ああ、だから
物を持ち上げる機械であるcraneを意味する漢語は一般的に「起重機」と呼ばれるが、ここでは貨物の上下移動を行う機械である事を強調するためにこのような字を当てている。物を持ち上げて下ろすだけであれば荷物を移動させられないため、船に荷を積むためには車輪で土台を移動させたり、根本から回転させたり、滑車を移動させたりするなどの方法と組み合わせる必要がある。
「痩せ麦で作った炎酒を、燻り魚で一杯……」
痩せ麦のモデルの一つ、ソバを発酵させアルコールを作ることは可能であるが技術が確立されたのは最近である。理由の一つとして考えられるのはソバの種子に含まれる細菌の多さ。
図書庫の城邦では案外みんな剃っていたが、そういえば剃刀の話をちゃんと把握していない。
体毛を剃るための剃刀は先史時代から使われているが、その扱いが難しいことから髭を剃るのは長い間専門家の仕事であった。少なくとも、自分で剃る文化が発達したのは安全剃刀が発売されるようになってからである。
私は個人的に誰かになにかを贈るのとか贈られるのは苦手だけど、それは相手が欲しがるものが本当にあるかどうかがわからなかったりする場合なので今回みたいにちゃんと必需品であればいい。
というわけでたぶん必需品じゃないんですよね……。
花押の方が近いかな。
結構高いと思うのは私がかつての世界の郵便制度に慣れすぎているからだな。
例えば航空書簡であれば90円、船便のはがきであれば60円。免税取引扱いなので消費税がかからないのである。
まあ私自身にはそういうものに縁はなかったが、なんとなく見当はつく。
今更言う必要もないと思うが、キイは肉体関係に関する経験をほとんど持っていない。キイ自身に言わせれば性的指向は機会的両性愛といったあたり。言葉の使い方が微妙に違う気がする。
平時には鋤を、戦時には剣を売るというのはなかなかに悪くないが
その
──明治元訳旧約聖書 (明治37年)、イザヤ書第二章より
エフゲニー・ヴィクトロヴィッチ・ヴチェティチによって作成され、ソビエト社会主義共和国連邦から国際連合に寄贈されたブロンズ像「
具体的には部品を固定するチャックの部分に螺子を使っているので最初の螺子切りは別の方法で固定して行わないといけないとか。
旋盤の自作について解説している本(例えばDavid Gingeryによる「Build Your Own Metal Working Shop from Scrap」シリーズとか)では、たいていどこかから送り軸や締結部品用のネジを持ってくるし、低融点金属としてアルミニウムとかが使われる。こういうのはゴミ捨て場にあるものと近所のホームセンターに売っている部品から金属加工用の設備を作ったり、文明が崩壊した後に機械工作の基盤を再構築する時とかには役立つかもしれないが、異世界での旋盤作りには物足りない。
まあかつての私がこれを作れと言われたら設計者を小一時間問い詰めてしまうレベルだ。
「小一時間問い詰めたい」は2001年の新爆による投稿がもととなり、匿名掲示板を経由して広まった言い回し。同年公開されたポエ山によるFLASHを用いたアニメーション、「吉野家」でも知られる。おそらくキイがまだ子供の頃の作品ですね。
記憶を漁るがこういった例は勅許会社ぐらいしか思い出せない。
勅許会社はオランダやイギリスの東インド会社などがよく知られる。他にも企業が国家のような形態を取った例としては18世紀から19世紀にかけてボルネオ島西部に存在した蘭芳公司、Massachusetts Bay Company(マサチューセッツ湾会社)による入植地等が挙げられる。
なお風を送り込むのは基本人力で、一部で水車を使おうとしているがあまりうまく行っていないらしい。
後漢書によれば紀元1世紀前半に中国で杜詩が水車駆動のふいごを高炉に用いていたという記録がある。
クリノメーターが欲しくなってくる。
コンパスと水準器を組み合わせたもので、地層の走向(向き)と傾斜(傾き)を測定するための装置。英語でclinometerと呼んだ時にはより汎用的な傾斜計を指す。
向こうの科学史やってる人と私が思想バトルをしていたからですが……。
今日の科学史研究業界は歴史系(哲学寄り)の人が多いので、キイのような工学畑の人からすれば結構「生産的ではない」ことをしている。思想バトルはほどほどにしよう。
それだけのことができるラポールをケト以外とは構築していないし
ラポールは心理学やカウンセリングの分野の用語で、ざっくり言えば秘密を共有できるなごやかな信頼関係のこと。
というか、あったから鐵は
旧字体の「鐵」を分解したところからできたある種のネタ。少なくとも本多光太郎の時代から存在する。
過学習と呼ばれる現象に近い。
本来は機械学習分野の用語。似たような概念として、3つの測定データから近似直線を引くようなもの。
外の冷風を高炉に吹き込むのは冷ますも同じだ
この後でキイが述べている熱風炉はジェームズ・ボーモント・ニールソンによって発明されたもの。
私の知識にある上吹転炉はいわゆる
ロバート・デューラーによって発明され、
この方法自体はウーツ鋼の製法などで知られていた。
ダマスカス鋼としても知られる。
こういうところでたぶん本来あったのであろう文化的儀式を侵食しているのは異教徒を切り捨てて改宗を求めるような宗教とどっちがマシか難しいところである。
民俗学や人類学をやっていると宣教師が作った聖書しか文字資料がなかったり、「宣教」のおかげでもともとあった文化がなくなっていたりなんてことがざらにある。とはいえ現代と切り離されてしまった分、時代変化を考えなくていいという嬉しくないメリットがあったり……。
アイゾットとかシャルピーとかやったなぁ。
アイゾット衝撃試験は棒の上部分を、シャルピー衝撃試験は棒の中心部分を振り子でへし折るようなもの。それぞれエドウィン・ギルバート・イゾッドとジョルジュ・オーギュスタン・アルベール・シャルピーによる。1946年のInstitute of Metalsの訃報記事を読む限り、アイゾットと読まないらしい。
というか私はそんな嫌な顔を出していただろうか?
