「セルビウス君、我々は君とその部隊に相当な投資をしてきたわけだ。その結果がこれかね?」
少年
モデルはアルトゥール・シェルビウスですか?
お姉さん
「エニグマ」のブランドで知られる暗号機の開発と販売を行った技術者にして実業家。セルビウスって言うと誘導電動機の速度制御の話が出てくるけど、これも彼だよ。
叫んだ男より肩に示す星が多い男性が、諌めるように言った。
少年
ドイツ国防軍の肩章見ていたんですけど、これ階級が一つか二つかだけ上ってことになりません?星のないものもありますし。
お姉さん
雰囲気だよ雰囲気。
「まもなく党首戦です。党が軟弱者の支配下に移れば、このような計画も解体されかねません。何らかの成果を早いうちに示すべきではないですか?」
少年
あれこの国党首が変わるの?
お姉さん
独裁主義というかイデオロギー重視であってトップは変わるよ、一応どの国家体制もそれなりに長持ちさせられるように作ったし。
それはノヴァーク博士が非効率的と判断した十進法に基づく構成だったが、それでもなおそれまでの機械よりも高速であった。
少年
ENIACですね。
お姉さん
そう。というか既存の技術を流用するとそうなるのよ。
「恐るべき速度ね。あなたの計画より数歩先を行っているわ、クフィニャル」
お姉さん
ルイ・クフィニャル(Louis Couffignal)。フランスで機械式の二進数計算装置の開発や計算機械の導入の議論にかかわった。そして最初期のサイバネティクスの関係者。
少年
歯切れが悪いですね。
お姉さん
彼の計画は成功しなくて、結局フランス政府は計算機の開発をやめちゃったからね……。それに方向性も当時の主流とは異なっていたし。
彼の理論は、通信と制御を組み合わせたものであった。言うなれば、彼は電子頭脳のみならず電子肉体を作ろうとしていたのである。
お姉さん
モデルはサイバネティクスと呼ばれる学問分野。ちなみにサイバネティクスの定義はいっぱいあるよ。
例えば、ノヴァークが万能計算機械の理論を発表してすぐに等価な機構を仮想的「神経細胞」によって作れることを示している。
お姉さん
ウォーレン・マカロックとウォルター・ピッツによる形式ニューロンがモデル。
「そうかもしれないが、解く問題なら山程ある。気象科学、結晶分析、遺伝学、整数論、天文学。いずれも民主共和国が得意とする分野だ」
少年
いずれも実際に使われた分野ですね。
お姉さん
結晶分析はX線回折の結果を群論通して解析するあたりで使われるね。
「ようこそ、アドリアーノ・メウッチ様」
少年
メウッチのほうはアントニオ・メウッチだって話はしましたね。
お姉さん
名前の方はアドリアーノ・オリベッティ(Adriano Olivetti)から。コンピューター開発で知られるオリベッティ社の二代目だね。完全に固体素子で作られたコンピュータの最初期のものであるELEA 9003を含むELEAの開発を主導した。ちなみにELEA 9003にはオリベッティ社の他製品のデザインもしていたエットレ・ソットサスという人が関わっているよ。ただ、開発技術者のマリオ・チョウ(Mario Tchou)とアドリアーノ・オリベッティが相次いで亡くなったことでオリベッティ社の計算機開発は止まってしまった。
「そうだグアリーノ、この件について我々は手を取り合うべきだと考える」
お姉さん
モデルはリッカルド・グアリーノ(Riccardo Gualino)。実業家にして美術収集家。セレクトロンの開発者がいたRadio Corporation of Americaと繋がりのあったイタリア企業、Società Italiana Radio Audizioni Circolariの設立者でもある。
「それに、この分野ができる企業は我々以外にない。おそらく発想すら出てこない。必要であれば、こちらが『
お姉さん
「
アドリアーノ・メウッチは父であるカミロ・メウッチを半ば強引に引退させ、会社の方針を熱電子管を中心としたものに切り替えた。
お姉さん
カミロ・オリベッティ(Camillo Olivetti)。アドリアーノ・オリベッティの父でオリベッティ社の創業者、電気技術者。
