図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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ここでは語り部であるキイが自明であるとして説明しなかった箇所や、作中では直接言及できない部分についての解説をします。ここで解説されなくとも、将来的に物語の中で説明されることがあるかもしれません。見知らぬ単語を検索して作者が使っているであろう文献を見るような読者向けになりますので、あらかじめご了承ください。


第5章解説

誤認

彼らの派手な赤い外衣は一種の特権を持った暴力組織であることを表している。

カール・エーミル・マクスィミーリアン・ヴェーバーは国家の本質を暴力の独占に求めている。囲んで棒で叩くのは実際強いのだ。

 

「貨幣偽造罪だ」

金本位制の場合自由鋳造が認められているが、これはどこのご家庭にもあるような溶解炉を使って溶かしていいという意味ではなく、銀行が地金を金貨と交換することを保証するという意味である。

 

亜鉛がなかったので鉄を使うのは仕方がない。

真鍮の原料としての亜鉛はユーラシア一帯で古くから知られていたが、単体の精錬が行われた例はあまり多くない。

 

オチは「そのような強い意志ある人間がくすぶってはいけない」と取り立てられたというものであるが、なんというか、うん。

いつ言及できるかわからないので今言ってしまうが、古帝国は遊牧民によって築かれた。なので頭が結構ヒャッハーしている。

 

「仮に硝膠と呼んでいるが、あれは面白いな。切傷を塞ぐのにいい」

事実ドラッグストアで売っているような水絆創膏や液体絆創膏と呼ばれているものの箱の裏に書かれている「ピロキシリン」はコロジオン(硝化綿)である。

 

まあ006P(9V角型乾電池)と同じぐらいといったところか。

最近あまり見なくなった気がする。あれは中に起電力1.5 Vの電池が6本入っている。分解すると色々保証がなくなるので自己責任で。

 

「健康そうだな」

東洋医学において舌診は基本的な診断方法である四診の一つ、望診に含まれる。

 

焼土質

事実、与太話の域を出るものではないがバグダード近郊から発掘された壺が紀元前に作られ、電池としての機能を持っていたのではないかという仮説を立てた人もいる。

いわゆるバグダッド電池。

 

摩擦電気研究の発展とか焦電効果の発見について言いたいのでしょう。

アレッサンドロ・ヴォルタが電堆を作る前までに摩擦電気、焦電効果、大気電界、生体電気が発見されている。むしろここまでやって電堆がなぜできなかったのだ?

 

アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエが水は単体ではないと言ったのは18世紀後半。

ジョゼフ・プリーストリーやヘンリー・キャヴェンディッシュの研究もあるが、フロギストン説に依っているのでここではアントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエの名前を挙げている。キイのここらへんの記憶が曖昧とかではないはず。

 

アルカリ土類金属の単体分離は電気分解で行われたんだぞ?

アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエは「Traité élémentaire de chimie(化学概論)」では33のSubstances simples(単一物質)を挙げているが、そこにはChaux(酸化カルシウム)Magnéfie(酸化マグネシウム)が見られる。カルシウムやマグネシウムが単体として抽出され、金属とみなされるようになったのはハンフリー・デービーの功績である。

 

天才

「……そんなに痺れていると、心配になります」

最初期の電流計として用いられていたのは生体である。そもそも電池の起源が皮を剥いたカエルの足に二種類の金属棒を接触させたら動いたというルイージ・ガルヴァーニの発見なので。ただ、それ以前にも二種類の金属を接触させた状態で同時になめると変なしびれが出ることが知られていた。

 

おおベンジャミン・フランクリン、世の電磁気学を学ぶ生徒からの呪いの声が聞こえないのですか。

核物理学者以外は基本的に彼を恨んでいる。核物理学では電子よりも陽子を扱うので別に今の電荷の定義でも問題ないのだ。

 

あるいは17世紀の科学者──いや当時は「自然哲学者」か──による争い。

「Scientist」という言葉はウィリアム・ヒューウェルによる。彼はマイケル・ファラデーと同時代の人物であり、様々な科学用語を生み出した。

 

もちろん適度な対立は批判的に議論を行うためには必要ではあるのだが、人格攻撃と理論への評価をちゃんと切り分けるのは訓練を積んでもなかなか難しいのだぞ?

聞いてますか教授。

 

……いや、数学分野ではレオンハルト・オイラーとかカール・フリードリヒ・ガウスとかいうよくわからないのがいたな。

数学史をやっていると「もう全部こいつらでいいんじゃないかな」となる。本当に。

 

電磁誘導

ジエチルエーテルを溶媒として混ぜてあげるとなぜかうまくいったのだ。

これはフィクション。本当にそうなるかは知らない。

 

これは虚数の$i$に満足できなくなったウィリアム・ローワン・ハミルトンがおまけで$j$と$k$も足して作ったもの。

ISO 80000-2に基づけば本来虚数単位や自然対数の底は立体(ローマン体)で書くべきだが、結構いい加減。工学部ではだれもそんなどうでもいいことを気にしない。あとTeX記法でいちいち指定するのが面倒なのもある。

 

かっこいいから。小学5年生で私はこれを暗記した。人間若いときにはいろいろやらかすのだ。

中二病の早期発症とも言う。

 

