何かがおかしい、と魅上照が気付いた時はもう遅かった。
無罪を勝ち取ったはずの裁判は何故か続き、月は被告人として最高裁判所に立たされる。
月が雇った弁護人も、買収した裁判長もどこかへ行ってしまっていて、代わりに仮面を付けた少年が二人、裁判長と弁護士が居るべき場所に立っていた。
「ここからの裁判、裁判長を務めさせていただきます、
「で、俺が弁護士の
魅上や傍聴席からざわめきが上がり、平静を装った月が穏やかな笑みをたたえながらニアに話しかける。
「これは、どういうことかな」
「詰みというやつですよ。夜神月」
ニアは髪の毛の先を指でいじりながら、ニアとメロが尊敬していた先人Lを殺した、大量殺人犯キラに勝利宣言を行う。
「私には行動力が欠けている。
メロは冷静さに欠けている。
私達は、一人ではLを越すどころか並ぶことも出来ない……」
裁判長・弁護士・検事。
その三つの席の内二つを奪取した時点で、ニアとメロは勝利を確信していた。
「けれども、私達は二人です。
私達二人で裁判長・弁護士・検事の三つのポストの内の二つを獲れれば?
どんな状況からでも、狙った犯罪者をピンポイントで死刑にできる。
二人だからこそ、私達はLにもできなかったことができるんです。
一人ではLに届かなかったとしても……二人ならLに並べる。二人ならLを越せる」
「……!」
魅上照が月の味方であったとしても、検事が減刑を申し出ることなどできない。
チェックメイト、と誰かが傍聴席にて呟いた。
「待った! け、検察側は意義を申し立てる!」
「却下します。Lボタンのゆさぶるも許可しません。Lの後継者だけに」
ニアが裁判長が使う木槌を振り下ろし、厳格な音を響かせようとする。
だが使い慣れていなかったからか、木槌は少年の手からすっぽ抜けて飛んでいく。
日本の裁判には木槌がそもそも使われていないため、その存在を認識していなかった魅上の隙だらけの頭に、その木槌が突き刺さった。
「エンッ」
魅上の頭蓋骨が陥没し、厳格な音が響き渡る。
まあこれでいいか、とニアは木槌が鳴らす音を妥協した。
「判決。死刑!」
魅上の頭蓋骨ドラムの音をバックに、ニアは月の敗北を宣告する。
「うわあああああああ! 死にたくない! 逝きたくないいいいいいいいいいッ!」
月が叫ぶ。
醜態を晒す。
死にたくない、死にたくないと暴れ始める。
メロがそれを見て勝利を確信し、安堵の息を吐きながら、ポケットの中に手を突っ込んだ。
ぐちょっ、と祝福の鐘のように音が鳴る。
ポケットの中に入れられていた剥き出しの板チョコが、メロの手を暖かにかつ柔らかに、抱きしめるように包み込んでいった。
人間が好きだったアニメの最終回を見ている時と似たような気持ちを、リュークは醜態を晒す月を見ながら感じていた。
デスノートが警察に没収されたこともあって、リュークのつまらなそうな表情は関係者の皆に見えていることだろう。
(どう見てもお前の負けだ、ライト)
リュークはこざっぱりとした性格だ。
死神らしい、と言い換えてもいい。
月と過ごした日々を楽しかったと思いながら、特に何の躊躇いも抱かず、リュークは自分のデスノートを開いて月の名前を書き始めた。
(結構長い間互いの退屈しのぎになったな。色々面白かったぜ)
そして『夜神月』と、書き終える。
(牢獄に入れられたんじゃ、お前がいつ死ぬかも分からない。
待っているのも面倒だ。もうお前は終わりだ。あばよライト、ここで死ね)
が。
夜神月の余命40秒が確定したその瞬間、月は手遅れになってからリュークの所業に気付き、狂乱していた様子を豹変させた。
「ちょっ、リュークッ!? 何してるッ!?」
「え?」
狂乱していた月の口から、困惑と動揺こそあるものの"予想以上に理性的な声"が出て来たことにリュークも驚く。
集合時間に集合場所に自分しか居ない時、「あれ? 俺だけ時間か場所間違えた?」と思うのと似たような"やらかしたかも感"が、リュークの背筋に走った。
「お前が負けたしもういいかなーと思ってお前の名前をノートに……」
「こんなの演技に決まってるだろ!?
すました顔で勝利を確信してる、そこの死ぬガキ隊二人を騙すための!」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
シブがき隊のパチモン的ネーミングを押し付けられたメロニア、そしてリュークの声がハモる。
「だってお前、今の様子見せられたら普通負けだと思うだろ」
「迫真の演技だよ!
