図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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ここでは語り部であるキイが自明であるとして説明しなかった箇所や、作中では直接言及できない部分についての解説をします。ここで解説されなくとも、将来的に物語の中で説明されることがあるかもしれません。数式に間違いがないか確認しているような読者向けになりますので、あらかじめご了承ください。


第10章解説

規格化

「ありませんな、普通であれば。商品の質を担保する工房の間の関係を崩し、職人に技を捨てさせ、他の商者のために動くなどということは」

同業者組合は技術を秘匿することで関係者の利益を守るとともに製品の質を保っていた。その一方でしばしば新しい技術の導入に反対したため、アメリカ合衆国のような新興国が発展するチャンスが生まれた。

 

「文字版の大きさや紙の大きさを揃えるように部品の大きさを揃えることぐらい、考えていないとは思いませんよ」

規格化や標準化の概念は昔からあるが、これを産業全体に推し進めようというのは19世紀末の考え方である。

 

工作機械

別に国交関係が問題なければいいのだが、まあ歴史を見ればその輸入元に戦争をふっかけざるを得なくなった例もあるのでできるだけ自分の手元にそういう装置があるに越したことはない。

第二次世界大戦における日本とかね。

 

水準としてはDe re metallica(デ・レ・メタリカ)ぐらいか、場合によってはもう少し上かな?

De re metallica(デ・レ・メタリカ)はゲオルク・アグリコラによる冶金についての本。図が多く、16世紀当時の鉱業や金属加工についての重要な史料となっている。

 

電気分解と酸による分離を組み合わせれば、かなりの分離ができる。

例えばハンフリー・デービーは電気分解によってカリウム、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、ホウ素、バリウムを単離した。

 

転炉

もちろん準備をすれば4日ちょっとで10000トンの輸送船を作ることができるが、低温脆性でぶっ壊れかねない。

リバティ船は第二次世界大戦下のアメリカ合衆国において、緊急造船計画(Emergency Shipbuilding Program)のもと作られた「5年で使い捨てる設計の大量生産10000トン級輸送船」である。戦時国債でネーミングライツが手に入ったり、慣れていない女性労働者でも作れるよう溶接を導入していたり、一日あたり2隻弱のペースで作られたり、3000隻弱作ったので存命の人物だろうが関係なく名前をつけまくったりとかいう逸話が多い。建築業界出身のヘンリー・ジョン・カイザーが中心となって開発・生産が行われ、ブロック工法などの活用もあって最短で4日半ちょっとで完成させたなんて話もある。なお、この船に使っていた鋼板が低温では脆性を示すので構造上の欠陥とも相まって寒い海で使うと船が「割れる」という問題が起こったりもした。とはいえ案外長持ちし、民間に払い下げられた後も二十年ほどは現役だった。

 

等角図(アイソメ)を描くと、商者は不思議そうに図を見た。

Isometric(等角図)は投影図法の一つであり、立方体の外観が正六角形になるような描き方。19世紀に広く導入された。

 

確率

硝子(ガラス)は酸にも塩基にも強く、水を沸騰させる程度の熱に耐え、反応を外側から観察できるので

一応長期間強塩基に接触させるとか加熱したリン酸を触れさせるとかすれば腐食する。あとフッ化水素酸は低い濃度で常温でも腐食させてくる。なのでフッ化水素酸を保存する時にはテフロン*1、もといポリテトラフルオロエチレンのようなプラスチックの容器を使おう。高腐食性のフッ素化合物に耐性を持つのがフッ素化合物ってかっこよくありませんか?なおここでは触れていないが、光学的特性も当然重要である。

 

国立産業技術史博物館産業技術史資料情報センターの出していた技術の系統化調査報告を読んでいたからだよ。

「技術の系統化調査報告」を出しているのは国立科学博物館の産業技術史資料情報センター。国立産業技術史博物館があればこっちの管轄になっていたと思う。

 

ああとなると炉の中の熱も測定する必要が……これは二種類の金属を接合してそこに熱を加えることで流れる電流を……ああいや、増幅が必要だから先に硝子(ガラス)と水銀で機構を……

熱電対の話をしている。焦っているので増幅に真空管を使おうとしているが、複数の熱電対を直列に繋げば測定可能なレベルの電流を取り出せる。

 

確率

彼が意識しているはずはないが、ピエール=シモン・ラプラスが言った魔物の話を思い出すな。

Une intelligence qui, à un instant donné, connaîtrait toutes les forces dont la nature est animée et la situation respective des êtres qui la composent, si d’ailleurs elle était suffisamment vaste pour soumettre ces données à l’analyse, embrasserait dans la même formule les mouvements des plus grands corps de l’univers et ceux du plus léger atome; rien ne serait incertain pour elle, et l’avenir, comme le passé, serait présent à ses yeux.