後知恵バイアスの一種である。

わかっていてもキレたくなる時はあるのだ。誰かがそういう状態になっていた時は反論するのではなく、そばで感情を受け止めてあげよう。

 

着磁

では別の方法、$\require{mhchem}\overset{塩化スルフリル}{\ce{SO2Cl2}}$の加水分解反応ではどうだろう。

これはルイス・ダートネルによる「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」で触れられていた方法。なおキイがこの本を読んでいたかはわからない。塩化スルフリル自体は塩素化などに使われる。

 

棒が離れた銅線を繋ぎ、火花が飛び散って音が鳴る。

稲垣理一郎およびBoichiによる「Dr.STONE」では落雷を用いて磁化を行っていたが、あれは演出的に強すぎる気がする。ずるい。作中でも紹介されていた落雷実験を行ったPeter J. Wasilewskiは岩石磁気学者で、写真家でもある。

 

私としてはこういうことをされると発見者がわからなくなって後世の研究者が悶えるので大賛成である。

こういう分野に取り組むための手法の一つとしてオーラルヒストリーが挙げられるが、大抵研究が始まるのは関係者があらかた死んでからである。

 

発電機

これはシャルル・フランソワ・デュ・フェの命名から引っ張ってきたものだ。

シャルル・フランソワ・デュ・フェは摩擦電気の研究から「vitreuse(硝子性)」と「résineuse(樹脂性)」の二種類の電気があるとした。

 

本当にこういう事が多いな。

ご都合主義の側面は否定しない。

 

ただしそれ以上あるに越したことはない。

ここらへんをちゃんと話すとボルツマン因子に触れなければならないので省略。

 

なので比較的大きな電流を生むことができるが電圧に不安のある単極発電機は使わなかったのである。

磁界と垂直方向に置いた円盤を回転させることで内側と外側に電位差を作るもの。

 

回転

効率の良いとはいえない下掛水車だが、そもそもの目的が揚水なので仕方がないだろう。

下掛水車とは水車の下部分だけが水に浸かっているようなやつ。運動エネルギーだけしか利用できないので、落差による位置エネルギーも取り出せる上掛水車や胸掛水車に比べれば効率は低い。

 

そこから鉛で内張りした箱の中で鉱物──たぶん黄鉄鉱、主成分は$\require{mhchem}\overset{二硫化鉄}{\ce{FeS2}}$──を加熱することで出た二酸化硫黄と活性炭触媒で反応させることで塩化スルフリルの完成だ。

鉛で内張りするのは硫酸と反応しないようにするため。ガラスでもいいが、大型化するのが難しい。

 

科学技術

ヘンリー・ダイアーの影響もあるだろうし、まあここらへんはちゃんと資料を持ってこないと話したくないな。

ヘンリー・ダイアーはいわゆるお雇い外国人。彼の師であったウィリアム・ランキン(絶対温度を0とし、1度の幅を華氏(ファーレンハイト度)と同じにしたランキン度の提案者)が大学における工学部設置を強く主張していた影響を受け、工部大学校のカリキュラムなどを作成した。これ自体が後の東京大学工科大学を経由して東京大学工学部に繋がる流れを作ったし、ここで育った多くの技術者が各地の大学の工学部で教鞭を執ったのでその後の日本の工学教育のあり方に強い影響を与えた。

 

中世の大学都市とかの方が近いのかもしれないが、残念ながら専門外!

知らない分野の本を読むのも楽じゃないのですよ(貸出期限を延長しながら)。

 

取引

蝋樹と呼ばれる一種の木の葉から取れるもので、上等の蝋板に添加物として使われる。

南米原産のヤシの葉から取れるカルナウバ蝋というものが実在する。

 

指で潰すと黒い粉がつき、つるつると滑る。

黒鉛は固体潤滑剤として使われることがある。層が積み重なったような炭素原子の結合構造がずれることで滑りやすくなるのだ。

 

有閑

一応1アンペアの電流が流れていれば二週間ちょっとでできるはずだが、この計算は信用できない。

本当にだいたいそれぐらいである。ここらへんの描写は「蝋型電胎法による母型製作と活字鋳造」をかなり参考にしている。

 

マイケル・ファラデーはおろかシャルル=オーギュスタン・ド・クーロンもアンドレ=マリ・アンペールもいないのでこの数字自体が特別な意味を持つことはないのだが。

シャルル=オーギュスタン・ド・クーロンとアンドレ=マリ・アンペールはSI単位系における電荷の単位クーロンと電流の単位アンペアの由来。どちらも電磁気学における偉人である。

 

「男性が女性に遊びを誘うのって、特別な意味を持つことがある?」

ケトからすれば少し前のことを思い出させる言葉かもしれないが、キイは素でこれを言っている。

 

思考が止まらず、あっちこっちに彷徨うような。

キイが地の文で暴走しているのはこれの演出のためです。作者のコントロール能力不足ではないと思いたい。

 

有閑

確かここらへんの歴史は権利関係がややこしくて大体の年数と最低限の人名しか覚えていないんだよな。

サミュエル・フィンリー・ブリース・モールスが電信の歴史に名前を残しているのは訴訟を繰り返して権利を認めさせたからという側面がある。なお実務担当のアルフレッド・ヴェイルの名前はあまり出てこない。

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