「おはよーございまーす」
「お、おお……ようやく全快か?」
「んー、少なくとも気怠さは感じないし、能力の使用も問題なし」
階段を普通に降りて、普通に彩目へと朝の挨拶をする。
朝と言っても、昼前ぐらいの時間だし、彩目はどこかから帰ってきた所みたいだけどね。
そして、天魔が見舞いに来たのは、昨日の今日のお話。
「……諏訪子様が言っていたことは本当だった訳だな。天魔様の看病の効果か?」
「まぁ……流石にあの神様はこんな時に嘘は言わないでしょ」
……逆説的に、天魔の見舞いと看病はそういう意味で非常に効果的だった、ということにもなるんじゃなかろうか。
と、ちょっと考えた所で彩目が何とも言えない、ニヤつきそうなのを必死に抑えてる顔をしているのでこの考えはここで止めておくことにする。
誰があんなクソジジイ。と、意味も益体もないツンデレ風味な脳内セリフを考えながら、居間のいつもの席に座る。
「お腹すいた。メシ!」
「ハイハイ……病み上がりから母親殿は無駄に元気で実に結構。はぁ……少し待ってろ」
そうして少し待つと、温める音と、それからチンという音が聞こえてきた。
今日はパンの日らしく、コッペパンやらベーコンエピやらが入ったバスケットがちゃぶ台にドスンと置かれた。
香ばしい匂いがする。うーん、実に食欲をそそる。
……んん?
「……彩目さんや」
「なんだ」
「これ、どこから買ってきたの?」
「山奥で今人気の店からだ」
「へぇ、そっかぁ」
……まぁ、天狗の街が「くらえ温故知新」という感じで酷くアンバランスなのは、いつもの事として……。
「ねぇ、彩目さんや」
「食わないなら私が全部食べるぞ」
「これ、病人への食事には見えないんだけど……まさか、全部隠れて食うつもりだった?」
「……何の話だ。そんな娘に見えるのか?」
そんな返事をしながら、この娘は一向にこちらを見ようとしない。
ベーコンエピを取ろうとする手を先回りして奪い取る。あっつ。
そしたら睨んできた。娘が親にそんな睨み方するぅ?
「いやぁ、ほら、彩目ちゃんは変な所で優等生の仮面を剥がすからねぇ……今とか」
「行列ができるパン屋なんだ。回復祝いで食べようと思っていたんだ」
「ほぉ……うん。確かに美味い。でも、パンってそんな長持ちする?」
ばりりっと豪快に食い千切る私に比べて、細い部分で千切って食うこの娘は、また視線を合わせようとしなくなった。
「……パンは冷凍保存して、冷蔵庫で自然解凍すればある程度は日持ちするだろう。教えてくれたのは母親殿だった筈だが?」
「うーん、確かに教えたよぉ? でも、解凍した時の食感じゃないけど? ていうかさっき出掛けてたよね?」
「チッ」
うわ、舌打ちしたよこの娘。
そんな軽い母娘喧嘩(?)をしながら、朝食兼昼食を食べ終わった。
彩目はそれからも「ベーコンエピが絶品だから二つも買ったんだが」とかぼやいていた。
……多分、私が何も言わなかったら、本当に回復祝いとして絶品のパンを一つずつで分けて、楽しく話して食べてたんじゃないかなぁ、と思わなくもない。
変に突っ込んだから、彩目も何故か引っ込めれなくなって、謎の舌戦になっちゃったのではないかと思う。
まぁ、互いに本気じゃない、いつものじゃれ合いではある。
何はともあれ、身体は全快とは言え病み上がりには間違いないため、とりあえず縁側に座って何をする訳でもなくボーッとする。
彩目は私の回復を見て寺子屋に出勤したし、ようやくこの家にも平和が戻ってきた、と言えるだろう。
「にゃあ」
「お、ぬこ。ご主人をほっといてどこ行ってたんだ」
「病人に近付くなと彩目に言われたんだ」
「だろうね」
いつまで経っても人化しない、しようとすらしていないように見えるキジトラで二尾の猫又が擦り寄ってきたので、久々に指をチラつかせて遊んでやることにする。
妖怪になったら普通は付け上がるもんだと思うんだけどねぇ……もうそろそろ一年経つってのに、そんな気配が一切ないのはどうなんだと逆に思わんでもない。
いや、私が経験してないだけで、名付けからの眷属化は上下関係しっかりするから、そもそもがそういうものなのかな……うーん、こういう時に訊ける相手が居ない。
まぁ、居ないっていうか、考えないようにしてるだけだけどね。
「……悪い顔をしている」
「ふふ、何のことかなー?」
別に何も考えちゃいないさ。私はね?
