図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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ここでは語り部であるキイが自明であるとして説明しなかった箇所や、作中では直接言及できない部分についての解説をします。ここで解説されなくとも、将来的に物語の中で説明されることがあるかもしれません。人名をカタカナで書いている時にこれでいいのかとツッコミを入れたくなるような読者向けになりますので、あらかじめご了承ください。


第12章解説

秘密

「沼から出る泡を溜めといて、そいつをふいごで吹いたところに火をつけるんです」

メタンは都市ガスの主成分であり、燃焼によって高温を生み出す。温度を計算するとなるとエンタルピー変化から断熱火炎温度を導く必要があるが、ざっくり1800℃である。なお、このような方法で集めたメタンをガラス細工に使う例は歴史的に作者の知る限り無い。

 

地理的にはナトロンが取れる地域にも近い。

ナトロンはナトリウムの炭酸塩を主成分とする鉱物。古代エジプトの頃から使われていた。かつて海であった乾燥地域で産出されることが多い。

 

ガラスの筒に封入された、二つの金属とその隙間の金属粉末。

コヒーラは改良が繰り返されたが、ここでキイが示しているものはグリエルモ・マルコーニによって作られたものとよく似ている。

 

最初期の電波検出器、コヒーラである。

金属粉末に高周波を流すと「密着(cohere)」すると考えられていたことからこの名前がついた。

 

検出

並進対称性を持つような電子配置でのシュレディンガー方程式を解けばいいんだったっけ?

クローニッヒ・ペニーのモデルのこと。作者はキッテルをちゃんと読んでいないのでここらへんは適当である。

 

ラルフ・クローニッヒが関わっていることは覚えている。

ラルフ・クローニッヒはドイツの物理学者。パウリの排他原理の基盤となる「スピン」の概念を提唱したが、これはその原理の発案者であるヴォルフガング・パウリに否定されている。なおその数カ月後、独立にジョージ・ウーレンベックとサミュエル・ゴーズミットがスピンの概念を出したのでこちらのほうが有名になっている。

 

よし、本当に一発で成功するとは思っていなかったので拍子抜けだ。

グリエルモ・マルコーニはここだけで結構苦労している。やはり未来知識というのは強いですね。ご都合主義とか言わない。

 

空中線

手元には受信機、そして望遠鏡と組み合わせた回照器(ヘリオトロープ)

回照器(ヘリオトロープ)はヨハン・カール・フリードリヒ・ガウスの発明品。数学分野以外にも統計や測量、電磁気の分野で功績を残している。まあそれでも数学寄りと言えばそうなのだが。なおキイの設計はウィリアム・ヴュルデマンのデザインに似ている。

 

私はまあ昔からGitで管理していたけどさ。

Gitはオープンソースの分散型バージョン管理システム。イメージとしては分岐を繰り返しながらセーブとロードをできるようなもの。途中経過も保存されるので、データ容量は大きくなる。

 

素材

まあでも起源はハリー・テオドール・ニュークヴィスト(ナイキスト)とかラルフ・ハートレーだし、電信の技術発展が数学の成熟より遅れていたことを考えると別に遅くはないか。

ニュークヴィストはスウェーデン語読み。ナイキスト周波数やナイキスト線図に名前を残している。

 

場合によってはカール・フリードリヒ・ガウスが作っていてもおかしくはない理論だが。

一応、彼は電磁気学の知識を用いて電信機の開発を行っている。

 

その数学的背景は決して簡単ではないが、重要な要素である対数についてはもう存在している。

シャノン=ハートレーの定理として知られている定理はノイズ混じりの通信でどれだけの情報を伝えられるかを示しているが、これには底が2となる対数が現れる。

 

高温で劣化し、電流を流しすぎると使えなくなるし、逆電流も大きい。

ダイオードのような電気を一方的に流すことが期待される素子であっても、実際は逆方向の電流を完全に遮ることはできない。この時に流れるのが逆電流である。

 