(ある瞬間に、自然を動かす全ての力とそれを構成する存在、それぞれの状況を知っている知性は、さらにこれらの情報を分析するのに十分なほど壮大であれば、宇宙で最大の天体の動きと最も軽い原子の動きを同じ式で包括するだろう。不確かなことは何もなく、未来は過去と同じように、その目に映るのである。)

──ピエール=シモン・ラプラス「Essai philosophique sur les probabilités(確率に関する哲学的随筆)」より。拙訳。

 

ニュートン力学の発展は、このような決定論的な考えを生み出した。なおその後量子力学の研究によって「確率的に」起こる現象が見出された。

 

まあ本当はアンドレイ・ニコラエヴィッチ・コルモゴロフの公理主義的確率の話まで持っていければいいが、これは私でもちゃんと理解していないので数学のできる人に任せよう。

確率の定義はいくつかある。統計的確率は頻度主義に基づくものであり、何度も試行することによって近づく「不変である値」を確率の値として考える。一方で主観確率はベイズ主義に基づくものであり、得られた統計データから「ありえそうな値」を確率として考える。十分なデータが有れば統計的確率の、少ないデータしかなければ主観確率の考え方を使うと便利であるので「どちらが正しいか」みたいに争うのは基本的に不毛である(というのが作者の意見。あっやめて石を投げないで)。なおキイの言っている公理主義的確率はもっと抽象化して確率分布を「ある条件を満たす集合から実数への関数」と定義するのでまた別の立ち位置である。

 

$\lg 0.9$ は

$\lg$ はISO 80000-2で10を底とする対数であるとされている。

 

さらりと使っている常用対数はヘンリー・ブリッグスのアイデアによるもので1600年頃だったかな。

最初期の常用対数表「Logarithmorum Chilias Prima」の出版は1617年。

 

今回の例ならp値が5%より上なのでギリギリ偶然かもしれないというところだ。

p値はざっくり言えば「その現象が偶然起こる確率」である。つまりが20回ほど実験を行えばp値が0.05を下回るような結果が出る可能性がある。一般的に0.05という値は「その現象が偶然ではない」(有意である)ことを示すための基準となっているが、結構いい加減に使われがちである。なおこの値は農業実験をやっていたロナルド・エイルマー・フィッシャーが「まあ20年に一度ぐらいなら不作とか起こっても仕方ないわな」と選んだ数字であるとかなんとか。

 

交渉

まあ、純粋数学はそれ自体に意味があるとゴッドフレイ・ハロルド・ハーディが弁明していた横でブレッチリー・パークやシカゴ大学の「冶金研究所」で行われていたことを考えれば軍事転用できない技術はあまりないのだ。

No one has yet discovered any warlike purpose to be served by the theory of numbers or relativity, and it seems very unlikely that anyone will do so for many years.

(未だ誰も数論や相対性理論を戦争に役立てる方法を発見していないし、今後何年もそうされる可能性は非常に低いと思われる。)

──ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ「A Mathematician's Apology(ある数学者の生涯と弁明)」より。拙訳。

 

ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディは第二次世界大戦下の1940年、戦争と数学との関係性などを踏まえてこのように述べた。しかし1938年から数学者のアラン・マシスン・チューリングがイギリスのブレッチリー・パークにある政府暗号学校に雇われており、最終的に群論という数学分野を応用した手法を組み込んだ解読手法によってドイツ軍の使用していた暗号機「Enigma」を破った。また、相対性理論が予言した質量とエネルギーの転換はシカゴ大学に本部が置かれアーサー・コンプトンをリーダーとした秘匿呼称「冶金研究所」で作られ、1942年に最初の臨界を達成した原子炉「シカゴ・パイル1号」によって証明されたとともに、ここで作られたプルトニウムが世界で最初と3番目の核爆弾に用いられた。なお、3番目の核爆弾は最後の実戦使用された核兵器である。少なくとも、今のところは。

 

ああ、ここでの定性は理工学分野で言う定性。

理工学分野では例えば「鋼の炭素が多くなると硬度が上昇する」は定性論であり、実際の測定やシミュレーションによってグラフを描いて初めて定量論となる。しかし社会科学ではたった一つの事例から理論を展開することも珍しくない。良し悪しというよりも業界の特徴のようなものである。