そんなこんなで、手遊びで暫くぬこと遊んでいたけれど、互いに飽きてしまい、ぬこはすぐ横で寝始めてしまった。
季節は春になった。
命蓮寺という寺が出来始めて、もうそろそろ桜が咲きそうな時期になっている。
春風……というにはまだまだ肌寒いけれども、まぁ、体調不良は呪いの影響だし、別に大丈夫だろう。多分。
そんな薄っすらと寒い風が一つ吹いたところで、遠くから飛翔してくる音が聞こえてきた。
「……ぬこ、お客人だよ」
「んぁ?」
「ん……? ああ、そういう……まぁ、裁かれたくなければ、隠れた方が良いかもね」
いや、ぬこが主人の私の知らない内に罪を犯しているのでなければ……妖怪化させたとして裁かれるのは、どちらかとしたら私だろうけどねぇ。
▼▼▼▼▼▼
「……詩菜さん、起きてて平気なんですか?」
「ん、今日から平気になった」
「……病気じゃなくて、呪いだったの……?」
「まぁね、自業自得の結果」
『
ぬこは二人の気配を感じ取って、すぐに二階へと上がっていった。
……そんな
何はともあれ……いつもの真っ暗な服装の少女は、不思議そうな────相も変わらずの薄い表情ではあるけど、そんな顔をしながら私に声を掛けてきた。
そして、一言二言交わしただけで、私の呪いを見抜いてしまう辺りが、やっぱり相変わらずの能力だなと思う。
私を完全に
まぁ、そんなことはいいか。
「それで……えーと、貴女が噂の上司の人?」
「……何の噂なのかを訊きたい所ですが……はじめまして、詩菜さん。『
「ああ、どうもどうもこれはご丁寧に、四季さん。既に存じ上げているかと思いますが、わたくしが
我ながら非常に丁寧な挨拶をして頭を下げたつもりなんだけど、上がった視界で見えたのは非常に引き攣った顔をした閻魔様だった。あらまぁ。
まぁ、当然と言うか何と言うか……牡丹以上の強敵かもしれない。
視界を少しズラせば、(無表情に非常に近い)苦笑いをしている牡丹が居る。そんなに私の態度はダメか? 慇懃無礼だってか? うん? そうだね!
「……はあ、まあ、貴女も、噂よりも噂通りのようですね」
「何処で何を聴いて来たのかにもよりますが、まぁ、大まかには間違っていないかと」
「否定しないんだ……」
「……ああもう、敬語は止めてください。元より仕事で来たのではないのですから」
そうは言いつつも、四季さんもそれなりに丁寧語な気がする。まぁ、別にどうでもいいけどさ。
あと、牡丹が『否定しないの、変わってないなー』的な表情をしている……気がする。
「ん、私のお見舞いに来たの? わりと回復しちゃったけど」
「……」
「……四季さん、詩菜さんはこういうヒト、ですよ」
「はぁ〜……」
初対面で閻魔様にこんな溜め息を吐かせるの、私ぐらいなもんじゃね? わはは。
「貴女の上司と同じ、貴女も存分に他人をからかう気質なのは良く分かりました……」
……わはは。それは、ちょっと……今は、笑えないかなぁ……。
はぁ……ああ、いかんいかん。牡丹の前だ。
こんな内心、一瞬たりとも出しちゃダメだ。
「初対面で閻魔様にこんな溜め息を吐かせるの、私ぐらいなもんじゃね?」
「詩菜さん、私たちを困らせないで……?」
「あはは、ごめんごめん。久々に動けたから、ちょっと気分が高くてさ。四季さんもからかってごめんなさいね?」
「……いえ、私も少々、貴女を買い被りすぎていたようです……」
おっと、マジで冗談通じてないかもしれない……。
これは早急に挽回せねばなるまい。
というか、そもそも縁側で話し続ける相手ではない。
「とりあえず、左の玄関から入ってきなよ。お茶の準備もしとくからさ」
玄関から入ってきた四季さんと牡丹を改めて居間に通して座らせて、私はお茶を三人分注いでいく。
看病……というかお見舞いか。お見舞いしにきた客人を、当の病人であった人がもてなすのはどうなんだろうかと思わなくもないけれど、病気、もとい呪いが大分収まったからそれはそれで仕方ないのかな、と思わなくもない。
まぁ、どうでもいいか。
「はい、粗茶ですが」
「どうもありがとうございます」
「……いただきます」
四季さんがゆったりと飲む中、牡丹が息を吹いて冷ましながら飲んでいく。
……牡丹はそれこそ能力で、温度を下げたお茶を再現するなり、火傷しない舌を再現するなり、能力をどのような方法でも活用すれば良いんじゃないのか、と少し思う。
ああ……温度を下げたお茶は、私の入れたお茶じゃない、とかを考えたのかな……?
