セカンドステージ (役者と監督のその後)
作者:坂村因

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ひゃ ID:jbXLufx2  2020年12月09日(水) 02:25 (Good:0Bad:0) 69話 報告

つづき楽しみに待ってます。最近更新がないので心配です。無理せずご自愛ください。

返信:坂村因 2020年12月09日(水) 21:04

励ましのお言葉ありがとうございます。今は訳あって更新が出来ない状況にありますが、必ず再開させます。最後まで書き切るつもりでいますし、再開もそう遠くない日に実現したいと思っています。続きを楽しみしてくれて感謝です。本当に嬉しいです。


ひゃ ID:trVwB/OE  2020年11月05日(木) 23:48 (Good:0Bad:0) 67話 報告

今回はまるで真美が主人公のように見えるのですが、あとから見直したときのイメージで主人公が、夜凪景→薬師寺真奈美→薬師寺真美、とどんどん交代していったかと思えば、
「あ、全部けいちゃんの役だった。(環さん、皐月ちゃん、由衣ちゃんでもある)」
と思いだしました。なんかそれがすごく印象的な回でした。

薬師寺母娘の関係性が、家族でありながら期待と忠誠とでもいうような感情があるのが素敵でした。
上下関係を作っているわけではないのに、「芝居」「映画」という共通の信念のまえでは「懐刀」のように扱ったり、「主」のように敬ったりするように見えます。
それでも母娘のままでぶれない。かっこいいです。

でもこれは12歳の時の物語で、ここから景ちゃんにバトンタッチしたら「愛する母をいじめる真美」になるのが予想がつかないですね。楽しみです。

返信:坂村因 2020年11月06日(金) 01:53

いつも感想、ありがとうございます。私の中でも雪ちゃんの中でも「12歳の真美」は特別なので、その初登場となる今回は相当気合いを入れました。真波と真美の関係について、「期待と忠誠」という言葉を頂けて感激です。そこまできっちり伝わってくれると、書き手としても嬉しいです。「懐刀」のように扱ったり、「主」のように敬ったり、…まさにそういう意図で書いています。母と娘という関係なのに、お互いに役者であり映画人であるということを忘れない二人です。母と娘のままぶれない様子を「かっこいい」と言って頂けると、これはもう感無量ですね。雪ちゃんが会議で力説していたように、「この二人がかっこいい」というのは絶対に外しちゃいけないポイントなんです。私は常に「真波もかっこいい」「真美もかっこいい」を意識して、そこから外れないことを大前提にしてお話を考えています。すごく難しいです。なので、「かっこいい」と言う言葉は本当に嬉しいです。景ちゃんは真波も真美も演じますねえ。「キネマのうた」は劇中劇なので「役」と「役者」の両方で味わえるのが良いですよね。書いている私も味わいながら進めています。「真美」役のバトンタッチはまだ少し先になりますが、楽しみに待っていただけると幸いです。しっかりと味わえる話を書く予定です。


フェイスレス  2020年11月05日(木) 21:31 (Good:0Bad:0) 67話 報告

景ちゃんの充実してる感が良いなぁ、めちゃくちゃ楽しそう。

返信:坂村因 2020年11月05日(木) 21:56

感想、いつも感謝です。景ちゃんにはこういう充実を味わって欲しいと思いながら書きました。今までだと重厚な稽古があっての出演は「銀河鉄道の夜」くらいでしょうか。カムパネルラの芝居はとても良い感じでした。でも前後に巌先生の事情があったので、悲しい空気の中での成功でした。他は、なんというか稽古の量ではなく才能で突破する活躍が目立っていた気がします。羅刹女はあんな流れになりましたし。私的には、原作アクタージュ[scene116.もっと」の「は~、楽しかった」と言う景ちゃんの、ぱあああ、と輝いていた笑顔が印象的なんですよ。楽しかった理由が「久しぶりにお芝居したから、気持ち良かった」というのも良いですね。だから今回は「芝居が大好きで、芝居が楽しい」という雰囲気にしてみました。


( ̄ー ̄)b ☆GJ! ID:voT.4Kdk  2020年10月27日(火) 22:08 (Good:0Bad:0) 65話 報告

 ここまで読んだ感想としてはアクタージュを拡張したディレクタージュとかクリエータージュというタイトルが似合いそうな話ですねぇ。


 アクタージュが少年マンガらしい──作中の言葉でいうと「バカでもわかるように書かれたマンガ原作」だとしたら、映像作品をテーマとしたマニアックな青年向けの群像劇小説でしょうか。

