人は死ねば、やがて忘れられる。

だが、この世界では、生きたまま忘れられる者がいる。

家族の顔を、愛する者の名前を、そして自分が何者であったのかさえも。

人々の記憶が不可解に失われる怪異――《欠月現象》。

その謎を追うのは、白銀の長髪と黄金の瞳を持つ一人の女性、セレネ。

彼女は、現存するいかなる魔術師も権能者も及ばない、圧倒的な力を持つ存在だった。

空間を断ち、軍勢を退け、あらゆる攻撃を寄せつけない。

しかし、そんな彼女にも取り戻せないものがある。

それは、自分自身の過去。

約三百年の眠りから目覚めた彼女には、かつての記憶がほとんど残されていなかった。

月明かりの下で交わした約束。

炎に包まれる白い宮殿。

そして、耳の奥に残る少女の声。

「どうか、私を忘れないで」

失われた記憶を求め、セレネは世界を巡る。

やがて彼女が辿り着くのは、歴史から姿を消した月の王国と、世界の記憶を保存する《月の記録》。

その奥には、三百年前に封じられた真実が眠っていた。

これは、世界最強の力を持ちながら、失われたものを取り戻せない一人の女性の物語。

そして、かつて世界を救った者が、もう一度「救済」の意味を問われる物語である。