そんな気にするものでもないと思うし、昔と比べたらそんなことを考えて配慮する子になったんだなぁ、とも感じる。
まぁまぁ、親御さんの教育がうまくいったのだろう。実の親は確か……いや、今は別に関係ないか。今の親御が良いんだろうし。
そんなことを考えながら熱々のお茶を飲みながら連連と考えていると、四季さんが湯呑みを置いて徐ろに姿勢を正した。
「詩菜さん。今日は貴女のお見舞い、でもありましたが……それとは別に、お礼を言いに来ました」
「ん、それが仕事じゃない、って言ってたこと?」
この逢った事もない筈の閻魔様が、感謝という意味のお礼を言いに来た、ということは……やっぱりと言うか何と言うか、隣の居る、
「あの時に、彼女を────『神代 牡丹』を救っていただき、ありがとうございました」
「……別に私は何もしてないよ。たまたま神様の私が通りがかって、たまたま閻魔様に繋がるツテがあっただけさ」
それに、閻魔様に預けるという方法を思い付いたのは、私じゃなくて八雲だしね。
私は何となく神様モードで出歩いていて、救ってやるかという神様目線で気紛れを起こして、神様気取りで牡丹の鼻を明かして、神様のように救ってしまっただけだ。
「いいえ。それでも、貴女が助けてくださったおかげで、彼女は今、此処にいてくれている────私の『娘』が、生きている。」
「改めて、私からも────詩菜さん、ありがとうございました」
「……面映ゆいねぇ」
私はそんな奴じゃない、と言い切ってしまえばそれで終わるのかもしれないけど……まぁ、面と向かって感謝の意を示されると、どうも恥ずかしくて敵わない。
それにしても……そうか。親子か。
ふふふ、私んとこの子は、今日の朝も喧嘩してたのにねぇ?
いや、これはまぁ、隣の芝生という奴かね。
噂を聞く限りは、説教を行っては善行を積むように叱るヒトという風に聞いていたから、私なんかは一番嫌いやすい性格なんじゃなかろうかとすら思っていたんだけど……。
それよりも優先して感謝を述べてきたということは……本当に、それだけの絆を培ってきたんだろう────あの時助けた人間と、この閻魔様には。
……牡丹を助けてから、826年ぐらいか。
その頃から私は変わったかと言うと、まぁ……自意識が出来たぐらいで、悪癖は変わっていないと、正直な所、そう思っている。
「私は、別の道を提示しただけさ。それも、別の道を提示できる奴を紹介した、ぐらいのものだと思っているけれど……まぁ、あの場で牡丹を無理やり倒して止めてなければ、確かにこうはならなかっただろうねぇ」
「当時は……詩菜さん、『暇だから』って言ってましたよ……?」
「そうだったっけ? あー、まぁ、そんなことを言った気もしないでもない」
「当時から既にテキトウだったんですか……」
「ヒトはそんな……ああ、いや、これは流石に言い直す。私はそんな簡単に変われないよ。でも……牡丹は頑張ったねぇ。偉い偉い」
「へへ……」
変われた牡丹には言えないことだろうから、そう言い直しながら牡丹を撫でてみれば、閻魔様からの視線が更に冷たくなった気がしないでもない。
何? 嫉妬か? 子離れ出来てないのか?
……いや、流石にこれ以上煽るのはやめよう……仕事じゃないって言わせてるのに説教を食らいたくはない。
ああ、そうそう。
「代わりと言っては何だけど、一つお願いがあるんだけど」
「……お願い、ですか?」
「うん、牡丹のあの技────『浄頗梨審判』をもう一度見せてくれない?」