 パラレルな世界観のアクタージュとして原作1話あたりから
書いた作品として読んでみたい作品ですね。

 原作は少年ジャンプらしい「エンパス能力者っぽい主人公」という外連味に溢れた描写や創作者の狂気を強調した作画表現で、人間としての心理描写というより戯画化されたキャラの描写をする作品でしたから、イキナリ続きからだと、少年マンガを読んでいたら途中で青年誌に変わった違和感があるので、読者が戸惑いそうですので。

返信:坂村因 2020年10月28日(水) 02:25

感想および誠実な意見、ありがとうございます。「青年向け」というのはまさにその通りだと自分で思います。自分で続きを書くにあたって、原作アクタージュを読んでいた頃から強く感じていた「少年誌の内容ではない」という思いをそのまま採用しました。私の憶測になりますが、ジャンプに連載されたいた「アクタージュ」は原作者と編集部で相当な衝突を繰り返した作品になっています。ちゃんと「バカでも楽しめるように書かれたマンガ原作」にはなっていました。えと、「バカでも」は言葉が悪いので言い直して「ターゲットとなる読者層の中にいる“気楽にマンガを読みたい人たち”でも」としておきます。そして、原作者は「そういう人たち」にはわからないようなことを、連載中の作品に大量に放り込んでいました。「毎週揉めただろうな」と私は思いました。「そういう部分に解説や詳細を入れないのが少年誌的な落としどころだったんだろうな」と思いました。あくまで私の憶測ですよ。そして実際に掲載されていた「アクタージュ」は、( ̄ー ̄)b ☆GJ!様が説明してくださった「少年ジャンプらしい」楽しみ方が出来る作品として成功していたと思います。作画担当者の絵が非常に魅力的だったこともあり、「原作者が表現したいことの多くが削られることが前提」という体制のまま成功し続けていたことになります(無論、私の憶測です)。なお、私は原作者の肩を持つ考え方の人間ではありません。作画とキャラの魅力で勝負した編集部の判断は正しかったと思いますし、あの体制ならではの成功だと判断しています。……ここで問題になるのは「私には絵が描けない」ということなんです。なので、原作者の頭の中にあった構想を推測することで発見できる「少年誌の内容ではない物」に繋げる以外に選択肢がなかったんです。私が書いた「セカンドステージ(役者と監督のその後)」を読んでも、ジャンプに連載されていた「アクタージュ」の魅力を味わうことは出来ません。また、原作アクタージュでは「大河ドラマ」は「総仕上げ」という扱いでした。つまり、「キネマのうた編」はゴール前の最後のプロセスだったかもしれないわけです。何故「薬師寺真波」のモデルは「原節子」なんでしょう? 何故黒山墨字は小津安二郎と黒澤明を足した人物のように設定されいるのでしょう? 何故原作者および黒山墨字は「クリント・イーストウッド推し」なんでしょう? 何故夜凪の真骨頂は「メソッド演技法」なんでしょう? こういう部分を拾って「文章に落とし込む」ことが、私がアクタージュ「scene.123毒」の「その先」を表現出来る唯一の方法なんです。「少年マンガを読んでいたら途中で青年誌に変わった違和感がある」というのはその通りだと思います。私はこのハーメルンで「アクタージュのその後(ナビゲート編)」という物を書いています。コミックスには収録されていない「scene108.」から「scene123.毒」までを文章のみで紹介する内容です。これを「scene1.夜凪景」から「scene123.毒」まで通して書いたらある程度「違和感」は消えるかもしれませんね(今のところそうする予定はありません)。最後に、「パラレルな世界観のアクタージュとして原作1話あたりから書いた作品として読んでみたい作品」と言ってくださり、ありがとうございます。本当に、ものすごく嬉しい言葉です。「scene1.夜凪景」から「scene123.毒」までを通して書くのではなく、私なりの「黒山と夜凪の出会い~映画が出来るまでの物語」について、機会があれば是非書いてみたいと思いました。