 

サイバーシン計画のようなものであればまだ可能性はあるが、CIAが潰してくれやがったからな。

サイバーシン計画は世界最初の自由選挙によるマルクス主義政権、チリのサルバドール・アジェンデ政権によって1971年から行われたもので、テレックス(まあメールのようなもの)を利用してチリ全体を繋ぐ経済管制システムである。なお当然当時のアメリカ合衆国がこんな赤い政権を許容するはずがなく、1973年にCIAなどの支援を受けた軍部によるクーデターが発生、政権は崩壊しサルバドール・アジェンデは自殺した。

 

交渉

まあ、動かす人数を考えれば私への報酬を十人扶持ぐらいにした所であまり問題ないわけか。

扶持は江戸時代に用いられた報酬の単位。一日あたり米五合に相当する。ここでキイは10人分の生活費としてイメージしている。

 

国立産業技術史博物館の所蔵品だった空気液化装置を思い出す。

一応のモデルは化学遺産021号「国産技術によるアンモニア合成(東工試法)の開発とその企業化に関する資料」の一つ、産業技術総合研究所所蔵のリンデ式空気液化分留器および電気化学工業株式会社(現デンカ株式会社)青海工場(新潟県糸魚川市)にあった空気液化分離装置。

 

電磁波

火花式の送信機で作られる電磁波のアナロジーとしては悪くないだろう。

放電によって作られる電磁波は複数の周波数帯にまたがる一種のパルスなので、まあ拍手の音と似ていなくもない。

 

1887年、ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツが実験を行ったのはあくまで電磁場の理論から導かれる「電磁波」の証明が目的だった。

ヘルツが学生から「この現象は何の役に立つんですか?」と聞かれ、「たぶん役に立たないよ」と答えたというエピソードがあるが出典があいまい。

 

「……そうだね。まあ人に何か言うだけというのは誰でもできるから」

タレスのものとされる「困難なことは自分自身を知ること、容易なことは他人への訓戒」という言葉が由来だが出典があいまい。いやその日本語の専門書を漁るのでも辛いので勘弁して下さい……。

 

「あれ、私は今理解しているのに実行できていない人間扱いされてる?」

人間とはこういうものである。

 

矛盾

もちろん双方の知識を縦横無尽に振るう人もいるが、少なくとも私はダフィット・ヒルベルトの出した23の問題については何を言っているかすらよくわからない。

1900年、ダフィット・ヒルベルトはパリでの第2回国際数学者会議で当時の数学における未解決問題を10個挙げ、1902年に「Mathematical problems(数学的問題)」と題した記事で23個のリストを示した。なお、100年後の2000年にリュディガー・ティーレによって「実はメモには24個目があった」ということが発表され、23の問題のうち未解決であったリーマン予想を含む7つの問題がクレイ数学研究所から「Millennium prize problems(ミレニアム懸賞問題)」として一問題につき100万ドルの懸賞金がつけられることになった。

 

数学オリンピックを見てみろ。あれでも扱う分野に縛りがあるのだ。

国際数学オリンピックの範囲は国際バカロレアの基準による高校2年生程度となっているが、それでも正直ちょっと数学が得意な程度では見ても解法への糸口すら掴めないような問題が出てくる。

 

それがない無差別級数学界でもティーンがarXivに論文を書いていたりする。査読がないから誰でも出せるには出せるけどそういう意味ではない。

arXivは査読のない理学分野論文投稿・共有サイト。数学者のちょっとしたメモ書きから先に挙げたMillennium prize problems(ミレニアム懸賞問題)の一つ、ポアンカレ予想の証明まで色々なものがアップロードされている。

 

空位記号については問題なし、と。

桁表記の時の「0」のこと。数としての0とはまた微妙に扱いが違うので、こういう表現にしている。

 

「ええと、例えば2の平方根が2つの数の比として表せないことを示す際に使われるような、矛盾を示す場合だと思えばいいでしょうか?

