図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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ここでは語り部であるキイが自明であるとして説明しなかった箇所や、作中では直接言及できない部分についての解説をします。ここで解説されなくとも、将来的に物語の中で説明されることがあるかもしれません。ここで解説される前に気になって元ネタを検索しているような読者向けになりますので、あらかじめご了承ください。


第8章解説

蒸風呂

これは炒った麦とある種の木の皮の抽出物だ。

つまりはシナモンの匂いのする麦茶である。

 

まあ会話場所として蒸し風呂が合理的なことには間違いないな。

ウルホ・カレヴァ・ケッコネンは第二次大戦後の東西冷戦が激しかった時期にフィンランド共和国大統領を務め、綱渡りのような、あるいは「フィンランド化」と批判されるような外交政策を成功させた。度々外交戦略の一環として相手側を彼の私邸のサウナに呼び、条件を飲むまでサウナから出さなかったという話があるとかないとか。なおこのサウナにソビエト連邦書記長レオニード・イリイチ・ブレジネフ、アメリカ合衆国大統領ジェラルド・ルドルフ・フォード・ジュニア、そしてウルホ・カレヴァ・ケッコネンが一緒に入ったことがあった。

 

国家

かつての世界にあったそれは民族主義や、ウェストファリア体制と呼ばれる主権国家という概念や、二十年の停戦を挟んだ世界大戦によって生まれた国際機関なんかに強く依存した概念だ。

「二十年の停戦」はフェルディナン・フォッシュがヴェルサイユ条約について言ったとされる言葉を踏まえているが、この出典とされるPaul ReynaudのMemoires(1963)第2巻457ページの原文に当たれていない。CiNii Booksが言うには日本に4つしか所蔵している大学がないのですがどうすれば……。

 

例えば技術や資源の国産化。あるいは技術的相互依存。

ここらへんはたとえどれだけやってもそれを無視して戦争を始めるような例が世界史を紐解けばいくつかあるので本当に困る。見るのは新聞でもいいけど。

 

諜報機関のトップがきちんと上と繋がっている。

故三軍之事、莫親於間、賞莫厚於間、事莫密於間。

 

故に三軍の事、間より親しきは莫く、賞は間より厚きは莫く、事は間より密なるは莫し。

(ゆえに全軍において、間者より(指導者と)親しいものは無く、間者より褒賞が多いものは無く、間者より秘密が求められる事は無い。)

──孫武による「孫子兵法」用間篇より。原文と書き下し文は「漢籍国字解全書 : 先哲遺著. 第十巻」を底とし書き下し文は筆者が一部修正した。日本語訳は筆者による。

 

なお銀雀山漢墓竹簡の「孫子兵法」では該当箇所がうまく訳せない。だれかここらへん詳しい人いませんか?

 

暗号

これと素数の性質を組み合わせればRSA暗号、あるいはエリス=コックス=ウィリアムソン暗号が作れる。

イギリスのGCHQ(政府通信本部)のジェイムズ・ヘンリー・エリス、クリフォード・クリストファー・コックス、マルコム・ジョン・ウィリアムソンによって素因数分解を利用した公開鍵暗号が作られたが、それは機密のヴェールに覆い隠されてしまった。今日RSA暗号と呼ばれるものはロナルド・リン・リベスト、アディ・シャミア、レオナルド・マックス・エーデルマンによって「発明」され、特許が取得されたものである。

 

「そうすれば重要な情報を私たちは盗み聞きできる」

SIGINTと呼ばれる諜報手段である。

 

外交

ローマの軍団兵(レギオーナーリウス)じゃないんだぞ。

ローマの兵士たちは過酷な訓練とともに各地の土木工事にも従事した。作られた構造物の中には今日でも残っているものがある。

 

永遠の国益に叶う行動、とでも言えばいいだろうか。

We have no eternal allies, and we have no perpetual enemies.

Our interests are eternal and perpetual, and those interests it is our duty to follow.

(我々に不変の同盟者はいないし、永遠の敵もいない。

我々の利益こそが不変にして永遠のものであり、その利益に従うことが我々の義務である。)

──1848年3月1日、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国議会庶民院にて、外務大臣であった第3代パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプル曰く。拙訳。

 

確かこういう外交方法はルネサンス以降にできたはずだが、別にこの世界でできない理由はない。

13世紀以降イタリアを中心に広まった大使という制度はゆっくりと欧州全体へと広まった。

 

新聞

まあ新聞は革命の原動力だ。

市民革命における新聞の役割は大きなものであった。それゆえに定期的に出版は規制されている。

 

警告

というよりこういう概念ができたのはカメラや新聞の発展によるものだったはず。

公的空間と私的空間の区別の概念は古くから存在し、何らかの形で私的空間を「隠す」考え方も各地に存在する。しかしながら今日のようなプライバシーの概念は新聞や報道の発展によって「放っておかれる権利(right to be let alone)」の概念が生み出されてからである。この概念は次第に拡張され、今日ではインターネット上における個人情報の扱いや他人に個人的行動をあれこれ言われない権利などについても利用される。

 

一応生理食塩水を作れるだけの準備はしているから出た分だけ入れていけば多少はマシになる、はず。

発展途上国で一般的な症状である下痢は栄養失調と脱水を引き起こすが、塩を入れた薄い粥(できれば油を入れたもの)をこまめに食べ、少し回復したら柔らかいものを少しずつ食べていけばかなりマシになる。デビッド・ワーナー. (河田いこひ訳) 医者のいないところで : 村のヘルスケア手引書. キャロル・サマン, ジェーン・マックスウェル協力, シェア=国際保健協力市民の会監訳. も参照のこと。