ひゃ ID:FX9bK9wg  2020年10月23日(金) 16:23 (Good:0Bad:0) 64話 報告

ああー、そうか、「ドラマはノンフィクションではない」、ですね?雪ちゃんに騙された……。
こうなってくると真波さまの現実での人生が気になってきますね。ドラマでの夫が現実では女性なら、女性同士で結ばれたのか(当時ではありえない?)、現実ではいい友人だったのか、それなら真美さんの父親は?
真美さんは原作では「愛娘」と紹介されていましたが、「実の娘」という表現は思い出せない……。実は養い娘さん?
いや、ドラマと現実(作中の現実)を混同してしまうと、つい混乱してしまいますね。邪推にまでなるのは良くないや。

さらにあとがきで驚いたのですが、坂田監督の「都の哀歌」…「東京物語」!
いくつか前の話で墨字さんが「東京物語を作りたかった」というような発言がありましたよね?つまり作中では真波さまと拗れた仲の坂田監督は墨字さんにとっては夢にまで見た先駆者、ということになるのでしょうか?
坂田監督の存在に、どこまで雪ちゃんフィクションなのか。目が離せません。

返信:坂村因 2020年10月23日(金) 19:25

原作アクタージュにおける薬師寺真波のモデルは「原節子」で確定です。映画オタクの私から見て、何をどう考えても原節子以外はあり得ません。そして、現実の原節子は生涯独身でした。原作アクタージュの薬師寺真波に娘が存在するという設定は「養女」と捉えるのが自然でしょうね。真波の「逝去」の設定については、原節子の「隠遁」の部分を置き換えた物と考えて確定でしょう。原作者が「真美」をどういう人物に描くつもりだったかは今となっては知る術がありません。「養女」だとすると父も母も詳細は分かりませんね。私の「セカンドステージ」における設定では、真波と真美は血の繋がった親子です。真波にとっては自身の才能を後世に残すための出産です。父親は早川(作中では男性)となりますが、深く考えるのはやめておきましょう。原作アクタージュの設定における黒山が経歴面も作ろうとしている作品も既にほぼ「小津安二郎」なんですよ。そして名前は「黒澤明」から「黒」をもらった形ですね。日本映画史上ナンバーワンとナンバーツーのハイブリッドとして設定されたのが「黒山墨字」です。雪ちゃんの脚本では坂田孝志は現実の小津安二郎より恰好よく書かれていますね。黒山も「坂田孝志は恰好いい」と思いながら雪の脚本を読んだことと思います。夢にまで見た先駆者で正解ですね。


ひゃ ID:q9iePjo.  2020年10月22日(木) 17:42 (Good:0Bad:0) 63話 報告

真波さまは、「恋を知った」のではない、ですね……。これって、どうなるんでしょう?なんか悪いフラグが立ってる気がするのですが……。

早川さ、いや名前呼びたく無くなっちゃう。脚本の人は求婚はしたけど、「常識と違う結婚生活に妥協してくれる」とはっきり分かったわけではない、ですよね?
真美さんから父親の話題が出ないのも不穏ですし、娘が生まれてからの脚本にも彼は話題にも上がりませんし……。
破局か、死か。真波さまには「本気で傷心」して欲しくないと思っています。

恋はもともと理解していて(自分が溺れはしないけど)、でも「伴侶として、愛される、求められる喜び」を教えられて「人に夢を見る」ことをしてしまった、早計か、進歩か?

そして坂田監督、ご冥福をお祈りいたします。満足はしてないでしょうが、原作の巌さんにも劣らない立派な最後だったと思います。

返信:坂村因 2020年10月22日(木) 19:58

いつも感想、ありがとうございます。大丈夫です、と言ったら変かもしれませんが、私的には真波さまは大丈夫です。これは今日の投稿のあとがきで記述する予定の話ですが、【早川文男……林芙美子(←女性です。雪の脚本内で性別を変えられました)】と書くつもりでいます。つまり、真波さまにプロポーズした人は現実では「女性」なんです。これは、ぎりぎりセーフになりませんか? 実は私は構想の段階から真波の相手を「男にしたくない」と考えていて「林芙美子」を選んだんです。彼女は「食卓」(現実では「めし」)の作者です。「家庭には入らない。男に手も握らせない」というのも構想段階で私は決めていました。真波と早川の関係は「お互いに似ている部分があり尊敬しあえる」という感じです。恋愛の延長の結婚とは少し違います。子供を産む理由は、自分たちの偉大な才能を残すためです。なので真美が産まれる経緯に不穏な部分はありませんし、幸せな家庭です。鎌倉から文代も来てくれています。真波は母としてちゃんと真美を愛します。真美も幸せです。早川との間は「尊敬」です。なので「セーフ」ということにしましょう。坂田監督の最後は書いていて、自分で悲しい気持ちになりました。立派な最後でした。ご冥福をお祈りします、と私も言っておきます。