僕は公式解析マニュアルにも演技力カンストと書かれてる男だぞ!?
ピンチの連続、これで決着……と思わせて! そこから逆転して大爆笑の予定だったんだよ!」
「マジか、すっかり騙されたわ。死神を騙すとか、お前神を超えてるなライト」
「嬉しくないわそんな褒め言葉!
そこの死ぬガキ隊は顔と名前を隠してたつもりでいたけどな!
デスノートで操ったジェバンニが一晩でやってくれたんだよ! 顔写真も本名も確保済みだ!」
「えっ」「えっ」
「そうやって死刑台の前で、僕が突如死刑台から奇跡の大脱出!
戸惑うショタ二人をデスノートで操った人間で円形にスクラム組んで囲む!
そしてデスノート担当のミサがこいつらの見えるところでこいつらの名前を書く!
残り40秒の余命の中で恐怖から狂乱するメロニア!
周囲は操られた人間に囲まれていて脱出も不可能!
そんな奴らの醜態を眺めながら、ワイン片手に優雅に勝利宣言するつもりだったんだぞ……!」
「もはやゲスノートだぜ、ライト」
リュークはやっちまったなあ、と思いつつ。
まあ過ぎたことはしょうがない、とあっさり割り切る。
「すまんな」
「すまんで済むか!」
「めんご」
「めんごで済むか!」
「りんご」
「二度と食わせねえよッ!」
40秒は案外短い。
月がキレてリュークが謝れば、40秒なんてあっという間に過ぎてしまう。
ドクン、と己の心臓が麻痺したその瞬間に、ライトはその事実を認識した。
「……あっ……かっ……」
「一応言っておくか。ライト、デスノートを使った人間が天国や地獄に行けると思うな」
崩れ落ちるライトの顔から血の気が失せ、その体から命が失われていく。
夏に道路の上でのたうち回るミミズのように、夜神月は死んでいく。
「天国か地獄かあるかどうかは別として……僕デスノート一回も使ってないから…………………」
新世界の神を名乗る非凡な天才は、「ちくしょう」と凡庸な人間と変わらぬ末期の言葉を口にして、冷たい床に倒れ伏していった。
月に言いくるめられていた松田は、その瞬間プッツンした。
腰から拳銃を抜き、リュークに向かって発砲する。
「うわあああああああッ!」
だが拳銃弾は当然リュークを貫通し、角度の問題でその向こうのニアの眉間を撃ち抜く。
「うわらばっ」
それを見て、メロまでもがキレた。
「馬鹿野郎ーっ! 松田誰を撃ってる!? ふざけるなーっ!」
「リューク……! 殺す! こいつは殺さなきゃ駄目なんだ!」
「だから『誰を撃ってる』って言ってんだろうがアホンダラ! ニアに当たってんだよ!」
「んじゃ俺死神界に帰るわ。あばよ」
リュークが横に飛んで、裁判所から出て行く。
必然、リュークを狙う松田の銃口が向く先もズレる。
「うわあああああああッ!」
松田が残弾全てを使い切る勢いで連射した弾丸はリュークを通り抜け、メロを蜂の巣にした。
「たわばっ」
なおも諦めず、松田はリュークに最後の一発を撃つ。
「うわあああああああッ!」
それは裁判所扉の金属ドアノブに当たり跳弾、松田の股間に突き刺さった。
「いってれぼっ」
松田、絶命。
「………………全員死んだ………………」
月、ニア、メロ、松田が死んだ後の裁判所内に、和やかな談笑の声が響き渡る。
「俺、
「私、
「俺、
そんな裁判所に弥海砂が飛び込んで来る。
彼女は月が死んだこの世界に絶望し、涙をこらえるように瞼の下にビームを溜め始めた。
「あ、あああ、ライト……! そんなぁ……! いやああああああああああああッ!」
溜めがなくてもビルを破壊する威力のデスノート由来のビーム。略してデスビームが一分以上溜められ、閉じられた瞼の隙間からビームが漏れ始した。
それを見ながら、傍聴席の高田清美は聡明な思考力でこの先の未来を先読みする。
「あ、分かった。これ爆発オチだ」
やがて大爆発が起こり、裁判所が吹き飛び、キノコ雲が生まれた。
悪は滅びる。それは世界の法則である。
この日の決着を最後に―――この地上から、死神とデスノートという二つの存在は、地上から姿を消すのであった。
おしまい
リューク「ぅ~疲れましたw これにて完結です!」