ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢(短編版)
作者:

オリジナル:歴史/ノンジャンル
タグ:架空史 自動車
2008年春。
自動車ジャーナリストのルーカス・ミュラーは、亡き祖父アドルフの遺品整理のため、長年閉ざされていたガレージを訪れる。
そこで彼が発見したのは、一台の奇妙なBMW 1602だった。
過給器付きの改造車。 走行距離は20万キロを超えている。
そしてダッシュボードには白いペンキでこう書かれていた。
実験は成功した。
私は勝利した。
その言葉の意味を知るため、ルーカスは祖父の残した日記、写真、設計図、社内資料を辿り始める。
調査の途中で見つかったのは、ボンネビル・ソルトフラッツで速度記録へ挑んだ伝説のターボイセッタだった。
しかし、それは物語の始まりではなかった。
1943年。
若きBMW技師アドルフ・ミュラーは、小型エンジン向け過給機の研究に携わっていた。
戦後、ドイツ国鉄勤務の友人からBBC製の試作排気タービンを譲り受けた彼は、自身のフォルクスワーゲン、二台のローバー・ミニ、三台のBMWイセッタを実験台として次々に壊しながら、小排気量エンジンの可能性を追い求める。
やがて彼は、BMW本社の反対を押し切ってターボイセッタでボンネビルへ向かう。
人々は速度記録に注目した。
だがアドルフが知りたかったのは速度ではなかった。
「小さなエンジンに未来はあるのか」
その答えだけだった。
ボンネビル以降、彼はBMW700を四台、BMW1602を三台使い潰しながら研究を続ける。
目標は最高速度ではなく、高効率、高耐久、そして日常的に使えるターボ車。
そして1973年。
BMWが量産ターボ車である2002ターボを発表した日、アドルフは日記に記す。
実験は成功した。
私は勝利した。
しかし彼の本当の傑作は、伝説のイセッタではなかった。
二十万キロ以上を走破した、地味な一台のBMW1602だった。
失われた速度記録車の謎を追うつもりだったルーカスは、やがて気付く。
これは世界最速のイセッタの物語ではない。
誰にも理解されなかった小排気量ターボの未来を信じ続け、六十年以上にわたる実験を貫いた、一人の技術者の人生そのものだったのだ。

叩き台版、翻訳はGoogle翻訳を使用
連載版投稿中、大分内容は変わった