帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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嘘が七分に史実が三分。いや、もっと史実少ないかも。




0d040: 解説 4



 

実証機械(ベムタトーゲープ)一号という文字を軽銀製の銘板に打刻し、ケレメンは息を吐いた。

 

少年

Bemutatógép、ハンガリー語。

 

お姉さん

ケレメンが使っている刻印工具は硬い活字みたいなやつだね、柔らかい金属にハンマーで叩きつけて文字の窪みを作るやつ。

 

「理論上は、万能計算機械と言えるだけの能力はある」

 

少年

実際にチューリング完全を実現した計算機械っていつ頃からですか?

 

お姉さん

条件分岐とループが入っていればだいたいチューリング完全だからね、理論的には未完成に終わった19世紀のチャールズ・バベッジの解析機関が条件を満たしていた。実用的ではなかったけど、1941年に作られたコンラート・ツーゼのZ3は万能チューリングマシンを膨大な量のパンチカードさえあれば実装可能だった。これについては Rojas, R. How to make Zuse's Z3 a universal computer. IEEE Annals of the History of Computing. 1998, vol. 20, no. 3, p. 51-54. を参照。

 

少年

実際にチューリング完全を意識して作られたものはどうでしょうか?

 

お姉さん

ENIAC開発者の一人、ハーマン・ゴールドスタインはアラン・チューリングの論文を読んでいたから、1946年のENIACでいいんじゃないかな。

 



 

十六進法で打ち込まれた二つの数が二進法に変換され、積が求められ、それを十進数に変えていく。

 

少年

具体的に十進数への変換ってどうやっていたんですかね。

 

お姉さん

Double dabbleというアルゴリズムを作者は想定していたみたいだね。ビットシフトさせていって一番下四桁の数が5以上だったら3を足す、というもの。具体的な説明は省くけど、これで二進化十進表現で表記された十進数が得られるんだよ。

 

少年

あまり優しくない解説だ。

 



 

「本来なら膨大な計算が必要になるから実験で行いたいんだけど、ある程度の理論的分析もほしいの。具体的には連鎖反応の臨界定数と放射輸送の計算なんだけど」

 

少年

あからさまに連鎖反応ですよね。

 

お姉さん

そうだね。ENIACで最初に計算されたのが水爆関連のものだったというあたりが由来。

 

「ある種の試行を行う、という方法はどうでしょう。確率論的振る舞いを示す装置を組み込み、粒子の動きや反応を追いかけるわけです。もちろんばらつきは発生するでしょうが、十分な計算量があれば実現可能かと」

 

お姉さん

スタニスワフ・ウラムによるモンテカルロ法が有名だけど、類似の方法はエンリコ・フェルミも使ってた。中性子拡散のあたりの研究では有用なアプローチだからね。

 



 

「ライヒマンです、無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)の技術研究所で働いています」

 

お姉さん

ヤン・アレクサンダー・ライヒマン(Jan Aleksander Rajchman)が名前の由来。彼が所属していたRCA社の母体にグリエルモ・マルコーニの設立したWireless Telegraph and Signal Companyがあるので、ここらへんから名前を取ってきているよ。

 

少年

この後出てくるの装置は彼の作った発明品の一つ、セレクトロン管を参考にしていますね。

 

「近いところです。まず二次放出と呼ばれる現象をご存知ですか?」

 

少年

このあたりは現実の二次電子の話そのままですね。

 

「このあたりは物理学のあたりで触ってね。それで、二次放出をどうやって利用する?」

 

お姉さん

光電効果は量子論のあたりで出てくるよ。

 

「いえ、もしこれを作るとしたら新事業となるわけです。今はただでさえ多色映像無線通信のあたりで人が取られていますし、他社でも熱電子管製造をやっているところはあまりこの種の装置には手を出さないと思いますよ」

 

お姉さん

史実だとカラーテレビ放送は1954年からだよ。

 



 

「というか発出性(エマナティヴィターシュ)を知っているならヤヒミウム235に中性子を当てると、崩壊を起こしていくつかの中性子を出すことは知っているだろう」

 

少年

質量数からしてウランでしょうけど、名前の由来は?

 

お姉さん

今のチェコ共和国カルロヴィ・ヴァリ州にある街、ヤーヒモフから。ドイツ語だとヨアヒムスタールで、ここの銀貨がターラーと呼ばれ、ドルへと繋がっていくよ。ゲオルグ・アグリコラが「デ・レ・メタリカ」を書いた場所でもあるし、マリー・キュリーとピエール・キュリーがラジウム分離のために使ったピッチブレンド、あるいは瀝青ウラン鉱はここ由来。

 

少年

史実だと発見時期の近かった天王星(ウラヌス)由来ですね。

 

「実用化されている範囲では、ないかと。一応整流素子であれば半導体(セミコンドゥットレ)を使ったものがありますけど……」

 

「その組み合わせであれば?」

 

少年

semiconduttore、イタリア語。

 