キイもケトも信頼できない語り手なので作者が補足するしかないのだが、ケトぐらいにしかわからないレベルでそういう表情をしている。
黒鉛形状からして黒心可鍛鋳鉄とかではない。
黒心可鍛鋳鉄も黒鉛部分が集中しているが、ダクタイル鋳鉄のように丸くはなっていない。
どういうわけか私が考古学者から依頼されてXRDの撮影に立ち会うことがあったりする。
X線回折(X-ray Diffraction)は周期性を持つ結晶などを対象とする分析手法であり、周辺機器と組み合わせることで金属鋳造品から加工方法や原料となった鉱物の産地など様々な情報を得ることができる。
まったく、文系の大学院生がどうしてミラー指数を知っているんだ?
結晶に対し、ある面が「どのように斜めになっているか」を示す方法の一つ。このミラー指数と結晶の大きさによってX線を反射するかどうかが決まり、ここからX線回折では情報を得る。
このマグネシウムは電解製錬などによって得られたものだ。
実はこれは誤りで、今日生産されるマグネシウムの大半は鉄とケイ素の合金であるフェロシリコンを還元剤として酸化マグネシウムから作られるものである。この方法はロイド・モンゴメリー・ピジョンの名にちなんでピジョン法と呼ばれる。決して作者の事前調べが足りなかったわけではないですよ?まあ電気代の安い地域では電解精錬で作ることもあります。
なにより、実際その還元剤は
アーク炉で発生するスラグには存在するが、高炉からのスラグにはほとんど見られない。反応温度的には行けるはずなので、たぶん還元剤として使われきってしまうのだろう。
たぶんこの世界では骨とか燐鉱石とかから発見されるのでジョセフ・ライトが描けるテーマが一つ減ってしまうな。
ダービー博物館・美術館蔵、ジョセフ・ライトによる絵画「The Alchymist, in Search of the Philosopher's Stone, Discovers Phosphorus, and prays for the successful Conclusion of his operation, as was the custom of the Ancient Chymical Astrologers(賢者の石を求める錬金術師は燐を発見し、古の化学占星術師の習慣に依って操作の成功を祈る)」についての言及。ジョセフ・ライトは産業革命期の画家であり、実験や鍛冶をモチーフとした明暗のある作品を残している。
グレゴール・ヨハン・メンデルは実験を適切に設計したことで法則を見出した、あるいは作り出したが、そのある程度は変化朝顔の品種改良の時に意識はされていただろう。
ロナルド・エイルマー・フィッシャーは統計的な分析に基づいてグレゴール・ヨハン・メンデルの実験を分析し、「綺麗すぎる」統計データが示されているためこれらが捏造された、少なくとも歪められたものであると主張した。しかしこれに対する反対意見(Hartl Daniel L.; Fairbanks Daniel J. Mud sticks: on the alleged falsification of Mendel's data. Genetics. 2007.5, vol. 175, no. 3, p. 975-979. などを参照)もあり、それに基づけばロナルド・エイルマー・フィッシャーの理論に間違いがあったのであり、実験はかなり正確に行われたとしている。
メンデルの法則の重要な部分である分離の法則や独立の法則については江戸時代に流行した変種朝顔の栽培においてある程度は認識されていたと考えられるが、突然変異の一部がトランスポゾンによって誘発されていることも相まっておそらく具体的な体系的知識としては確立されていなかったと考えられる。
歴史から学ぶべき教訓の一つは、そんな教訓を得ようとするのはたいてい徒労に終わるということだったりする。
歴史を物語と捉え、そこに流れを見出すのは人間の認知機能の悪い癖みたいなところがある。しかしながら歴史を作っている人々はそれぞれの物語の中で生きているので、そこに流れは実際にあったりするのということで更に問題が複雑になる。
「安いですね……。本数冊分ではないですか」
写本を作るにはべらぼうな時間がかかり、人件費が高騰するのである。なので凝った装丁をしてもそこまで全体のコスト上昇は起こらないし、むしろ付加価値を増加させたのである。
私がいた世界だって長い間生まれなかったし、完全に存在していたわけではないのだ。
障害者教育の問題は人的資源、コミュニケーション、針路など幅広い問題と関わりを持つために体系化しづらい、どうしても個人の知識と経験に依存しがちなものとなってしまう。
生産管理を上の方がやっていて、どうやら一定以上の質や量を作り出さないよう談合がなされているのだとか。
自由主義経済ではこの問題を解決するためにしばしば外部からの介入を必要とするという問題点がある。