公爵家を二十年回した女中頭、本日付で辞めさせていただきます ~お隣の貧乏伯爵家を立て直していたら、元の職場が静かに崩れていくようです~
作者:aquali
オリジナル:ファンタジー/恋愛
タグ:年下ヒーロー 姉さん女房 お仕事 再建 溺愛 身分差 ハッピーエンド
▼下部メニューに飛ぶ
「家政ごときに随分と態度が大きいな。女中頭など、誰でも務まる」
先代公爵夫人に見出されて二十年。
女中頭マーサ(三十八歳)は、公爵家の見えない背骨だった。
夜会の席次から冬薪の買付け、酒蔵の目録、出入り業者の相見積もりまで――
屋敷の段取りはすべて、彼女の指の先で回っていた。
代替わりした若公爵にそう言われた彼女は、規定通り、一月前に辞職を予告。
後任の選定を進言し――「不要だ」。
引き継ぎの説明を申し出て――「聞く価値もない」。
ならば規定通り、引き継ぎ書を三部そろえて、本日付で、去った。
再就職先は、塀一枚隣の没落伯爵家である。
当主のオーレル伯爵(二十九歳・気弱・善良)は、先代の借金と傾いた屋敷を抱え、
残った使用人三人と、芋ばかり食べていた。
それでも彼は、面接の席でこう言ったのだ。
「お給金は……お恥ずかしながら、雀の涙です。ですが毎週必ず、私が自分の手でお渡しします。
あなたのお仕事から、値札を剥がすことだけは、いたしません」
――ようございます。ここを、私の職場にいたしましょう。
金はない。ならば知恵と、段取りと、二十年分の人脈である。
敏腕女中頭の再建が進むほど、気弱だった雇い主は「当主の顔」をひとつずつ取り戻していき、
食卓には、いつの間にか椅子がひとつ増えている。
――一方、塀の向こうでは。
冬薪の予約時期を誰も知らず、真冬に三倍値の薪を買う羽目になった。
酒蔵の目録と鍵が合わず、大事な賓客に出す一本が開けられなかった。
夜会の席次を組める者がおらず、格式を違えて隣り合った二つの家門が絶交した。
若公爵はまだ知らない。
答えはぜんぶ、自分が受け取りを拒んだ引き継ぎ書に書いてあるということを。
……なお、申し添えるが、塀の向こうのことは、マーサは何もしていない。
本当に、何も。
ただ隣の屋敷を建て直しながら、湯気の立ついいお茶と一緒に、眺めているだけである。
芋しか出なかった食卓が二人の食卓になるまでの、姉さん女房ロマンス。
先代公爵夫人に見出されて二十年。
女中頭マーサ(三十八歳)は、公爵家の見えない背骨だった。
夜会の席次から冬薪の買付け、酒蔵の目録、出入り業者の相見積もりまで――
屋敷の段取りはすべて、彼女の指の先で回っていた。
代替わりした若公爵にそう言われた彼女は、規定通り、一月前に辞職を予告。
後任の選定を進言し――「不要だ」。
引き継ぎの説明を申し出て――「聞く価値もない」。
ならば規定通り、引き継ぎ書を三部そろえて、本日付で、去った。
再就職先は、塀一枚隣の没落伯爵家である。
当主のオーレル伯爵(二十九歳・気弱・善良)は、先代の借金と傾いた屋敷を抱え、
残った使用人三人と、芋ばかり食べていた。
それでも彼は、面接の席でこう言ったのだ。
「お給金は……お恥ずかしながら、雀の涙です。ですが毎週必ず、私が自分の手でお渡しします。
あなたのお仕事から、値札を剥がすことだけは、いたしません」
――ようございます。ここを、私の職場にいたしましょう。
金はない。ならば知恵と、段取りと、二十年分の人脈である。
敏腕女中頭の再建が進むほど、気弱だった雇い主は「当主の顔」をひとつずつ取り戻していき、
食卓には、いつの間にか椅子がひとつ増えている。
――一方、塀の向こうでは。
冬薪の予約時期を誰も知らず、真冬に三倍値の薪を買う羽目になった。
酒蔵の目録と鍵が合わず、大事な賓客に出す一本が開けられなかった。
夜会の席次を組める者がおらず、格式を違えて隣り合った二つの家門が絶交した。
若公爵はまだ知らない。
答えはぜんぶ、自分が受け取りを拒んだ引き継ぎ書に書いてあるということを。
……なお、申し添えるが、塀の向こうのことは、マーサは何もしていない。
本当に、何も。
ただ隣の屋敷を建て直しながら、湯気の立ついいお茶と一緒に、眺めているだけである。
芋しか出なかった食卓が二人の食卓になるまでの、姉さん女房ロマンス。
- 1. 本日付で、辞めさせていただきます
- 2. 芋の十七通り
- 3. 引き抜きではございません
- 4. 庭は憶えている
- 5. 椅子はひとつ増える
- 6. 値段ではなく、値札の話です
- 7. 蔵は貸せます
- 8. 格式は貸し出せます
- 9. 鐘は塀を越える
- 10. 名簿にございません (改)
- 11. 侯爵夫人は目利きである
- 12. 市場の算盤
- 13. 芋は嫁入り道具
- 14. 人を覚える帳
- 15. 規定通り、お帰りなさい
- 16. 日付印は嘘をつかない
- 17. 給金袋は膨らみすぎである
- 18. 恩人の妹
- 19. 叔母上と十七通り
- 20. 当主の背中
- 21. 父の文箱
- 22. 河岸の親方
- 23. 裁きではなく、決裁で
- 24. 棚は開いた
- 25. 若様の宿題
- 26. 母の帳尻
- 27. 桟橋開き
- 28. 同伴者
- 29. 生涯の席
- 30. 最初の食卓