「紹介しよう、シュラブラだ。計算機械に興味があるようでね、しばらく前に民主共和国のクフィニャルのところでしていた修行から帰ってきたところだ」
お姉さん
ミハイル・ロマノヴィッチ・シュラ゠ブラ(Михаил Романович Шура-Бура)がモデル。M-20の副主任設計者。
列挙されていた項目に目を通したラメーエフは言った。生産、輸送、加工、取引、消費の過程を差分方程式で表現し、様々な資源の相互関係を行列で示したものだった。
お姉さん
モデルはサイバーシン計画。チリで行われた計画経済の補助システムだけど、クーデターによる政権崩壊によって計画は崩壊。
「
少年
Drahttongerät、ドイツ語。
お姉さん
この時代だとテープレコーダーに代替されはじめたころかな。
計算機械科学の理論分野については特許の範囲が及ばないこと、計算機械を支える技術や特許が各国に散らばっていること、そして今現在、十分高速な計算機械を作り上げられそうなのが計数研究所のみであることということをまとめ、計算機械のための特許管理を含む事業を行う国際的合弁団体を設立するということになったのだ。
少年
パテントプールと呼ばれるやり方に似てますね。
お姉さん
史実でも十九世紀からあった発想だけどね。
しかしながら、このような話をしたところで計算機械を作る人がいなければ利益は出ない。そのため、後に「計数研究所講義」と呼ばれた一連の授業が開催されることになったのである。
少年
ムーア・スクール・レクチャー(Moore School Lectures)?
お姉さん
結構そのまま。あれは基本的にアメリカ国内の人だったけど、こっちはもっとグローバル。
「すなわち、入力や出力の処理、あるいは計算の時間配分の考慮といった部分を最終的に利用者が気にしなくていいようにするべきである、と考えます。命令群の制御のための命令群、とでも呼ぶべきものが求められるかと」
少年
オペレーティングシステムの発想ですね。
お姉さん
実際には部分となるプログラムは作られていたけど、一体化されたのは1950年代後半かな。
このように、計数研究所で行われた講義では多くの発案が生まれ、それらは丁寧に記録された。これらは製本され、公開されることが予定されていた。
お姉さん
史実のムーア・スクール・レクチャーも同様に記録されて印刷されたよ。
特許制度というものは非常に強力であり。もし計算機械の能力を飛躍的に向上させる素子や回路、あるいは命令手法が作り出され、第三者にそれが握られた時、計算機械の業界自体が停止してしまう可能性があった。
少年
こういう特許のせいで業界の発展が止まった例だとガソリンエンジン車を対象としたジョージ・ボールドウィン・セルデンのいわゆるセルデン特許とかでしょうか。
お姉さん
ゼロックスの特許も有名だね、まあこのあたりの特許争いは難癖バトルのところあるから……。
帝冠諸邦の帝立大学計算研究所、大党国の航空防衛軍中央開発局、民主共和国の共和科学院新動力委員会、人民主義国の人民評議会統計総局。
少年
航空防衛軍はドイツ空軍、Luftwaffeがモデルですね。
お姉さん
防衛軍の名前はWehrmachtの直訳ベースだけどね。
「ああ、それなら面白い論考が最近あった。大党国のセルビウスという人物が作ったものだが、戦争で国土が大規模な被害を受けた際にも通信を維持できるように、とのものだったはずだ」
お姉さん
ポール・バランによる「On Distributed Communications Networks(分散型通信網について)」が元ネタ。核戦争前提の通信網についての分析だね。
民主共和国の報告書では、それは「分裂兵器」と呼ばれていた。
少年
原子爆弾ですね。
リリエンフェルトという帝冠諸邦の発明家が、戦後しばらくしてある素子の理論を提唱し、特許を取得していた。
お姉さん
ユリウス・エドガー・リリエンフェルトが由来。電界効果トランジスタの理論を提唱していて、この研究が後のベル研究所におけるトランジスタ発明に繋がった。
