に預けていた自身の愛煙の煙草が詰まったソフトパックを拾い上げた。
タール17mg、ニコチン1.4mg──鮮やかなコバルトブルーのパッケージ。ハイライトだ。
手首を軽く振り、飛び出させた一本の吸い口を乾燥気味の唇へ銜えて引き抜く。次いで、愛用して何年になるか分からない銀無垢のオイルライターを握り、特徴的な音色を奏でつつ上蓋を親指で跳ね上げた。
ホイールが回され、摩擦を受けたフリントから火花が散る。オイルが染みたウィックへ火が灯り、銜えている煙草の先端を炙りながら軽く吸い込んだ。
キン、と上蓋を閉じて消火しながらオイルライターとソフトパックを天板へ置き、ソファの背凭れへ背中を預けつつ男は紫煙を燻らせる。
独特の湿気が含まれた室内の空気にハイライトの香料であるラム酒のフレーバーが混ざる中、彼の背後──ベッドの上で身動ぎする衣擦れの音が微かに響いた。
「……んぅ……」
上体を起こしたのだろう。シーツが落ちる音が男の耳朶を擽る。
続けて──バスタオルを巻いているのか、やや緩慢な衣擦れの音も混ざっている。
やがてペタペタと、床を踏み締めながら軽い足音を響かせつつ男の視界の隅へ長身かつ細身の人影が入り込んだ。
「……大丈夫か?」
「──大丈夫やあらへんわ」
細身ながらも豊かな胸元はバスタオルで隠されていようと強調されている。
独特の訛りを漏らす声はやや掠れていた。明るい茶色の長髪が生え揃う頭部の頂点には一対の──人間のそれとは異なる形状の耳介が存在していた。
頭髪と同じ色のフワフワとした耳介──猫のそれが一際目立つ彼女は、男の傍らへ並んで腰掛けるなり、細い片手をローテーブルの天板に伸ばす。
彼女の指先が掴んだのはピアニッシモ──男が愛煙するソフトパックの真横へ置かれたそれの蓋を開け、摘み取った紙巻き煙草が形の良い唇へ銜えられた。
「──んっ……」
彼がオイルライターを握ろうとした時、彼女は男へ向かって煙草を銜えたまま顔を向ける。美しい明るい茶色の虹彩を湛えた瞳を閉じ、突き出したピアニッシモの先端。
「……まったく……」
呆れ混じりの溜め息を漏らす男だが、吝かではないのだろう。彼女が求めるそれを正しく受け取った彼は、火の点いた自身のハイライトをピアニッシモの先端へ当てた。
火を強くする為、男は銜えた吸い口から紫煙を肺へ多く吸い込んだ。火力を僅かに増した煙草の先端に炙られ、彼女が銜えるピアニッシモへ火が移る。
「……おおきに」
「……あぁ」
彼女からの礼へ男は素っ気なく返しながら長い脚を組んだ。
互いに会話もなく、暫くの間、二人はそれぞれの愛煙する紙巻き煙草の紫煙を堪能する。
男が一本目のそれを吸い終え、大量生産されたガラス製の灰皿へ吸い殻を押し潰すが──どうにもまだ口寂しい。
彼は続けて二本目を銜え、オイルライターの火を点けた。
煙草は二本目からが美味い──脳髄が微かに痺れる感覚を捉えつつ男が再び紫煙を燻らせ始めて間もなくだ。
傍らへ腰掛けた彼女の腰辺りから伸びる尻尾──バスタオルの裾から覗くそれが男の腰へ絡まった。
次いで、肩へトンと軽い衝撃が走る。衝撃、とすら言えない程に軽いそれは彼女が頭を預ける格好で凭れ掛かって来た証拠だ。
「……どうした?」
男の低い声で尋ねられたそれへ答えることはなく、代わりに彼女は、スリ、と凭れ掛かる彼の肩へ頭を擦り付けた。
その姿に男は煙草を銜え直し、人差し指と中指で挟みながら紫煙を燻らせ──溜め息を細く吐き出す。
凭れ掛かる彼女も形の良い唇に銜えた煙草の紫煙を堪能しながら──溜め息を細く吐き出す。
──早くヨリ戻して欲しいと言えば良いのに。
──はよヨリを戻そうって言うたらええのに。
互いの内心で呟かれた願望は、面倒臭い元交際相手へ向けたそれであった。