フェイスレス  2020年10月18日(日) 21:00 (Good:0Bad:0) 60話 報告

これだけ話作りに拘る雪ちゃんはアクタージュでは映像屋なイメージでしたけど読み切りだと確か脚本家寄りだったような……って気分になる。
銀河鉄道も確か学生の時に教科書かで読んだきりだからなぁ。

返信:坂村因 2020年10月18日(日) 21:33

いつも感想、ありがとうございます。雪ちゃんの「話作り」については、好きな映画が「ジョゼと虎と魚たち」「(500)日のサマー」「ブルーバレンタイン」というところから引っ張ってきました。この手の映画が好きという人は「伝わってくる情報をただ受け取るだけ」という見方をしないんです。気軽に気楽に鑑賞しない人種です。それはもちろん、「きょうは気楽にだらーっと見たい気分」なんてこともあるでしょうけど……。基本的には「整合性、伏線回収、起伏のバランス」に厳しい目を向ける人です。そういう人に「ビジネス文書が書ける程度の文章構成力」があれば、実際に書く場合も頭の中で組み立てる場合もけっこうな高品質な代物を再現すると思います。読み切りの時は、たしかにあまり映像寄りではなかったですね。脚本家寄りでもなかったですけど(白紙の原稿を提出してましたし)。原作アクタージュの雪ちゃんは「映画撮りてえ」と独り言を呟く程度には映像寄りですねえ。5~6年経ってますからね。


ひゃ ID:5dV7MATY  2020年10月17日(土) 23:03 (Good:0Bad:0) 59話 報告

同じ本を読んでも、感想や解釈は人それぞれでしょ?と思ったのですが、そうか……。彼らは「映画人」ですもんね。
ひとりで完結できる小説と違って、たくさんの人がひとつの物を作り上げる。だから「第一の脳」と「第二の脳」(墨字さんと雪ちゃんのこと、順番に上下関係はない)の物語への解釈が違うのは大きな問題か……。

その問題は、真波さまと坂田監督の問題でもありますね。一緒に作る映画を「坂田監督だけの芸術作品(他の人の芸術は不純物)」と考えたか、「いろんな人間の芸術が合わさって完成する作品」と考えたか。

(11行省略されています)

返信:坂村因 2020年10月18日(日) 02:35

いつも感想、ありがとうございます。大原則として「解釈は人ぞれぞれ」が守られるべきでしょうね。そして特別な都合や事情がある人たちは原則から外れた選択をせねばならず、スタジオ大黒天の面々はまさにそういう人たちですねえ。真波さま(←さま付け、ありがとうございます)と坂田も同じですね。雪ちゃんと墨字さんの言い合いに必要なのは「エゴイスト」という言葉のすり合わせで正解です。どういうつもりでその言葉を使ったのか確認しあうべきです。もちろん黒山が「エゴイスト」を間違って解釈しているということはありません。あの屋上の場面では「巌もカムパネルラもエゴイスト」と教えるのが夜凪にとって一番いいアドバイスだと黒山は判断したわけです。つまり、屋上での黒山は「エゴイスト」をかなり限定的なニュアンスで使っています。そして今、雪に対して「あの時はこういうニュアンスで使ったんだよ」と説明することから途中で逃げています。これはちょっと良くないですねえ。面倒くさがりの黒山の悪い癖です。真波さまの技法は、単純に練習の産物である場合が多いです。おさげのところは「奥歯をしっかり噛んで、アゴを小さく鋭く動かす」だけです。その動きを目立たずにおさげを操れるようになるまで練習します。他の立場の例を挙げると、博打のイカサマ師などは目立たずに牌や札を操る練習をしますね。「正解の発表」という機会は考えていません。私が真波の「特殊な身体の使い方を駆使する演技」として参考にしている資料は、ハリウッド映画とタイ映画の「役者の工夫」に関する物です。「靴のかかとの高さを左右で少し変える(←やったのはマリリン・モンローです)」とかいろんな工夫があります。


フェイスレス  2020年10月09日(金) 23:01 (Good:0Bad:0) 56話 報告

おお、タイトル決まったんですね。おめでとうございます。

思ったより戻し方が物理的衝撃が重要で笑ってしまった。意識を一点に集中させるのに馴染み深い部位に分かりやすく痛みを与えて言葉で引き上げるのはなるほどといった感じですね。オンオフをハッキリさせるのは撮影の上で必須ではあるけどこれはこれで感覚の乱高下が銀河鉄道みたいにゆっくり戻るよりかなり負担になりそう、アリサさんはそのせいでもあるかも?