エウクレイデスによるΣτοιχεία(原論)に見られる証明は背理法によるもの。なおこの発見がピタゴラス教団に属していたメタポンティオンのヒッパソスによるもので、彼は教団の教理に反していたために処刑されたという話があるが、信憑性はない。まあこの当時の話は与太話も多いので話半分に聞いておこう。物語として面白くとも、史料に裏づけられないならばそれは物語でしかないのだ。というよりここらへんは伝聞に伝聞を重ね、散逸した文書をつなぎ合わせてどうにかしている分野なので個人による解釈が与える影響が大きいのである。

 

小数

「空位記号の数を示す記号を考えるよ。名前は何がいいかな……」

キイはある種天下り的に対数関数を定義しているが、我々の知る数学史では「積を和にする」という発想はまず三角関数を利用することで行われた。例えば $a \times b$ を求めたいとする(ただし事前に桁をずらして $0 < a < 1$ 、$0 < b < 1$ の範囲にしておく)。ここで $a = \cos \alpha$ となるような $\alpha$ ( $\cos$ の逆関数である $\arccos$ を使うのであれば、$\alpha = \arccos a$ )と $b = \cos \beta$ となるような $\beta$ を事前に作っておいた $\cos$ の表から求め、$\alpha + \beta$ と $\alpha - \beta$ を計算し、

 

$$\begin{eqnarray} a \times b &=& \cos \alpha \cdot \cos \beta\\ &=& \frac{\cos (\alpha + \beta) + \cos (\alpha - \beta)}{2} \end{eqnarray}$$

 

の最後の式に代入することで計算することができる。これがギリシャ語のπρόσθεσις()ἀφαίρεσις()を組み合わせてProsthaphaeresisと呼ばれた手法である。ティコ・ブラーエはこの方法で計算を行った。まあ基になる $\cos$ の表について作るのも相当大変だし、和と差の両方を求めねばいけないのであまり効率的ではない。

 

対数関数は多価関数だって?いいんだよまだ虚数の概念は出していないんだ。

対数関数は複素数の範囲に拡張することができる(オイラーの公式として知られる指数関数と三角関数の関係式を知っている人がわかると思う)が、計算の途中で「角度」が出てくるせいで複数の値を持ってしまう(ざっくり言えば、30°と390°と750°は全て同じ角度として扱われるが、この一つ一つが虚数部分の値に対応する)ので、もとの数と一対一で対応せず逆関数を持たないと言われる。もちろん関数の範囲を制限したり、集合論のスケールで捉える場合はその限りではないが。

 

この表記方法はシモン・ステヴィンのアイデアをジョン・ネイピアが改良したものによく似ている。

シモン・ステヴィンのやり方で円周率を表すと、3⓪1①4②1③5④9となる。

 

ええと、座標平面はルネ・デカルトのDiscours de la méthode(方法序説)だから1637年、$\varepsilon \text{-} \delta$ 論法は19世紀半ば、多項式近似はそれなりに古くからあるはずだけど、テイラー展開は1700年ぐらいかな。

テイラー展開の基礎になる関数の冪級数展開は1671年にジェームス・グレゴリーがジョン・コリンズに送った手紙の中で見られる。

 

課題

2代目島津源蔵の発明した易反応性鉛粉製造法だ。

2代目島津源蔵は日本の発明家で、初代島津源蔵の長男。父の創業した島津製作所を継ぎ、様々な分野の発明を行ったがそのうちの一つが鉛蓄電池「GS蓄電器」の開発過程で行った亜酸化鉛製造技術の確立(特許登録は1922年)である。島津製作所の蓄電池工場はその後独立し、合併を経て今日のジーエス・ユアサコーポレーションとなった。なおこのジーエスというのは島津源蔵(Shimazu Genzo)のイニシャル。

 

とはいえこれは効率を求めた方法なので雑で良ければ鉛の板をそのまま電極として硫酸に突っ込んでしまえばいい。

実際、1854年にガストン・プランテが最初期に作った鉛蓄電池は薄い鉛板の間に布やゴムを挟んで円筒状に巻き、それを硫酸に浸したものである。

 

というか実物主義のきらいがある私が、日本で一番この手の史料が揃っていた施設のバックヤードに出入りしても、実際に触れたことのある機械や装置は全体からすれば本当に僅かでしかない。

なお万博記念公園の鉄鋼館に保存されていたこういう膨大な史料の多くは大阪府が一千万円の移転費用を用意できなかったために処分されてしまっている。今日でもこの件について思うところのある関係者は多い。

 

審査会はもうしばらくやらなくていいかな、と思うぐらいには精神的な負荷がまだ抜けきっていないのでこの方面は今のところ進むつもりはない。

博士論文の審査会のこと。分野にもよるが、予備審査があったり、数時間の審査(半分ぐらいが事実上の詰問)が複数回あったり、お世話になったり参考文献に使ったり先行研究として批判したりした人が並ぶ公聴会があったりと、まあとてもつらい。

*1
テフロン™はThe Chemours Companyの登録商標です。

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