お姉さん

酸化銅やゲルマニウム、セレンを用いていた整流器がモデル。あとダイオードを使った論理回路はトランジスタ発明後もちょくちょくコストの関係で使われることがあったよ。

 

「これについては色々と研究がされているので、それが実るのを待つしかないでしょう。個人的には全金属熱電子管とか硝子などと熱膨張係数を合わせた新型合金とかのほうが、まだ可能性があると思いますけどね」

 

お姉さん

全金属熱電子管はいわゆるメタル管というやつだね。中が見えなくなるのでちょっと悲しくなる。

 



 

ノヴァーク博士が読んでいたのは昨年執筆された反応器(リアクター)に関する数値計算の文書だった。

 

少年

réacteur、フランス語ですが、英語と読みはだいたい一緒ですね。

 

無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)で大型記憶管(ムネモトロン)は開発中だそうです。これについてはどうしても高くなりますが、安定性が取れるなら元は取れると思います」

 

お姉さん

さっきも言ったけどモデルはセレクトロン。mnemo-は古代ギリシア語に由来する記憶を意味する接頭辞。

 

ノヴァーク博士が作ろうとしていたのは、乱択的に0あるいは1を出力するような装置であった。実際にはある程度の数をまとめて使うため、例えば周期(チークロ)信号が出るたびに切り替わるものであれば望ましい。

 

少年

乱数生成器のあたりですね。

 

お姉さん

ちなみにノイマンは歪んだコインで公正なコイントスをする方法を作ってるよ。ただこれが掲載されている J. Von Neumann. Various techniques used in connection with random digits. Applied Math Series. Notes by G. E. Forsythe. National Bureau of Standards. 1951, vol. 12, p. 36-38. はたぶん公式には公開されていなくて、全集を探すかアメリカ国立標準技術研究所に問い合わせないとちゃんとは手に入らないんじゃないかな。出どころが怪しいやつはネットにあるよ。

 

「もういい。さて、この一の位の数を取れば7、4、1、8……となるが、これを使うというもの」

 

少年

線形合同法ですね。

 

「機械式の織機が作る布みたいなものだ、局所的には乱雑に見えても遠くから見ると規則的な模様が生まれる。このあたりを議論するには合同演算であったり因子群論のあたりを持ってくる必要があるのだが……」

 

お姉さん

一般的な数学用語ならモジュラ算術とか商群とかというやつだね。あと規則的な模様っていうのは高次元で見ると平面に点が並ぶってあたりを参考にしている。

 

そう言われて、ケレメンは市場のかなりの割合を占めている暗号機「謎々(レーツェル)」を思い出していた。戦後すぐに発売されて以降、今日まで根本的解読の噂すら流れないという傑作機械である。

 

少年

これはもうエニグマですね。ナチス・ドイツを含め、枢軸国が幅広く使っていた暗号機です。

 

お姉さん

発明が1918年、解読が1939年。とはいえ解読のためには数学と特殊な装置が必要だった。同種の装置は戦後もかなり広く使われていたよ。

 

「そうか……透過放出線を使えば中を見れないかな……」

 

お姉さん

モデルはX線。

 



 

「やはり、周期(チークロ)を早めすぎると問題か」

 

お姉さん

ENIACでもクロック数下げたら計算できるようになったとかあったのでそれがモデル。

 



 

「ええ。未だ完全な状態ではありませんが、繰り返しの計算がしやすいように穿孔機(ピェルフォラタ)でも出力をできるようにしました」

 

少年

перфоратор、ロシア語。

 

お姉さん

出力を入力として使うのはパンチカードを使った計算でよくある手法だよ。

 



 

発出性(エマナティヴィターシュ)の物質によって起こる健康への問題は次第に明らかになっていたが、その利便性や魔法的な力によって制限された研究よりも商業化と乱用のほうが多くなっていたのだ。

 

お姉さん

二十世紀初頭にあったラジウムブームのあたりがモデル。ちなみに普通に有害だしガンを引き起こすよ。

 

処理一周で行われる中性子の動きの計算は、一億分の一秒単位の動きを示す計算を数十万回繰り返した結果に基づいたものだった。

 

お姉さん

マンハッタン計画の時の計算ではシェイクって呼ばれる10-8秒に相当する単位があったね。ENIACを使ったシミュレーションでもステップ時間幅がこれだった。とはいえここでは少し計算が簡略化されているかもしれないね。

 

少年

計算時間が短いですものね。

 

「記憶装置の容量が百倍になったらできるぞ」

 

お姉さん

数式処理システムができたあたりの数字を参考にしつつけっこういい加減。

 

「履歴効果を持った物質を使えない?磁石とか」

 

少年

コアメモリですね。

 


 

お姉さん

嘘が多いと解説が短くて書くのが楽でいいね。

 

少年

それなりに史実から引っ張っていますけどね。

 

お姉さん

次からはしばらく視点を二人から離して、世界への影響を見ていくよ。

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