あとはこの電流を振動か何かに変換するものがあればいいのだが、それには電磁石を使うなり酒石酸カリウムナトリウムを使うなりすればいい。

酒石酸カリウムナトリウムはロッシェル塩のこと。「クリスタルイヤホン」のクリスタルはこれである。

 

科学史ではなく技術史や産業史の領分に入ってきて、企業が公開していないノウハウがある分野に足を突っ込み始めてきた。

さすがにOCRのかけられていない古い特許を漁るのはきつい。

 

コチニールカイガラムシはまだ見かけていないので色々試すしかなさそうだ。

コチニールカイガラムシでなくともラックカイガラムシやケルメスカイガラムシからコチニール色素を得ることができる。これはいわゆるクリムゾンと呼ばれる赤色で、細胞核(具体的には核酸)の染色に用いることができる。

 

伝声器

今まで真空管かトランジスタかと考えていたが、こっちの方面もありそうだ。

調べるとネタは結構出てくるんですよね……。

 

まあ伝声管を使えと言えばそれまでかもしれないが。

管の中での粗密波は減衰が少ないので、パイプを通した声は遠くまで届く。これを利用したのが伝声管であり、構造はとてもシンプルである。古い船などに搭載されていた。

 

これをちゃんと理論的に説明するのはとても大変なのでやめておくが、これが整流作用を示して前作った酸化銅整流器と同じような働きをしてくれる。

ヴォルフガング・パウリの言葉とされる「表面は悪魔が作った」という言葉は作者の確認できた限りちゃんとした出典がない。どいつもこいつも雑な引用をしやがってよ……。

 

拡声器

というより、炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)の発明者の一人とされるイギリスのイギリス系アメリカ人、デイビッド・エドワード・ヒューズがヘルツより先に炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)を使って電波を検出していたのではないかという話もあるぐらいだ。

デイビッド・エドワード・ヒューズはイギリスで生まれ、アメリカに移住し、イギリスで研究を行った。

 

選択と集中というのは方針決定後にやるべきものである。

まあその方針が正しいという保証はどこにもないのであるが。

 

有名なところではタコマ橋の崩壊がある。

1940年11月7日、アメリカ合衆国ワシントン州にあったタコマ海峡(ナローズ)にあった橋が崩壊し、犬が一匹死んだ事故。この崩壊の様子はカラーフィルム映像で記録されており、貴重な資料となっている。

 

後藤英一のパラメトロンの励振周波数はメガヘルツ程度だったが、あれは確かフェライトコアが使われていた。

東京大学理学部高橋秀俊研究室によって作成された電子計算機「PC-1」の励振周波数は2.3 MHzである。

 

不満

「ふざけるな」

なお、キイが考えているのと同じような原理を使ってアーンスト・アレキサンダーソンの作ったアレクサンダーソン交流発電機(オルタネーター)では20 kHz程度を出していた。今でもスウェーデン、ヴァールベリのグリメトン・ラジオ無線局で年に一回、最後の動態保存されているアレクサンダーソン交流発電機(オルタネーター)がモールス信号を送信している。

 

なにせ末端にかかる遠心力が……1.6 MG(メガ重力加速度)?超遠心機か何かか?

超遠心機はだいたい1000000 Gなのでだいたいそれくらい。なお、当然ながら事故ると悲惨なことになる。

 

稟議

まあ稟議はちゃんと階層を形成すれば人数に対して $O(\log n)$ の時間で済むのだが。

エトムント・ゲオルク・ヘルマン・ランダウの名にちなむランダウ記法と呼ばれる書き方。ここでは $n$ が大きくなってもかかる時間はそこまで増えないことを表している。

 

我々の活動はマーフィー則に従う系であるので、大抵予期していないことが起こる。

この言い回しは物理学などで対象とする(system)について言及する時のもの。「古典力学に従う系」などというように使う。マーフィー則については皆さんご存知でしょう。

 