返信:坂村因 2020年10月09日(金) 23:22

感想、いつもありがとうございます。ようやく自分的にしっくりくるタイトルになりました。メソッド演技から呼び戻すのは、物理でも言葉でもいけるらしいです。もちろん、物理のほうが効果は高いです。戻る時は一気に戻ったほうが良いようですね。時間をかけるほど戻りづらく、また再発しやすいようです。精神の病にまで発展する例もあるようです。国内外いろんな俳優の体験談を調べましたが、共通するのは「日常に関わる部分」でした。「普段、自分が何をして過ごしている人間か」という感覚を思い出させるのがやはり効果的なようです。私の中では、アリサさんは真美によって「ゆっくり」戻してもらったことになっています。睡眠薬を飲まないように半監禁状態に置き、アリサさんが普段目にしていた物や言葉に囲まれる日々を過ごさせました。日常から外れてしまう「入院」は悪手です。


ひゃ ID:Ub00ynfI  2020年10月09日(金) 22:18 (Good:0Bad:0) 56話 報告

ですよね!景ちゃんってすごくいい!

景ちゃんと真美さんが共鳴するようで、ものすごく幻想的な回でした。これが……、才能……。おそろしや……。
私にはないものだ……。
景ちゃんに見えるイメージはまるで「異空間」のようですが、私のような凡人も眠っているときには現実と思い込めるような夢を見ます。それを考えると、彼女たちが持つ力も人間の能力の延長線上にある、はず!
(12行省略されています)

返信:坂村因 2020年10月09日(金) 23:06

感想、本当にありがとうございます。私も景ちゃん大好きなので、今回の話は書き終えた時(←つい先刻のことですね。私は書き貯めた文章のストックがゼロでその日書いた分をアップするスタイルです)満足感がすごかったです。この幻想的な現象について、私はバッハの文章で知りました。音楽をやっている時にとどまらず、日常生活の中で感じられる領域にバッハの感覚は届いていたそうです。イルカが音ではなく映像の送受信で会話を行うそうですが、人間も鍛えればその域に届くのかもしれませんね。ごく一部の天才限定で。私はもちろん凡人なので空想するくらいしか出来ません。夢の中の感覚は近いかもしれませんねえ。真美さんはなんというか立派な人ですよね。「役者じゃない」は謙遜だと思いたいくらいです。いろんなことを知っていて、いろんなことに的確に対応出来る人です。「M響事件」のところは、「芝居と指揮者を結びつける人がたまたまいた」が正解となります。あの事件で「指揮者ってどういう能力を持った人だ?」という世間の関心が高まっていた、という感じです。実際、かなりの大事件だったようです。「指揮者の空間能力、構造思考力」といった人間離れした能力が話題に上がり、「その世界トップレベルの能力を持つ日本人指揮者を日本は失った。国家的損失だ」という雰囲気だったようです。……難しいはずの真波の技法を5歳の子供が再現してしまう様子を見て、「指揮者と同種の能力ではないか?」と結び付けて考えてしまった人が真美の周囲にたまたまいた……苦しい(強引)でしょうか? 苦しいかもしれません…。アクタージュ原作では、真美は子役時代から巨匠監督と仕事をしていた、という設定だったのでそのまま使いました。幼少時の真美は映像や音響のプロに囲まれていたんです。私は、「M響事件」のような物が無かったら芝居と指揮者を結びつける人はいないはず、と思って記述に踏み切りました。景ちゃんの話に戻ります。庶民的な景ちゃん可愛いですよ! あの子、黒山と出会うまでは新聞配達少女ですよ。弟妹のために健気です。あと、改題については感謝です。助言いただいてからずっと考えていたんです。やっとしっくりくるものに辿り着けました。ありがとうございました。



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