これによって素子内部の電荷を制御できるようにし、
少年
というわけで電界効果トランジスタですね。
少年
áramszabályozó、ハンガリー語。
最初に作られた
お姉さん
ベル研究所のウィリアム・ショックレー率いるチームのジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンによる点接触型トランジスタがモデル。
お姉さん
この時に、帝冠諸邦の計数研究所のノヴァーク博士とケレメンは連名である特許を取得している。
お姉さん
テキサス・インスツルメンツ所属、ジャック・キルビーによる集積回路関連の特許、通称「キルビー特許」が由来。この世界ではノヴァーク博士が握ったからこのあたりの問題は少なくて海外企業がどんどん計算機械業界に参入していったよ。
「結局はこの問題は保存則と勾配に比例する移動が起こる系ならある程度は適用可能なのでは?」
お姉さん
移動現象論と呼ばれる分野が生み出されたのは最初の教科書ができた1960年でいいかな。とはいえモデルの類似性は色々言われていたけどね。
「あとこの継電器が動かない理由がわかった、配線がずれていて逆起電力を抑えるための保護が効いていない。壊れていないのはかなり幸運だと思う」
少年
逆起電力はコイルやトランスを含む回路で生み出された磁場が電流を作るのでスイッチを切ったり切り替えようとしたりすると急激に流れる電流ですね。
計算機械科学の黎明期に大きな貢献を残し、様々な分野で名を残したマルギッタイ・ヤンカ・ルドゥミラ・ノヴァークという人物について、後世の人々はその扱い方に悩んでいると言ってもいいだろう。
お姉さん
名前の由来はMargittai Neumann János Lajos。貴族としての名前だね。
少年
よく知られる「フォン」はドイツ語の前置詞で、ハンガリー語だと語尾変化になるわけですか。
お姉さん
ちなみにMargittaiはヤノーシュの母の名前、Margit由来だよ。
少年
貴族なので地名では?
お姉さん
ほとんど儀礼的なものだから国内の地名から取ったらしい。今でいうところのルーマニアのマルギタだね。
これは世界的な協力と規格化を促し、最初の
少年
インターネットですね。
お姉さん
史実だとARPANETの国際接続あたりがこれに相当するかな。1981年にはアメリカ、ヨーロッパ、アジアがつながっている。
これらは小さな結晶の上に印刷されるように成形され、今日では部屋一つを占領していた
少年
集積回路だ。
お姉さん
だいたい桁は合わせてあるはず。
「世界戦」の惨事の大きな要因である分裂兵器および融合兵器は、おそらく電子式の計算機械なしでは作ることのできないものであった。この点においては、ノヴァークは百万の死者に対する責任があると言えなくもないかもしれない。
少年
……あれ、「大陸戦」じゃない?
お姉さん
そうだね。それに融合兵器、つまりは水素爆弾も使われているとなると……。
少年
この世界、やっぱり不安定じゃないですか!
お姉さん
それでも百万人しか死んでないから!
少年
人数の問題じゃないですよ!インターネットができる程度には発展しているみたいですけど。
少年
かなり色々詰め込んだ作品でしたね。
お姉さん
解説入れるために作者が調べ直した場所とかもあるからね。あと最後のノヴァーク博士の評価は 能澤徹. コンピュータの発明 : エンジニアリングの軌跡. テクノレヴュー, 2013. ISBN 4-902403-00-5. を参考にしたよ。癖がかなり強い本だけどね。
少年
そういうわけで短いながらも「帝冠諸邦の計算屋」はこれにて完結です。
お姉さん
最後までお読みいただきありがとうございました。
[一礼をした少年とお姉さんがホワイトボードを運びながら退場する。ホールの電気が消える。]
活動報告にあとがきというか今まで書いて思ったこととかをメモみたいにしておいたので気になった方はどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=319515&uid=373609