貿易

私がいた世界では秋刀魚は目黒に限るなんて言われていたが、炭火で直焼きの魚に塩を振っただけのものがなぜこんなにも美味しいのだろう。

落語「目黒のさんま」より。

 

まあ、銀とかのほうが手入れが難しいのでそちらのほうがステータスになるのかもしれないが。

「手入れをする人を雇える」という意味になる。

 

冊子

例えば服は銀片数十枚だ。

ここらへんの値段は古代中国の資料を参考にしたりしている。

 

まあ実際は鉱石によっては特殊な煉瓦で炉の内張りをしたり、鏡銑(スピーゲルアイゼン)を混ぜたりと試行錯誤が必要なのだがそれでも実際に安くなっているということは徐々に成功しているのだろう。

「特殊な煉瓦」はシドニー・ギルクリスト・トーマスおよびパーシー・カーライル・ギルクリストが開発した転炉に用いられた塩基性耐火煉瓦のこと。「鏡銑(スピーゲルアイゼン)」はマンガンを含む合金で、溶け込んだ酸素の除去に用いる。

 

盗聴

水力紡績機の設計図を頭に入れてイギリスからアメリカに渡ったサミュエル・"裏切り者(トレイター)"・スレーターや同じように力織機を手ぶらで持ち出したフランシス・キャボット・ローウェル、清からのチャノキ密輸出に成功したロバート・フォーチュン、あるいはローゼンバーグ夫妻を始めとするソ連の協力者。

サミュエル・スレーターはイギリスでは「Slater the Traitor(裏切り者、スレーター)」と呼ばれている。キイが言ったような記法で呼ばれている例はないが、かっこいいので。ジュリアス・ローゼンバーグとエセル・グリーングラス・ローゼンバーグのローゼンバーグ夫妻はソ連に原子爆弾の製造に関する情報を流したスパイであるとしてFBIに逮捕され、電気椅子による死刑判決が下った。当初はでっち上げによる冤罪であると言われていたが、ソ連崩壊後に行われた暗号解読計画「ヴェノナ」によって結果本当にスパイであったことが判明した。

 

東京湾や大阪湾の藻屑になることはないはずだ。

第二次世界大戦後、連合国軍最高司令官・総司令部による日本の持っていた5台のサイクロトロンの破壊と処分を踏まえたもの。これのせいで日本の物理学研究は停滞した。なお核兵器製造に使えるということでの処分であったが、アメリカの科学者たちはそれを否定し、破壊に反対したという。

 

本当であればレフ・セルゲーエヴィチ・テルミンのThe Thingみたいな物を作りたかったが、あの受信機を作るためには増幅素子が必要である。

レフ・セルゲーエヴィチ・テルミンは電子楽器テルミンの発明者としても知られるソ連出身の物理学者にしてスパイ。The Thing、あるいはThe Great Seal bugと呼ばれる盗聴器の開発にも携わった。これはモスクワのアメリカ大使邸に設置されたが、アメリカ側は電波を検知できてもその隠し場所は長らく特定することができなかった。実際には贈答品の木彫りのアメリカ合衆国国章の中に仕込まれていたのである。可動部品が少なく、マイク代わりのコンデンサが外部から送られてきた電波を変調して再送信するという単純な構造であるため長持ちした。

 

軽く高域通過濾波器(ハイパスフィルタ)がわりの可変容量蓄電器(バリコン)を噛ませてあるので発狂するほどではないはずだ。

高域通過濾波器(ハイパスフィルタ)は高周波のみを通す回路のこと。基本的にはコンデンサが用いられる。バリコンはバリアブル・コンデンサの略。

 

国家保安省(シュタージ)めいてパーセントレベルの協力者を抱えていているわけではないし、構成員はたぶん百人いるかどうかといったところ。

2000万人弱の人口を持ったドイツ民主共和国の諜報機関であった国家保安省(シュタージ)は、最盛期には協力者も含めれば20万人を超える関係者がいたという。


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