 

コロンブス交換を考えれば私が危険な病原体を持ち込んでいた可能性はあったが、実際には問題なかったようだ。

異世界転移やタイムスリップなどで強毒性の感染症を持ち込んで混乱が起こる、というのはしばしば見られるパターンである(例えばばくだんいわ(◆QOOmW3I0SM)による「できない子は“悪魔”と呼ばれるようです」など)。というわけでこれはそれに対するアンチテーゼの側面がある。

 

もしかしたらメチシリン耐性黄色ブドウ球菌なんかが持ち込まれているのかもしれないが、抗菌薬を作るにはまだもう少しステップが必要なので問題になるとしてももう少し先だろう。

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus、略称MRSAは基本的には黄色ブドウ球菌──非常にありふれた菌であり、伝染性膿痂疹(いわゆる「とびひ」)や毛包炎(いわゆる「おでき」)の原因となる──とそう違いはない。ただ、人類が作り出してきた様々な抗菌薬に対して耐性がある。安易に抗菌薬を使うとこういうバケモノができてしまうのだ。こういう面倒な菌に対して伏せ札としてのバンコマイシンが使われることがあったが、これにすら対応しているので恐ろしい。

 

同衾

天気予報の基礎を作ったロバート・フィッツロイはHMS(国王陛下の艦船)ビーグル号の艦長だったから、チャールズ・ロバート・ダーウィンと同時代人。

王立海軍のチェロキー級双帆柱横帆船(ブリッグ)であったビーグル(Beagle)号は多帆柱縦横複合帆船(バーク)に改造され、南米に2回、その後オーストラリアに2回調査のために派遣された。ロバート・フィッツロイはこの1回目の航海の途中から(船長自殺による交代)と2回目の航海の際の船長を務めた。まだ若かった彼は2回目の航海の際に博物学者兼孤独の共有者として4つ下のチャールズ・ロバート・ダーウィンを乗せることにした。このとき船長は26歳、博物学者は22歳である。

 

その後彼は連合王国商務省気象局初代局長として選ばれ、気圧計の配布活動や電信を活用した日刊新聞掲載の天気予報作成を行うことになる。

 

Pa(パスカル)atm(気圧)Torr(トル)psi(重量ポンド毎平方インチ)が混在してはいけない。

それぞれSI(国際単位系)の圧力、標準気圧、ミリメートル単位での水銀柱の高さ、帝国単位系での圧力。他にもcgs単位系のBa(バリ)、ソビエト連邦で使われてたpz(ピエーズ)cmH2O水柱センチメートルなんてものがあるので単位はとても面倒くさい。

 

下手すれば数千万の。

ロシア帝国末期における革命と内戦、その後のソビエト連邦における大粛清(Большой террор)、あるいは中華人民共和国における無産階級文化大革命(无产阶级文化大革命)などを参考のこと。

 

出勤

一種の閻魔帳だ。

教師が生徒の成績や出席を書いておくための手帳のこと。B5からA4程度の大きさで、たいていデザインはシンプル。

 

「定期的に一日だらだらしないと人間はおかしくなるんだよ」

毎日執筆はもう日課なので……。いや毎日執筆するのはおかしいのか……?

 

業務

大日本帝国憲法では「法律ノ範囲内ニ於テ」だったかな。

第二十九條

日本臣民ハ法律ノ範圍內ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス

──大日本帝國憲法

 

つまりは法律を定めれば自由に制限できるのだ。有名なものでは治安維持法だろうか。

 

いや第四の権力というのは誤用だったかな?

本来は「貴族、僧職、富豪」に次ぐ4番目の階級の意。今日では「司法、立法、行政」に次ぐ機関の意味として用いられる。

 

硝子筆

高校時代の同級生──デザイン科だったインク狂いの少女が私の隣で作っているのを見たことがある。

万年筆やインクに狂うのは比較的一般的な趣味らしい。筆者にはよくわからない。

 

少なくとも化学物質の一覧に味の欄を設けるべきではない。

19世紀まであったそうだ。それ以降も例えば1931年にアーサー・フォックスがフェニルチオカルバミドの粉末を間違えて落としてしまい、周囲の研究者の口の中に入れてしまったことから「味盲」という体質が発見されたりした例がある。基本的に危ないのでやめてください。

 

引継

それを無視してやりがいだけで組織を回すとしばらく経った頃には深刻な人材不足がやってくる。

いくつか業界の名前を挙げることもできるが、あえてする必要もないだろう。

 

表題は、「教育不要論、あるいは幸福な社会について」。

モデルはヨハネス・アモス・コメニウスの「Didactica magna(大教授学)」、ジャン=ジャック・ルソーの「Émile, ou De l'éducation(エミール、または教育について)」、ジョナサン・スウィフトの「A Modest Proposal: For Preventing the Children of Poor People in Ireland from Being a Burden to Their Parents or Country, and for Making Them Beneficial to the Public(アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案)」、レナード・リュインによるとされる「Report from Iron Mountain : on the Possibility and Desriability of Peace(アイアンマウンテン報告 : 平和の可能性と望ましさについて)」など。

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